七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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 ようやく九校戦会場……遠かった……


前夜祭と老師の不在

 今年の九校戦は8月3日に前夜祭、5日の開会式から15日の閉会式までの11日間で競技が行われる。場所は毎年同じで、軍の持つ富士演習場だ。

 

 場所が同じなので各校はそれぞれ移動の段取りがある程度定まっている。一高の選手団は毎年前夜祭の当日の午前8時30分に学校集合で、そこから大型バスとエンジニア用の作業者に分乗してホテルに向かう、というスケジュールだ。

 

 そしてまさに今、選手団が集まりバスに乗り込むところなのだが……

 

「何で九校戦にメイドロボを連れて行くの、あの男は?」

 

 香澄が憎々しげにそんなことを言う。試験前、あの兄妹のプレッシャーに震えていたことも、噛みつくなという泉美の忠告もこの三週間で忘れたらしい。

 

「香澄、少しは場所を弁えてください。ここでぼやいたところで今更何か変わる訳でもないでしょう」

 

「いや、でもさぁ。作業車にあんなもの積み込む必要がどこにあるのさ。誰も疑問に思わないの?」

 

「……まあそうなんですけど……」

 

 正直なところ香澄の主張は一理ある。作業車に積み込む物についてはエンジニア達が決めるので泉美はノータッチだったのだが、他のエンジニアは疑問に思わなかったのだろうか。普通に考えれば香澄のように、達也は意味もなく欲望丸出しの荷物を持ち込むつもりだ、と判断してもよさそうなものだが。

 

(特に中条会長と五十里先輩は妖魔の事を知っている筈ですが、よく許可しましたね……)

 

 ましてやパラサイトなどという不発弾を軍の施設に持ち込もうとする行為を止めなかったのははっきり言って異常だが、まあ気の弱いあずさは司波兄妹相手に断れなかったのかもしれない。生徒会の実権は既にあの兄妹が握っていると言っていい状態だ。

 

「──ずみ?泉美、聞いてる?」

 

「あ、全く聞いてませんでした」

 

 そんなことを考えていて香澄の話を聞いていなかった。香澄がヒートアップしかけているが、この際なのでもう一つ注意しておく。

 

「それより真面目な話をしますが香澄、あのピクシーロボットには絶対に一人で近付かないように。そして何かおかしいと感じたら直ぐに逃げて私に知らせて下さい」

 

 真剣なトーンで注意すると、雰囲気が伝わったのだろう。それまでヒートアップしていた香澄も冷や水を浴びたように固まり、息を潜めて聞いてきた。

 

「──どういうこと?何か知ってるの?」

 

「何故司波先輩がアレを持っていくのかは見当が付きます。その上で、香澄は知らない方がいい。攻撃しない、近付かない、変なことが起きたら逃げる、いいですね?」

 

「……う、うん」

 

「分かればいいです。基本的にあれには私が警戒していますので。それではバスに乗りますよ、もう皆さん乗ってますし」

 

 話し込んでいる間に周りには誰もいなくなっている。二人は足早にバスに乗り込んだ。

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

「──それで、其方が今年の一高の主席の子ですか?なんでも七草家の娘さんだとか」

 

「はい。七草泉美と申します。今回は第一高校の代表の一人として微力を尽くしますので、どうかよろしくお願いします」

 

 前夜祭、泉美は香澄や一年生の女子達と一緒にいたが、あずさに誘われて他校への挨拶回りに付き従うことになった。九校戦は魔法科高校間での数少ないコミュニケーションの機会でもあるため、生徒会の人間はこうして親睦を深めておくらしい。実際には競技の前ということもあって親睦?という嫌みったらしい会話しかしていなかったが(そういうのに向いていないあずさに代わってほとんど五十里が対応していた)。

 

 そんな事をしていると、ふと周りの意識が一ヶ所に集まっているのに気付いた。そちらを見てみると十師族、一条家の長男である一条将輝(と、名も知らぬモブ)が達也と話し込んでいる。前夜祭の雰囲気に似つかわしくない真剣な空気で、それが周りからも異質に見えて注目されたのだろう。

 

 ちなみにこの二人は去年の九校戦モノリス・コードで戦って、そのときは達也が勝っている。普通に映像が出回っていたので確認したが、本当に達也は素性を隠す気があるのか分からなくなる内容だった。ましてや大衆の面前で()()()()()()()まで使っているとは。

 

 そんな事を考えながら彼らを見ていると(あずさ達も同じように達也達の会話に聞き耳を立てていた)深雪が達也のもとに小走りで近づいて行った。その後に続いている三人は制服からして四校の生徒か。

 

「はじめまして、司波先輩。黒羽文弥です。」

 

「黒羽亜夜子と申します。よろしくお願いいたします、司波先輩。」

 

 二人はそう名乗った。泉美は黒羽という名前を知っている。春先から泉美の周りをチョロチョロしていた連中が黒羽の諜報員で、更にいうならその少し後から、四葉の分家に黒羽という家がある、という噂が関東の魔法師の間に広まりだしたのだ。

 

 これの因果関係については分からない。こんな噂が自然に流れ出すとも思えないので誰かが意図的に流しているのは間違いないが、仕掛人も目的も不明だ。

 

 泉美は不審者の事も、それを捕まえて尋問した事も弘一には伝えていない。役にもたたない護衛をつけられるのが嫌だったからだが、実は家の方でも連中を捕らえていて、そこで情報を得た弘一が四葉への嫌がらせとして噂を流したのか。もしくは七草の人間である泉美に知られてしまった以上、隠すのではなくむしろ広めてしまう事で注目を集めようと考えた四葉側が流したのか、それとも他の事情でたまたま時期が被っただけか。

 

(ま、考えても仕方ないのでとりあえず噂は無視ですね。あの二人も四葉の人間、それだけで問題ない。というかあの挨拶は何を考えて……?)

 

 司波兄妹も四葉の縁者なのだから知り合いの筈だが、何故か初対面の挨拶をしている。しかも深雪は挨拶に参加しておらず、一言も発さず達也の一歩後ろに立っているだけだ。

 

(周りに初対面だとアピールしている?それだと深雪先輩が挨拶に混じらないのは……)

 

 何故か黒羽の兄妹は達也にだけ挨拶して、深雪は名乗りもしていない。まあ深雪は事前に挨拶を済ませていただけともとれるが、達也が深雪の態度を疑問に思い、深雪の事を話に出さないのは(いささ)か不自然な気がする。

 

(──まあそんな気にする事でもありませんね。それよりもふざけた事を企んでいる連中です)

 

 とはいえさして興味もなかったので放っておいて香澄達と合流する。ほとんど間を置かず、来賓の挨拶がはじまった。

 

 毎年この前夜祭では九島烈──「老師」と呼ばれる、今の魔法界の長老──が演説を するらしい。そして名字から分かるように、この老人こそパラサイドールの実験を行おうとしている九島家の事実上のトップだ。

 

 烈は弘一の師匠のようなものでもあったらしく、泉美も当然烈とは面識がある。そのときはパラサイドールなどという馬鹿げた真似をするようには見えなかったが、過去の泉美が幼すぎたのか最近になってイカれてしまったのか。

 

 これから妖魔を使った兵器の実験台にするつもりの高校生相手にどの面下げて演説するか見物だなと思って来賓のスピーチを聞き流していく。──しかし結局九島烈は登壇することはなく、そのまま来賓挨拶の終了を司会が告げた。

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

一年生は男女共に選手九人、エンジニア一人の十人の計二十人。ホテルは二人部屋で、きりよく一年生同士で相部屋だ。泉美は案の定香澄と同じ部屋で、気を遣う必要がないという点では楽だが、学校行事くらいは他の人と相部屋でもよかったかなとも思う。

 

「老師、お身体を悪くされたんだってさ」

 

 ホテルの部屋に戻ると、香澄が何処からか聞いてきた情報を教えてくれた。こういう時率先して情報を持って来てくれる社交的なところは、香澄の持つ数少ない姉らしい点だ。

 

「そうですか。もうボケも酷いようですし、葬儀の準備をしておくべきですね。」

 

「何でそうなるのっ!?普通に風邪とかかもしれないじゃん!!」

 

 もちろん冗談だ。そう、決してパラサイドールを潰すにあたって烈が来ていたらもろとも始末しよう、なんて思っていたわけではないのだ。素直にお身体が良くなって会える事を祈ってあげよう。

 

 そんな事を考えながら荷物を広げていく。今日から二週間このホテルに泊まるわけで荷物もそれなりの量だ。

 

「泉美それ何?お札?」

 

「呪符です。古流魔法の発動媒体ですね。そんなに使い勝手の良いものではありませんけど」

 

「ふーん……って泉美そんなの作れるの!?紙だの墨だの買ってたのってそのため!?」

 

「一応作れますよ。さっき言ったように使い勝手が悪いので作ることは殆どないですけど」

 

 この呪符は要するに現代魔法における起動式に近いもので、この呪符に書いておいた記述に従って魔法式を編むのだが、起動式と比べて凄いメリットがある、という訳でもない。もちろん皆無ではないが、作って持ち運ぶ手間を考えると普段使いする気にはなれないものだ。

 

「?じゃあなんで作って持ってきてるの?」

 

 泉美の説明を聞いた香澄が当然の疑問をぶつけてくるが、素直に答える訳にはいかないので適当に誤魔化すことにした。

 

「実験のようなものですね。理論では作れるのは分かっていますが実際に作って試しておきたいですし」

 

「わざわざ九校戦のホテルで?」

 

「ここ富士山が近いじゃないですか。富士山は昔から霊峰と呼ばれていて古流魔法と関わりが深いんですよ。なので試すのに丁度いいと思いまして」

 

「へぇー。で、その呪符とやらはどんな効果があるの?」

 

 そう聞かれた泉美はおもむろにリモコンを手に取り部屋の照明を暗くした。お互いの顔がギリギリで確認できる程度で、泉美の急な行動に香澄が眼をぱちぱちさせているのがうっすらと見える。

 

「え……泉美?」

 

「この()ですが……幽霊を探知するためのものです」

 

「え゛」

 

「で、今これ反応してるの判りますか?近くに霊魂が存在するとこうなるんですよ」

 

 暗くなった部屋の中、泉美が手に持っている札は書かれた紋様が仄かな光を発していた。部屋には冷房が充分効いているにも関わらず、香澄の背中に嫌な汗が伝う。

 

「えっ、いやっ、れ、霊魂!?」

 

「そう、富士の霊峰には様々な霊が引き寄せられます。現代の科学でも魔法でも、まだまだ解明できないような存在は多くいます。そしてこの反応は、それこそこのホテルの近辺に幽霊が潜んでいる事を示しています」

 

「え、え、ちょっ?」

 

「ただしこの札は『いる』ということは分かりますが何処に居るかは分かりません。

──今まさにお前の後ろにっ!

 

「ひゃっ!?」

 

「……とかなったら面白いですよね」

 

 そう言いつつ照明を元に戻す。眩しさに目を細めるが、香澄は枕を抱き締めたまま硬直していた。

 

「ふむ。もう少し呪符の光り方を改良しますか。もうちょっと怖く出来そうな気も……」

 

「……っ泉美ー!!」

 

 枕が飛んできたが所詮は枕、あっさり受け止めて自分の手元に置いておく。と、飛び道具を失った香澄が突っ込んできた。

 

「香澄、落ち着い……ふぎゅっ!」

 

 そのままベッドに組み伏せられる。ちょっとした冗談だったのだが、思ったより怖かったらしい。仕方ないので暫く泉美は香澄のされるがままになっていた。

 

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