七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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九島の混乱と四葉の動向

★☆★☆★☆★☆

 

 

「待機していた研究チームの人間が全員死んでいる!?どういう事だ!?」

 

「パラサイドールはどうなったっ!!まさかパラサイトが解放されたのか!?」

 

「人をやって直接確認させろ!!ホテルの支配人には誰も近づけないように言っておけ!!警察も呼ばせるな!!」

 

 早朝にも関わらず、()()()では怒号が飛び交っていた。

 

 パラサイドールを積んで待機していたトレーラーの人間が全員死んでいる。その知らせが届いたのがほんの少し前。護衛の定時連絡が無かった事で不審に思った連絡員がホテルに確認させた事で発覚したこの事件は、実験を控えていた九の魔法師達を混乱の渦に叩き込んだ。

 

 旧第九研の総力をあげて作り上げたパラサイドールのお披露目を間近に控えたこの段階で、当のパラサイドールを保管していたトレーラーが襲われた。常に六人、腕利きの警備を置いていたのにも関わらず。

 

 発見された十人の遺体には外傷はなく、更にパラサイドール"だったもの"はただのガイノイドと化している。そこに宿っていた筈のパラサイトは霞のように消えていた。

 

 犯人も目的も、当時の状況も不明。分かっているのは、彼らが心血を注いだプロジェクトが無に帰したという事だけだ。

 

 そう、無に帰した。パラサイトはオリジナルの個体が残っているため培養自体は出来るが、兵器としての利用はもはや絶望的だ。

 

 最悪なのが十六体のパラサイトがどうなったのか分からない事だ。敵に消滅させられたのならまだいい。それなら被害はここで終わる。

 

 しかし、もしも解き放たれたのだとしたら。そして万一、()()らが自分達を培養する方法を覚えていたら。大惨事になることは目に見えている。事が露見すれば自分達も数字を剥奪されるだけでは済まないだろう。

 

「方術士は!?周公瑾が送ってきた方術士は何処にいる!?」

 

「い、いえそれが……九校戦が始まってから連絡が取れず……」

 

「直ぐに探させろっ!!アイツらの仕業だ!!」

 

 騒然とする現地の様子をモニター越しに眺めながら、九島烈は蒼白になっていた。

 

 狂気の熱に浮かされていた頭が急速に凍えていく。自分は何をやっている?何故敵だと分かっている方術士達を甘くみた?魔法師を兵器の役目から解放したくて、光宣のような子供を生み出したくなくてやった筈が、この状況はなんだ?

 

 次々と悔恨が湧き上がり烈の頭を埋め尽くす中、しかし事態は待ってはくれない。画面の向こうでは真言達が間近に迫った破滅をどうにか避けようと動き出した。

 

「……どうされますか、真言様」

 

「……国防軍に連絡を……いや待て、先に犯人を捕まえろ」

 

 この失態を正直に弁明したならば確実に自分達は()()()。すぐにでも犯人を捕まえて責任を被せる必要があった。──犯人がいない、つまりパラサイトの忠誠術式の不備による可能性については目を逸らした。

 

「しかしなんの手掛かりもありません。相当の時間がかかるのでは?」

 

 それでは軍への報告に間に合わない。暗にそう伝える部下に、しかし真言は揺らがなかった。

 

「いや、手掛かりはある。そもそもパラサイドールの待機場所を変えたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ」

 

 そう、彼らの最後の報告は「第一高校の技術車両にパラサイトがいて、それに感知された」というもの。タイミングとして無関係なはずがない。

 

 昨日連絡を受けてから、(くだん)のパラサイトがピクシーロボットに宿っているという所までは調べがついていた。そしてそれが第一高校の司波達也という生徒の所有物だということも。ならばまず其方を捕まえて尋問するべき。今ならまだホテルで眠っていることだろう。この際手段は選ばずに捕らえるべきか。

 

 烈が我を取り戻したとき、話は既にそこまで進んでいた。慌てて話に割って入る。

 

「い、いや、待て。彼には手を出すべきではない」

 

 突然そんなことを言いだした烈に周りが訝しげな眼を向ける。

 

「どういう事ですか、先代。あなたは司波達也について何かご存知なのですか?」

 

 烈はパラサイドールの構想を提唱したものの、その構想の元となったピクシーの事は誰にも話していなかった。彼の周りで知っているのはこの場にいない藤林響子だけ、そして彼女も達也の関係者としてこの事は口を(つぐ)んでいた。

 

 それはひとえにピクシーの所有者である達也に注目が集まるのを避ける為だ。しかし今回、彼がピクシーを連れてきた事で九の魔法師全体が彼に注目する事になってしまった。

 

 烈は司波達也の素性を知っている。彼はかつて自分の教え子であった司波深夜、旧姓四葉深夜の息子だ。そして同時に去年の横浜事変において、灼熱のハロウィンを引き起こした戦略級魔法師、大黒竜也の名も持っている。

 

 その重要性から隠していたのだが、事ここに至っては全て秘匿するのは不可能に思えた。

 

「……彼について一つだけ言うならば、四葉の関係者ということだ」

 

「なっ!!……」

 

「よ、四葉家の……」

 

 仕方なく烈は一つだけ情報を開示した。彼が戦略級魔法師として従軍している事は国家機密だが、こちらは別に機密ではない。ただ四葉家が隠したがっているだけだ。

 

「ともかく、今はパラサイドールだ。(なす)り付ける相手は他にもいるだろう──周公瑾という、国敵がな。もともとそのつもりだった筈だ」

 

 四葉に敵対行動を取るべきではない。それは日本の魔法師にとって、いや世界的にみても常識となっている。一族だけで国家を滅ぼしたとされるその家は、30年たった今でも不可侵領域(アンタッチャブル)のままだ。

 

 それよりは方術士や伝統派の、ひいては大亜連合のせいだと決めつけた方が余程マシだろう。

 

「し、しかし先代……。襲撃を受けた現場の様子からすると……」

 

 しかしそれでも、真言は声をあげずにはいられなかった。

 

 今回見つかった十人の遺体は、全て外傷無く殺されている。すなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだ。そして四葉家を生み出した第四研の研究テーマこそが、精神干渉魔法による魔法技能の向上。

 

 直前に四葉の関係者に感知されて、四葉家が得意とする精神干渉によるものと思われる死体。この二つが重なってしまえば、四葉家の関与を疑うには十分だ。ならば「敵対すべきではない」は既に手遅れではないのか。真言にはそう思えてならなかった。

 

 烈も当然その可能性には気付いていたが、前言を翻しはしなかった。

 

「……それでも、司波達也には手を出すべきではない。私の方から真夜に連絡する。今はパラサイトがどうなったのかの調査と、周公瑾の、伝統派の仕業にするための工作だ」

 

 これ程の失態で国防軍がパラサイドールを使ってくれることは最早有り得ない。自分達に明日があるのかも分からない。

 

 彼らに出来ることは、見えない四葉の手が自分達にまで伸びてこない事を祈りながら、起きた事を出来る限り隠蔽することだけだった。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

 九の魔法師が阿鼻叫喚となっている様を見届けた四葉真夜は、頭につけていたヘッドセット型のモニターを外すと、手元にあった呼び鈴を鳴らした。外に聴こえるような音では無いはずだが、直ぐにドアが開き、執事である葉山が入ってきた。

 

「葉山さん。貢さんに連絡してください。強硬派の確保を早めます」

 

 そのままハッキングした情報を葉山にも伝える。パラサイドールの件に動きがあった、という報告で早朝に起こされた真夜は『フリズスキャルヴ』で烈と九の魔法師との通話をハッキングしていた。

 

 フリズスキャルヴは何者かによって真夜の下に送り付けられたハッキングツールだ。世界中の情報を漁ってこれる極めて優れた代物だが、欠点として見れるのはリアルタイムでの通信に限り、ストレージの中の記録を覗いたりはする事は出来ない。なので今起きて九島家の動きを見る必要があった。もう一度寝直すには中途半端な時間なのが腹立たしい。

 

 葉山に情報を伝え、眠気覚ましに紅茶を持ってこさせる。一息ついた真夜は、状況を整理しだした。

 

「襲撃が今日の零時過ぎ。パラサイトが解放されている可能性は?」

 

「今の所パラサイトは確認はされていません。これについては達也様のピクシーに確認をとれば宜しいかと」

 

「……それもそうね。亜夜子さんと文弥さんに聞いて貰いましょう。そして今回の事件ですが……やはり周公瑾ですか」

 

 九の魔法師達は四葉の仕業を疑っていたが、真夜は彼らには何もする気は無かった。

 

 真夜の──四葉家の今回の目的は、酒井(さかい)大佐を中心とした対大亜連合強硬派と呼ばれるグループの粛清。これは真夜の意向というよりはスポンサーである東道青葉(とうどうあおば)からの依頼だ。

 

 東道は旧第四研時代から付き合いのある人物で、元老院の一人でもある。四葉家としても最も重要なスポンサーといっていい。

 

 その為今回の実験の責任を強硬派に押し付けて消す予定だったのだが、状況が大きく変わってしまった。

 

 周公瑾が大陸の方術士を九島家に送り込んだ事は掴んでいた。その時は自分達の予定にはむしろ都合がいいとすら考えていたのだが、こうなると敵の企みを甘く見ていたと言わざるを得ない。

 

「そうでしょう。本人は現在横浜にいることが確認されてますが、いかがなされますか?」

 

「……九校戦が終わり次第仕掛けます。貢さんは大変だけど、今日中に強硬派を捕えれば大丈夫でしょう。そして達也さんも向かわせます。敵がパラサイトを手に入れた可能性も考慮に入れて準備させて」

 

「かしこまりました。それでは文弥様と亜夜子様にその件も伝えて貰いましょう」

 

 それで話はまとまった。しかし真夜は難しい顔のままだ。

 

「それにしても……軍の施設にあのピクシーを持ち込むだなんて……」

 

 真夜の機嫌を損ねているのは達也の()()()行動だ。おかげで達也の素性が九の関係者にも伝わってしまった。これでは黒羽の姉弟を目くらましにした意味が無い。

 

「確認するけれど、達也さんから事前に報告はなかったのよね?」

 

「はい。必要無い程の些事だと考えた可能性もありますが」

 

「これを些事と判断する訳がないでしょうに」

 

 達也は今回、本家に全く報告を入れていない。パラサイドールの件を達也が知っている、と真夜が知ったのも7月の下旬、達也達が京都に調査に行った際に四葉家の系列のホテルを使ったからだ。しかも深雪の話ではそのホテルを予約したのは八雲。達也には知らせる気が無かったとしか思えない。

 

 ここまで重要な案件を知っておきながら報告しなかった上に、勝手な行動で九の魔法師達に目を付けられる事になっている。頭の痛い問題だ。

 

「……どこかで達也さんの心の内を推し量る必要があるわね。どこまで四葉に従う気があるのかを」

 

 達也の力は四葉家としても軽々しく扱う事は出来ない。ある程度自由にさせて、フォローもしてきたが、今回のような事が何度も続くようなら……

 

 真夜の発言に葉山は何も言わなかった。賛成も、反対もしなかった。

 

 そのタイミングで烈から、真夜に連絡を取りたいというメッセージが届いた。しかしまだ夜も明けていない。起きているのも不自然なので、居留守を使うことにする。九の魔法師の心の安寧については、真夜も葉山も一切気にしていなかった。

  

 

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