七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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一段落とシールド・ダウン

 裏で大人達がどれ程荒れていようと、九校戦の日程は予定通り進行される。

 

 九校戦4日目、今日はアイス・ピラーズ・ブレイクとシールド・ダウンのソロが行われる。しかし泉美はベッドから起きる気が全くなかった。

 

「こら泉美。何時まで寝てるのさ」

 

「今日は昼まで寝ます。どうせ午前の結果は目に見えていますし」

 

 午前中に行われるピラーズブレイクは男子は一条将輝、そして女子は深雪が優勝するのが目に見えている。わざわざ観戦するのも面倒だった。

 

 そして体調面の問題もある。単に寝不足なのに加えて、昨日()()を処理するのに使った魔法には反動があるのだ。

 

 仙術『七神衰並』──自らの生命力を触媒にすることで、想子に"幽体への干渉力"を概念的に付与して放つ魔法。これを受けた生物は幽体──生命力そのもの──を破壊され外傷なく直接死に至る。

 

 対生命体において必殺といっていい魔法だが、多少とはいえ自分の生命力を使う以上体がだるくなるという副作用がある(もっとも一晩も休めば治る程度なので、これは二度寝の口実でしかない)。

 

 昨日八雲を見逃したのも体調的なリスクを無視出来なかったから、という面もあったのだ──そもそも口封じという動機が嫌いだった、という理由の方が主ではあるが。

 

 短時間で全員を無傷で殺す、という難題のために使ったが、やはりこの魔法は好きではないな、とベッドに転がりながら、泉美は今後について考えていた。

 

(さて、これでどう動くか。暫くは様子見ですね)

 

 一高のピクシーにパラサイトが憑いていて、その所有者が司波達也だということは向こうも当然分かっているだろう。その上で彼らはどう動くのか。

 

 普通に考えれば達也を尋問する。パラサイトを持ち込んでいた以上、しない理由がない程だ。

 

 逆にこの状況で達也に何もなければ、九島家は達也の素性を知っていて、四葉家と敵対するのを避けた、という事。

 

 まあどちらであっても泉美は何もする気は無いのだが。

 

(最終的には伝統派やら周公瑾やらの仕業という事になるでしょうし、これ以上の混乱は私にも展開が読めなくなる)

 

 泉美はもともと伝統派をスケープゴートにする積もりだった。その為の準備もしていたのだが、達也がピクシーを連れてきたので少しだけ方針を変えたのだ──意趣返しも込めてそっちに被せてみよう、と。

 

 達也の存在がどれだけ認知されているのかの確認と共に、四葉の可能性を示唆する事で多少おかしな点があってもむしろ九島家の方から握り潰してくれるだろうという期待もあった、のだが──

 

(──しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というのが──)

 

 そこまで考えて、面倒になった泉美は思考を放り投げた。ベッドの上を転がってうつ伏せになる。様子見と決めた以上、これ以上最悪を考えても仕方ない。今回の件は泉美の中では既に一段落しているのだ。妖魔の兵器は処理出来た以上、九島や強硬派については急ぎではない。

 

 何より、一人ではそちらまで手を伸ばすのは難しい。今回は表沙汰には出来ない内容だったから干渉出来ただけだ。公的な立場を持つ相手に個人でやれる事は知れている。

 

(最低でも二、三人動かせる人員が欲しいですし……先に(七草)の問題からですね)

 

 やはりしばらくは地盤固めに使うべきだろう。他所に何かするのは来年の師族会議で自浄作用が働いているのかを確認してからでいい。

 

 とりあえず今後の方針を決めた泉美は、騒ぐ香澄を他所にそのまま昼食の時間まで二度寝を楽しむ事にした。

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

 昼食後、一年女子数人でシールド・ダウンの試合を観に行く。今日は珍しく水波も一緒だ。

 

 ちなみに観戦するのは女子ではなく男子の試合。出場する三年の沢木選手が風紀委員での香澄の先輩なのに加えて、肉弾戦が有り得るこの競技は男子の方が面白そうだと思ったからだ。

 

「そういえば去年からずっと司波先輩が担当した選手は事実上無敗だそうですね」

 

 そして新人戦女子シールド・ダウンの選手である水波がこっちに来ているのは、沢木の担当エンジニアが達也だからだ。

 

 泉美があずさから聞いてきた達也の情報を振ると、案の定他の女子達が食い付いてくる。

 

「えっ何それすごっ!」

 

「一度も!?そんな事あるの?」

 

「……アイツが?そんなに凄いの?」

 

 約一名不満そうなのがいるが、それは置いといて。

 

「事実です。達也兄様が去年担当したのは新人戦のスピード・シューティング、ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バットですが、全て上位を独占しました」

 

 当然とばかりに水波が答える。……が、それを聞いた香澄は不機嫌そうな顔から一転、首を傾げた。

 

「?独占って……一人で同じ競技の選手を複数担当してたの?」

 

「え?……は、はい、そう聞いていますが……」

 

 今年のエンジニアは基本一競技で一人の選手しか担当しない。例外は全員参加のスティープルチェース・クロスカントリーだけだ。

 

 普通は試合の時間が被らないようにするもので、香澄の疑問はある意味当たり前のものと言える。

 

 しかし水波は理由を知らなかったらしく、返ってきたのは歯切れの悪い返事だった。代わりに既に同じ質問をあずさにしていた泉美が答える。

 

「去年は一科生と二科生での差別が今年より酷かったらしいですからね。二科生だった司波先輩に調整してもらうのを嫌がった人が多かったそうですよ。特に男子や上級生は」

 

 結果、新人戦女子の競技だけを担当する事になったらしい。別競技で日程が被ることを考えると、一競技の三人全員させた方がマシ、という訳だ。

 

「ふぅーん。そういえばそんな差別があったんだっけ」

 

「四月ぐらいはそんな事言ってる子もいたなー」

 

 去年真由美達が頑張った結果なのか、今年の新入生はそこまで差別意識はないらしい。反応はあっさりしたものだった。

 

「まあそんな理由なので、一人のエンジニアが担当した選手で表彰台を独占する事は今後無いでしょうね。後にも先にも司波先輩だけの記録です」

 

 泉美は話をそう締めた。

 

(それはそれとして、まさかとは思いますが司波先輩、調整の度に『眼』で相手を『視て』いるなんてことは……)

 

 調整に立ち会った事が無いので断定は出来ないし、結果しか見てない人間の邪推なのかもしれない。しかし七月までは普通に使っていたようなので、そこから周囲の評価が変わっていないなら……。

 

(……いやいや警告してから昨日の今日で……まあ『眼』は何処まで読み取るか選択出来ますが……いや表層だけ読み取っても魔法の、CADの調整には……ひょっとして使わずとも同じレベルの調整が出来たり──)

 

 『眼』は魔法師の基本能力の延長線にある異能だ。それは意識しなくても魔法師としての感覚が鋭いということ。だから調整も少しは効率が良くなるだろう。……そうであって欲しい。

 

 そんな事を考えている間に沢木がリングに上がった。一高の試合だ。

 

 ゴングが鳴り、選手が魔法を発動する。相手の六高の選手よりも遥かに速く魔法を完成させた沢木のシールドが、相手選手のシールドを一撃で叩き割った。

 

 試合時間僅か3秒、まさに秒殺だった。

 

「……」

 

「………」

 

 一瞬会場が静まり返り、一気に歓声が沸き起こる。泉美の溜め息は周りの歓声と拍手にかき消された。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

「九島殿から連絡があった。スティープルチェースで行う予定の実験を中止する、との事だ」

 

 その日の夜、軍の施設内にある上級士官用の会議室。急遽集まってもらった同士達に酒井大佐は開口一番でそう言った。

 

「パラサイドールのですか?あれは向こうから熱心に売り込んできたものでしょう?」

 

「そうだ。パラサイドールに不具合が起きたから、とのことだが、詳しい説明を避けられた」

 

 そこまで話すと、集まった士官達も不審を隠そうとはしなかった。

 

「パラサイトはこの冬散々問題になった存在だというのに、ここで不具合の具体的な内容を明かさなかったのですか?」

 

「もう予定日の一週間前だ。今更実験を中止する程の不具合だと?」

 

「やはり無理なのではないか?そもそも人に取り憑く妖を利用するなど、予想外の事があった時に民間人が真っ先に被害を受けるぞ」

 

 パラサイドールへの厳しい意見が次々と出される。事前にあれだけ自信満々に売り込んでおいて急に中止、ではいい印象を持てないのも当然だろう。

 

 実際、この評価は彼らだけのものではない。他の場所でも予め実験について聞いていた上層部の人間達が同じような話をしていた。

 

「……そうだな。九島家に事情の説明は求めるとして、やはりパラサイドールの採用は出来ないだろう。リスクが未知数というのは軍事兵器として認められない。もう少し研究が進んでからだな」

 

 結局酒井大佐はそう結論付けた。残念といえば残念だが、元々彼らの狙いは九校戦を軍事面に寄った内容にする事で若い魔法師の卵を引き込みやすくする事だ。パラサイドールは九島家が売り込んで来たもので本来彼らの予定に無かったもの。それが潰れたとしても痛手ではない。

 

 それで今日は解散となる……筈だった。

 

 「……?おい門脇、何をやっている?」

 

 酒井大佐が声をかけたのは同士の一人。部屋に入ってから一言も話さずに端末で何かをしていた彼は、急に立ち上がって部屋の扉を開いた。

 

「……やれやれ、ここまでドタバタしたのは何時以来だったか。まあともかく……強硬派の皆様、お迎えにあがりましたよ」

 

 そう言って入ってきたのは、この真夏にも関わらずスーツ姿の男だった。更に後ろから黒服の男達が入ってくる。

 

 抵抗は出来なかった。予め精神干渉を受けていた同士によってセキュリティが切られていた会議室内には、既に黒羽の魔法が立ち込めていた。

 

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