九校戦5日目、今日からいよいよ新人戦が始まる。今日はロアー・アンド・ガンナーとアイス・ピラーズ・ブレイクの予選。香澄と鈴華のロアガン・ペアが一高のトップバッターだ。
「さて、まあ香澄が負けるとも思いませんが、応援はしておきましょう。結果は当然として内容も大事ですからね」
「相変わらず泉美は香澄に厳しいね……」
琥珀が呆れた声で言うが、泉美としてはむしろ周りが甘やかし過ぎたと思っていた。
七草家には兄二人と真由美がいるため、最後に産まれた双子にはこれといった役割がない。真由美は兄のサポートとしてそれなりに仕込まれているが、泉美と香澄は特にそういう事もなく、家の用事に駆り出される事もなく自由にやっている。でなければ三年も家を空けるなど出来るはずもない。
そのため香澄はあんまり十師族としての色々を経験していないし、魔法技能に関しても才能頼みな所があった。泉美が競争相手になれなかったのも大きいだろう。
才能だけでいうなら二人の兄よりも上で、それこそ真由美と張り合えるレベルだと思うのだが、修練が足りない。
本来ならそれでも良いとは思うが、平和とは程遠いこの時代に生きる以上ある程度力は必要。だけど殺し合いの訓練とかはして欲しくない。
という事でこういう機会に厳しくしているだけなのだ。
「さて、ようやく一高の番ですか」
一高の出走は六番目、ここまで見た限りやはり新人戦は本戦よりもレベルが一段落ちる。落水でもしない限り負けはするまい。
フラグめいた事を考えながらボートに立つ香澄を見る。昔から本番には強いタイプで、適度な緊張感を保っていそうだ。
スタートランプが点灯する、ランプが青になった瞬間、一高のボートが急発進した。
一周目のテスト走行は以前言っていた通りどこまで速度を出せるかの確認に使っている様だ。鈴華の操船の腕は、確かに本戦の選手に比べれば未熟な部分もあるが新人としては十分なレベルだ。
そして二周目、無数の的がコース中に出現し、香澄がCADを操作した。
「え、速っ」
「……ふむ、まあまあ仕上がっていますね」
会場にどよめきが走る。香澄が使用した魔法は『ドライ・ブリザード』の派生系。ドライアイスの弾丸を発射する魔法だ。これは真由美の得意魔法で、姉が大好きな香澄も真似してよく使っている。
この魔法自体はさして難度は高くない。観客がどよめいたのはその速度と精度。
十を超える標的を瞬時に撃ち抜いていく。一つも外さないその命中精度は、去年までの真由美を
魔法技能士開発第七研究所の研究テーマは「対集団戦闘を念頭に置いた魔法」。更に七草家は「魔法の多重発動の最大化」「多種類多重魔法制御」をテーマとした第三研の成果も受け継いでいる。『万能』などと得手不得手がないように語られる七草家だが、この特色自体は消えていない。
つまるところ多数の標的を制圧するのは七草の人間にとって得意分野なのだ。
練習で汎用型を使わせていたのは照準補助無しの方が多数の的を狙う訓練になると思ったからだ。しかし学校だけでなく家の設備でも練習を続けた香澄はこれをたった一週間でものにしてしまった。
案外あっさりと出来てしまっていた事に、むしろ泉美の方が驚かされたものだ。
「うん、やっぱり香澄は叩いた方が伸びるタイプですね。厳しいノルマがあった方がやる気が出るんでしょう」
「……香澄に同情するよ」
「強く生きて、香澄……」
一高の出番が終わり、表示された得点は現状大差の一位。特に香澄の射撃はパーフェクト。本戦も含めて唯一の記録を叩き出した。これは泉美も予想していなかった程の成果だ。
元々香澄は『出来ない』事を克服する気概は持っている。ただ才能だけでそれなりに出来る上に、ある程度で満足してしまう質なので練習に身が入っていなかっただけだ。
つまり厳しくしなければ香澄の為にならない、という事。恐れおののいているチームメイトを他所に、泉美は香澄の今後のために心を鬼にすると決意した。
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九校戦6日目、この日は新たに深雪のガーディアンとなった櫻井水波がシールド・ダウンで優勝していたが、亜夜子にとってはそれは重要ではない。
「ふぅ、まぁ実験を阻止するという点では何もする必要が無かったわね」
「いやいや姉さん、パラサイトが何処に行ったのか分からない以上もっと悪くなったのかもしれないだろ」
「あら、それについても周公瑾を潰せば問題ないでしょう?それに達也さんの手を煩わせる事が無くなったのはいい事じゃない」
「それはそうだけど……。でも周公瑾の捕縛に結局手伝ってもらうんじゃ」
「まあ相当の大物だから、こればっかりは仕方ないわね。どれだけの戦力が必要か分からないし」
家の者から一連の流れと、九校戦後の周公瑾の捕縛任務について聞いた二人はそれを達也に伝え、四高のホテルに帰ってきた。
二人は黒羽家としてパラサイドールの調査と実験の阻止に向けて動いていた。しかし会場で会った達也から「後は自分がやるから」と言われて引き下がったのだ。全て達也に任せる事に後ろめたさを覚えていたのは間違いないので(もっとも達也はその後方針をかえて阻止するのをやめたが)、実験が潰れたという報せに二人は多少気が楽になっていた。
しかし亜夜子達の任務はそれだけでは無い。間近に迫った任務が残っている。
「それで、明日が本番だけど、準備は大丈夫なの?」
「当たり前でしょう。前日に大丈夫じゃなかったらもっと慌ててるわよ」
文弥が口にしたのは、九校戦での任務。四葉の縁者
この任務を受けるまでは手を抜くつもりだったので慌てて準備する事になったが、そこは流石に四葉の一員、二人ともきっちり魔法は仕上げていた。
「それで、昨日七草香澄は出たけど、どう?」
文弥の問いは抽象的なものだったが、亜夜子はその意図を正確に理解していた。
「そうね……見れたのは射撃能力ぐらいだけど……そこだけなら私では厳しかったかもしれなかったわね」
思い出すのは多数の移動標的を一発も外さずに撃ち抜いた香澄の魔法の速度と精度。確かに十師族の直系だけあって並外れたものだった。
文弥はともかくサポート型の亜夜子は元々戦闘が得意でない。ロアー・アンド・ガンナーで香澄より上とは自分でも思えなかった。
「大丈夫なの?本命の七草泉美はそれより確実に上って話だけど」
「……ん、勝負に絶対はないけれど、この競技で負けるとも思わないわよ」
そして明日戦う泉美は香澄よりも手強いと考えるとあまり楽観は出来ない。しかしそれでもミラージ・バットなら自分に分がある、と亜夜子は判断していた。
亜夜子の得意魔法は隠密用の魔法『極散』、そして『擬似瞬間移動』。『極散』は九校戦では使い道はほぼ無いが、『擬似瞬間移動』はミラージ・バット用にアレンジする事で、驚異的な速さを出す事が出来る。
更に『極散』の使い手である亜夜子は光の分布に敏感だ。一高の光井ほのか程ではないが、一般人よりは遥かに高い光への感性を有している。
この二つのアドバンテージがある以上、たとえ深雪であっても亜夜子にミラージ・バットで勝つのは不可能だ。競技用の魔法を完成させた亜夜子は自分をそう分析していた。
「ま、人の心配ばかりしてないで、貴方は自分の事を考えなさい。そっちも七宝の長男と当たるでしょ」
「一高と当たるのは明後日だけどね。それじゃお休み、姉さん」
「ええ、お休み。また明日」
六月に調査中の諜報員が泉美に捕まった件に二人は関わっていない。しかし黒羽家としての大失態は、黒羽家の次代である2人が取り返さなければならない。
闘志を秘めた亜夜子と文弥は、お互いに声を掛け合ってそれぞれの部屋に帰っていった。