九校戦七日目。ようやくか、という思いが強い。今日行われるのは新人戦ミラージ・バットとモノリス・コード。つまり泉美の出番だ。
泉美が出場するのは予選第六組、決勝が夜に行われる事を考えると休憩時間の関係上あまりいい順番ではないが、まあハンデにもならないだろう。
そんな事を考えながら泉美は出場するライバル達の試合を見学していた。ミラージ・バットは二つの会場で行われるが、一試合に1時間かかるので二試合目の途中まで見学していても余裕で間に合う。
そして今、泉美の目は会場を稲妻のごとく駆け上る少女に向けられていた。
「お〜、大したものですね。速い速い」
「泉美は他人事じゃないじゃん。なんでそんな呑気なのさ」
隣で香澄が呆れているが、実際大したものなのだ。事実優勝候補と言われていた三高の選手もこの試合なのに、全く寄せ付けていない。
「擬似瞬間移動の劣化版ですね」
「?擬似瞬間移動はルール違反じゃなかったっけ?」
「だから劣化版なのですよ。真空チューブを作ると妨害でルール違反なので、その工程を省いているんです」
のんびりと解説する。くだらない実験を潰した今、もう泉美の中では九校戦はお祭りの様なものだ。今も視線の先の、
「黒羽……亜夜子さんでしたか。まぁ確かに十師族でもおかしくない魔法力ですね」
「……?……あっ!!黒羽!?」
「えっ……今更ですか?」
四葉家の分家に黒羽という家がある。という噂をようやく思い出したらしい。前夜祭の時点でそれなりの人間が気付いていたのにこの姉は……
「それじゃあの子は四葉の人間って事?」
何故か声を潜めて聞いてくる。あちこちで似たような会話はされているので隠す必要は無いのだが。
「まあ可能性の話ですよ。別にだったらなんだという話ですし」
「いやそうだけど……」
試合はまだ第二ピリオドが終了した所だが、既に勝負はついている。ここから逆転は難しいだろう。
(……しかし四葉家は随分目立ちたがり屋が多いですね……これでよく秘密主義ができるものです)
もう一人の黒羽、黒羽文弥の事は分からないが、現状泉美の知る四葉の関係者は全員すっごく目立っている。
目の前の亜夜子にしてもそうだし、深雪は今年のアイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグを全て一分以内に終わらせて力の差を見せつけた。達也にしても技術を自重する気がまるでない。特にロアガンで使われた『インビジブル・ブリッド』のアレンジ、あれはもう、三高の吉祥寺選手に対して「自分の方が上だ」と誇示しているようなものだ。
よくこれで当主以外の構成員が不明、なんて事になったものだ、と呆れつつ隣の香澄に話を振る。
「ちなみに香澄ならどうです?彼女と戦ったら、勝てそうですか?」
「……いや、ミラージだとちょっと勝てそうにない。他の競技なら分かんないけど」
「まあそうでしょうね。多分彼女は擬似瞬間移動が得意なのでしょう。もう一つ別のプロセスが入ってますが、些細なことですね」
亜夜子は跳ぶ際、彼女の前方の空気を『拡散』している。真空チューブの代わりに空気抵抗を減らす為なのだろうが、そちらも随分得意そうだ。
「……それで、泉美なら勝てるの?」
心配そうにこちらを見る香澄に、泉美は首を傾げた。
「……?まさか、私が負けるかも、と思ってるのですか?」
心外な事だ。四葉だろうが相手の得意種目だろうが、流石に高校生相手に負けはしない。
そう思っていると、香澄が今度は呆れた声で聞いてきた。
「それじゃ泉美ならどうやって勝つのさ」
「んーそうですね……見た限り予定していた手札だけで十分なので、決勝でのお楽しみですね。私が何をしたのか後で聞くのでよく見ていて下さい」
自分が予選を突破するのを前提にした泉美の回答に、香澄は予選で当たる他の選手に同情した。
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真夏の憎き太陽もようやく沈み、九校戦に訪れた観客も幾分過ごしやすそうにしている。しかし観客の熱気はむしろ昼よりも増していた。
基本的に九校戦は昼間までに全ての競技が終了する。唯一の例外が、これから行われるミラージ・バットの決勝だ。
「いよいよですね、お兄様」
「ああ、どちらが勝つのか、見物だな」
達也の言葉は、この場に集まった観客達全員が共有するものであった。前評判では十師族である泉美が大本命とされていたが、予選での亜夜子の圧倒的な活躍がその評価に
「流石にこの競技で亜夜子ちゃんが負けるとは思えませんが……」
「そうだな。しかし泉美が相手では断言は出来ない」
(しかし、嘘から出た真とはいうが、まさか本当にこの組み合わせになるとは……)
深雪と共に一高に割り当てられた観客席に座りながら、達也は予想していなかった、いや、可能性が極めて低いと考えていた状況を眺めていた。
七月の頭に選手を選ぶ際、達也はあえて含みのある言い方をした。それによって泉美は都合よく勘違いしてくれたようだが、達也自身は亜夜子が泉美と
達也は四葉の諜報員としての亜夜子も、黒羽家の長女としての亜夜子も知っている。その能力も。しかし、四校の生徒としての黒羽亜夜子については殆ど何も知らなかった。どういう立ち回りをしているのかも、周囲が双子の事をどう見ているのかも。
なので諜報員としての自覚がある黒羽の姉弟が予選で見せたような派手な活躍をするとは思っていなかった。また、自重せずに力を見せるのなら新人戦ではなく本戦に出場すると思っていた。
これは達也の思い違いという訳ではない。亜夜子達が高校で実力を隠してはいないと知っている真夜も、二人は本戦にでると思っていた。新人戦に出場するのは、目立つのを避けた亜夜子達が裏工作した結果だ。この時点では亜夜子達は実力を見せる気は無かったから。
そしてその後で双子は真夜から目立つように指示を受けた。この状況は偶然が積み重なって生まれたもので、予想出来るものではない。
(まあ好都合ではある。流石に亜夜子が相手なら、予選の様にあっさりは行かないだろう)
なので達也が香澄をミラージ・バットの選手にする事に反対したのは、別に香澄では亜夜子に勝てないからという理由ではない。単に泉美に出て欲しかっただけだ。
(泉美の使っていた接触型
『分解』の効かない相手用に開発中の魔法もあるが、あれはまだ未完成。そして他の魔法を殆ど扱えない以上、もし達也が泉美と戦う事になったら殴り倒すしかない。
そのためミラージ・バットで、泉美がどれくらい動けるのかを確認しておきたかった。
九校戦の種目の中で、
なので観察の絶好の機会、と思っての発言だった。多少強引だったが、怪しむ人間がいたところで、亜夜子が出なければ何かの勘違い、で終わる……と思っていたのだ。
その後謎のメールが送られたことで思い出す暇がないくらい忙しくなってしまったのだが、実験を事前に阻止するのをやめた事で心に余裕が出来た。更に昨日亜夜子達が持ってきた情報では、パラサイドールが襲撃され実験は潰れたらしい。
散々人を振り回しておいて勝手に潰れた事に思うところが無いわけでは無いが、達也が手を下すまでもなく終わったのならそれでいいだろう。
とにかく今はミラージ・バットの観戦に集中するつもりだった。
(しかし……なんというか、俺らしくないな……)
自分でも泉美に対してここまで警戒する必要があるのか疑問ではある。達也は自分が他人に興味が薄い人間だと自覚している。深雪に敵意を向けている人間なら話は別だが、今のところ泉美はそのような様子を見せていない。
確かに分解が効かないのは脅威になるが、それだけなら十文字克人も当てはまる筈だ。しかし去年達也は克人にはそこまで警戒してはいなかった。素性がバレないように注意を払ったぐらいだ。そして泉美には既にバレている可能性が高く、その上で黙っているのならそこまで脅威では無い筈だ。
そう考えると、四月に見せられた接触型術式解体の発展形『破魔の羽衣』。魔法技能ではなく想子操作の技量で負けていた、というのは思ったよりも自分の中で大きかったのかもしれない。その後、『
「……お兄様、始まりますよ?」
「ああ」
深雪に声をかけられて、達也は目の前の光景に意識を戻した。結果として自分が作った組み合わせだ。この機会は有効に活用しなければならない。
舞台の上では既に六人の選手が開始を待っている。一高の三人は全員が予選を突破しており、関係者を驚かせていた。
──試合開始のランプが灯る。程なくして、最初の光球が夜空に出現した。