七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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 ここは飛ばしても問題ありません

 〜ミラージ・バットの簡単なルール〜(点数は適当)

 舞台の上空10メートル程の位置にホログラムで光球が出現、それを六人の選手が獲り合う競技。

 得点は 青50点  赤30点  緑10点

 なお、出現する光球の数は一度に複数がピリオド内でも何度かに区切られながら出るものとします。花火大会みたいなイメージで、全く光球が無く、出待ちする時間帯も存在すると解釈してます。

 他者の行動を魔法で妨害したり、障害物を作るのは禁止。ただし身体で進路を塞ぐとかはあり←何故これで事故らない?

 一応こういうイメージで書きましたが、本文ではほぼ出ません。


ミラージ・バットと亜夜子と泉美

★☆★☆★☆★☆

 

 

 六人の中で最初に跳び上がったのは泉美。純粋に魔法発動速度が上回っている以上この流れは揺るがない。狙うは当然最も点数の高い青の光球。観ていた殆どの人間が、初手は泉美が貰ったと思った。

 

「おっと」

 

しかし中ほどまで跳んだ泉美は急に身を(ひるがえ)すと方向を変えた。世に言う二段ジャンプの様に他の光球へと向かう。

 

 次の瞬間、最初に泉美が狙っていた光球に暴風の様な勢いで亜夜子が突っ込んだ。間に合わないと判断した泉美は標的を途中で変更したのだ。

 

 会場に歓声が湧き上がる。亜夜子の圧倒的な速度と、空中で軌道を変えた泉美の技量に。予選を踏まえての前評判通り、新人戦ミラージ・バットはこの二人の勝負になる──観客達はそう確信し、二人の一挙一動にくぎ付けになった。

 

 

 

「……やはり体術もかなりの練度だな。それも、どうも空中戦に慣れているような印象を受ける」

 

 周囲の盛り上がりと対照的に、達也は冷静に泉美の分析をしていた。その言葉に隣の深雪が不思議そうに首を傾げる。

 

「空中戦に……ですか?お兄様の飛行魔法が発表されてまだ一年ですが……」

 

「古流には以前から飛行魔法の使い手が確認されている。その関係かもしれない。ただ……」

 

 そこで達也は一度口ごもるも、そのまま続けた。

 

「……泉美の所在が分かっていなかったのはせいぜい三年程度だ。それだけの期間で仙術だけでなく体術まであのレベルになれるのか、と言われると疑問だが」

 

 いや、正しく言うなら身体能力自体はそれなりに鍛えている程度だ。しかしその流れる様な身体の使い方は"それなり"の領域ではない。

 

「体術はそれ以前から鍛えていた可能性もあるのでは?」

 

「……そう…だな。そう考えるのが自然か」

 

 深雪がありそうな解答を示す。確かに可能性としては一番高いし、達也にも否定出来る程の根拠はない。しかし香澄は大して身体を鍛えていない事を考えると納得はしづらかったが。

 

 第一ピリオドが始まって五分程。試合は一進一退で進んでいる。このまま進めば勝負は分からない。大多数の観客同様達也もそう思っていた。

 

──達也は泉美の動きの観察に意識の大部分を割いていた。それ故、亜夜子の変調にまだ気付いていなかった。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

 別の場所でも、香澄と鈴華のロアガン・ペアが泉美の動きを話し合っていた。

 

「それで香澄は泉美が何をやってるか分かったの?」

 

「……一つは分かるよ。少しならボクにも出来るし」

 

 事前に泉美から、二つ技を使うので見破るように言われている。なので香澄は試合が始まってからずっと泉美を観察していた。

 

「ホント!?私全く分かんないんだけど。ただすごいな〜くらいで」

 

「泉美がCADを操作するタイミング。光球が出る前から操作してるでしょ?」

 

 香澄の言う通り、泉美は最初の一回こそ普通にCADを操作していたが、それでは亜夜子の()()に間に合わないと判断してからは、より()()CADを操作しだしたのだ。

 

「あっホントだ。えっでもなんで?予知でも出来るの?」

 

「違う違う。位置情報を入力せずに魔法式を待機させておいて、光球が出てから位置情報だけ入れてるんだよ」

 

 香澄達の父である弘一が使う『八重唱(オクテット)』は四系統八種の魔法を一種ずつ発動直前の状態で待機させておく技術であり、それは流石にこんな場で見せる訳にはいかない。

 

 しかし一つの魔法式を数秒、あるいは十数秒待機させておくだけならば少し高度な技法でしかない。この技によって泉美は亜夜子に常に先を取っていた。

 

「へぇー。それでもう一つは?まだ使ってないの?」

 

「分かんない……ただ……段々泉美の方が優勢になってるんだよね。いつの間にか」

 

 第一ピリオドは残り僅か。ここに来て僅かだが泉美の方が得点を伸ばしている。涼しい顔の泉美に対し、亜夜子の表情は随分険しい。予選では終盤まで勢いが衰える事はなかったのにだ。

 

「黒羽さんの方がバテてるだけじゃないの?ほら、泉美を相手にして気合いが入り過ぎたとか」

 

「……まあそうなのかな……それで使う必要が無くなったとか?」

 

 第一ピリオドが終了し、選手達が休憩に入る。その際亜夜子が泉美の方を睨みつけていたのが香澄には妙に気になった。

 

 

☆★☆★☆★☆

 

 

 第二ピリオドの後半になると、その優劣がはっきりと現れ出した。常に先を取る泉美に対し、亜夜子は全く追いつけなくなってきた。泉美がより早くなった訳では無い。亜夜子の動きが精彩を欠き始めたのだ。

 

「お兄様!?これは……」

 

「……分からない。少なくとも魔法的な妨害を受けている訳では無い」

 

 亜夜子の事をよく知る二人にとっては異常事態だ。勝ち気な所もある亜夜子だが、普段サポート役である彼女は常に冷静な判断をするよう心掛けている。その亜夜子がペース配分を見誤るとは考えにくかった。

 

「……身体的にも妨害を受けている様子はないな。そうなると精神面での疲弊か?」

 

 ミラージ・バットは一時間弱の間魔法を使い続ける必要のあるかなりハードな競技だ。それも予選と決勝を一日の間に行う以上疲労が溜まる可能性はある。

 

 達也の視線の先で亜夜子が起動式を読み込む。魔法を発動し跳び上がろうとした──その時、一瞬亜夜子の目線が泳いだ。

 

「今のは……?」

 

「?お兄様、何か……?」

 

 深雪は気付かなかったらしい。しかし達也は、これが亜夜子の不調の原因だと理解した。──視線が泳いだ先に、誰がいたのかも。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

「はぁ……はぁ……ふぅ……」

 

 精神に疲労が蓄積される。対戦相手である泉美との差が開いていく。しかし打開する策が浮かばない。

 

 第三ピリオド。既に勝敗は誰の目にも明らかだった。

 

 亜夜子は当然、泉美が何をしているのかを──自分が何をされているのかを理解していた。

 

 ただ、()()()なのだ。比喩ではなく、泉美が意図的にそうなっている。

 

 光球を視認し、起動式を読み込み、魔法を発動させる──その瞬間に、急に泉美の方に視線が吸い寄せられる。

 

 魔法による現象では無い。しかし人間の視線を一瞬誘導するだけなら魔法は必要ない。

 

 そして魔法とは極めて繊細なものだ。ましてやミラージ・バットは人間の最大の死角である頭上にある光球を見上げながら狙いを定めなければならない。その最中に余所見をすればどうなるか。

 

 これまではその都度何とか魔法を立て直していたが、精神的な負担は普段の魔法行使と比べ物にならない。このまま行くと最後まで持たない事を亜夜子は自覚していた。

 

 しかし対処の仕方が分からない。単純に考えれば泉美を視界に入れなければいい筈だが、この競技は必ず目線が上にいく。そして先に跳び上がっている泉美は当然目に入る。向こうもそういう場所取りをしているらしい。

 

(……どうする?どうする!?このままだと……)

 

 疲労で頭が働かない。視界にも霞がかかる中、任務への使命感だけで亜夜子は戦っていた。

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

 光球が頭上に出現する。──しかし亜夜子の指はCADに掛からなかった。

 

 俯いて荒い息を吐く様子に、観客達も否応なく彼女の限界を悟ってしまう。

 

(──あらら。少しやり過ぎましたか?やはりこれは大人げなかったような気も……)

 

 第三ピリオドも後半に差し掛かった。既に大差でトップに立ちながら、泉美は内心反省していた。幼気(いたいけ)な女の子に対して少し悪辣過ぎたかもしれない。

 

 泉美がやったのは身体の動きと跳び方で少し視線を自分に誘導しただけ。本来は祭事などで注目を集めるための技で魔法を併用するのだが、今回は魔法は使っていない分効果も薄い(それでも並の高校生なら魔法を失敗したりするのだが)。

 

 亜夜子はそれを頑張って堪えていたが、とうとう限界が来てしまったらしい。

 

(もう少し持つと思っていましたが……やはり擬似瞬間移動は負担が大き過ぎたのでしょうね)

 

 擬似瞬間移動自体は比較的ポピュラーな魔法だ。真空チューブを作る工程を省けばルール違反にならないという事も当然多くの生徒が気付いていた。

 

 しかし今まで誰もこの競技でこの魔法を使いはしなかった。理由は簡単で、この魔法は選手の負担が大きいのだ。

 

 本来の擬似瞬間移動は"自分を空気の膜で覆い"、"慣性を中和し"、"真空チューブで道を作り"、"移動する"四工程複合魔法。真空チューブの工程を何かで代用したとしても、普通の跳躍に比べて必要な魔法力は跳ね上がる。

 

 それゆえ発動速度に劣り、何よりミラージ・バットのように長時間繰り返して使うのはスタミナが持たない、と考えられて今まで使われていなかったのだ。

 

 亜夜子は本人の魔法力、そして元々擬似瞬間移動を得意としていた事もあって予選ではそれが表に出ていなかったのだが、泉美が相手では予選のようにはいかなかった。

 

 発動速度には最初からはっきりとした差が現れ、更に泉美の視線誘導によって精神的に削られ続けた結果、スタミナの損耗が許容範囲を越えてしまった。

 

(うーん……可哀想ですが……いやでも一応勝負ですし……それに今後の事を考えるとこうした方が良かった訳で……手加減しそこなったのは申し訳ないですが……)

 

 こんな悪辣な技を使ったが、泉美とて亜夜子に恥をかかせてやろう、なんて考えは全くない。黒羽家が四葉家の分家、という噂が広まっている事を考えるとここで格付けがされてしまうのもどうかと思ったのだ。

 

 なので序盤はいい勝負をして、『後半は亜夜子が張り切り過ぎて自滅してしまった、魔法では負けてない』という感じにしたかったのだが、あまり上手くいっている気がしない。適当なタイミングで手心を加えるつもりが、思ったより亜夜子が頑張るのが愉しくなって機を逸してしまった。

 

(というか黒羽さんにしても二着狙いに切り替えれば良かったものを……このままだと琥珀に抜かれますよ)

 

 そう、トップ争いに大敗した今、亜夜子の得点は三位の琥珀とそう差がない。スタミナが尽きた状態ではこのまま逆転されるだろう。

 

 一高にとってはいい事だ。琥珀と星羅の練習に付き合っていた身としても嬉しい事だ。しかし亜夜子への罪悪感から泉美は素直に喜べなかった。

 

 

 

 

 終了のブザーが鳴り響く。結果、泉美が一位、琥珀が逆転して二位と一高がワンツーフィニッシュ、予選で大暴れした亜夜子は三位に終わった。

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