七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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九校戦の終わりと暗闘

 スティープルチェースは女子が深雪、男子が一条将輝が優勝と、特に面白みもない結果に終わった。

 

 内容を隠す必要がなくなったからだろう、スティープルチェースは急遽選手一人ずつに撮影ドローンがつくようになり(この時代のドローンは森林だろうが苦にしない)、観客は手持ちの端末で目当ての選手を見る、という形態になった。人工林の中で何をしているのか傍目では全く分からないので、この変更は観客から喜びを持って受け入れられた。……正直泉美はこれなら冷房の効いた家で見たかったが。

 

 とにかく一高の総合優勝が決まった。これで四年連続らしく、競合という観点から見てもいい加減他校へのテコ入れが必要な気もする。

 

「あ〜、どうもこんばんは黒羽さん。」

 

「……っ!!……こんばんは、七草さん」

 

 そして後夜祭、泉美は亜夜子に話しかけていた。というのも亜夜子から凄く睨まれていたからだ。少しばかり話をして、出来ればもう少し友好的になって貰いたい。近くにいた文弥が心配そうに姉を見守りつつ、これまた泉美に敵意を向けてくる。そこまで恨まなくても、と思わなくもないが、大人な対応を心掛けなければ。

 

「ミラージ・バットでは対戦ありがとうございました。素晴らしい魔法力でしたね」

 

「……勝った貴女に言われても嫌味にしか聞こえませんわね」

 

「いえ、今回私が勝ったのは競技用のCADだったからですよ。もっと処理が楽な最新のCADならこうは行きませんでした」

 

 これは本当の事だ。競技用CADの処理速度の遅さは魔法式を事前に待機させておく泉美の技術の効果を上げ、逆に複雑な魔法を使った亜夜子の負担を増やした。これがなければもう少しいい勝負になっただろう。……まあ負けはしないだろうが。

 

 泉美の言葉が本音だと伝わってくれたのか亜夜子の空気が少しだけ柔らかくなる。悔しいという感情自体は全く消えてはいないが、少なくとも敵意は和らいだ。

 

「……それでも、次はこうはいきませんわ。必ず貴女に勝ちます」

 

「そうですね、受けて立ちましょう。──あ、それと其方の方はご兄妹ですか?」

 

「ええ、双子の弟です。──文弥」

 

「初めまして、黒羽文弥です。ミラージ・バット優勝おめでとうございます」

 

「ありがとうございます。七草泉美と申します。黒羽君もモノリス・コードの優勝おめでとうございます。七宝君との戦いはお見事でした」

 

 四月の頃なら琢磨が負けても先輩達はそんなに騒がなかっただろうが、泉美から見ても琢磨はこの三ヶ月でそれなりに成長していた。だからこそ、その琢磨を正面から打ち破った文弥の活躍は一高内に轟いていた。

 

 精神干渉魔法を無系統魔法に偽装しようという暴挙は置いておいて、接近に全く気付かせない隠密能力や機動戦闘を得意としていた事を考えると忍術を少しかじっているのかもしれない。

 

「ありがとうございます。七宝家の嫡男がモノリス・コードに出場する可能性は(あらかじ)め作戦スタッフに聞いていましたから」

 

「!!作戦スタッフからですか。羨ましいかぎりですね。一高では他校の情報収集はあまり出来ていないんですよ、生徒会の方で少し集めるくらいで」

 

 それも本当に軽く集めるくらいだ。今年でいうなら、九島光宣は体調に不安があるため欠場、くらいしか分かってなかった(というか正直それを聞くまで光宣の存在を忘れていた)。

 

「そういえば七草さんは生徒会なんですよね」

 

「はい。私はもちろんですが先輩方も今年の九校戦は要項変更のせいで大騒ぎでしたよ。新競技が三つ、特にスティープルチェース・クロスカントリーは準備が大変でした」

 

「あはは、四高(うち)も似たようなものですよ」

 

「やはりそうですよね。本当に運営委員はどういうつもりなのやら。父に聞いてもはぐらかされましたし」

 

 ……少し迷ったがこの姉弟から()の情報を聞き出せるかは試さなかった。その後の九島に関する情報を持っているか分からないし、無理に攻めて泉美が疑われては元も子もない。

 

「……まあそれはともかく、四高も作戦スタッフは連れているんですね。具体的にどんなお仕事をしてるかとか──」

 

 その後も当たり障りのない話に終始する。強硬派や九島については分からないままだが、一高校生としては十分有意義な時間だった。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

──走る、走る、ただ走る。

 

「西門に向かった。先回りを」

 

「ターゲットを捕捉。B班と合流して仕掛ける」

 

 逃げる先にも人影。狩人達の静かな包囲網が周公瑾を追い詰めていた。

 

(やれやれ……私一人に何人動員しているのやら)

 

 心の中で愚痴りつつ、懐から牌を取り出す。すると牌の中から影で出来た獣が生まれ、行く手にいた狩人の一人に襲い掛かった。

 

「こちらもターゲットを確認……ガッ!」

 

 殺しはしない。その方が負傷者の回収に更に人手を使わせる事が出来る。長期的に見れば殺した方がいいのだが、それ程の余裕は今の周には無い。()()()()()()()()を相手にして、周はこの場を凌ぐことに全力を注いでいた。

 

 8月16日、今日は九高戦スティープルチェースの当日。既にパラサイドールが襲撃された情報は周にも届いていた。それを(あるじ)にも報告したのだが、意外にも主は怒らなかった。最低限の収穫はあったとのことだ。指令自体はこなしていたし、周の責任ではないのは明らかとはいえあっさり許されて正直ほっとした。

 

 しかし残念ながら世の中はそんなにいい事ばかりではない。その日の夜、周は急襲を受けた。

 

 現在自分を襲っているのが四葉の部隊であると周は確信していた。話を聞く限り、パラサイドールを襲撃したのも四葉家の可能性が高い。これもその関係だろう。音沙汰の無い部下達は既に()られたとみるべきか。

 

(ふむ……しかしこの程度なら逃げ切れない事もないですね)

 

 周はまだ、自身の切り札の一つである遁甲術を使っていない。影獣のストックもそれなりに残っている。このまま行くなら問題ない、現状を周はそう分析していた。

 

 高速移動の術式で走りながら、牌から密かに影獣を呼び出す。狙いは進行方向……ではなく、5時の方向で連絡をしている人間。

 

「グアッ!!」

 

「何!?どうした!?」

 

 予想通り、先回りする部隊との通話だったようで、進行方向にいた二人に動揺が走り、隙が生まれた。

 

「なっ!!しまっ……ガァッ!!」

 

 すり抜けざまに影獣をけしかけ、そのまま走り抜ける。これで包囲網に一つ穴が空いた。

 

(さて、このまま上手く……は行きませんね。厄介な)

 

 更に行く手に四人の狩人。思ったよりも数が多い事に辟易しながら、周の逃亡劇は続いた。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

 それから数分後、二人の男が向かい合っていた。一人は周公瑾。悪霊の代理人であり、この中華街の実質的な支配者。

 

 そしてもう一人はソフト帽を斜めに被った壮年の男性。この真夏にスーツを決めている目の前の男の正体を周は知っていた。

 

「これはこれは。四葉の更なる闇、黒羽家のご当主様が直々にお出ましとは。この包囲網といい私ごときの為に大袈裟な事ですね」

 

「大袈裟ではあるまい。貴様の所業は既に把握している。ブランシュの蜂起、無頭竜の暗躍、大亜連合の手引き、パラサイトの密入国手配……よくこれだけやったものだ」

 

「どれも大した事ではありませんよ。私がいなくても(いず)れ起きていた事ばかりです」

 

 そう言って周は肩をすくめた。言い訳ではなく、これは周の本心だ。大亜連合の件を除けば周がしたのは主の代理としての仕事ばかり。ついでにブランシュと無頭竜は周は殆どタッチしていない。主の関係で少しだけ関わったくらいだ。

 

 しかし相対する黒羽(みつぐ)はそうは受け取らなかった。何よりここまで大掛かりな動員をした最大の理由が残っている。

 

「……そして今回の件。パラサイドールに宿っていたパラサイトをどうした?」

 

 貢のこの問いに、周は怪訝な顔を返した。しかしすぐに意味を察すると嘲笑を浮かべる。

 

「……ふ、ふふ……はははは………!!」

 

「……っ!!何がおかしい!!」

 

「いえ……四葉家というのも案外間抜けなようですね」

 

「なにっ!?」

 

「貴様っ!!」

 

 貢の後ろに控えていた二人の部下がいきり立つ。しかし貢自身は表情を険しくしながらも冷静さを保っていた。ゆっくりと間合いを詰める。

 

「……どう思おうが勝手だが、お前はここで終わりだ。この距離なら得意の奇門遁甲も使えまい」

 

「そうですね……ここまで懐に入られては遁甲術も役に立たない」

 

 そう言いながらも、周の余裕は、貢を馬鹿にした空気は失われなかった。まるで出来の悪い生徒を前にしたかのように言葉を重ねる。

 

()()()一つ忠告しておきましょう……古流魔法師が無駄話を始めたら、時間稼ぎだと考えた方がいいですよ──疾ぃっ!!」

 

 一瞬の出来事だった。夜空から落ちてきた影の獣が、反応する間もなく貢の右腕を食いちぎった。

 

「……っ!!」

 

 貢が声もなく(うずくま)る──周の目の前で。ここでようやく部下達がカバーしようと動き出したが、余りにも遅すぎた。既に周は牌を構えていて──

 

「さようなら、黒羽貢」

 

 ──その言葉を最期に、貢の意識は二度と浮き上がることのない闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

 十分後、応援に呼ばれていた達也が文弥に連れられ現場に到着した。しかし彼らを待っていたのは、無惨にも首がちぎれた貢の壮絶な死に顔だけだった。

 

 

 





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