2096年4月8日、魔法大学付属第一高校の入学式当日、総代として最終確認のある泉美は式の2時間程前に一高に到着した。(香澄は置いてきた。後で真由美と一緒にくるだろう)
段取りの最終確認は講堂の準備室で行う。泉美が声をかけて部屋に入ると、すでに五十里とほのかが中にいた。
「おはよう、早いね」
「あ、泉美ちゃん、おはよう」
「五十里先輩、光井先輩、おはようございます」
二人と挨拶していると直ぐに達也と深雪が部屋に入ってきた。見知らぬ少女を連れている。肩に掛からない程度の髪にお下げの可愛らしい子で、かなり鍛えているのが歩き方からも伝わってくる。真面目そうな子だな、と泉美は思った。
少女のことを知らなかったのは五十里達も同じらしく、挨拶したあとその子のことを尋ねている。
彼女は桜井水波、達也の従妹だそうで今年の新入生、つまり泉美の同級生第一号というわけだ。
「はじめまして桜井さん、七草泉美です。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
ちなみに泉美は水波が達也の従妹という話は嘘だと分かっていたが、別に指摘するようなことでもないので流している。これから3年間同じ学校に通うのだから、良好な関係を築くに越したことはないのだ。
最後にあずさと花音が入ってきて、最終確認とリハーサルが始まった。
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リハーサルは式の30分前には終了した。一度香澄と会っておくか迷ったが、新入生総代は入学式で座る席が決まっている。合流したところで式では別れるのだしこのまま待機することにした。昔から落ち着きのない姉だが流石にもう子供ではない。式当日に問題など起こしはしないだろう。
「泉美さん?どうかしましたか?」
「い……いえ……何でもありません」
それから10分も経たないうちに、子供ではないはずの姉が魔法を使ったことを感じ取って、泉美は頭を抱えた。何が起きたのか気になるが、知ったところで今更どうしようもない。せめて香澄が入学式に参加出来ることを祈るしかない。
魔法の練習の際に、魔法の無断使用は犯罪行為だという小学生でも知っていることはいちいち教えなかったことを後悔しながら、泉美は大人しく先輩達と式を待つしか出来なかった。
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「………、新入生一同、魔法科第一高校の一員としての自覚と誇り、そして責任を持ち、それぞれの夢や目標に向かって日々精進していくことを誓います。教員の皆様、先輩方、そして来賓の方々、どうか暖かいご指導をお願いいたします。
新入生総代、七草泉美」
答辞は特に問題も無く終わった。はじめての経験で実は結構緊張していたのだが、後はもうやることもないので気楽にみていられる。式はまだ途中だが泉美の頭の中は既にこの後のことに移っていた。
(とりあえず香澄と合流して事情を聞きますか、ああその前に来賓への挨拶と……確か通例だと生徒会に勧誘されるんでしたっけ?)
主席入学者は生徒会に誘われると真由美が言っていた。ついでにそのまま生徒会長になるのが基本らしい。
泉美は生徒会長の座には魅力は感じてないが、人脈を拡げるのは大事だし、パラサイトを監視するという意味でも入っておいた方がいいだろう。一昨日は引き下がったが、あれが安全などと言われても泉美には全く信用出来ないし、目を離せる代物ではない。
そんなことを考えていると今度は司波兄妹のことが気になってくる。いくらかの高名な九重八雲のお墨付きがあるとはいえ、パラサイトのことを知っておきながら高校に置いておこう、などまともな人間の思考ではない。
挙げ句にあのピクシーロボは達也が個人名義で購入したそうだ。ただの高校生がやることでは絶対にない。
司波、という家名で泉美に心当たるものは無い。が、本人達の雰囲気を考えても一般家庭の人間ではありえない。特に達也は先の水波と比べても異常と言って良いほど隙がない。殺し屋か、護衛か、あるいは軍人か、そんな印象だ。
この時点で相当ヤバい気配がぷんぷんするが、今から距離を取るのは難しい。既にパラサイトを知覚できることは言ってしまったので、向こうも泉美のことを警戒している可能性もある。今の内に関わり方を考えておく必要があるだろう。
(シバ……一番単純に考えれば四葉の関係者だけど、それなら大して問題は無い。同じ十師族として良好な関係でいればいいだけ。問題はそうじゃない場合)
(他国のスパイ……ならば九重八雲が協力するとは思えない。世捨て人とは聞いていますが他国に忍の業が流れかねない真似はしないはず)
(……古流といえば、元老院ってまだあるんですかね?時の流れで自然消滅してたら面白いですが)
表舞台に名前が出ることはないが、この日本には元老院というヤバい老人達の
彼らは表向きは権力者ではないが、政治家や経済界に強い影響力を持ち、裏からこの国を動かしているのだ。
というのが泉美の記憶だが、いかんせん昔の話、今もそうだという保証はない。そもそも元老院は妖魔の類が大嫌いで、今も
(んーしばらくは様子見ですね。私から喧嘩を売る訳にはいかないですし、まあ普通に先輩として友好的に接しましょう)
(あとは姉さんからも話を聞いて、あーそれと香澄が余計なことをしないよう言い含めなきゃですね)
結局泉美は深く立ち入らないことにした。他国のスパイと仲良くしていたら大問題だが、そうでないなら悪いことにはなるまい。
しかし入学初日から考えることが多い。しかも確か今年は七草家と確執のある七宝家の長男も入学しているはず。
入学式が終わり、立ち上がりながら、最初から暗雲が立ち込めている高校生活に泉美は内心ため息をついた。
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「今年の式で一つ残念だったのは、司波君のスピーチが聞けなかったことですかな」
「それはご無理というものですよ、上野先生。入学式で登壇する生徒は生徒会長と新入生総代だけなのですから」
「ははは、そう言えばそうでした。しかし泉美君のスピーチも素晴らしかった。
「はい、すっかりご無沙汰してしまい、申し訳ございません」
入学式が終わり、泉美と深雪は来賓達への挨拶に忙殺されていた。
新入生総代としてIDカードを式の中で受け取っている泉美は他の生徒と違ってID発行の列に並ぶ必要がない。代わりに総代は、来賓の相手をする事になるのだ。女子高生にオッサン達が群がるのは、高等学校というものが出来た頃から変わらない人間の
普通は十師族にはある程度遠慮するものだが、七草家にも関わらず3年間社交の場に現れなかった泉美は割と噂になっており、これ幸いと話しかけてきたのだ。
特に今話している
「深雪さん、大丈夫?」
「はい、七草先輩、ありがとうございます」
「泉美ちゃんは?」
「ご心配ありがとうございますお姉様。私は大丈夫です」
結局、泉美と深雪を救ったのは真由美だった。決して礼を失すること無く上野議員を追い払ってくれた姉に、
記憶があるとはいえ、別に前世で社交の経験が豊富というわけではない。むしろ一人で修行している時間が圧倒的に長かった。そして今世でもこの3年間社交会に出ていない泉美は、七草家としては珍しくこの手の経験が不足している。
(これは今後の課題ですね。それはそれとして、香澄は何故服が汚れているんでしょう?)
真由美の隣にいた香澄は何故か服に擦れたような汚れがある。目立たない場所とはいえ、入学式の当日にだ。式には参加できたのは確認していたが、本当に何をしてたんだろうか。
「ところで達也君、そちらの子は?」
途中で達也と水波が合流したが、真由美は水波のことを知らなかった。五十里たちもそうだったが、従妹がいるという話も聞いていなかったらしい。
今年入学なのだから、従妹という話に信憑性を持たせるためにも前持って周知しても良さそうなものだが、ひょっとしたら水波が一高に入学することを兄妹も知らなかったのかもしれない。
ただそれよりも、泉美が気になったのは別のことだった。
(しかし、姉さんのこんな姿は初めて見ますね)
真由美は達也にずいぶん気を許しているようで、話している時も楽しそうだし、何より他の男性と話すときと比べて立ち位置が近い。
そしてその事に香澄が苛立っている。双子の姉が暴走しないよう抑えながら、泉美は真由美結婚計画のためのデータを収集していた。
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その後、あずさから生徒会へ勧誘され、あっさり受け入れた泉美は真由美達と共に帰路に着いた。
「司波先輩に魔法を使って攻撃した!?」
「う、うん……」
帰り道では護衛の名倉もいたため、真由美の部屋に着いて改めて香澄の魔法使用について尋ねる。歯切れも悪く返ってきた香澄の答えは、昼に決めた方針をぶち壊しかねないものだった。
なんと香澄は初対面の達也にいきなり魔法を使った跳び膝蹴りを放ち、真由美はそれを見ていただけだったらしい。
一応直ぐに謝罪して、達也も無傷だったため問題にはしないで貰えたらしいが、どう考えても良い印象は持たれなかっただろう。というかナンパと勘違いしたというが、ナンパ野郎相手なら跳び膝蹴りが許されると思っているのかこの姉は。
(挽回出来ますかね、これ。明日私からも謝罪はしないと。しかし考えていた高校生活とは程遠いことになってきましたね)
泉美は何も悪いことはしていないはずだ。なのに現状、3日前には想像も出来ない程に悩みの種が増えている。
パラサイト、司波兄妹、杞憂かもしれないが七宝家、心配事は多いがとりあえずは、
「香澄には魔法の使用に関するルールと、高校生としての振る舞いというものについて話があるので、この後部屋に行きますね」
「「ひっ」」
身内の問題を片付けることにしよう。
笑顔で優しく言ったはずだが、何故か香澄も真由美も震え上がった。