七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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四葉の指令と生徒会選挙

 

★☆★☆★☆★☆

 

 達也は自宅のディスプレイの前で姿勢を正していた。隣りに座る深雪もいつものように距離を詰めてこない。その表情は硬く、後ろに控えている水波も緊張を隠せていない。

 

 その理由は直ぐに現れた。画面に現れたのは、何処か深雪に似た妙齢の女性。二人の叔母であり、四葉家現当主、四葉真夜だ。

 

「お久しぶりね、達也さん、深雪さん。水波ちゃんももう其方の生活にも慣れたかしら?」

 

「ご無沙汰しております、叔母上」

 

 達也に続いて深雪も緊張した面持ちで頭を下げる。実のところ、こうして真夜から直接通話が来ることは滅多にない。用件がある場合は葉山から、というのが基本だった。

 

 しかし今日、連絡してきた葉山は早々に脇に控え、当主である真夜に代わった。それだけ重要な事らしい、と達也たちが考えるのも当然だろう。

 

「最近は調子はどうなの?深雪さんも生徒会の選挙がもうすぐでしょう?」

 

 しかし真夜は直ぐには要件に入らなかった。達也ではなく深雪に話を振る。

 

「はい。……と言っても立候補が私だけなので信任投票ですが」

 

「ああ、最近はそうらしいわね。なんでも何年か前に大事になったとかで」

 

 ここ数年、生徒会長選挙は立候補が一人しかいない信任投票が続いている。というのも、以前自由選挙をしようとした結果、魔法の撃ち合いの乱闘になって重傷者が複数出る事態になったのだ。

 

 なので事前に生徒会長が後継を選んでいて、他に立候補する人間を排除──というと物騒だが、とにかく他の人には諦めてもらう、という型式の出来レースが続いている(もっとも今年は深雪に対抗しようという人間は一人もいなかったが)。

 

 真夜も多少は事情を知っていたらしい。魔法師の卵が大乱闘で重傷を負ったニュースは校外でも無視出来なかったという事だろう。

 

「それで、学校が大丈夫なら達也さんに少し用事を頼みたいのよ」

 

「……叔母上の指示でしたら否はありません」

 

 そこで真夜は本題を切り出してきた。内容は達也が予想していた通り、周公瑾の件。ひと月経った今もこの件は解決していない。四葉がここまで手こずっているのは達也の知る限り初めての事だ。

 

「──という訳で、話は既に付けたから達也さんは九島家に出向いてちょうだい」

 

「……自分が、四葉の遣いとして出向くのですか?」

 

 しかし真夜の指示は達也の予想していないものだった。達也と四葉の繋がりは絶対に表に出してはならない類のもの。それが今までの真夜のスタンスだった筈だ。

 

「ええそうよ。九島家には既に達也さんの事は共有されてしまいましたから」

 

「…………」

 

 真夜の肯定はあっさりしたものだった。しかしその言葉の温度に、側で聞いていた深雪と水波の身体が微かに震え、達也は"それ"が自分の失策によるものだと理解した。

 

 今なら良く分かるが、やはりあの時(九校戦)の自分はおかしかった。余裕をなくした結果、行動が短絡的になっていた。そのせいで九島烈が知っていた達也の素性を九の各家で共有する事になってしまった、と言われると反論は難しい。

 

「先方からの指定は10月6日の午後6時です。拒否は認めません」

 

「……承知致しました」

 

 自分の撒いた種、と言外に告げられた達也には、頷く以外の選択肢は残っていなかった。

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

 生徒会長選挙は特に何事もなく終わった。新生徒会長となる深雪の信任率が百パーセントという驚きの数値だったぐらいだ。

 

 そして新たな生徒会のメンバーはというと、生徒会長、司波深雪。副会長、七草泉美。会計、光井ほのか。書記、櫻井水波。そして()()()、司波達也。……もはや何も言うまい。別に実害はないし、泉美は好きにさせることにした。泉美以外のメンバー全員が達也のシンパというこの場では言っても無駄だろうから。

 

 ちなみに風紀委員長は吉田幹比古、これまた達也のシンパである。司波軍団が形成されつつあるなか、唯一の救いたる部活連の新会頭は──

 

「五十嵐君、会頭就任おめでとうございます」

 

「は、はいっ。ありがとうございます、会長っ」

 

──ダメそうだった。上がっているというか呑まれているというか、とにかくダメということは確かだ。魔法力はあっても精神面があまりに頼りない、というのが泉美の印象だ。

 

 

 

 

 

「そういえば新会頭は五十嵐先輩なんですね。十三束先輩だと勝手に思い込んでいました」

 

 その日の生徒会の業務も終わり、帰り支度の最中、ふと気になった事を聞いてみた。この時代、端末一つあれば基本授業は事足りるので(ちなみに泉美はこのシステムがあまり好きではない。書き取りをサボるとろくな事にならないと思っている)、帰り支度はデータのチェックをするだけだが。

 

 それはともかく、十三束の事は泉美も時々耳に挟んでいた。部活連で琢磨を指導している先輩で、接近戦では無類の強さを誇る、というのが周囲の評価だ。今年の九校戦でもシールド・ダウンのペアで優勝している。性格的にも面倒見がいいタイプで、ぶっちゃけ五十嵐よりも余程向いている気がするのだが──

 

「そういえばそうだね。何で十三束君じゃなかったんだろう」

 

 業務後に香澄、雫を伴って生徒会室にやって来ていた幹比古が泉美の疑問に乗り、

 

「前評判では十三束先輩で間違いなしって感じでしたよね?」

 

 風紀委員の後輩でもある香澄もそれに続く。

 

 生徒会や風紀委員と異なり、部活連の会頭は前会頭が指名する形で引き継がれる。つまり服部は十三束よりも五十嵐の方が向いていると判断したという事だ。

 

「服部先輩に何か思われるところがあったのでしょう」

 

 結局この話題は深雪の一声で打ち切られた。まあ実際の所は服部に聞かないと解る筈がないので陰口のような真似をするべきではない、というのは当然の事だ。

 

 しかしこうなると深雪のブレーキ役が出来るのは泉美以外にいないらしい(十三束なら出来たのかと言われると怪しいが)。しかし四葉の事を知ってしまっている身としては関係に気を遣わなくてはならない。7月にちょっと物申したときも、一週間近く(ほのかとあずさが)胃を痛める羽目になったのだ。あれ以上の事を言うと今度こそほのかの胃が持たない。

 

 これから一年面倒事がなるべく起きませんように、と泉美は内心お祈りした……ほぼ不可能な祈りだと分かっていたが。

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

 一高の首脳部の代替わりが一段落すると、本格的に論文コンペの準備に入る事になる。

 

 もっとも準備といっても基本的に理論系の発表には大がかりな準備は必要ない。更に言うならこの理論は五十里が前々から個人で研究していたもので、共同研究者という訳でもない他のサポートメンバーが今から理論を手伝う、なんて事は殆どない。せいぜいが論文を読んで漏れがないかをチェックする程度だ。

 

 論文コンペにおいては理論だけでなく実演が求められるため、魔法陣の設計やら投影する機材やらの準備はいるが、逆に言えば準備はそれぐらい。生徒会の仕事も少ない。

 

 ちなみに論文コンペの内容を盗もうとする産業スパイのような真似が前々からあって、その対策として発表者には毎年警備を付ける事になっている。更に会場での警備にも各校から人手を出すらしい。

 

 そんな訳で、この期間は生徒会よりも風紀委員や部活連の方が忙しいのだ。

 

「フゥ〜。それで生徒会はどうなの?新体制になって、忙しい?」

 

 日曜日、七草家に併設された訓練施設。休憩中の香澄がスポドリ片手にそんな事を聞いてきた。ちなみに泉美はコーラを飲んでいる。運動後にコーラ……などと気にしてはいけない。その時飲みたいモノを飲む。それが大事だ。

 

「特に変わったという程でもないですよ。メンバー的には三年のお二人が抜けて桜井さんが入ったというだけですし、論文コンペは生徒会がやる事はそこまでないですし」

 

 言いながら次の訓練の準備を始める。香澄が自発的に訓練するというので、泉美も出来る限り協力するつもりだ。

 

 最近の香澄はやる気に満ちている。放課後に実習室で先輩方と実戦訓練をするだけでなく、こうして名家の特権として家で自主練もしているのだ。以前は"強さ"なんてものには興味が無かった筈だが、高校生活の中で意識が変わってきたらしい。

 

 そんな訳で現状泉美は香澄に比べれば時間に余裕がある、と思われている。

 

「ってことは泉美って来週の土日はヒマなの?」

 

「あー週末は家でやる作業がありますね」

 

 予定を尋ねられて、泉美は特に深く考えずに返した。作業といっても生徒会の業務ではない。そろそろ父である弘一のやらかしに釘を刺す位はしておきたいので、しばらく週末はそちらの調査に充てるつもりなのだ。

 

 しかしこのとき泉美は忘れていた。双子の姉の性分を。

 

「そう?じゃあボク一人で行こうかな」

 

「?何処にです?」

 

「いや、週末に京都に行くつもりなんだよね」

 

「…………はい?」

 

 予想外の香澄の言葉に、泉美は間の抜けた声を上げた。

 

 

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