七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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光宣と老人

「来月論文コンペでしょ?だから警備としては下調べに行くべきじゃん。去年みたいなことがあったらどうするのさ」

 

「ま、まあ……それはそうですね」

 

 もっともな理由にちょっと口ごもる。まさに去年の論文コンペの当日に起きたのが横浜事変だ。一高の先輩の多くが当事者となったこの大事件については泉美も教えられているし、警備に参加する予定の香澄はより詳しく先輩から聞いているのだろう。なので万全を期すべし、というのはある意味当然の心構えだ。それは間違いない。

 

 問題は現在、京都・奈良を中心とした情勢がきな臭い事だ。

 

 黒羽家の当主を殺害し、そのまま逃亡した周公瑾は現在伝統派──京都・奈良を拠点とし旧第九研を敵対視する古流の勢力──によって匿われているらしい。

 

 当然四葉は面子にかけて周公瑾を追っている。なんでも黒羽以外の部隊も動いているらしく、弘一が情報を集めるよう嬉しそうに指示していた。この四葉への執着は実の娘であっても呆れる程だ。

 

 そして面子の話をするなら九島家はそれの比ではない。そもそもこの一件の発端は先の九校戦で九島家がやらかした事にある。ここで動かなければ十師族の座どころか数字剥奪でもおかしくない。国外の勢力を招き入れ、高校生相手に軍事兵器の実験を行い、挙句にパラサイトを敵に奪われた可能性まである(すっとぼけ)。スリーアウトだ。汚名返上の為に死力を尽くすことだろう。

 

 そうなると四葉・九島対伝統派・大陸魔法師の暗闘が京都で繰り広げられる事になる。あるいは既に始まっている。最悪内戦にまで発展する可能性がある今、近付くのは得策ではない。正直これが解決しないなら論文コンペも行きたくない位だ。

 

 しかも香澄の目的は下見だけではなかった。

 

「あとさ、京都行くついでに光宣にも会いに行こうかなって。最近会ってなかったし」

 

 光宣、とは九島家の末の子である九島光宣君の事だ。……九島家の、末の息子だ。思わず香澄の顔をまじまじと見るが、不思議そうに見返してきた。実は知っていて泉美をからかっている、という訳ではないらしい。

 

 泉美はむしろ感心した。よくここまで的確に地雷原を目指せるものだ。そういえば九校戦で人狼をやったときもだいたい死んでいた気がする。

 

「……え、ええ。あー……別に光宣君とは今じゃなくてもいいのでは?香澄もちゃんとした警備は初めてでしょう?そっちに集中した方が……」

 

「でも光宣は九校戦にも来れなかったみたいだし、パーティーとかもあんま来ないじゃん。やっぱこっちから会いに行ってあげないと」

 

 正論だった。思いやりに溢れた言葉と言ってもいいだろう。光宣はその卓越した魔法力と裏腹に身体が弱く、一年の半分近くを病床で過ごす。九校戦に参加しなかったのも自身の安定しない体調を(かんが)みて辞退したとのことらしい。

 

 なのだから近くに行ったときくらいは此方から会いに行くべきなのは間違いない。……タイミングが最悪というだけで。

 

「……そうですね。勿論光宣君にご予定を伺ってからですが……都合がつくようなら行きましょうか」

 

 結局は泉美が折れた。流石にこれに反対するのは人でなしの(そし)りを免れない。泉美自身、裏の事情は知らない事にしているから尚更だ。

 

「ん?行きましょうって、泉美も来るの?」

 

「はい。光宣君とはもう4年近く会ってませんし、せっかくなので私も付き合おうかと」

 

 もちろん主目的は自ら地雷を踏みに行く香澄の安全だが、ついでに光宣に会っておきたいというのも本音ではあった。最近の出来事で九島家の評価は地殻に潜り込む勢いだが、まだ子供である光宣がろくでもないことに付き合わされていないかは確認しておきたい。

 

「それじゃあ光宣の予定聞いとくね。メッセージ送るだけでいいか、寝込んでたらあれだし」

 

「はい、来週末の……土日どっちに行きます?それとも一泊するのですか?」

 

「その辺は光宣の予定聞いてからでいいよ。泉美の作業は融通利くんでしょ?」

 

「まあ急ぎではないですからね」

 

 というより家の事を少し先送りにする必要があるかもしれない。あまり関わる気はないとはいえ、最低限の準備はする必要がある。この辺りが古流魔法の面倒なところだ。

 

 頭の中で予定を組み立て直しながら、泉美は立ち上がった。

 

「……それじゃあそろそろ再開しますよ。次は少し厳しめのコースを……ミスしたらその分ペナルティもありって事で」

 

「なんで急にっ!?」

 

 ──一時間後、地面に転がる香澄を放置して、泉美はその場を後にした。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

 同日の夜、光宣は父、真言と話していた。内容は勿論、先程送られてきた香澄からのメッセージについてだ。

 

「って訳だけど、別にいいよね?」

 

 光宣としては唯の確認のつもりだった。病弱な彼は予定がその日の体調次第で変わってしまう為、土日に予定を入れる事は殆どない。断る理由は無い筈だ。

 

 しかし意外にも真言は難色を示した。

 

「四葉家からの要請で賊の捕縛に協力する事になった事は知っているだろう。お前にも其方に参加してもらうつもりだったのだが……」

 

 顔を顰めながらそんな事を言い出す父にポーカーフェイスを保ちながら、光宣は内心呆れていた。この父は光宣が何も知らないと思っているのだ。

 

 実際には父や祖父が何をしていたのか光宣は知っている。当の賊──周公瑾に便宜を図った売国行為も、光宣の通う二高の先輩達を実験対象にした事も、そしてその結果、パラサイトの行方が分からなくなった事も。何も言わなかったのは尊敬する()()()気を使っていただけだ。

 

 そして今、周公瑾と方術士にあっさり裏切られ──"裏切る"という表現も可笑しいが──その後始末に光宣を使いたいから、光宣が数少ない知り合いと遊ぶ事に難色を示している訳だ。『老害』という言葉が光宣の頭の中でチカチカしていた。

 

「──真言、その辺にしておけ」

 

 真言をどうやって言いくるめるか考えているた光宣に味方したのは、ちょうど部屋に入って来た烈だった。

 

「周公瑾の問題は我々で片付ける、そう決めた筈だ」

 

「先代……しかし……」

 

「ケジメをつける必要があるのは分かっているだろう。ここで実験に関わっていない光宣の力に頼るというなら、恥をかくのはお前だぞ?」

 

「……っ!!」

 

 そう言って真言を黙らせると、烈は光宣に向き直った。

 

「しかし光宣、来週の終わりに四葉家から司波達也くんと司波深雪さんが家に来る予定だから、挨拶ぐらいはしておきなさい。七草のお嬢さん達は時間に融通が利くのだろう?」

 

「司波達也さんが来られるのですか!?」

 

 司波兄妹の事も光宣は良く知っていた。自分が自宅から画面越しに観る事しか出来なかった九校戦。そこで輝かしい活躍をしている同世代の子供達に羨望の眼差しを送ったものだ。

 

 特に司波兄妹は去年の際立った活躍で一躍有名になった。一条将輝とのモノリス・コードは映像を何度も見返したし、技術者としての達也の活躍は今年もしっかりチェックしていた。

 

 その司波兄妹が九島家を訪ねて来るというビッグニュース。光宣の気持ちが揺さぶられる。

 

「そうだ。お前も九島家の男として、四葉の子息とも友好を深めておくべきだろう」

 

 光宣の反応に勝算ありと見たのか、尊大な口調で真言が言う。真言は頭の中では保身しか考えていない、という事ぐらい分かっていたが、それでも光宣にとってこの提案は魅力的だった。

 

 元々家の仕事をする事自体は全く嫌ではないのだ。"馬鹿の尻拭い"という点が引っかかっているだけで、"魔法師として働ける"というのは光宣のアイデンティティにも関わる喜びなのだから。そこに"司波兄妹と話す機会"が追加されれば、心が動くのは当然だろう。

 

 しかし七草の双子との友好も捨て難い。去年の九校戦では間違いなく司波兄妹が一番目立っていたが、今年のベストバウトは?と聞かれると、光宣は新人戦ミラージ・バットと答えるだろう。

 

 四葉の関係者との噂されている少女と七草の直系の対決は前評判の段階でかなり注目されていた。結果としては大差で泉美の勝ちとなったが、亜夜子の評価が下がるものではなかった。もし亜夜子が本戦に出場していたら達也のエンジニアとしての不敗記録はやぶられていただろうと、少なくとも光宣はそう評価していた。

 

 特に泉美に関しては、光宣は小学生の頃に何度か顔を合わせた事がある。しかしその時はあそこまで強力な魔法師、という印象は持っていなかった。元々優秀ではあったが"驚異的"とは感じていなかった。あの試合はその印象を吹き飛ばした。

 

 暫く姿を見せなかった間に何をやっていたのか、どんな訓練をしていたのか、そちらにも興味がある。出来ればゆっくり話もしたかった。

 

 光宣は迷った。何故普段予定など入りやしない身なのにこういう時に限って予定が被るのか。

 

 達也の用事が四葉関連である以上、みんな一緒に行動する訳には行かない。九島家の中でこそ共有されたが、達也と四葉の関係について秘匿する事が四葉からの条件に含まれていた。

 

 どちらも取りたい、という光宣の心を読んだのか、烈が助け舟を出してきた。

 

「ああ、司波達也くんが来るのは土曜日の午後6時だそうだから、それまでは問題ないぞ。七草のお嬢さん達は時間の融通が利くのだろう?」

 

 それを早く言え、と光宣は思ったが、烈としては光宣の体調を慮ったのだろう。この病弱な孫にダブルブッキングは大変ではないか、と。

 

「……分かりました。では6時には間に合うようにします。日曜日も其方で動くということで、それまでは外に出ていてもいいですよね?」

 

「ああ。遅れるなよ」

 

 光宣の答えに真言は不満そうだったが、口には出さなかった。家のため、というだけなら七草との友好も大事なのだから。

 

 話はそれでまとまった。自分の部屋に戻った光宣は、久しぶりの同世代との交流に胸を躍らせながら香澄への返事を書き始めた。

 

 

 




 原作だと光宣は"達也は仮装行列(パレード)について知っている"という情報を何処からか仕入れてこれるくらいの情報網は持ってます。……結局これなんで知ってたの?
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