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「──おっと失礼しました。急に入ってくるのでてっきり敵かと」
二人が視界に入った瞬間攻撃した張本人である泉美はそう言って頭を下げた。──表面上は。
しかしその言葉を真に受ける人間はいない。全く動揺していない落ち着いたその声、そもそも未だに魔法を止めていないという事実、二人を攻撃したのが意図的なものなのは明白だった。
光宣も固まっていた。父と祖父が攻撃されたことに──ではなく、それに自分が反応出来なかった事に。
状況的に仕方がない事ではある。いきなりこんな行動を取るなど予想出来ない上に、混乱していた頭でそれに対応出来るはずがない。しかし光宣の冷静な部分は、たとえ万全であっても止めるのは困難だと気付いていた。
泉美が使ったのは精霊魔法の一種。地精を介して重力魔法を発動させるもので、古式では割とポピュラーな魔法だ──喚起、使役、発動の速度が常軌を逸している事を除けば、だが。
突然の出来事に周囲が固まる中、いち早く復活したのは彼女の双子の姉だった。
「………はっ!?な、な、何やってるの泉美っ!!?」
「だから間違っただけですよ。か弱い女子高生は大の大人が勢いよく迫って来たらパニックになってしまうんです。──しかしあれですね。咄嗟に使ってしまったので解除するのに時間が掛かってしまいます」
あまりに白々しい言い分だった。咄嗟に長時間の設定にしてしまったというなら、彼女は自分の魔法を対抗魔法で消す事が出来るはずだ。
床に伏した二人は全く身動きが取れない様で、特に
「貴様っ……ぐぁっ!!」
「急に攻撃しないで下さい。事故だと言っているじゃないですか。──まあ効果が切れるまでそのままで聴いて下さい。光宣くんの身体についてです」
ついに付き人の一人が泉美に魔法を発動しようとして──想子の弾丸に撃ち抜かれた。
激痛に崩れ落ちる付き人を
「まず体調を頻繁に崩すのは霊体──想子体の異常によるものです。自分の想子の活動量に対して幽体──容れ物の強度が足りてない。なので自分で自分の霊体を壊してしまう訳です。その結果がフィードバックされて肉体にも不調が
「い、泉美さん……お
「うん?──まあ
黙ってもいられず光宣が泉美にそうお願いすると、泉美は意外な程あっさり二人を解放した。烈は既に意識が朦朧としているらしく、周りの支えが無ければ立つこともままならない有様だった。
「貴様……どういうつもりだ。これは大問題だぞ」
一方真言の方はまだ元気があるらしく、泉美を睨みつけている。その気迫に香澄が青褪めるが、当の本人は何処吹く風だった。
「何度も同じ事を言わせないで下さい。事故ですよ、事故。急に入ってくる方が悪いんです」
どう聞いても馬鹿にした発言だった。顔を真っ赤にした真言が怒鳴りつけようとするが、そこで顔を白くしながらも持ち直した烈の声が遮った。
「…ふぅ……いや、事故ならば仕方ない。それより光宣の話を続けてくれ」
「なっ!?先代っ!?」
「物分りが良くて何よりです。……何処まで話しましたか……ああそうそう、原因は幽体の破損というところですね。なので治療法も単純で、幽体の強度を上げるという話になります」
「治せるのですかっ!?」
ここで初めて光宣は大声を出した。このポンコツの身体。これのせいで何も出来てこなかった。その最大の枷が取り払えるかもしれない。一連の流れで麻痺していた光宣の感覚がようやくその事を正しく認識し始めた。
「楽に、とは行きませんよ。この手の修行は厳しいものになりますし、更に普通にやると光宣くんの身体はその修行に耐えられない。さっき私がしたように、修行の間他者がサポートする必要があります」
ここで泉美は話を区切り、烈と真言を見やった。その視線の意味は明白で、烈は苦しげに現状を告げた。
「我々の中には、そのような事が出来る術者はいない。そもそも修行のノウハウも無い」
当然だ。光宣の病弱さの原因すら分かっていなかったのだから。そんな術者がいるはずもない。九島家はあくまで古式魔法を元にしただけの『現代魔法の名家』だ。その手のノウハウは本職には及ばない。
泉美も驚くこともなく頷くと、
「そうなると私がサポートするのが一番確実ですが……流石に京都まで来るのは頻繁には無理ですね。面倒なので」
身も蓋もない言葉が聴こえた気がしたが、確かに毎週来てくれ、とは言えない。
「まあ月イチぐらいなら通ってもいいですが……修行場所の事を考えても光宣くんがこっちに来てくれるのが一番手っ取り早いです。……どうします?」
「行きます!!」
泉美が言い終わるのを待たず、光宣は前のめりに返答した。当然だ。
「意思は伝わったので落ち着いて下さい。学校とか何処に泊まるのかとかもあるので、今すぐは難しいですよ」
泉美曰く、修行を絞っても幽体の強度を上げるのは一朝一夕とは行かない。光宣の習得度次第だが、だいたい一年程度はみておけ、との事。
「……さて、それじゃあ今日はこの辺でお
「あっ、はい、御一緒させて下さい」
「それでは玄関で待ってますね。香澄も、行きますよ」
「う、うん」
展開についていけず空気になっていた香澄に声をかけ、泉美はスタスタと歩き出した。
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「泉美さん、その……今日はありがとうございました」
玄関口、二人を見送りにきた光宣は頭を下げた。時間にして1時間も経ってはいない。もの言いたい事もあったが、結果としてこの短い間に光宣の絶望は無くなった。この身体を何とか出来るのだと、今の体調こそが証明している。それを教えてくれた泉美には感謝しかなかった。
「どういたしまして。それと先程言った通りその補強は二日程度です。それ以降はまた熱が出るかもなので油断はしないように」
「はい!!」
笑顔で応えた光宣に満足そうな顔をした泉美は、しかし次の瞬間には冷えきった目で
「それで、帰る前に一つ言っておきますが……仏の顔も三度、という言葉があります……次はないですよ?」
「……っ!!」
「ちょっ、ちょっと泉美!!さっきから何言ってんのさ……ごめんなさい、妹が!!」
何処までも彼らを下に見た泉美の発言に香澄が慌てるが、それを聞いた真言は怒りはしなかった。理解したからだ、"仏の顔も三度"という言葉を使って"次はない"と言った、意味を。
「やはりか……香澄君が知らない以上、弘一から聞いたという訳ではなさそうだが……」
驚愕に固まった真言に対して、烈に驚きはない。実の所、出会い頭の攻撃を受けた時点で烈は察していた。聞き分けが良かったのはそのためだ。
「それでは私たちはこれで。お邪魔しました」
つまらなさそうに烈を一瞥した泉美は、疑問に答えることなく背を向ける。そのまま歩きだした泉美に、慌てて烈と真言に頭を下げた香澄が続いた。
「……光宣も、行ってきなさい。熱が引いたばかりなのだから無理はしないように」
「あっはい。それではお祖父様、行ってきます」
光宣もそれを追って早足で歩き出す。烈はその後ろ姿を、喜びと諦観が混じったふくざつな表情で見送った。