七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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……五月……?


名倉と幸運

 技術が進歩したこの時代であっても一般の飛行機の速度は大して変わらない。

 

 日曜日、昼過ぎまで純粋な観光(香澄曰く下見)を満喫した泉美たちが自宅に到着したのは日が暮れる直前だった。

 

「ふぅ……。旅は楽しいけど疲れるねー。晩餐会とかは無しだったけどその分歩いたし」

 

「そうですね。移動も飛行機は窮屈であまり好きではないですし……次旅行するなら船旅がいいですね」

 

(とはいえ、どうしたものですかね……)

 

 もちろん旅行の事では無い。やる理由が出来てしまった案件についてだ。

 

 周公瑾を潰す──のは泉美にとって絶対ではないが、借体形成の術について調べるなら肉体を破壊してみるのが手っ取り早い。他の勢力に消される前に見つけるか、あるいは合流して()()()に立ち合うか。

 

 しかしどうやって本人に辿り着くかが問題だ。簡単に見つかるなら四葉がとうに見つけている筈。四葉(とついでに九島)が一月かけて出来ていない事を個人でやるのは流石に骨が折れそうだ。

 

 取り敢えず合流するのは最後の手段として、他に思いつく方法は三つ。

 

①自力で探す

 

②伝統派を締め上げる

 

③父・弘一を締め上げる

 

 ①は論外。結界の情報があるとはいえ、顔も知らない周公瑾を一人で探すのは御免こうむる。

 

 ②……しかし伝統派は匿っている()()()()()()だけで、現状そいつらが居場所を知っている確信を泉美は持っていない。最悪敵だけつくって成果なし、が有り得るのでこれは最終手段だ。九島が動くようなのでここは任せてもいいだろう、彼らは元々恨まれている訳だし。

 

 ③……現状一番有力な方針だ。弘一が周公瑾と取り引きをしていたのは間違いない。現在(いま)も連絡を取り合っている可能性はあるし、四葉や九島とは別の切り口としてやる価値はある。

 

(やはり③になりますが……しかし結局父様を締め上げる材料がいる訳で……やはりもうちょっと早く家の事に手をつけるべきでしたかね)

 

 七月には父親の背信を知っていたにも関わらず、十月に入った今も着手できていないのだ。実の父親に対して気が進まなかったのもあって我ながら呆れるほど行動が鈍い。

 

(そもそも兄さんが知っているのかは確認しないとですが……)

 

 泉美が思うに多分長兄は何も知らない。性格的にそういう事はあまりやらないだろうし、知っていたら止める筈だ。もっともこれは善人だからという理由ではなく、そんな度胸はないというだけだが。

 

 泉美としては元々は兄に告げ口するだけのつもりだったのだが、先に利用する事にする。

 

 弘一か、あるいは実行者である名倉の方を締め上げて、周公瑾の元に案内させる。勿論居場所を知らない可能性もあるが、聞いた感じではまだ協力関係は終わっていないはずだ。

 

(周公瑾(向こう)からの連絡待ちとかだと面倒ですが……とにかく動きますか)

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

「…………周公瑾の居場所は掴んでいるな?」

 

「申し訳ございません。()の者の居所は私にも分かりかねます。──ただ連絡手段は確保しております。呼び出すことも、おそらく可能です」

 

(いやいやいや、こんなあっさり……)

 

 昨日の今日でこれである。

 

 月曜日の夜、弘一と名倉との会話を盗み聞きした泉美だったが、いきなり大当たりを引いてしまったらしい。あまりの都合のよさに一瞬罠を疑う程だったが、考えてみればここまで大事になった以上、弘一も動きがあるのは当然だった。

 

 二人の会話を聞くに、達也と深雪が九島家を訪れたらしい(というかその予定は学校で本人から聞いていたので知っていた)。九島と四葉が手を組んで周公瑾を追うとなると、流石に周公瑾とてひとたまりもないだろう。

 

 そして弘一は周公瑾に便宜を図った過去がある。それがバレると七草の立場も悪くなる。九島よりはマシだと思うが。

 

「では周公瑾を呼び出せ。そして確実に始末しろ」

 

 結果、弘一は口封じを命じた……のだが。

 

(……結局父様は何がしたかったんでしょうね……)

 

 弘一は周と協力関係ではあったが、泉美が知る限り実際に協力した事はほぼない。せいぜい四月のマスコミの件くらいで大したものでもないし、九校戦では弘一は傍観していた。

 

 ろくに利益もない協力関係を続けて、バレそうになってから慌てて口封じとは……。

 

(そもそも周公瑾を()()する流れになるなんて七月の時点で判る事でしょう。四葉への執着か、あるいは九島烈(老害)への信頼なのか知りませんが……あまりにも現実が視えていない)

 

 今回は四葉と九島だけだが、師族会議全体の問題になってもおかしくなかった。()()のならもっと早い段階でするべきだった。今からだと警戒して呼び出しに応じない可能性だってあるだろうに。

 

 なんのメリットもない背信行為に、後手後手の対応。父はここまで頭が悪かっただろうか。そこまで考えて泉美は力無く首を振った。

 

 そもそも表の住人である弘一が四葉の真似事をするのが間違いなのだ。名倉にはそちらの心得もあるようだが、それでも今回は大火傷しかねない。

 

(──まあいいでしょう。後で問題になったとしても私には関係ないですし)

 

 とはいえ好都合なのは間違いない。名倉を締め上げれば周公瑾を呼び出せる。今重要なのはそれだけだ。父が痛い目にあうことはもう既定路線として、泉美は自分の目的のために動き出した。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

 名倉三郎は七草家の──というより弘一の──裏の活動を一手に担っている。

 

 戦闘面では七草の誰をも上回ると泉美が評した実力者。そんな彼が七草の部下として護衛や汚れ仕事まで携わっている理由は単純で、数字を剥奪された彼にはまともな職がなかったからだ。

 

 かつて七倉と呼ばれていた家のトップとして実戦的な魔法を追い求めた。第七研の研究内容である群体制御。この技術は本来"ミリオン・エッジ"のように弾となる媒体を事前に準備し持ち運ぶ必要がある。

 

 その弱点を七倉は改良した。

 

 事前準備を極力無くしCAD一つで何時でも戦えるように、身の回りにあるものをその場で弾丸の雨として操る魔法。

 

 これにより嵩張(かさば)る荷物を持つ必要がなくなり、より実戦的に戦えるようになったと、彼は思っていた。意気揚々とその魔法を七倉家の研究成果として披露し──失敗作として数字落ち(エクストラ)の烙印を受けた。

 

 彼は勘違いしていた。政府が国立魔法研究所の()()に求めていたのは軍事的な力であり、個人単位での取り回しではなかった。見た目のインパクトや発表する際の数字の大きさは武力を示すために必要なもので、彼が求めた状況を選ばぬ実用性はむしろ、()()()()()()の問題から上の人間に敬遠された。

 

 七ではなくなり名倉となった彼はまともな職には付けなかった。いや、一魔法師として軍に所属する事自体は可能だっただろう。魔法力は十師族にも劣ってはいないのだから。

 

 そうしなかったのは単にプライドの問題だ。自分を失敗作と捨てた政府の、軍の下っ端として生きるという道はどうしても選べなかった。

 

 名倉はその後弘一に雇われるまで、ほとんど殺し屋そのものの仕事をしていた。皮肉にも彼が開発した"水を針として撃つ"魔法はこの世界で極めて有用で、その頃には彼はどっぷり裏の世界に染まっていた。

 

 さて、弘一が名倉を雇ったのは裏の世界に首を突っ込むためであり、その手の活動をする時は必ず名倉を介していた。なので彼は弘一のやってきた事を全て把握している。その名倉の感覚では、今回の一件は今までと比べ物にならない程危ない橋となるだろう。

 

 名倉は周公瑾の事を相当高く評価している。自分でも勝てるとは言い切れない相手だと。返り討ちにあう可能性を弘一に言わなかったのは、言ったところで無駄だからだ。

 

 (しかし、今年は厄年なのですかな……)

 

 去年の暮れから続いたパラサイトとスターズの暗躍の件、今年に入っての周公瑾の件、そしてもう一件。去年はブランシュや横浜事変のような表の事件が目立ったが、今年は名倉が関わる裏の動きが多い。

 

 普段の仕事である真由美のボディーガードの役目を部下に引き継ぎ、七草邸を出た名倉は、しかし直ぐに足を止めた。目の前に人が現れたからだ。 

 

「──こんばんは名倉さん。父のお守りは大変そうですね」

 

「……泉美お嬢様、このような時間に外に出るのはよくありません。旦那様も悲しまれるでしょう」

 

「あはは、まあでも姉さんも最近は夜中の帰りばっかりですし、少しくらいは良いでしょう?高校生が夜遊びするなんてよくある事ですよ」

 

 夜更け、と呼んでも差し支えない時間に邸の外で自分を待ち構えていた泉美は、警戒する名倉に対しいつも通りの態度で話しかけてきた。

 

 しかし名倉はその態度に全く安心出来なかった。泉美は"父のお守り"、と言った。つまり方法は分からないが自分と弘一の会話を聴かれていた可能性が高い。

 

「お嬢様。旦那様はこういった話をお嬢様方のお耳に入れるのを嫌っておいでです。私としてもお嬢様は知らない方が宜しいかと」

 

「なるほど。マスコミ工作で学校に政治家とマスコミが押し寄せようと、学校の先輩方がふざけた兵器の実験相手にされようと、知らずに過ごす方が私の為という訳ですね」

 

 泉美の声は冷ややかだった。思ったよりも知られている。弘一との話を聞かれていたのはこれが初めてではないらしい。しかしそうなると──

 

「そんなに不思議ではないでしょう。父の命令で私の事も調べていたんですから」

 

「……ご存知でしたか」

 

「ええ、まあ。私に甘い父ですが、それはそれ、という事ですね。流石に三年行方知れずで、急に仙術を身に付けていれば不審にも思う」

 

 そう、四月のマスコミの一件の後、名倉は弘一から泉美の身辺捜査を指示されていた。七宝琢磨との模擬戦の話は弘一の耳にも届いている。娘があまりに急激に強くなっていた事実は弘一の興味を引くに十分だった。

 

 一人でそこまで強くなれるものなのか、あるいは誰かに洗脳されている可能性も一応考え、名倉にしばらく泉美の行動を監視させていたのだ。もっとも、成果はなかったが。

 

「それよりも本題に入りましょうか。名倉さんが命じられた件です」

 

 

 

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