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10月11日の木曜日。昼間は多くの人が訪れる公園もこの時間となれば
もちろん酔狂でこんな場所にいるのではない。ここで待ち合わせをしているのだ。
「名倉様。お待たせいたしましたか?」
「いえ、時間通りですよ、周さん」
待ち人はそれ程時間をかけずに現れた。川辺で待っていた名倉に、上流から歩いてきた周が声をかける。お互い表面上は親しげな挨拶だ。
「二ヶ月ぶりですね」
「ええ、ご無沙汰しています。最近は周さんも忙しそうでしたので、迷惑かと思い遠慮していたものでして」
軽い口調の周に対し、名倉はいきなり放り込んだ。元々悠長に話すつもりもない。
四葉と九島、十師族の内二つを敵に回している周の現状を改めて突き付けた名倉だが、周の表情は全く変わらなかった。
「そうですね。まったく困ったものです。特に四葉は本当に執念深い」
笑顔のまま、まるで困っていないように肩をすくめて首を振る。この情勢ではさしもの周でも余裕は保ててはいないだろう、と考えていた名倉は自分の読み違いを認めた。この呼び出しに周が応じたのは、切羽詰まって助力を求めるためではない、という事だ。
「それで──本日はいかがしました?何か御用があって呼び出したのでしょう?」
笑顔のままで、名倉の
「伝統派ももう限界でしょう、周さんに置かれましては、
「なるほど。確かにその通りではあるのですが……それを七草殿が便宜を図って下さると?」
「ええ。四葉も九島も、決して手の届かぬ所へ私がお送りします」
「ふふふ、我が師は『死ぬ程度では逃がさない』などとよく言っておりましたがね。
既に二人は臨戦態勢に入っていた。周は手を懐に入れ、名倉の手には携帯端末タイプのCADが握られている。
「……」
「では、始めましょうか。私を冥土にお送り下さるのでしょう?」
「いいえ、貴方の行先は地獄です!!」
地を蹴って距離をとった名倉に対し、周はその場から動かず令牌を取り出した。
現代魔法と古式魔法。発動速度においては前者が上というのが絶対的な事実であり、ゼロからの撃ち合いになれば自分が有利──と考えていた名倉だが、その予想は裏切られた。
名倉の魔法が発動するよりも先に、周の令牌から真っ黒な四足の獣が飛び出した。予め術式を待機させていたのに加え、初手で名倉が距離を取ろうとする事も読まれていたらしい。
影で出来た獣は一直線に名倉に突進してくる。化成体の一種と当たりを付けた名倉も自身の魔法で迎撃した。
無数の針が影獣を貫き、影獣は姿を保てなくなったかのように崩れていく。物理的な攻撃で破壊できるタイプという名倉の判断は正解だったが、息をつく間もなく次の影獣が襲いかかってくる。
「……影を媒介にした化成体……ですか」
「はい。我が師は
「…………」
拙い業、などと言っているが、五体以上出しておきながら影獣は未だに尽きる気配がない。これだけの数を予め令牌に仕込んでいるという事自体が、周の実力が凄まじいものだと証明している。
とはいえ状況は悪いものではない。周の技量がどれ程であっても、事前に仕込んでいる術式には限りがある。対して名倉の武器である水はこの川辺から幾らでも供給出来る以上、消耗戦になれば此方が有利だ。しかし現実はそう上手くはいかなかった。
不意に名倉が真横に飛び退く。次の瞬間、その場を巨大な何かが薙ぎ払った。
暗闇に浮かび上がったのは身体が水で構成された巨大な怪物。先程のはこの怪物の腕らしい。周の術ではなかった。
「──っ!!……新手、ですか」
「ええ。名倉様を相手にする以上、一人に拘る程自惚れてはいませんよ」
つまり此処で戦闘になる事は予定通り、という事だ。そして水でゴーレムを造る術により、地の利すらも奪われる形。間断なく迫る影獣を捌きながらも、名倉は自分の認識が甘かった事を認め、同時に疑念が湧いてくる。
「……解せませんな」
「何がですか?」
「直ぐに仕留めようとしない事が、ですよ」
既に名倉の劣勢は明らかだ。跳躍の術式で逃げ惑いながら水の針で何とか反撃を放っているが、周には避けられ、ゴーレムにはそもそも効いている気がしない。
だからこそ、まだ逃げれている事がおかしい。いや、話に聞く奇門遁甲を用いれば確実に仕留めれた筈なのだ。かの魔法は恐らく、集団戦においてその真価を発揮する。
つまり周は意図的に時間を掛けている。名倉を殺す為ではなく、他の何かのために。
「ふふ、まさか。そのような余裕はありません。名倉様が素早いというだけですよ」
周は微笑んでいるが、名倉としても別に死にたい訳ではないので都合がいい。そして
突如、水のゴーレムが崩れ落ちた。破壊されたのではなく形を保てなくなったのは術者の方に何かあったという事。そして突然の事に一瞬硬直した周に名倉の水針が襲いかかった。
かろうじて腕を犠牲に急所を守り、今度は周が地面を転がりながら距離をとる。体勢を立て直した周の視界には、ゴーレムを操っていた筈の方術士を引き摺りながら此方に歩いてくる一人の少女が映っていた。
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先に陰でゴーレムを操っていた術者を叩いた泉美が合流した時、名倉は既にかなり負傷していた。
まあ自業自得だ。おそらく自分で決めたいと考えたのだろう。名倉は、泉美が合流する前に戦闘を始めたのだ。
「ほら、言った通りじゃないですか。名倉さん一人では無理だって」
というか危うく間に合わない所だった。怪しまれない様に普段通り生徒会の業務に参加して、その後名倉に手配させていた車で何時間も掛けて高速を突っ切って着いたのは全部終わった後、になっていた可能性を考えると全く笑えない。
「…………」
「七草泉美……ですか。何故ここに?」
苦言を
「もちろん貴方を始末するためですよ。部下ももういないですし、さっさと──おっと」
「──っ?!!」
一瞬で精霊を喚起。話の途中でいきなり駆け出した周公瑾を暴風を起こして地面に叩きつける。
「──成程。逃げ足は大したものですね。高速移動に奇門遁甲の併用……余程の相手でないと捕まらないでしょう」
そのまま大気の圧力を増加させて抑え込んでいくが、その中でも周公瑾は言葉を紡いだ。
「……何故私の遁甲術が効かないのですか?」
「その手のまやかしは私には効きません。全て
「まさか……水晶眼ですか」
「……よく知っていますね?まあ、そのようなものですよ」
今の会話だけで察せられたのは少し意外だった。泉美は自分以外にこの眼を持っている人間を知らないが、案外大陸の方にはいるのかもしれない。
とはいえ知られていた所で問題もないが。
「そして勿論奇門遁甲だけではなく、パラサイトや──借体形成の術であっても、私は観測して対処できる、という訳ですね」
「まさか……っ!!何故それを知って……」
ここに来て初めて周公瑾の顔色が変わった。やはり今までの余裕ぶった態度は自身が不滅だと思い込んでいた故のものらしい。
「逃げられるとは思わない事です。正直貴方には別に恨みはないですが……運が悪かったですね」
泉美としては借体形成の術を確認したいし、周公瑾はパラサイドールの実験にも加担している立派な外法だ。殺すのにも抵抗はない。
一応そのままで周囲に結界を張っていく。万が一にも精神体が逃げ出さないように。
「っ……!!」
ここに来て周公瑾も余裕を無くしている。なりふり構わず抵抗しようとしている──らしい。既に大気で固められている以上指一本動かす事は出来なかったが。
「それでは、さよなら」
圧力を一気に上げる。周公瑾の身体をぺしゃんこにして圧死……させようとした所で、いきなりその身体が燃え上がった。
「お、おぉ……?」
大気の拘束の内部で燃えたところで泉美に被害はないのだが、周公瑾の遺体は消し炭になってしまった。
「(自身の死体から情報を取らせない為の措置……でもないようですね。これも術式の一部……?まあ不死鳥の伝承もありますし……)」
少し驚いたが、もちろん本命を見逃してはいない。泉美の眼は、炎から飛び出した霊子体をしっかりと捉えていた。
「(取り敢えず封玉でいいですね)」
原理的にはパラサイトや邪霊と同じように封玉でも押さえ込める筈。この封印法は事前準備が要らないので一番楽なのだ。やはり想子操作こそ最も重要な技術だと泉美は再認識した。
想子の渦で周公瑾の『霊』を取り囲み刺激する。すると霊子体は自らの存在を守る為に想子の殻を纏おうとするので、そのタイミングで殻に泉美の想子を混ぜ込み、乗っ取ってしまう。
結果、周公瑾の情報を持った霊子体は泉美の想子で出来た殻に封印される形になった。
「(さて、既にある程度は分かったのですが……これどうしましょう)」
実際に借体形成の術は
「(持って帰ると父様が面倒くさいですかね?名倉さんを私の命令で口止めとか信用出来ませんし)」
封印しといてあれだが、さっさと祓ってしまった方がいいかもしれない。
しかし思考に耽っていた泉美は、近づいていた一団に気付かなかった。
「──お前たち、何をしている?」
不意に掛けられた声に勢いよく振り返る。そこに立っていたのは父親の復讐に燃える少年、黒羽文弥だった。
周公瑾、あっさり退場(笑)
原作では大物ぶって舐めプをしまくっていたが、お前は所詮前座なんだ……
ちなみに周公瑾が水晶眼を知っているのは横浜事変で奇門遁甲の使い手が捕まった原因を調べていたからです。