古都内乱編の上巻部分で周公瑾を倒してしまった結果、論文コンペまで書く事がない……。
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「──それで、周公瑾は七草に始末された後で、貴方たちは自分から七草泉美に仕掛けて返り討ちにあった、と。そういう事ですか、亜夜子さん?」
『……申し訳ございません、当主様』
まだ空も暗い時間帯、画面の向こうにいる亜夜子からの報告を、真夜は不快感が表に出ないよう堪えながら聞いていた。
七草家が周公瑾と繋がっていた可能性は以前から考えていた。しかしまさか四葉と九島が追っている最中に横から掻っ攫うような真似をするとは。
「まず確認ですが彼女は周公瑾の精神体を封印した、と言っていたのですね?」
「はい、死体はその場には残っていませんでした。地面が焼け焦げていた場所があった為、消されたものかと」
つまり肉体を消しても精神体は滅んでいなかった、という事。問題はそれがどちらの仕業なのか、という点だが──
「
省略された真夜の質問の意図を亜夜子は正確に理解した。
「はい。その方術士は、周公瑾は他人の肉体を乗っ取る術を持っている可能性が高い、と考えているようでした。肉体を替えて中華街のリーダーに居座り続けていた、と」
つまりそれは周公瑾の術という事だ。おそらく術の原理はパラサイトと同様。自身の精神情報体を保持したまま肉体から抜き取り、独立情報体として宿主を探す、というもの。そう考えると昨年の暮れからの事件で周公瑾がパラサイトをサポート出来たのも説明がつく。自身の経験から宿主の条件を理解出来ていたのだろう。
四葉としては極めて不愉快な話だ。精神の分野で、他国の賊に遅れをとっていたというのだから。
「……まあいいでしょう。周公瑾のバックについては?」
「方術士もそれが誰かは知らないようでした。ただ彼らを九島家に送り込んだのは周公瑾の意思ではなく指示があったと話しています」
「九校戦の件ついては?」
「襲撃については知りませんでした。周公瑾がやったのかも本人は分かっていませんでしたが、九島家から逃亡して伝統派と合流するのは予め決まっていたそうです」
そこで真夜は一度口を閉ざした。細かい報告は後で書面で貰うとして、亜夜子も疲労の色が濃い。一度休ませた方がいいだろう。
「ひとまずお疲れ様でした。下がっていいですよ、亜夜子さん」
「はい、それではこれで、「ああ、そうそう、これだけは言っておかないと」──?」
下がれと言ったにも関わらず言葉を重ねた真夜に、亜夜子の肩がビクッと跳ねた。
「四葉の一員としての
亜夜子の肩が微かに震えているのが分かる。恐怖を隠すことも出来ず、亜夜子は絞り出すように主の声に応えた。
「は、はい……理解しております……」
「なら結構。下がっていいですよ」
通信はそれで終わった。暗くなった画面を睨みながら、真夜は後ろに控えていた腹心に声を掛ける。
「どう思います?葉山さん」
「どう、とは。周公瑾の事ですか?それとも亜夜子殿と文弥殿の?」
「どちらもです」
「そうですな。周公瑾に関しては七草に問い合わせるしかないでしょう。或いは臨時の師族会議を開く事になりますな」
「……出来れば来年の会議で槍玉に挙げたいのだけど」
「しかし
真夜はこれ見よがしに溜息をついた。
「面倒ね。それにしても、自らをパラサイト化する術、ねぇ……」
「断定は出来ないかと。古式には管狐のように動物を殺す事で情報体を抜き取る術もあります。其方が由来の術の可能性も」
真夜が言っているのは周公瑾が使うという、精神体で他人の肉体を乗っ取る術の事。奇門遁甲や影の獣を作り出す事は知っていたが更に隠し札があったらしい。
「……むしろ危なかったかもしれないわね。始末したつもりになって依頼を失敗していた可能性もあった」
「左様ですな。その場で気付いて封印出来たかは怪しいでしょう」
「出来ればサンプルが欲しいところだけど……」
「弘一殿は引き渡しに応じないでしょうし、仮に応じて頂いたとしてもスポンサーがいい顔をしないでしょう」
「……そうね」
依頼は抹殺だ。それを実験に使うのはリスク的にスポンサーは納得しない。そう言われると真夜としても諦めざるを得なかった。
「それと封印についてですが、達也殿から七草泉美嬢に確認させては?」
今回の件は達也も試験的に関わらせている。四葉への忠誠度を測る試金石とするつもりが中途半端な結果になってしまった。なのでせめて後始末をさせてはどうかと考えての葉山の言葉だったが、真夜は頷かなかった。
「駄目よ。四葉との関わりをばらす事になる」
「しかし弘一殿は既に察している可能性が高いのでは?」
「そうだけど、自分から認めさせるような真似はさせられないわ」
暗に今更では?という葉山だが、分家の感情的にも現状で達也の事を表沙汰に認める訳にはいかない。少なくとも新年までは。
「──それで、黒羽家についてはどう考えてるの?」
露骨に話を変えた真夜だが、葉山は素直に聞かれた事に答えた。
「やはり貢殿を失った穴はおおきいですね。とはいえ文弥殿も亜夜子殿も未だ成長途中。今回は相手が悪かったと長い目で見るべきかと」
「……七草泉美。本格的に目障りになってきたわね」
九校戦では亜夜子の敗北。四葉の一員という噂を流させた上での大差での敗北は周囲へのイメージとしてかなり痛いものがあった。
それだけならまだしも今回、裏の仕事にまで首を突っ込んで来られた。流石に看過できない。
「しかし彼女自身に何か出来る訳では。狙うとすれば七草家の方かと」
「そうね。やはり崩すなら其方になるでしょう」
結果として一先ず周公瑾は片付いた。ならば考えるのは間近に迫った四葉家の迎春会。そしてその先にある師族会議だ。
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「──で?何処に行ってたのか、説明はあるんだよね?」
翌朝、徹夜明けの泉美を待っていたのは仏頂面の香澄だった。
「……まぁ、ほら、先にご飯ですよ。朝食が不味くなるじゃないですか」
「……それはご飯の後で話すって事?」
「………」
さっと香澄から目を逸らし、早足で食堂へ向かうと、既に真由美が食事を始めていた。
「おはよう、香澄ちゃん、泉美ちゃん」
「お姉ちゃん、おはよ」
「おはようございます」
「……なんか二人とも様子が変だけど、何かあったの?」
主に不機嫌そうな香澄の顔を見て聞いてくる真由美に、我が意を得たりと香澄が活気付いた。
「聞いてよお姉ちゃん!泉美が昨日夜中にどっか行ってたんだよ。朝方まで帰って来なかったんだから」
「……そんな大袈裟な事でもないでしょう」
泉美は昨日学校から帰った後香澄に、用事があるので出かけると、遅くなるから晩御飯も要らない事まで伝えてある。しかし香澄はどうやら当日中には帰ってくると思っていたらしい。
香澄の告げ口に真由美の眼が鋭くなった。
「──泉美ちゃん?」
「姉さん。ご飯、ご飯の時間ですよ今は。朝ご飯を楽しみましょう」
そう言ってみたものの真由美と香澄からの視線は力を増すばかりだ。泉美はため息をついた。
「その話はこの後──はもう学校なので、放課後にきちんと話します。姉さんは時間あります?」
「あるけど……大事な話なの?」
「そうですね。重要な話です。それじゃあそういう事で──いただきます」
「むぅ……いただきます」
それだけ言ってさっさと出された朝食に手をつける泉美に、香澄も仕方なく一旦
学校では意外にも達也や深雪が昨夜の件を持ち出してくる事はなかった。四葉との繋がりを隠したいのか、単に達也が話す事ではなかったのか。とにかく一つ手間が減ったのはありがたいことだ。
そして放課後、三姉妹は真由美の部屋に集まっていた。生徒会や風紀委員の仕事が終わってからなのでもう夕食まで時間がない。泉美は早速本題に入った。
「それでどこから話すかなんですけど……そうですね、四月のマスコミが騒いでいた件があったじゃないですか。
「あー、あれね……」
「へっ!?えっ、そうなの?」
嫌な事を思い出したという渋面になった真由美の横で香澄がすっとんきょうな声をあげた。そういえば香澄は知らなかったな、と横目に見つつそのまま言葉を続ける。
「その辺で色々ありまして……なんといいますか……良からぬ人間と手を組んじゃったんですね、父様は」
真由美にも話す事にしたのは二つ理由がある。まず第一に、どの道知る事になるからだ。
あの後家に帰ってから気付いたのだが、あの場に水のゴーレムを操っていた方術士を置いて来てしまった。正直存在を忘れていたのでとどめも刺していない。
四葉が彼の証言を手に入れる以上これはもう"疑い"では済まない。周公瑾と七草家の内通は間違いなく先の師族会議で問題になる。それなら今のうちに泉美から伝えた方がマシだろう。
そしてもう一つ。今晩は弘一が帰ってくるからだ。幸い昨日は弘一も家を空けていた(偶然かは分からない)ので追及はされなかったが、今日は間違いなく呼び出されるだろう。その前に真由美に七草家の背信行為をバラして、少し暴れてもらいたい。
案の定真由美は過剰に反応した。
「どういう事、泉美ちゃん!?良からぬ人間って……」
「私もその人物の悪事を全部知っている訳では無いですが──少なくとも国家レベルの害虫という事は間違いないですね。名倉さん曰く、横浜事変の手引きをしていた人物らしいですよ?」
真由美の顔から表情が消えた。
去年の論文コンペの当日に起きたこの大事件。泉美はその日関東に居なかったのであまり実感がないが真由美はその場で巻き込まれた当事者だ。あの
「お、お姉ちゃん……?」
「……泉美ちゃん、続けて」
恐る恐る姉の表情を窺う香澄に、真由美は反応しなかった。
「続きと言ってもその辺りで色々あったとしか。私も全部知っている訳ではありませんし」
流石にその賊は私がぶち殺して来ましたとは言いづらいので少しぼかそうとしたのだが、生憎そう都合よくは行かなかった。
頭の中が狸親父への怒りで埋め尽くされているらしい真由美に代わり、香澄が口を開いた。
「ふーん……で、結局泉美は昨日何処に行ってたの?」
「………それはほら、放置も出来ないでしょう?なのでちょっと、ね?」
「何処に行ってたの?」
生まれた時から一緒だった双子の姉の目が、かつてないほどの威圧感を放っている。下手な誤魔化しは許さないと言わんばかりに顔を寄せてくる香澄に、復活した真由美まで加わって来た。
「まさか泉美ちゃん。首を突っ込んだんじゃないでしょうね!?」
「……少しですよ、少し。名倉さんがコソコソしてたのでちょっと調べてみただけです」
「泉美っ!!」
「結果として必要でしたよ。調べておいて」
ピシャリと言い放ってそれ以上の追及を防ぐ。
あの後直ぐに治癒魔法を施したので見かけ上はピンピンしているが、泉美がいなければ間違いなく名倉は死んでいた。泉美自身の動機はともかく、七草家の利益としては泉美の行動は正解だった筈だ。それを言うとどれだけ危険な事に首を突っ込んだのかも伝わってしまう為言わないが。
尚も何か言いたそうな二人だったが、そこで弘一の帰宅を使用人が知らせに来た。
ちなみに文弥は精神的に余裕がなかったので女装はしていません。周りも今の文弥に強要する気はありませんでした。……決して感想を見るまで女装の事を忘れていた訳ではないので、勘違いしないようお願いします。