七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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 お待たせしました。


書斎と弘一

 父の仕事場である書斎に入る機会は殆ど無い。真由美は時々呼び出されたり来客があったりで入っているようだが、泉美が"普通に"入ったのは旅から帰って以来、半年ぶりになる。

 

 弘一の書斎は割とシンプルで、高級感の漂うデスクと本棚が置いてあるくらいだ。しかし外部からの侵入や盗聴を妨げるための魔法・機械の両面における最新の防衛システムが敷かれており、弘一は基本この部屋で悪巧みをしている。……と、防御を全て突破して盗聴している泉美は知っている。

 

 使用人に連れられて泉美と真由美が部屋に入ると、部屋の主が革張りの椅子に掛けて待っていた。傍には名倉も控えている。

 

「お父様っ!!どういうつもりですか!?」

 

 弘一の姿を認識した途端、真由美が吠えた。ちなみに呼ばれたのは当然泉美だけで真由美は勝手に付いて来た形だ。

 

 案の定弘一は真由美を見て眉をひそめた。

 

「真由美、お前は呼んでいないが」

 

「呼ばれてませんとも!!それよりも横浜事変の手引きをしていた犯罪者と手を組んでいたというのは本当なのですか!!?」

 

「……泉美、お前が教えたのかい?」

 

「はい。もう隠しきるのは不可能だと、父様もお分かりでしょう?」

 

 全く悪びれずに言う泉美に溜め息をつくと、弘一は面倒そうに真由美に向き直った。

 

「手を組んだは語弊があるな。少し取り引きしただけだ」

 

「っ!!ふざけないで下さい!!そんな相手とする取り引きなんて──」

 

「そしてこの件に関してお前に話す事は無い。これは七草家当主としての判断だ。部屋に戻りなさい、真由美」

 

 最後まで聞きもしなかった。弘一が名倉に目配せすると、心得たもので素早く真由美の前に立ち塞がる。

 

「お嬢様、部屋にお戻り下さい」

 

「いいえ、まだ話は──」

 

「お嬢様」

 

「……っ!!」

 

 もうちょっと粘るかなと泉美は思っていたのだが、名倉が殺気で威圧してしまった。こうなると箱入りのお嬢様では為す術はない。結局真由美はすごすごと帰っていった。

 

「──さて」

 

 数秒の間、真由美が出て行った扉を見ていた二人だが、弘一が視線を戻した。

 

「話を聞いて驚いたよ。泉美が周公瑾の始末に付いて行った事も、それを名倉が独断で許可した事も」

 

 そう言って名倉を睥睨(へいげい)するが、名倉は小揺るぎもしなかった。

 

「家の人間は好きに使って良い、との旦那様の指示がありましたので」

 

「お前は必要ないと言った筈だが?」

 

「足手まといになる配下は、です。戦力になるならばその限りではありません」

 

 それっぽい事を名倉が言うが、泉美から弘一には話さないよう頼んでおいたのだ。

 

 今週の始め、周公瑾抹殺の命を受けた名倉に対して泉美は取り引きした。取り引きと言っても大した内容ではない。泉美が要求したのは現場に立ち会う事と、事が終わるまでそれを弘一に告げない事の二つ。見返りとして泉美は戦闘で力を貸し、七草と周公瑾の関係を他家に言わない。簡単な約束だ。

 

 ただ実際には名倉は泉美の到着を待たずに戦闘を始めていたし、泉美も他家には言わなかったが身内にはあっさりバラした。その程度の口約束だし泉美としては最低限の目的は達したのでどうでも良かったが、名倉は二つ目の要求は律儀に守っていたらしい。或いは名倉自身、弘一に伝える気がなかっただけかもしれないが。

 

「……まあいい。それで、説明してくれるかい、泉美?」

 

 主たる自分を軽んじているかのような態度に不快げに眉を顰めたものの、泉美がいる事を思い出したのか弘一はそれ以上名倉を追求しなかった。声を穏やかにして語りかけてくるが、目は笑っていない。真由美から『狸親父』と言われる所以(ゆえん)たる所作(しょさ)だ。

 

「説明と言われましても……。十師族、七草家の人間として賊の対処に貢献しようと思い名倉さんに申し出ただけですよ」

 

 大嘘である。もちろん十師族としての最低限の義務は果たす気は有るが今回は放っておいても他の家が解決してくれるし、泉美としては七草家が没落してもそこまで気にしない。

 

 当然弘一は納得しなかった。行動にも、その背景にも。

 

「そうか、では一つずつ確認しよう。まず何故周公瑾について知っている?私と名倉の会話を聞いていたのか?」

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

 血を分けた娘が。あの小さかった末っ子が。油断ならない相手として自分の前に立っている。その事に弘一は不思議な感慨を覚えた。

 

「──私と名倉の会話を聞いていたのか?」

 

 昔から掴みどころの無い娘だった。割と直情的な他の娘たちと違い常に一歩引いているようで、時々よく分からない事に熱中する。

 

 なので三年前、娘が武者修行の旅に行くと言い出した時も、またとち狂ったことを、と思ったものだ。今思えばあの頃から少し雰囲気が変わっていた事を疑問に思うべきだったのかもしれない。

 

 結局弘一はそれを黙認した。許可こそしなかったが家の力で邪魔をしたりはしなかった。学校を全て通信にして一月以上帰って来ないとは正直考えもしていなかった(勝手に申請されていて気付いた時には手遅れだった)し、連れ戻そうと考えた事もあったが、三年後、本人は何食わぬ顔で帰ってきた。あの時は流石に胸を撫で下ろしたものだ。細かい事が気にならないくらいには。

 

 そして今年。魔法科高校に進学した娘は十師族の枠の中でも並外れた能力を示しはじめた。

 

 入学試験は双子の姉である香澄や七宝家の長男、七宝拓磨に大差を付けて首席。更に入学早々七宝家の長男を試合で叩きのめしたらしい。ここに来て娘可愛さに目が曇っていた弘一も流石に疑問がまさるようになった。──単に武者修行だけでここまで魔法力に差がつくのか?と。

 

 七草家は優秀な魔法師を数多く輩出してきた名家だ。それは間違いないし、数の上では十師族・師補十八家を含めても最大規模を誇る。

 

 しかし一方で、個人の実力が抜きん出ていると評価されることは少ない。だからこそ、長女である真由美が狙撃で世界的な評価を受けたのは七草においても快挙だったし、弘一も敷地内に専用の狙撃の練習場を設けるなど最大限の支援をした。

 

 しかし真由美は先天性の知覚魔法を持っている。七草家の人間がこの手の特異な魔法を備えている事は珍しく、再現性という点では難しいだろう。

 

 それに対して泉美の急成長は、或いは他の人間にも応用出来るのではと思えるものであった。武者修行の内容を泉美は明かさなかったが、泉美が身に付けたという仙術を、技術として七草家に取り入れることが出来れば、或いは四葉にすら対抗出来る切り札になるのでは?と。

 

 そう考え泉美の周りを名倉に調べさせるものの結果は空振り。今にして思えばこの指示も泉美は把握していた可能性がある。

 

 そして九校戦。ミラージ・バットに出場した泉美は圧倒的な実力(ちから)で優勝した。四葉の一員と噂が流れていた、黒羽亜夜子を一蹴して。

 

 正直すぐにでも泉美に聞きたかった。どんな修行をしていたのかと。仙術とは、四葉にも対抗出来るものなのかと。

 

 直後に起きた周公瑾と四葉の暗闘によって先延ばしになっていたが、今ようやく娘と話す事が出来る。裏の事情も(まじ)えて。

 

 その為にまず泉美がどこまで知っていたのかは確認しないといけない。

 

「いえ、私が知っていたのは父様が周公瑾なる犯罪者と手を組んでいて、四葉と九島でその賊を追っている、という程度でしたよ。そこまで分かっていれば先を読むのは簡単ですからね」

 

 果たして弘一の質問に対して泉美の答えはNOだったが、弘一は鵜呑みには出来なかった。

 

 確かに泉美は先の週末に九島邸を訪れている。

 

 もしも四月に弘一が行ったマスコミ工作のことを知っている九島烈が、周公瑾の所業を追っていた四葉の情報から弘一の関与を疑っていたとしたら。そしてあのタイミングで京都に訪れた香澄や泉美にも作為を感じていたならば。二人にカマをかける、或いは直接問いただしてもおかしくはない。

 

 だが九島家からは少し前に連絡を受けている。その際、周公瑾については全く話題に上がらなかった。それを考えると、泉美や香澄にだけ話したとは考え難い。他に知る機会があったと考えた方がいいだろう。

 

「……まあいい。それで、名倉に手を貸した理由はなんだい?」

 

「先程言った通り、十師族としての義務としてですね──「泉美、白々しい嘘はやめなさい」」

 

 流石にその言い分を通すつもりは無い。十師族の内二家が共同で追っている、と知っていてそんな理由で首を突っ込む訳がない。それなりに強い動機がある筈だ。

 

 遮るように言った弘一に、泉美は肩を竦めた。

 

「父様、私はね、妖魔という存在が嫌いなのですよ。()()を利用しようなんていう人間も当然、ね」

 

 言葉に怜悧なものが混じった。今までの軽い感じではない。少なくとも弘一には本音のように聴こえた。

 

 しかしそれだと九島も、という考えが脳裏を過ぎったが、続く言葉で泉美はその懸念を否定した。

 

「ああ、九島家とは既に少しお話ししました。随分不愉快な老害共でしたが」

 

「……そうか」

 

 弘一としては何も言えなかった。どんな話をしたのか非常に気になるが、確認する事が残っている。

 

「それで、その後の事は名倉から報告は受けているが、一応聞かせてくれるかい?周公瑾を始末に行って起きた事を」

 

「そうですね……まず私が着いた時には既に戦闘が始まっていました。どうやら向こうもこちらの目的を察していたようですね。伏兵もいましたし名倉さん一人なら確実に死んでましたよ?」

 

 私が首を突っ込んでくれて良かったですね?と言わんばかりの態度だ。名倉の方を見るも微動だにせず無言を貫いている。否定する点はない、という事だ。

 

「で、私も参戦して周公瑾を拘束したのですが……どうも特殊な術を身に付けていたようで、肉体を捨てて精神体だけで逃げようとしたので封印しました」

 

「名倉からも聞いたが、其れはどういう理屈なのかは分かるのかい?」

 

「基本はパラサイトと似たものと考えて大丈夫です。自身の精神情報を保護して、他人の肉体に入り込む。対処法を知っていないとどうにもなりません」

 

 ……口を封じるに当たってのお前の見通しは甘過ぎた、と暗に言われている事には気付いていたが、弘一は言い返さなかった。

 

「……それは再現できる技術なのかい?」

 

()た感じは無理ですね。魔法は属人的なもの、という事を踏まえてもなお常軌を逸した術式です」

 

 返ってきたのは明確な否定。傍で聴いていた名倉はそこまで断言出来る事に疑問を抱いたが、弘一はそのまま次の、一番したかった話題に移った。

 

「それで、その後。四葉の分家、黒羽家が率いる部隊と会ったんだね?」

 

「あれは驚きました。まあ四葉家も追っているのだから鉢合わせる可能性もあるとは分かっていましたが、ついてませんでしね」

 

 どうやら泉美は運悪く遭遇したと思っているようだが、名倉の見解は違っていた。おそらく周公瑾が仕組んでいたと。名倉の目的を察していた周公瑾は報復として自分と七草の関係を露呈させて七草の立場を落とし、あわよくば四葉と潰し合わせようとしたのだろうと。

 

 とはいえ今となってはどうでもいい。

 

「それで泉美は襲いかかってきた黒羽の部隊を返り討ちにしたと」

 

「彼らも困ったものでしたね。封印した周公瑾の精神体を渡せと言ってきた上に断ったら襲ってくるなんて。不可抗力というやつですよ」

 

 そう肩を竦める泉美には大分余裕があった。自分が負けるとは欠片も思っていない、そんな印象だ。

 

「……泉美からみて、黒羽の部隊の練度はどの位だったんだい?」

 

「優秀でしたよ?戦闘の腕も良かったですし、隠密能力も大したものです。……指揮していた黒羽君には少し精神面に不安がありましたけど、まあ年齢や事情を考えればそんなものでしょう」

 

「──しかし泉美の方が強い、と?」

 

 そこまで言うと泉美の目に呆れの色が浮かんだ。弘一が何を話したいのかを理解したのだろう。自分でも妄執に囚われているという自覚はある。だからといってこの感情は止められなかった。

 

「父様。あまり人と比べても仕方がありませんよ」

 

「しかしこのままでは四葉は十師族のなかでも特別な、誰にも止められない存在になる」

 

 これは決して感情を正当化する為の言い訳では無い。事実十師族の体制を作り上げた烈も同様の危惧を抱いているのだから。

 

「だから犯罪者と手を組んでまで四葉の足を引っ張ろうとしたと?」

 

「……そうだ。しかし泉美、お前の力次第では、そんな事をする必要はなくなる」

 

 泉美が目を細めた。

 

「私が仙術を受け継いでいるのは政治に使うためではありませんし、伝承する相手も自分で決めます」

 

「九島光宣には修行をつけるのだろう?」

 

「知り合いの命に関わりますからね。修行はつけますし多少は仙術の教えも伝えますが、それくらいのつもりですよ。ちなみに他の人にも修行をつけろというのは却下です。面倒なので」

 

 とても当主に対してのものとは思えない物言い。傍で聴いていた名倉は、二人の間の空気が冷えていくのを感じていた。

 

「……家の為に働く気がないと?」

 

「私も十師族・七草の作品である以上、その面では義務を放棄する気はありません。しかし古式魔法の内容に限って言うならば、七草家に還元する必要は感じませんが?」

 

 暫くの間、弘一は泉美を睨んでいた。泉美はただその視線を受け止めていた。

 

 結局折れたのは弘一だ。諦める気はないが、焦る事もない。少なくとも現状は、四葉に対抗出来る人材が七草にもいる。その事実があればいい。

 

「まあいいだろう。それじゃあ後は必要な事を幾つか話しておこうか。まず九島家から、光宣君の──」





 自分の中の弘一のイメージが“四葉への執着でバカやってる無能寄りの凡人”て感じなせいか、弘一視点だいぶ難しかったです。
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