七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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八雲と泉美

 

 

 4月15日の日曜日、この日、泉美は九重寺を訪れていた。遅くなってしまったが、パラサイトについて九重八雲に確認するためだ。正直泉美は琢磨の事情など大して興味は無い。こちらの方が遥かに重要な問題だった。

 

「いやはや、華の女子高生と二人きりで話せるとは、緊張するね」

 

「こうして()()()()()()()()初めてですね。七草泉美と申します。高名な九重八雲様とお話する機会を頂き光栄です」

 

 アポ無しの訪問だったのだが、幸い在宅(?)だったので、要件を伝えると二人きりで話すことを承諾してもらえた。内緒話のための部屋とやらに案内され、胡座をかく八雲の前に正座する。

 

「単刀直入にお聞きしますが、九重様があの妖魔に危険はないと司波先輩に話したのですよね?」

 

「うん、そうだね。根拠については言えないけど、君も何となく分かってるだろ?」

 

「……想像の域を出ませんし、何より私の予想だと光井先輩の安全は保証できない筈です」

 

 そう、勿論泉美も、一週間パラサイトを観察して他の人間に手を出していないことは確認しているし、どういう状態なのかも解っている。しかしあのパラサイトはほのかとパスが繋がっているのがデフォルトである以上、ほのかに影響を及ぼす危険だけは否定出来ない筈なのだ。

 

「そうだね。普通ならパラサイト自身にその気が無くとも影響を及ぼし兼ねない。だけどまあ、今回は大丈夫だよ」 

 

 しかし八雲は、根拠について話さなかった。泉美からすれば納得のいかない答えだが、相手に話す気が無いのなら口を荒らげても意味は無い。泉美は押し黙った。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

「………」

 

 もう少し感情的になるかと思ったが、逆に冷静になるタイプらしい。目の前で黙ってこちらを見ている底の知れない少女に、八雲は困ったような笑みを返した。

 

 達也から依頼され七草泉美についての調査をしてみたが、今のところ分かったことは殆どない。一つ言えるのは古式魔法への理解と警戒が七草家とは思えない位に深いということだけだ。

 

 彼女の周囲、七草家を探ることは出来る。しかし彼女自身を尾行したり、監視するのは八雲ですらも困難だった。

 

 そして泉美は挨拶の際「会うのは初めて」とは言わなかった。「言葉を交わす」のが初めてと言ってきたのだ。これはつまり、八雲が泉美の周りを嗅ぎ回っていたことは分かっているぞ、と釘を刺された形だ。予想以上に手強い相手にこれ以上直接調べるのは下策と判断せざるを得ない。

 

 それはそれとして、パラサイトの件。これも簡単な話ではなく、実際泉美の様に危険視する声も「()()」の間であったのだ。

 

 八雲が安全と判断したのは、パラサイトがほのかの精神を、光井家の、エレメンツの性質ごとコピーしたからだ。エレメンツの血筋には、絶対服従の因子が遺伝子に組み込まれている。この精神をコピーしたパラサイトは、忠誠の術式よりもさらに強力な影響下に置かれ、達也に逆らうことが出来ない。しかもこれはパラサイトに術式を付与するのではなく、パラサイト本体の性質がそうなっているので術式が破られるという話も起きない。

 

 目の前の少女もパラサイトがほのかの性質をコピーしていることは分かっているようだが、恐らく泉美はエレメンツの性質を知らないのだろう。だから術式も介さない忠誠を全く信用出来ない。

 しかしこれを話すことは同時にほのかが達也に絶対服従の奴隷願望がある、とほのかの後輩に話しているようなものだ。流石に可哀想だろう。

 

「……分かりました。安全だと保証出来るというのなら、これ以上は聞かないでおきます」

 

「悪いね。不安になる気持ちもわかるんだけどね」

 

 果たして、泉美はそれ以上追及して来なかった。これで話は終わりか、と気を抜きかけた八雲だったが、

 

「もう一つ質問をお許しください。『()()()』、という言葉をご存知ですか?」

 

 続いて放たれた泉美の質問に、八雲の意識は急速に冷やされた。

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

 一応聞いてみただけなのだが、どうやら知っているようで、明らかに八雲の雰囲気が変わったのを泉美は感じとった。まだあったのか、あの組織。

 

「……驚いたね。どこでそれを知ったんだい?」

 

「どんなものでも知る機会はあるものですよ。それより、あなたが知っているということは、今回の件は元老院も認めている、ということですか?」

 

 そう、それが泉美のもう一つの懸念であった。あの妖魔絶対許さない集団が高校にのさばる妖魔を見逃すとは思えなく、そのとばっちりが周りにくる可能性もある。勿論今はもう方針が変わっているのかも知れないが、少なくとも記憶ではあそこの老人達はこういう時、使役者ごと消し去る主義だ。

 

「さぁて、どうだろうねぇ」

 

 攻撃は言葉と同時にきた。

 

 対象の方位を分からなくし、前後不覚に陥らせ動けなくする魔法。鬼門遁行の原形とも言われる幻術の一種を、しかし泉美は一瞬の遅滞もなく打ち払った。

 

 常人なら術から抜け出すのは困難だが、あいにく泉美には障害にすらならない。というより()()()()は完全に泉美の土俵だ。例え八雲が相手でも、泉美はこの分野で遅れを取る気は全く無い。

 

「続けますか?」

 

「いやはや、その年で大したものだね。意気(いき)の操作は達也君よりも更に上だ」

 

 事も無げに聞いた泉美に、八雲も敵意を消して会話に戻った。もともとちょっとした腕試しでしかなかったのだろう。

 

「元老院もこれについては静観する気だね。達也君の使い魔という扱いになる。問題がありそうなら僕がパラサイトを処分する事になってるよ」

 

 やはり泉美の知っている頃よりは少し変わっているようで、思ったより甘い対応をしている。

 

「そうですか。……それならば私も一先ず静観とします。今日は事前の連絡もなく押し掛けてしまい、申し訳ありませんでした」

 

「いやいや、可愛い女の子が訪問してくれるのは全然構わないとも。また気軽に来てくれていいんだよ」

 

「ありがとうございます。では次来るときは一つお手合わせをお願いしますね。それでは失礼させていただきます」

 

 完璧、とは言えないが十分情報は入った。あの妖魔については警戒を解く気はない。しかし元老院の意向が分かったのは大きく、司波兄妹とも今のところ敵対する必要はなさそうだ。ならば後は七宝琢磨とかいう小物のことぐらい。

 

 最大の問題が一段落したことに足どりが軽くなるのを感じながら、泉美は九重寺を後にした。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 月曜日の夜、達也は深雪を伴い九重寺を訪れていた。泉美について調査を頼んでいたが、その件で話があると言われたのだ。

 この連絡を聞いたとき、達也はおやっ?と思った。報告する、ではなく話がある、という言い方に。

 

 その違和感は八雲の話で解消された。

 

「これ以上の調査は出来ない、ですか」

 

「すまないね。これまで分かったことは教えるのでそれで我慢してほしい」

 

 八雲の話は調査が終わった、ではなく調査を打ち切る、というもの。泉美は八雲の隠行に気付いていたらしく、これ以上は本格的に敵対行動とみなされる恐れがあるという。達也が知る限り初めてのことだ。

 

「先生でも調べられないなんて……」

 

「面目ないねぇ」

 

 隣で深雪が言葉を失っているが、達也も同じ気持ちだった。八雲が本気で隠れていたら達也ですら見破れない。それを泉美は見破ったというのだ。

 

「まあ何も分からなかったという訳じゃないよ。とりあえず分かったことと、僕の推測を教えよう」

 

「お願いします」

 

今は一つでも情報が欲しい。達也は八雲の話に傾聴した。

 

「まず泉美君は中学の3年間、表舞台に出てこなかったという話は知ってるよね」

 

「はい。それについては噂になっていました。社交会どころか、中学にも通っていなかったと」

 

「その間だけど、どうも全国各地を巡っていたみたいなんだよね」

 

「全国を?何のために?」

 

「本人は周りに武者修行と言っていたらしい。これは恐らく嘘って訳ではないんだろうけれど」

 

 八雲は少し勿体ぶった言い方をした。

 

「それだけではない、ということですか?」

 

「まずそれだけなら一度も家に帰らない、なんて必要はない筈なんだ。しかし彼女は家に電話はしても帰宅してはいない。3年間一度もね」

 

「帰らない理由、ですか……」

 

 単なる家出ではあり得ない期間だ。それなりの理由があると考えるべきだろう。しかし達也が結論をだすのを待たず、八雲は自分の推論を述べた。

 

「恐らくだけど、彼女には明確な目的地があったんだと思う。そしてそれを誤魔化すために、3年もの間姿を隠したんだ。家に帰らなかったのも、そこから足が付くのを嫌がったんだろうね」

 

 3年という時間はかなりのものだ。何処に行ったのか、目的地を調べたくても、『いつ』の情報が重要なのか分からないと調べる難易度が跳ねあがる。しかも泉美はこの期間、全く交通機関を使わなかったらしく足どりを追うのが極めて難しくなっている。「木を隠すなら森の中」、を巨大なスケールでやったということだ。

 

 果たして八雲の推論は確かに筋は通るが、同時に大きな疑問も生じるものであった。

 

「しかしそこまでして隠したい場所とはなんなのでしょう?それも泉美ちゃんは七草家にも秘密にしているということですよね?」

 

 そう、深雪の言うように中学生が家に帰るよりも優先して隠そうとする場所、それも行動からして身内にまで教えていないというのは異常としか言い様がない。達也には想像もつかなかった。

 

「そうだね。それが分からなかったんだけど、昨日一つ候補が出来た」

 

「師匠、それは?」

 

 しかしなんと八雲には候補があるらしい。

驚きと共に達也が先を促すと、

 

「実は昨日、ここに泉美君が来たんだよ。ピクシー人形に宿ったパラサイトの話を聞きにね」

 

 八雲は昨日の出来事を教えてきた。

 

「それでそのとき少し試してみて分かったんだけどね、彼女は『()()』だ」

 

「仙女……仙術を使うということですか?」

 

「そう、それも凄まじい練度だったよ。僕でも勝てるか怪しい」

 

 八雲の発言を、達也は信じられなかった。深雪も絶句して固まっている。それもそうだろう。達也は目の前の忍びの強さを身を持って知っている。いや、底は(いま)だ知れていないが、古流魔法の大家として恥じない実力があることは間違いない。その八雲が勝てるかわからないと言ったのだ。

 

 しかし八雲は大真面目な顔で話を続ける。

 

「仙術の修行は膨大な時間と、特殊な環境が必要になる。彼女のあの技量は普通3年やそこらで至れる領域じゃない。恐らくその辺に関わっている場所なんだと思う」

 

 確かにそれなら、現代魔法の名家である実家に隠そうとするのも分からなくはない。

 

 しかし、

 

「それならば泉美は何故その場所を知っていたんでしょう。七草家は知らないと、本人がそう確信するような場所のことを」

 

 今度は泉美が何故その場所を知っていたのかが分からなくなるのだ。中学生になるかどうかの年齢で、家の伝手という訳でもなく、どうやって知ったのか。

 

「さて、ね。とにかく分かった、というか推察出来るのはそれくらいかな。あと僕からは敵対はしない方がいい、とだけ言っておくよ。虎の尾では済まないかもしれない」

 

 しかし八雲はそこで話を終わらせにきた。

 八雲には心当たりがある、と達也は感じたが、これ以上は教えてもらえないらしい。

 

 八雲クラスの古流魔法を修めた十師族、どう警戒すればいいのか分からない相手に頭を悩ませながら、達也は九重寺を後にした。

 






パラサイトについてはこれでゴリ押します。

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