キングダム 回帰する者 作:李牧
李牧 side ~ 9歳 ~
死ぬと回帰する。それがどんな死に方にしろ、病死だろうと、老衰だろうと、戦場での討ち死にだろうと、暗殺だろうと、必ず回帰して9歳の誕生日に戻る。それが今の李牧の状況だった。
どうして、こんな訳の分からない状況になったのか皆目検討もつかない。
初めは趙国を救う使命なのだと考えたこともある。しかし、何度秦国を撃退し、趙国を救っても、趙国を発展させ大きくしても、回帰が終わることはなかった。
何十何百と回帰を繰り返す内に、かつての愛国心は形骸化し、国を救うのも只の作業となっていた。
それでも趙国を離れなかったのは仲間がいたからだ。カイネ、舜水樹、慶舎、場南時。
かけがえのない仲間との絆だけが李牧を趙国の英雄の座へと繋ぎ止めていた。
しかし、その思いも何時までもつか分からない。なにせ、笑えるくらい同じことの繰り返しなのだから。敵を倒して仲間から称賛され、政敵を倒して仲間から敬われ。
ループ。ループ。ループ。ループ。
終わりの見えない迷路の中で李牧の心は確実にすり減っていった。
なんだこれは?
なんなんだこれは?
何時まで続くんだ?
どうやったら終わるんだ?
質の悪い夢なら覚めてくれ!
それとも、この状況を企図した神か悪魔でもいるのか?
いるなら出てこい!
ぶっ○○てやる!
李牧は無心論者である。神も悪魔も信じていない。いや、信じていなかった。しかし、終わりの見えないこの状況で、李牧は初めて神か悪魔への、存在Xへの明確な怒りを感じずにはいられなかった。
それが切っ掛けだったのかは分からない。存在Xを明確に意識することが接触方法だったのかもしれない。あるいは全く関係なく、只の偶然だったのかもしれない。何も分からないが、しかし、その日初めて李牧は神を自称する存在と会合を果たすのだった。
目の前に浮かぶ存在を観察する。
外見年齢は14歳くらいで、赤と紫のツートンカラーのツインテールをした絶世のと言う言葉すら霞むほどの絶世の美少女?だった。
疑問系になったのは人間では有り得ない特徴を幾つか有しているからだ。
まず1つは背中から生えた純白の羽。大きさは然程大きくなく、翼が動いているようすもないが、少女は宙に浮いていた。日輪を背負うその姿は否が応でも人為らざる異様さを感じさせる。
さらに、右目も異様だった。左目と同色の青い瞳でありながら、左目にはない魔方陣のような紋章が刻まれている。長く見ていると闇の中に引き込まれてしまいそうな独特な引力を感じた。
最後は少女?の格好だ。何故か少女は裸体だった。完全な素っ裸と言うわけではなく、天女の羽衣のような見たことのない衣服などを身に付けている。しかし、隠すべき所は全て開放されており、誰がどう見ても痴女だった。もっとも、人為らざるものに人の常識を説いた所で詮無き事だろう。例えは悪いが、豚を相手に「お前は何故服を着ない!はしたない!」などと指摘したところで首をかしげられるだけだ。人間だったら憲兵の厄介になること間違いなしの格好をしているが、目の前の少女?天使?にとっては普通の格好なのかもしれない。
しかし、何事にも気の迷いと言うものがある。
李牧はかつて、ループに疲れ、精神に異常をきたし、全裸で王都を走り回ったことがある。無論、その事実は回帰と共に跡形もなく消え去り、今では李牧の記憶の中にしかない骨董品ではあるが、しかしながら、今でも時々思い出して悶絶する消し去りたい黒歴史である。
もしかしたら目の前の少女?もかつての自分のように精神に異常をきたして、こんな変態的な格好をしているのかもしれない。
だとしたら、そっと教えてやるのが先駆者として役目と言うものだ。
一時の感情で動くのは止めておけ。後悔することになると。
しかし、これが彼女にとって普通の格好だった場合、下手に言うと大変無礼な事になる。さっきまで神に怒りを感じていた李牧が、無礼だなんだと気にするのは可笑しな話だが、目の前の少女は、予想していた神の容姿とは全く異なり、雰囲気も不気味ではあるが悪劣さは感じない。それに全裸の年下の女の子(外見年齢は李牧の方が年下だが、李牧は回帰により精神年齢は数百を越えている)を相手に怒りを持続させることは中々に難しい。怒りが全く無くなった訳ではないが、何も聞かずに怒り散らすのは止めようと思った。そんなことより今は少女の格好についてだ。
「その格好は正装ですか?」
「そんな事も知らないなんて、驚くほど無知なのよ。これだから人間は困るのよ。どっからどう見ても天界の正装なのよ」
「天界の正装?」
マジか。天界って裸が正装なの?!
昔どこかで天国には桃源郷が広がってるって読んだことがある。もちろん、李牧は信じていなかったが、まさか本当だったとは。
「中々、過激な服装ですね」
「お前こそ腕を出すなんてはしたないのよ。もっと慎みを持った方が言いのよ。変態に言っても無駄だと思うけど一応忠告しといてあげるのよ。感謝するのよ」
お互いにお互いの事を変態と思っているが、それを言い出すと終わらなくなりそうなので、取り敢えず今は隅に置いておく。因みに、少女の腕は白い長手袋で覆われていた。
「ところで、貴女は誰ですか?」
「!──そう言えば名乗ってなかったのよ。クロムは時の女神クロノス様に仕える一の天使、クロムなのよ。お前が厄介な呪いに掛かってるみたいだから説明に来てやったのよ」
「それは、ありがたいですね。私は李牧です。その呪いと言うのは回帰の事ですよね?どうやって解くんですか?」
「簡単なのよ。それは中華統一をすれば解けるのよ」
「は…………?
中華統一?」
「そうなのよ。お前の呪いは中華統一を夢見ながら成し得なかった多くの先人や未来の偉人達の執念が天文学的な不運によってお前に擦り付けられたせいなのよ」
「な、なんでんかそれは!」
「クロムもびっくりなのよ。たぶんこの先もこんな珍例出ることはないのよ。ある意味凄いことなのよ」
「全然慰めになっていませんよ」
「慰めてないから当然なのよ」
「………」ムカ!
「でも、悲観することはないのよ。回帰し続ければ何時か中華統一だって出来るのよ。頑張るのよ」
「他人事ですか」
「実際他人事なのよ。まあ、でも、土下座して頼むなら多少は手伝ってやらんこともないのよ」
「本当ですか!」
李牧は即座に土下座を敢行した。
「な!?お、お前、プライドってものがないのよ。」
「(全裸で王都を走り回ることに比べたら)この程度」
「むう、中々潔いのよ」
クロムに読心術の心得はなかった。
「まあ、約束は約束なのよ。それに人間界にも興味はあったのよ。クロムの衣食住を高度に保証するなら手伝ってやるのよ。有り難く思うのよ」
こうして、二人の中華統一の旅が始まるのだった。