キングダム 回帰する者   作:李牧

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霊凰の勧誘

 

霊凰。後の魏国の大将軍の一人で、魏火龍七師に数えられる後の中華の動乱を彩ることになる魏国随一の智将である。そんな彼女も今はまだ15に満たない子供。名家・旧家の出身でもなく、世間ではほぼ無名に近い。母はおらず、父は昔は魏国軍で軍師をしていたようだが、腕を怪我したことにより軍を辞め、地方に越してきて、十年ほど前に小さな個人経営の軍師学校を開いた。その学校も魏国全体からすれば無名であるが、地方での評判は上々でそれなりの数の門下生を持つ。霊凰は小さい頃から、それこそ物心つく前から軍師学校に入り浸り、軍略に触れてきた。人の性格や能力は幼少期に作られると言われるが、その真偽は兎も角、霊凰のたぐいまれなる軍略の才能も幼少期に急速に形作られていく。その才の非凡さは親の贔屓目無しにも中華に名を轟かせるほどのものであり、それは門下生の全てが知るところだ。3歳で言葉を解し、5歳の頃には軍略の基礎を覚え、10になる頃には門下生でも五指に入るほどの実力者になり、14になった現在は教師であり、元名軍師でもある父を越える程の実力をつけている。怪物。その言葉が相応しい才女であることに疑いはない。

しかし、どれ程の才女であれ、ここの門下生にとって霊凰は赤子の頃から見てきた子供である。加えて、幸いと言えうべきか、容姿は、ガタイの良いゴリラ然とした父霊蒙には似ず、美しかった母親の遺伝を強く受け継ぎ、大層美しい少女に育っている。彼等が霊凰を可愛がるのは無理からぬことであった。

そんな軍師学校の小さなアイドルである霊凰は幼馴染みと別れた後、何時ものように学校の門を潜ったのだが、そこには見慣れない三人組がいた。

 

一人は茄子のような髪型の色白の少年で、もう一人は特徴的な髪飾りを付けたツインテールの少年、そして、最後の一人は、椅子に座り、門下生の一人と盤上の模擬戦を行う美少年だ。

 

(誰だろ?綺麗な人だな)

 

霊凰がまず感じたのは外見的な興味であったが、すぐにそれは盤上の戦を取り巻く門下生の熱気に移ろう。少年が一手を打つ度に、周囲で見物している門下生達は「おお!」とか「鋭い!」とか「むう!何と言う読みの深さ!」などと感嘆の声を上がる。その中に本来教示する立場であるはずの父が当然のように混ざって感嘆の声を上げていることに更に驚く。

 

(何やってのパパ)

 

異様な光景であった。教室内の全ての門下生および教師が一つの盤を囲んで見ている。他に盤は幾らでもあると言うのに只熱心に少年の打つ一手を追っている。自分が入って来たことに気付く者すらいない。いつも皆の中心にいた霊凰は、それに若干の不服を覚えたが、それ以上に一身に注目を集める模擬戦の内容に興味が沸き、盤を見に行く。周囲は360°人で囲まれていたが、小さい体躯を利用して、足の下を這って進み、机に手を掛けて覗き込んだ。

 

(す、すごい!)

 

霊凰はたぐいまれなる軍略の才能を持っている。だからこそ、目の前の見知らぬ少年が軍略家として圧倒的な高みにいることが理解できた。

 

(こんなの初めて見た!)

 

霊凰は知らす喉をごくりと鳴らす。少年の打つ一手一手がまるで魔法のように彼女の目を魅せてやまない。それは霊凰だけでなく、この場にいる全ての者が感じている事だった。

 

霊凰が来たときには既に盤上の戦は終局に向かっていた。実力の差は明白で、勝敗も決まりきっている。そして、霊凰の読み通り、特に驚きのある一発逆転が起こることはなく、数手打ち合った後、総大将の駒を撃ち取られた門下生が「ありません」と敗北を宣言し、模擬戦は終わった。

 

一瞬の静寂。そして、堰を切ったように賑やかな検討が始まる。ここで言う検討とは対局後にお互いの打った着手を見直し、修正するための反省や意見交換のことで、これがあるかどうかで軍師としての力の伸び方がだいぶ変わる大事な作業である。多くは教師を交えて、どこが良かったのか何処が悪かったのかなどを指摘して貰いながら行う。

今回も本来ならば教師が検討を主導するのだが、やはりと言うか、当然のように少年が検討を主導し、教師陣達は「なるほど!」とか「そう言う意図が!」などと、童心に返ったかのように教わることを楽しんでいた。

 

そして、検討が一通り終わったところで初めて父は霊凰の存在に気付いたらしく、ぎょっと目を見開く。その顔にはまざまざと「何時来たんだ!」と書かれていた。

 

「霊凰!来ていたのか!」

「今頃気付いたのパパ?」

 

霊凰はジトーと避難の意思を込めて目を向ける。

 

「い、いや、勿論初めから気付いていたぞ」

 

娘の機嫌を損ねてしまったかと慌てる子煩悩。

彼がとっさに口に出したのは、苦しい言い訳であったが、霊凰にはそれよりも気になることがあったので、特別深く掘り下げることはなく、すぐに李牧へと視線を移す。

 

「この人誰なの?すごい強いけど」

「ああ、この方はな、見聞を広めるために諸国を回っている李牧さんだ。こっちは私の娘の霊凰だ。ほれ、挨拶しなさい」

「初めまして!霊凰です!」

「こちらこそ初めまして。私は李牧です。そして、後ろにいる二人は舜水樹と慶舎です」

 

李牧に紹介され軽く頭を下げる二人。しかし、霊凰の目はその二人にはちらりとも見ず、ジーと李牧を見つめていた。

 

「ねえ!次は私とやろうよ!」

 

キラキラとした期待した目で李牧を見る霊凰に、李牧は一も二もなく了承を示す。

 

「いいですよ。では一局お相手願います。持ち時間はどうしますか?」

「一手五分以内で」

「速打ちですか。いいですよ」

 

二人の対局が始まる。結果は李牧の勝利で終わった。完敗である。霊凰では実力の底すら見ることが出来なかった。圧倒的な上座から指導されるような対局。しかし、悪い気はしない。むしろ、一手打つ毎に自分の知らない考え方や見方を教えられているような感じで、対局が終わったときには自分が確かに進歩していると思えた。

 

その後何度か人を変えて対局と検討を行う。楽しい時間と言うのは早く過ぎるもので、

 

「おや、お迎えですか?」

 

と言う李牧の言葉で、ようやく思考の渦から起き上がる。後ろを振り替えると、色々と成長の大きい幼馴染みの少女がいる。

 

「あ、迫。どうしたの?」

「ご飯出来たって」

「え、うそ!もうそんな時間!?」

 

窓から外を見ると既に夕暮れになっている。どうやら余りにも対局が楽しすぎて時間を忘れていたようだ。

 

「すぐ行くね!」

「お姉さんですか?」

李牧の問いに霊凰は首を振る。

「一緒に住んでるけど姉妹じゃないよ。パパの昔の部下の子供で、私の幼馴染み。乱美迫って言うの」

(乱美迫!?)

 

乱美迫。それは霊凰の最も信頼する副官の名だ。武力は六大将軍並みで、頭の方は残念だが、知の霊凰、武の乱美迫として、王騎やきょうからも一目置かれるほどの英傑である。李牧自身も過去の回帰で何度も戦ったことがある。その実力は知っていたが、乱美迫は常に全身甲冑を着ていたので顔を見たことはなかったので、言われるまで分からなかった。しかも、あの膂力や体躯から見て、かってに男だと判断していたので、驚愕もひとしおで、思わず声に出しそうになる。

 

(まさか魏国の黒牛と呼ばれる戦士の鎧の中があんな可愛らしい女性だったとは。ここ数百年で一番驚いたかもしれない)

 

最後にちょっとしたハプニングがあったが、これが後に李牧傘下の筆頭軍師となる霊凰と李牧との出会いであった。

 

 

李牧は二ヶ月ほど軍師学校の近くにある宿に滞在した。その間霊凰は李牧と何度と無く打ったが、打つ度に霊凰は李牧の底知れない知略に魅せられていく。それは霊凰だけではなく、多くの門下生も同じで、李牧が教室に来る日はこぞって彼と対局を望み、彼に指導を仰いだ。学長である父からすれば教師の座を他所様に持っていかれ面目丸潰れではあるが、問題は特に起こっていない。なにせその学長自身が李牧に魅せられているのだから。むしろ学長が一番李牧を心酔しているようで、いつの間にか様付けで呼ぶ父を見た時はどんな顔をしていいか分からなかったとは霊凰の言である。

 

「李牧様は何時まで此処に滞在出来るのですか?」

 

すっかり様付けと敬語と低姿勢が様についた父、霊蒙が不意に聞くと、李牧はしばし左手を顎に当てて思考した後、軟らかに告げる。

 

「私は鼓月の日には此処を立って、諸国を見て回るつもりですが、宜しければ皆さん私と一緒に着いてきませんか?もちろん、衣食住は保証しますよ」

 

それは唐突かつ魅力的な提案であったが、流石に住み慣れた土地を立つのは簡単に決断できることではなく、即答するものは少なかった。しかし、その提案を受けた殆どのものが李牧に着いていく道を選ぶ。李牧の持つカリスマ性の一端が伺える逸話であった。

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