「と、とにかくプッチーは部屋に捜査道具を取りに行ってきます。飲み物が空振りだとしても、他にも今の状況に役立ちそうなものは持ってきていますので」
「おい待て待て1人で行かせる訳ねェだろうが! 分かってんのかァ? テメェも充分怪しい……っておお。……おい、何だよ、その汗はァ?」
「……気にしないで下さい。おそらく、誰からもあまり警戒されない能力の人には分からない事だと思われます」
「……例えそれが分からなくても──ケンカを売ってる事くらいは分かるんだぜェ!?」
「エイフェックス君やめたまえ──だが確かに今の状況で単独行動は望ましくない。プッチー君の部屋は予備コントロール室もある3号車だったな? ちょうど管制室へのインターホンも調べに行かなくてはと思っていたところだ。私が同行しようじゃないか」
「──それは、すみません。お断りします」
「……何考えてんだテメェは。このロリッ子目線、誰も彼も疑わしい状況で体格差のある男が付いて行こうとしてんじゃねェよ」
「──ユーマさん、同行お願い出来ますか?」
「え? ボクですか!? まぁ、構いませんけど……」
確かに、ボクはプッチーさんより大分背が低いけど……難癖付けてきたボクは嫌われててるかと──うっ! 指名されてから幻聴がものすごくうるさいっ……!
……えっ!? ビッチ!? この幻聴がボクの心の奥底の声って説は捨てよう……
「……いや、ジャリンコはダメだ。最初にインターホンが壊れたと言い始めたコイツが再確認しても意味がねェ」
「──それじゃ、もう1人付いていけば問題ないでしょう? プッチーちゃん、ワタシも付いて行ってもいいかしら? 体格差はあるけど、坊や達が苛めてくれたように服以外のものなんて殆ど持ってきていないから、危険な物も持っていないわよ?」
「はい。構いません、お願いします」
「──では、全員で向かうのが最も安全ではないか? 機械も得意である私も向かうのが──」
「たかが物持ってくんのと、ちっと確認するだけで全員なんていらねェだろ! ──確かテメェは、非効率が嫌いなんだよなァ?」
「っ! だがしかし!」
「……本官もあのような身動きの取り辛い場所に、全員で向かうのは遠慮させてもらおう」
「──だ、そうだ。俺らは俺らで救護室に確認に行くぞ。それに1号車はまだなんも調べてねェんだ。ついでに他に不自然な点がねェかも調べるぞ。
──女子供共はとっとと行ってこい!」
「はい。では行きましょう、お二人とも」
「全く乱暴な子ねぇ。坊やは殴られたところは大丈夫?」
「い、いや、正直殴られるだけで済んで良かったと思ってます。
……なんだかすみません疑ってしまって……こんなに怪しいボクに、良くしてもらってるのに」
「……ま、まあワタシは別に気にしていないけど、この騒動が片付いたらザンゲさんには謝った方がいいわね……心の中で誰もが思うような事ではあるけど、口に出すのはダメよ?」
「プッチーは、気が付いていない事だったので、言ってくれたのは感謝しています。
プッチーに届く仕事に、依頼主とはパソコンだけでやり取り出来るように配慮されていたのは危険を避ける為だったのですね。
──と、着きました。取ってきます」
「念の為私達も入らせてもらうわよ? 細かいところでもチクチク疑ってくる人が向こうにいるんだしね」
「そうですね。ではどうぞ」
部屋を見てみると本当に豪華な列車だな。
ん? スーツケース程のクマのぬいぐるみ? 変わってる子だと思ったけど、普通の女の子らしいところがあると安心するな。
「折角なのでスーツケースごと持っていきます。次に行きましょう」
「はい。予備コントロール室ですね」
調べる物は少なかったからすぐに終わった。
やっぱりインターホンは使えなかったみたい。そうだ、路線図も見ておかないと。えーと、カナイ区に到着するまでは、良かった、まだまだ時間には余裕がありそうだ!
──あ、プッチーさんがこの列車の説明書のような物を手に取ってる。ボクも後で見せてもらおう。
「さて、この辺でいいわね。戻りましょうか?」
「1号車を調べている人達は、もう調べ終わってるんですかね。なんだかあまり協力しあえる様には見えなかったのですが……」
「そうねぇ。ま、彼らも超探偵なんだからしっかり仕事はこなしてると思うわよ? ──ふふっ、超探偵同士で分散できるのは楽でいいわね」
「もし向こうが気になるようでしたら少し聞いてみましょうか?」
「……えっ、何をですか?」
「──成る程、ね。本当に便利な能力ねぇ。聞いてみたいけど集中が必要だったんじゃないかしら?」
「すぐ近くの事なので少し意識するだけで平気です。では──」
「──」
「……っ!」
まただ。またあの感覚だ……! プッチーさんの聞いている音がボクにも聞こえる気がする! 1号車の人達の会話や心音がはっきり特定出来てる訳ではないから気のせいなのか……?
メラミさんも何にも気にしていないようだし──
「……ん?」
「……?」
ボクの呟きに、顔だけで問いかけてくるメラミさん。スルーするのは申し訳ないけど、プッチーさんが能力を使い出してから、何だか不自然な音が近くでずっと続いてる……
1号車の音を聞こうとしてたから気付くのが遅くなったけど、なんだろう? この音。この列車の音とは違う。それらしい音が鳴るような物近くには無さそうだけど……んっ!?
これ、プッチーさんの心音だ! まだ動揺治ってなかったのか! ……ってそうじゃない、いくら隣にいるとはいえ、これが聞こえるのはおかしいだろ! ……メラミさんの心音は、聞こえない。
どういう事だ? プッチーさんの能力を発動すると、ボクの耳が良くなる。いや、プッチーさんの能力の一部が、ボクにも使える……という事なのか? ……そういえば───
「終わりました。向こうはもう調査は終わって、プッチー達が飲み物を調べる時用に準備を進めてくれているようです。救護室の他に異常は無かったようですが……どうしました?」
「い、いや何でもないです。教えてくれてありがとうございます。向こうも待ってくれているなら、急いで戻りましょうか」
……心音が、聞こえなくなった……やっぱりボクの考えている事は当たっているのか? そういえば─エイフェックスさんが能力を使った時もこの感覚はあったから───
ってメラミさんはどうしたんだろう? やけに生暖かい笑顔と目でボクの事を見ているけど、ボクまた何かやっちゃったのかな? ボクが今していた事は……
「……ああっ!!」
「──? どうしました?」
「ふふっいいから。気にしないで大丈夫よ」
……そうだ! ボクはさっき……プッチーさんの胸をじっと見ていた……! 目を閉じて、隙だらけのプッチーさんの胸を真剣に凝視していた……! いや、メラミさんの心音も聞こえないかとメラミさんの胸を一瞥して、『こっちはないか』とばかりに、またプッチーさんの胸へと視線を戻している……! その一連の流れを、メラミさんが見ている前で……
やってしまった……ボクはもう人としてダメだ……何か物凄く大事な事を考えていたような気がするけど思い出す気力が出ない……あんな理解のある目で見られたくなかった……薄紫色のモヤが、ボクを性犯罪者の如く責め立ててくれる事だけが、救いだ……
「戻りました。念の為、道具は全部持ってきました」
「戻ってきたか。こちらは救護室以外は特に……どうしたんだ、ユーマ君は」
「……どうしたんでしょうね」
「まあまあ、それよりここに用意してあるのは?」
「ああ、さっきジャリンコが飲もうとしていたコーヒーと、俺らが手を出すだろう酒だけコップに注いでおいた。ついでに比較用の水もな」
「あら、ありがとう。見かけに寄らず気が効くのね」
「──その前に、インターホンはどうだったのだ?」
「ユーマさんが言っていた通り、繋がりませんでした」
「最初にユーマ君が使おうとした時に壊したという可能性は?」
「……薄いわね。もちろんもっと前にインターホンを確認しているプッチーちゃんもね。
──見た目は全く壊れているように見えなかったわ。あれは、最初から繋がらないように設定されているって感じね。列車を用意したアマテラス社か、もしくはニセモノか。そっちの容疑の方が濃いと思うわ。
まだ圏外のままだし……本気でアマテラス社を疑った方がいいかもしれないわねぇ」
……ん? 今、自然にまたボクが疑われてなかったか? 自己嫌悪してる場合じゃないな……会話に参加しなくちゃ。でも何か大事な事も考えていたような……まあ思い出せないし後にしよう。
「んじゃ、とっとと飲み物を調べてみようぜ」
「そうですね。プッチーが持ってきたのは大きく分けて、麻薬、毒物、睡眠薬、下剤、媚薬の類いの薬を検出する薬を持ってきていますが、どれからいきましょうか?」
「……確か一つの薬に付き数分で済むのだったな。では、私達にとって仕込まれていたとしたら最もダメージの大きい、毒物からいこうじゃないか」
「ってかなんで1番検査にグダグダ言ってるテメェが勝手に決めてんだよッ!」
「何事も効率だ。即断即決が早急な事件の解決には必要なのだよ。全部が外れの可能性も大いにあり得るのだから」
「──あ、いや、ちょっと待って下さい。……ボクは、やっぱり毒物の可能性は低いと思います」
「……その理由は?」
「救護室の鍵も、インターホンの状況も、5号車に行けない事も、列車を用意したアマテラス社が関与している可能性が高いですけど、どれもすぐ隠蔽出来そうな事なんです。……でも、アマテラス社が用意した飲み物だけでボク達を殺してしまったら───…
「──世界探偵機構が大挙してカナイ区に押し寄せてくるでしょうね」
「……ニセモノが、アマテラス社に容疑を向ける為。という事は?」
「……あのなァ、ジャリンコは可能性の話をしてんだっつの! ニセモノがアマテラス社と関係が無いとしたら、列車の不備を起こす方法が考え辛くなる以上、んな可能性は後回しだ!」
「そうですね。毒物は一旦外しましょう。他にはどうですか? 消去法ならもう1つしか残らなさそうですが」
「──そうですね。睡眠薬からいきましょう」
「いや、待ちたまえ! 私達が眠ったままカナイ区に到着したところで何の意味がある!? それこそ可能性は考えられない!」
「……おいおい。不自然な事が短時間の内に続いてるなら、それは繋がってるって考えてみるのは自然だろうが。今回のケースでは、この列車の不備の多さと謎の6人目が繋がりそうだな」
「その6人目が役目を持っているとしたら、超探偵達を眠らせた後、何らかの細工をする事。とした方が考えやすいわね。──まあ本当にただの可能性の話だからそんなにムキにならないの。──怪しく見えてくるわよ……?」
「……ッ!」
ジルチさん、本当になんでこんなにムキになっているんだろう……自分の推理を否定されてプライドが傷付いたから……? いや、今日ジルチさんは周りの推理を引き出してはいたけど、疑うばかりで自分の推理は全くしていなかった。意図的に時間稼ぎをしている……と見るべきなのかな。
「では睡眠薬の中で最もよく使われていて、効き目もある薬から始めます。調べている間はプッチーが無防備になってしまうので、ユーマさんはプッチーの隣に座って下さい」
「……は? っえ? ど、どうして急にボクが?」
「──プッチーは、プッチーが正式に世界探偵機構から辞令を受けた超探偵である事を知っています。──そして、今のところプッチーにとって怖いのは、6人目がアマテラス社のスパイである、という可能性だけです。
なので、全くスパイとは思えない理由でプッチーを疑っているユーマさんが近くにいる事は、プッチーにとっては1番安心できるからです」
んん? ……確かに。ボクはボク自身の事を疑っているから当て嵌まらないけど、もし自分が白である確信があるのであれば、その理屈は──うん、分かる。
……あれ? でもっ! そこにはボクの安心が、全く考慮されていないっ……! もし本当にアマテラス社のスパイがいたとしたなら、強能力であるプッチーさんの近くにいるのは危険なだけなのに……! それ以前にボクはまだ全然プッチーさんの事も疑っているのに……
……っく、あの顔…! 多分、全く悪気なく言っている……! そして躊躇っているボクを見て、『こんなに簡単な理屈が分かりませんか?』とでも言いたげのあの顔……!
……なんだか、逆に全然悪い人には思えなくなってきた。──いや! いいのか!? 証拠があった訳でもないのに疑う事をやめてしまって……
でも正直、今はぶっちぎりでジルチさんが怪しいんだよな……
プッチーさんは冷静そうに見えてすぐ顔に出るし、自分の能力をペラペラ喋るしホイホイ使ってくれる。この察しの悪さの上、急にキレるし、仕事にデッカいクマのぬいぐるみを持参してくる、と。
スパイとしてなんて扱い辛いんだ……!! プッチーさんを疑うのは最低限でいいか……
今回も飲み物を調べ終わっていません。本当にごめんなさい。話を進めるのが、こんなにも難しいものとは思ってもみませんでした。