安らぎと過去を目指して 作:冬霊サルカズ王庭雪祭司
しかし、彼はもっと大きな変わり目に立ち会ってしまった様だ。
・7月15日 読者の感想から、名前の表記ミスを見つけましたので修正。
「逃げるぞ!」
そう言って彼女は、ついさっきまで無気力に枯れていた僕の手を握って走り出す。
走る、走る、走る。
何度も躓き、転びかけても決して彼女は手を離さなかった。
長らく触れることのなかった人肌から伝わる暖かい熱。
明らかに切羽詰まった状況の中、心地よさを感じつつ、僕は彼女についていった。
「あの時、どうして君は僕を連れ出したんだ?」
一年だか二年だか経った今。
唐突に気になったので、二人きりの時に聞いてみた。
「また言葉を間違えているぞ」
「……」
「はは、そんな顔するなよ。前よりは上達しているぞ」
世事だろうが本心だろうが幾ら褒めてくれたところで素直に受け取れなかった。
どうにかして覚えたウルサス語に慣れることはないだろう。
「それで、なぜ連れ出したのか?だったな……」
少し考える素振りを見せて言った。
「全てに絶望したような、諦めきった目をしていた君を見て、とっさに手を握ったんだ。
そういった目をしている人は珍しくもないくらいいるが、君の目は……その……放っておけなくてさ」
こんなことを言うキャラだったか?
ちょっと理想主義なところがある彼女だが、青臭い言葉を吐くような奴じゃなかった気がする。
考えすぎだろうか。
「なぁ……そろそろお互い名前で呼び合わないか?」
「…………」
名前。
もちろん知っている。伊達に数年間一緒に暮らしてきた訳ではないが、名前で呼び合うことになぜだか恥ずかしさを感じて避けてきた。
「なあ」「ねえ」「君」と、あまりに適当な呼びかけをし、それが通じてしまうもんだからすっかり慣れてしまったのだ。
ただちょっと言い訳をさせてほしい。初めは言葉すら発しなかった。
理由は簡単、僕がウルサス語を話せなかったからだ。
じゃあなんでお前はウルサスにいるんだよと思うだろうが、それについては後にする。
ともかく、会話の成り立たない当時は相手の言葉に返事はできなかったし、袖を引っ張ることでしか呼び止められなかった。
流石にそのままではいけないと思う中、博識な彼女のおかげで偶然にも互いに通じる言葉を見つけ、そこからウルサス語を学んだ。
言葉が通じない状況があったことを鑑みれば、どうにかして喋れるようになった現状もマシな方だろう。
それはそれとして名前を呼ぶことへの恥ずかしさは健在だが。
まさか僕は彼女のことが好きなのだろうか?好きだから恥ずかしさを覚えるのだろうか?まさかな。
「……まだ無理そうか」
長く考えすぎてしまったようだ。
この機会を逃すともっと悪化しそうだと思った僕は、重く閉ざした口を開き、
「タルラ」
と呼んだ。
「!!」
見たことないくらいにこやかな花を咲かせた彼女……タルラは。
「聞いたかアリーナ、ついに名前を呼んでくれたぞ!」
「ふふ、良かったわね」
と、隠れていたもう一人の彼女を呼んだ。
「赤ちゃんか?僕は」
「そんなことより、私の名前もちゃんと呼んでみて」
そ ん な こ と で片付けられた。解せぬ。
「……アリーナ」
「!!……なに?ミサキ」
……明らかに扱いが赤子のそれで泣きそう。
そんな感じで、まあ。
ウルサス辺境の小さな農村に居候をさせてもらっている僕は、先に待ち受ける苦難を前にして、この平穏ができるだけ長く続くよう願った。
「……タルラ?」
「なんだ?」
「その……僕たちは、友達か?家族なのか?」
「友達でもあり、家族でもあると言ったら?」
「…………」
なんかずるいなこいつ。
「生意気タルちゃん」
「タルちゃん言うな」
およそ三年間。
全てに諦めと絶望を感じていた僕がある程度持ち直すには十分な期間であり、居候先の小さな農村から出るまでの平和ボケした日々である。
今は何をしているのかというと……
「今日は私の他にミサキ先生にも来ていただいたわ!」
「…………」
「ほら、ぼーっとしないで笑顔を見せなさい」
アリーナと一緒に教師をしていた。
経緯を説明しよう。
ある日、村に感染者監視隊が来たことが原因で村から出ることになったのだ。
そんなことをしなくて済むように、居候先のおじいさんが身を挺して僕たちを守ろうとしたが、タルラ……タルちゃんがそれを台無しにしてしまったのだ。
ここだけ見るとタルちゃんが悪く見えるだろう。違うのだ、彼女はただ正義感が強くて、我慢できなかったのだ。どれだけ僕やアリーナが必死こいて説得しても、彼女はいうことを聞かずに飛び出してしまった。
アリーナの せっとく!
タルラは がまんを した!
しかし たえきれなかった!
タルラの だいふんげき!
嫌味か何かでも言ってやりたかったが、当時はそんな雰囲気じゃなかったので心の中に留めておいた。
とまぁこうして村を出た後、アニメ第一話のキラキラした目を持った主人公のようなタルラは感染者たちを集め、いつしかレユニオンと呼ばれる程に大きな組織を作った。
そんな感染者の中には、年端も行かない子供達がいる。
アリーナは「あの子達には今を生きるための知識が必要だわ」と言い、教師を買って出たのだ。
僕はそのとばっちり。
アリーナに笑顔を求められたので精一杯顔を歪ませる。
「…………」
「ミサキ先生、変な顔してるー!」
(´・ω・`)
子供達はお気に召したようだが、アリーナはもうちょっとどうにかならん?って顔をしていた。
基本的にアリーナがサバイバル術を、僕がちょっとした歴史などを教えた。クルビアの独立は〜とか、イベリアが何故斜陽に至ったか〜と語る僕の授業は何故か人気らしく、大人達も見に来ているそうだ。
無論、教えている歴史や出来事についてはちゃんと選別している。
子供に皇帝の利刃とか国家カズデルの崩壊とか教えるにはあまりにも危険な知識だし、そもそもなんで知ってるの?って言われたら答えようがないから。
授業が終わると同時に、話しかけてきた白ウサギがいた。フロストノヴァである。
「今日も面白い授業だったな、先生」
「……嫌味?」
「褒めたつもりだったんだがな」
素直に受け取れなくて悪かったな。
「父さんに、ミサキを呼んで来てくれって頼まれてな」
「……そう」
ついにこの時が来てしまった。
今までどうにか避けてきたが、逃れることはできないようだ。
恐ろしいまでの不安が僕を押し潰す。
「……その顔に関係のある話なのか?」
「まぁね」
実を言うと僕は顔を隠している。
最初は隠していなかったが、遊撃隊が加わるちょっと前あたりから隠すようになった。
「パトリオットさん」
「……人払いを頼む」
彼は部下にそう言って下がらせ、少しの沈黙の後に口を開いた。
「顔を見せてくれないか?」
言われた通りに僕は、フードやマスクを取り外して顔を晒した。
「!!……」
珍しいくらいに驚いている。
………似ているだけでこんなにも驚くか?
「まさか、生きておられたとは……
テレサ殿下」
「…………は?」
どうやら、ただ似ているだけじゃなさそうである。
・ミサキ(テレサ)
名前を呼ぶのに恥ずかしがる変なやつ。
どうやら自身には想像以上の因縁と運命が待ち受けているようだ。
それとは別に、未来を知る者としてタルラやアリーナの身を案じている。
・タルラ
最悪の状態だったミサキを発見、正義感から彼を連れ出す。
最初はミサキのことを女性だと思っていた。
・アリーナ
聡明なエラフィラで、タルラのよき理解者。
彼女もまた、最悪の状態だったミサキを目撃している為、彼を気にかけている。
個人的に主人公の名付けが苦労した。