ママはストーカーにナイフで刺されて死んだ。ミヤコさんからそう伝えられた。
あの日、私はリビングと玄関を隔てる扉の前で、ただ泣くことしか出来なかった。扉のガラスの所から見えたのは、ママの背中と真っ赤な血。
ママとアクアは何か話しているみたいだったけど、扉の向こうで何が起きていたかは良く分からない。でも、ガラス越しに見える血と、だんだん小さくなっていくママの声で、ママがどうなるかだけはなんとなく分かった。
思い出すだけで体が震える。ママが死んでしまうその瞬間の記憶。
まるでその場にいるようにはっきりと見える。ママとアクアの声が聞こえる。今この瞬間、私は事件の日のあの場所にいる、そんな錯覚に陥る。
「来るな、お姉ちゃん・・・」
アクアは確かにそう言っていた。ママはナイフで刺されていたから、きっと血まみれだっただろう。アクアは私にそんな光景を見せたくなかったんだと思う。結果として何も分からないまま、私には大好きなママが死んだという事実だけが残った。
じゃあ、扉の向こうにいたアクアは?
アクアは全部見ていたはずだ。ママがナイフで刺されるところも、血が沢山流れているところも・・・ママが死ぬ瞬間も。
恐ろしい。
そんなモノを見たらどうなってしまうだろう。私ならとても耐えられない。
・・・
アクアの異変に最初に気付いたのは、あの事件の後、家に帰って玄関を通り抜けようとした時だった。ママが死んだあの扉の前で、アクアは不意に立ち止まった。
「母さん、母さん・・・嫌だ・・・死なないで・・・」
何もない空間にアクアが話しかける。目は虚ろで、現実を見ていないようだった。震える声は、あの日扉越しに聞いたのと同じ声。
すぐに分かった。私と同じだ。アクアには扉にもたれて座り込むママが見えている。アクアは今、記憶の中にいる。
アクアの様子がおかしいことに気付いたミヤコさんがアクアに駆け寄る。
「アクア!大丈夫?しっかりして。」
前を歩いていたミヤコさんはアクアを正面から抱きしめ、背中をさする。ところが、アクアの様子がおかしい。落ち着くどころか余計に切羽詰まった様子で、ミヤコさんを払いのけようとしている。
「ああ、邪魔しないで!母さんが・・・母さんが!」
「落ち着いてアクア!アイはここにはいないのよ。」
「うわあぁああ!」
アクアがあんなに苦しんでいる。耳を塞ぎたくなるほど悲痛な声で叫んでる。あの日アクアが何を見て、何を感じたのかは分からないけれど、やっぱり耐えられないくらい辛い光景だったってことだ。
でも、邪魔されるのはもっと嫌なんだ。
「ミヤコさん。アクアから離れて。」
「どうして。」
「いいから!離れて!」
ミヤコさんがアクアから離れる。すると、アクアの様子も少し落ち着いたようだった。相変わらず目は虚ろで、うわごとをつぶやいていることには変わりないけど。
やっぱりそうだ。アクアにはママが見えてる。
「ねえ、ルビー。どうして止めたの?」
「アクアはね、ママとの最後のお別れをしてるんだよ。」
「あの日のことを思い出してるのよね。だったら止めてあげた方が・・・」
「そうかもしれないけど・・・。でも、今アクアの目の前にはママがいるんだよ?無理に引き離したら可哀そう。」
辛いのは間違いない。アクアほどじゃないけど私も辛いから分かる。
でも、ママが目の前にいて今まさに命が尽きようとしているのに、それはただの記憶だと言われて現実に戻ってこれるだろうか。そんなはずはない。最後の瞬間まで一緒に居たいと思うに決まっている。
アクアとママの間に割って入るなんて私にはできない。
「あれ・・・?母さんは?俺は何して・・・」
「アクア。お帰り。辛かったらいつでもお姉ちゃんに言ってね。」
私が出来ることは、アクアが戻ってきたときに隣にいてあげること。そして辛い気持ちを少しでも和らげてあげることだ。お姉ちゃんとして、アクアの傍にいてあげよう。
辛いとき、一緒に居てくれる人が一人いるだけでどんなに救われるか、私は痛いほど知っている。
あの病室では死を待つだけの私だったけど、せんせと話している間は、辛いことを忘れられた。せんせが病室に来ると分かっていれば、孤独にも耐えられた。寄り添ってくれる人がいるだけで、人は何倍も強くなれるってことをせんせは教えてくれた。
今度は私の番なんだ。アクアの一番近くで寄り添ってあげられるのは姉ちゃんである私だ。アクアが辛くて駄目になっちゃいそうなとき、私が傍にいてあげるんだ。
大丈夫だよ、アクア。お姉ちゃんがついてるからね。
ルビーのお姉ちゃんムーブにより原作よりアクアの精神状態は良くなります。そしてアクアからルビーお姉ちゃんへの信頼はより強固なものになるのでした。
お姉ちゃん、アクアを頼むよ。