陽東高校名物ブラコンお姉ちゃんの妹として有名になってしまった私は、今日も好奇の目に晒されながら昼食を食べる。
机の上にはぴえヨンに教えてもらった海外製のプロテインバーとコンビニで買った雑穀米のおにぎり。そしてペットボトルの麦茶だ。
アイドルたるもの体系維持には人一倍気を使わなければならないし、かといって痩せていれば良いわけでもない。キレのあるダンスを踊るためには体力も必要だから、栄養価もしっかり計算して体づくりをする必要がある。
だからこそこの質素な食事という訳だ。おかげで今日も体調はばっちり。スタイルも良くなったし肌つやも良くなっている。アイドルになってからというもの、自分の可愛さにより一層の磨きがかかっているのは間違いない。
しかし、過去最高を更新し続ける肉体に対し、精神の状態は芳しくない。
「有馬ちゃんどったの? 暗い顔して。」
「なんでもないわよ。てか分かるでしょ?」
向かいに座って一緒に昼食を食べるのは、最近よく話すようになった友人Kだ。
やたらと面倒見がよく、ちょっと空気が読めないというか図太い性格のファッションモデルだ。物怖じしない彼女は教室中の好奇の視線をものともせずに私に近づいてくる。
B小町chは陽東高校で大人気のチャンネルだ。原因は言わずもがな、あのブラコンお姉ちゃんの存在。B小町chではルビーのシスコンっぷりをスマホで手軽に見れると大好評だ。故に私(とMEMちょ)も学内でちょっとした有名人となっていた。
私達B小町はアイドルをしている3姉妹と言う設定で活動しており、その中の良さは学校中の皆が知るところだ。二日前にルビーが倒れて救急車で運ばれたことも当然話題になっている。
つまりこのタイミングで私が落ち込んでいればその理由は明らかな訳で。
「末っ子ちゃん大丈夫? 1年のルビーお姉ちゃん入院しちゃったみたいだけど。」
「別に平気よ。というかその呼び方はやめてくれないかしら。」
「ルビーお姉ちゃんだけじゃなくてMEMちょお姉ちゃんも大変なんでしょ? 私がよしよししてあげようか?」
「アンタにやられたって嬉しくないのよ。」
落ち込む私を元気づけようと、お姉ちゃん達の代わりに私を元気づけようとしてくる。からかっているのが大半だが、その中には善意も含まれているので強く拒絶するのもためらわれてしまう。
こういう態度で私に接してくる人間も一人や二人ではない。クラス全体に「有馬は妹」「有馬は末っ子」というイメージが強烈に刷り込まれており、ことあるごとに
タレントとして目立ちたいとは思っていたけど、なんか違う。
私を撫でようとする手を払い、抗議の気持ちを強く籠めた視線を向ける。しかし友人Kはどこ吹く風。それどころか何か微笑ましいものを見たような顔でこちらを眺めている。
分かってる? 私怒ってるんだけど。
「ねぇ、そんな子供扱いしないでよ。」
「相変わらずかわいーねぇ」
「可愛いって言うな!」
「え、可愛くないの? アイドルなのに?」
「あっ、いやそういう訳じゃなくて………」
「じゃあやっぱり可愛いんじゃん! だからなでなでさせて。」
「だからって何!?」
ああもう、調子悪いわね。やっぱりルビーとMEMちょが立て続けにダウンしたせいなのかしら。
お調子者の友人は続ける。
「でも有馬ちゃんこの半年で凄く明るくなったっていうか、猫被るのやめて素直になったじゃん。やっぱりお姉ちゃんのお陰なんでしょ? いつも動画みてるけどさぁ、ルビーお姉ちゃんにぎゅーってしてもらってる時の有馬ちゃん凄く嬉しそうだよ?」
「それはルビーとMEMちょだからよ! あんたがやっても意味ないでしょ!」
「いやいや、試してみなきゃ分からないよー?」
めんどくさい奴。
ファッションモデルと言うだけあって見た目だけは良いし、私と違ってすらっと長い手足と小さな顔のお陰で大人びて見える。図太く物怖じしない性格は悔しいけどちょっとだけルビーに似ていないことも無い。
このまま言い合いを続けても貴重な昼休みが無意味な口論で終わってしまう。ここはひとつ、こいつの言う通りに撫でられてあげることにしよう。気が済めば早々にこの話題を切り上げられるだろう。
「はぁーっ。分かったわよほらやりなさいよ。」
「はーい。よしよしかなちゃん、お姉ちゃんが居なくても心配いらないからねーっ」
ぶっきらぼうに頭を差し出せば、友人Kは嬉しそうに頭を撫でる。そして10秒くらいで飽きてまたお弁当のおかずを頬張り始めた。
「どーよ。」
「どうも何も、何とも思わないわよ。」
不覚にもちょっとだけ心が和んでしまったのは秘密にしておく。
「えーいいなー私も末っ子ちゃんなでなでしたいー」
「私もー」
「私もやりーい」
私が撫でられる様子を見ていたギャラリーたちが色めき立っている。
が、気にしたら負けだ。ここで彼女らの好き勝手を許せば昼休みが終わるまでもみくちゃにされ、クラスの末っ子の地位を確固たるものにしてしまうのだから。もう同じ失敗は繰り返すものか。
こういう時こそ毅然とした態度を貫き、好き勝手されないよう威圧しなければ。
イメージするのは社長だ。背筋を伸ばし、すました顔で周囲を見回す。これが社長なら一瞬にして場の空気が引き締まり、ふざけた行動は慎もうという気持ちにさせられてしまうものなのだが………
「可愛い!」
「末っ子ちゃんの視線いただきましたぁ!」
「もっかーい!」
私がやると燃料を投下するだけの結果となってしまう。
ああもう分かってたわよこうなることは! どうせ私はチビで童顔で強烈な妹属性持ちの女よ! 間違っても威厳とかそういう感じの雰囲気が出ようもないビジュアルだし、このクラスの人間は皆B小町chのファンだから末っ子はもう末っ子としか見てくれないし。
いやまぁ、ファンなのは有難いのだけど。ってそういう事じゃなくて!
「納得いかないんだけど!」
「怒った顔もかわいーねぇ。」
だから怒ってるんだってば!
・・・
「今日は監督の所寄ってくから。」
「分かったわ。私はこのまま事務所に寄ってMEMちょとルビーのお見舞いに行ってくるわね。さよなら。」
「分かった。じゃあな。」
ルビーのお見舞いに行く人は沢山いるが、時間帯は意図的にずらしている。
一度に沢山の人間が詰めかけても狭い病室では周りの患者の迷惑になってしまうし、面会の回数が多い方がルビーが退屈する時間を減らせるだろうと思っての事だ。1回で終わるより、数時間おきに3回、4回と面会があった方が嬉しいはず。
と言うわけで昨日に引き続きMEMちょと私でルビーのお見舞いだ。ちなみに社長は既に昼頃にお見舞いに行っている。次に私とMEMちょで最後がアクアだ。
アクアと途中まで一緒に歩いた後苺プロに直行し、MEMちょと合流。すぐに病院へと向かう。静かにそれでいて大急ぎで面会の準備を済ませ、早歩きでルビーが待つ病室へ。
ゆっくりとカーテンを開ければそこには至って元気そうなルビーの姿があった。
「元気そうじゃない。」
「おなかの調子はどう? 痛くない?」
「もうほとんど治ってるよ。動いても痛くない。明日か明後日には退院できるって。」
ルビーはベッドから降りて立ち上がり、グイグイっと体を左右に捻って見せた。もうここまで動けるようになったぞとどや顔でアピールしている。
「いやぁ、ルビーちゃんが救急車で運ばれたって聞いたときはどうなる事かと思ったけど、ひとまず安心だね。」
「うん。早く復帰して皆を安心させてあげなきゃ。」
「かなちゃんと二人でルビーちゃん活動休止ですの動画を撮ってアップしたんだけどね、凄い反響だったんだよ。末っ子ちゃん大丈夫? よしよししてあげようか? ってね。画面越しじゃ触れないって言うのにさぁ。おかしいよねぇ。」
「全くだわ。優しくしてくれるなら誰でも良いってわけじゃないんだから。顔も名前も知らない人からそんなこと言われたって怖いだけよ。」
B小町chのファンの総意として、「末っ子を大事に」という雰囲気が醸造されており、私の人気上昇に一役買ってくれている。今日の昼休みにも似たようなことがあった事を思い出して欲しい。あの雰囲気をコメント欄にそのまま持っていったようなイメージだ。
『末っ子ちゃん可愛いー。私もぎゅーってしてあげたいなぁ。』
『今日の末っ子ちゃん少し元気ないなぁ。お姉ちゃん達何とかしてあげて。』
『うちの子に来てくれ。』
『よしよし。おじさんが撫でてあげよう。でゅふふ。』
『通報しました。』
顔も名前も分からないネット空間なので、よく言えば自由闊達に、悪く言えば欲望むき出しのコメントが寄せられる。もちろん嬉しいことではあるのだけれど、少々行き過ぎと言うかなんというか。
そんな心境が顔に出ていたのか、お姉ちゃん二人がすかさずフォローを入れる。
「世の中にはいろんな人がいるからねぇ。これもアイドルの宿命って言うかなんて言うか………。ウチはアイドルにしてはファンの女性比率が高いしこれでもすっごく平和なんだよ? ガチ恋勢も少ないし。」
「言えてるね。アイドル姉妹の設定はファンにもアイドルにも優しい最強の設定なんだよ。今までいろんなアイドルを見てきた経験上、うち程メンバーの中が良くってファンとのやり取りがほんわかしてるグループは無いと言っていいね。」
こんな時ばかりはドルオタ二人の知識が頼りになる。鼻息を荒くして語るルビーが厄介オタに重なるのが残念だけど。
ただでさえ現役のアイドル3人が病室に集まって注目を集めているのに、ルビーのちょっと気持ち悪い姿は見て欲しくなかった。
私たちはその後も時間いっぱいまでアイドル談議に花を咲かせた。復帰も近いという事でMEMちょが今後の予定を話したり、ルビーは有り余る時間を使ってユーチューブの動画を見まくった感想をべらべら喋ったり。
MEMちょが目の色を変えてルビーの話に食い入っていたのは面白かったわ。マーケティングの参考にするんでしょうね。
そんな感じで楽しい時間はあっという間に終わった。
「ルビーちゃん元気そうだったねぇ。」
「ええ。また3人で動画を撮れる日も近いわね。」
「まずは復帰おめでとう企画をやるとして、かなちゃん何やりたい?」
「うーん、何しようかしらねー。」
ルビーの復帰を心待ちにしながら私とMEMちょは病院を後にした。
この様子なら元の生活を取り戻すことが出来るのも時間の問題だろう。いい加減子供扱いをどうにかしてくれないかしら、なんて小さな悩みに脳みそを使えるのも平和の証拠だ。後は前を見て歩くだけ。
ルビーの復帰企画、何をしたら喜んでくれるかな。
祝100話。投稿開始から98日目。
やりきった感が凄いですけどまだ新章始まったばっかりなんですよね。ルビーは退院してないし壱護は行方不明のままだしツクヨミちゃんも妹に迎え入れたいし。
とりあえず楽しいなって思える間は気長に書いていきます。