【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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僕は一体誰なんだろう

「おかわりいるかい!?」

「俺はいらん。」

「いる。」

「はい、アクア君。たくさん食べて大きくなりな!」

 

ドンッとテーブルに置かれた茶碗には山盛りの白米。おかずはこれまた山盛りの唐揚げ。食べ盛りの男子高校生の心をガッチリつかむ夕飯だ。

 

もう身長の伸びはほとんど止まってるし、既に平均身長よりも大きいから大きくなる云々はあまり気にする必要はないんだけどな。でもおばちゃんの親切心は素直に受け取っておく。

 

と言うか単純に飯が旨いし腹一杯食べたいお年頃なんだよ。

 

「早熟、ルビーのお見舞いは良いのか?」

「後で行く。皆で押しかけるより時間をずらして回数を増やした方が良いと思って。」

「なるほどね。ところでこの前見た映画なんだが………」

 

ルビーとの関係が薄い監督はお見舞いの話も早々にいつもの映画トークを始める。

 

どんな話題を振っても、どんな状況であっても最終的には監督の話す内容のほとんどは映画かそれに関わる話だ。こっちの話なんて殆ど右から左に抜けていく。映画の話以外は。

 

このぶれない感じが良いんだよなぁ。おばちゃんと監督の間には確かな血のつながりを感じる。

 

適度にうざく、適度にどうでもよくて、でも話す内容は確かに面白い。監督との付き合いの長さもあり、この長話はもはや俺にとっての精神安定剤と言っても過言ではない。名付けて監督セラピー。

 

俺を思っての事か、素でやってるのかは未だに分からないけどな。多分半々だろう。

 

「おい、早熟、聞いてんのか?」

「……ああ、聞いてる聞いてる。」

「ったく、辛気臭ぇ顔すんなよ。せっかくの飯がマズくなるぞ? 元気出せって。」

「別にそんな落ち込んでるわけじゃ」

「いいや落ち込んでるね。俺はお前がほんの小さなガキの頃から面倒見てるからな。特にネガティブな気持ちってのはすぐ分かる。今までも沢山撮って来たからな。」

 

こんなんでも一応は名の知れた映画監督だ。本物にこだわる彼は人の感情一つとっても絶対に紛い物を自分の作品に入れたがらない。故に人の感情を察知する能力も常人離れしているのだ。

 

その能力が良好な人間関係を築くことに使われることはまず無いのだが。

 

監督の指摘の通り、ここ数日はお姉ちゃんが病に臥せっていることもあり、俺の気分は低空飛行気味だ。有馬もなんだか元気が無いし、MEMちょは………ずっと前から死にそうだな。と言うか昨日ぶっ倒れてた。そして滞った仕事がミヤコさんを頭を悩ませる。

 

要するにお姉ちゃんが居ないと苺プロの皆は大変なことになる。さすがお姉ちゃん。影響力の強さは絶大だ。

 

「じゃあ、行ってくる。」

「おう、またな。」

「いってらっしゃいアクア君。」

 

さて、やっと今日もお姉ちゃんに会えるぞ。

 

・・・

 

病院と言うのは特殊な空間だ。特に、今お姉ちゃんが入院しているような大きな病院は雰囲気が外の世界とは全く違う。

 

院内のあちこちに病人やけが人が居て、中にはもう長くないだろうと思う人も居る。

 

普段街中で見かけるのは元気な人だけだ。家から出て何か用事を済ませたり遊びに行ったりする元気がある人間だけがパブリックな空間に出てくる。しかし病院はそうではない。むしろ逆。元気じゃない人が集まる場所だ。

 

ただでさえ見慣れないデザインの建物にそのような普段目にすることのないタイプの人間たちが集まれば、不思議な雰囲気を感じるのも無理はないだろう。

 

大きな怪我や病気をしたことが無い俺は、病院に何日も通ったりすることなど今まで一度も無かった。せいぜい予防注射を打ちに行くとか、インフルエンザにかかって薬を貰うとかそんな程度だ。入院もしたことが無い。

 

しかし、今俺が感じている違和感は別に理由がある。

 

「なんだか懐かしい感じがするな………」

 

16年くらいぶりに職場に帰ってきたような………と言うか前世が医者なのだからまさにその通りの状況になっているのだが。

 

()の記憶が呼び起こされるトリガーには色々あるようだが、こうして一人で病院を訪れるというのもその一つらしい。彼の生前の記憶がどんどんと蘇ってくる。何を見て、何を感じていたのか。まるで自分が体験したかのようにはっきりと思い出せる。

 

雨宮さんが研修医の頃、一人の少女と出会った。

 

さりなちゃん。『退形成性星細胞腫』という難病に侵されながらも健気に明るく笑い、目を輝かせながらアイドルについて語る夢見る女の子。

 

彼が出会った頃には、彼女は家族にはとっくに見放されていた。それでも物理的にも精神的にも遠く離れた場所に居る母親の事をずっと待ち続けていた。病気が治る見込みがないどころかほぼ間違いなく数年で死ぬことが分かっていても、彼女は前を向いていた。

 

母親の命と引き換えに生まれ、なりたかった外科医を諦めて産科医の道を選んだ雨宮さんはそんな彼女の真っ直ぐさに光を見ていた。可愛くて仕方が無かった。

 

出来る事なら、救ってやりたかった。

 

病気を治してやることが出来ないなら、せめて少しでも楽しい日々を送って欲しかった。物心ついたときには病室に居て、ただ苦しんで死ぬなんて、見ているこっちが耐えられない。

 

そんな独りよがりな気持ちで、彼はいつものように病室の扉を開くのだ。

 

「よっ、来てやったぞ。気分はどうだ?」

「………アクア?」

 

きょとんと俺を見つめるお姉ちゃん。どうしたんだ? 幽霊でも見たような顔して。

 

「ほらお見舞いに来たぞ。俺だって忙しいんだから………忙しい?」

 

研修医として激務の合間を縫ってやっと作った20分ばかりの時間をさりなちゃんの病室で………いや違う。そうじゃない。盲腸で入院していたお姉ちゃんのお見舞いに来たんじゃなかったか。

 

どうやら俺は雨宮さんの記憶に引きずられて毎日のように通っていたさりなちゃんの病室と勘違いしているらしい。

 

宮崎で感じたあの感覚と同じだ。雨宮吾郎と言う役に深く入り込んだような、引きずり込まれるような。あるいは本当に雨宮さんになってしまったかのような。

 

お姉ちゃんもそのことに気付いたようで。

 

「アクア、せんせの記憶が溢れてるの? 宮崎に行った時もそんな事があったって言ってたよね。」

「………そんな感じ。俺は確かに星野アクアの筈なんだけど、今は雨宮吾郎になってるというか………。完璧に、心の底から雨宮吾郎を演じてると思えばいいのかな。不思議な感覚だ。」

 

お互いしばらく無言になってしまう。

 

俺はこの不思議な状況に戸惑い、何を話せばいいか分からず困っている。何か話を振ろうとしても雨宮吾郎としての言葉が喉元まで出かかって、慌ててそれを飲み込むの繰り返しだ。どうしても星野アクアとして自然体でいられない。

 

ではお姉ちゃんはどうしたのだろう。

 

何かを期待するような、でも同時に大きな不安を抱えているような………。明確には分からないが何やら大きな葛藤と戦っているように見えるのだ。

 

やがて意を決したお姉ちゃんは俺より先に口を開いた。

 

「ねえアクア。アクアはアクアなんだよね? それともせんせになったらアクアは………アクアじゃなくなっちゃうの?」

「宮崎でもこんなこと話したっけな。」

「うん。せんせ会えないのは辛いけど、アクアに会えなくなるのはもっと嫌なの。だから、アクアがこのままアクアじゃなくなったらって思ったら怖くて………」

「大丈夫だ。そんな怪談じみた話が本当に起こるわけが無いだろ? 非科学的にも程が」

「待って。駄目だよアクア。それ以上せんせになっちゃ駄目。………アクア?」

 

()が消えてしまうんじゃないかと怖がるお姉ちゃんを安心させようと精一杯頑張ってみたのだが、逆効果だったらしい。咄嗟に出て来た言葉も声も、雨宮吾郎そのものだった。これでは余計にお姉ちゃんを心配させるだけだ。

 

しかしどうしたらいい? 星野アクアとして振舞おうにも、雨宮吾郎に演技のスキルは無い。と言うか雨宮吾郎として星野アクアを演じるという思考回路の時点で既におかしい。

 

「おねえちゃん。大丈夫、俺だ、アクアだ。心配いらない。」

「違う。せんせの喋り方してる。」

「そんな事無いだろう。ほら、どこからどう見ても()は星野アクアだ。」

「……っ!! アクアは自分の事『僕』なんて言わない。」

 

待て、()は本当にどうなってしまったんだ? 分からない、自分がどっちなのか。

 

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