ゴホン、と一つ咳払いをして、せんせが言葉を紡ぎ始める。
「えーと、さりなちゃん。僕は君を元気づける為にあの病室に通っていた。でもそれだけじゃないんだ。僕自身も君に救われてた。」
「うん。知ってる。」
「本当は産科医じゃなくて外科医になりたかったんだ。けど、なんとなく祖母の意向を汲んで夢だった外科医を諦めて産科医になった。母親が俺を生んだときに死んじゃってさ。それで、産科医になれば祖母を喜ばせられると思って。」
「うん。」
ついさっきアクアが全部話してくれたから、せんせが伝えたいことは分かってる。
それでも私は真剣にせんせの話を聞いている。これは単なる情報の受け渡しじゃなくて、気持ちの整理だ。せんせが私に伝えたいと思っていたことを、確かに私が受け取ったと明確に実感するための儀式のようなもの。
だから、羞恥に耐えながら言葉を絞り出すせんせの姿がどんなに面白くても、噴き出したりしてはいけないのだ。
「ブフッ」
「おいコラ真面目に聞け!」
「だって、せんせの顔がおかしすぎて………。あっははは!」
「だから言いたくなかったんだ………」
これが笑わずにいられるだろうか。もう可笑しくてたまらない。
至極真面目な話なのは確かだ。でも、これからめっちゃ恥ずかしい話をしますと前置きをして、本当にその通りに話をされるとどうしても………
あははは! 駄目だ。耐えられない!
「せんせ、早く続き続き!」
「楽しんでんじゃねぇよ! こっちは真剣なんだぞ!?」
「大丈夫ちゃんと聞いてるよ。多分一生忘れない。」
「だろうな!」
定期的に噴き出す私と、一息ごとに深呼吸をして心を落ち着けようとするがどうしても恥ずかしいせんせ。とってもカオスで楽しい面会時間が過ぎて行く。
私は最早大人しく座っていることすら出来ず、ベッドの上を転げまわって笑いを堪える。するとせんせは余計に羞恥心を刺激されるのか、ますます真っ赤な顔で汗をびっしょりかきながら必死に言い訳をしてくる。
せんせを辱める会(仮)は面会時間ギリギリまで続いた。
「いやぁ、スッキリしたよ。ありがとう、さりなちゃん。」
「いっぱい出たね。お疲れ様。」
「もう時間だな。」
「そうだね。」
汗だくだけどどこかやりきった表情のせんせと、笑い過ぎで疲労困憊の私。
面会時間の30分が迫ってくる。乱れたシーツを直しつつ、じゃあまたなと満足気に病室を出ていくせんせをベッドの上から見送った。
・・・
あー面白かった。
一時はどうなる事かと思ったけど、最終的にはきちんと仲直りが出来た。終わり良ければすべて良し。良い言葉だ。
しかし、ただ楽しかっただけではない。
せんせは私の事を凄く大切に想ってくれていた。それこそ私がせんせに向ける気持ちにも負けないくらいに強い気持ちで。せんせの様子が面白すぎてずっと笑い転げていたけど、気持ちはしっかり受け取っている。
私の知らないところでは苦労も沢山したらしい。
「せんせも色々大変だったんだね。」
カッコよくて、頭が良くて、優しくて、お金持ちで………
さりなだった頃の私の目にはせんせはそう映っていた。悩みなんてなくて、毎日が楽しい、完璧な人生を送る大人。それが私にとってのせんせだ。
当時12歳の私は病院暮らしだったこともあって世間知らずだった。でも今は星野ルビーとして16年生きている。芸能界に足を踏み入れ、大人の世界の一端を垣間見たりしたこともあった。本気で恋をする弟や妹の応援をすることも。
『せんせ好き! 結婚して!』
『社会的に死んじゃうから勘弁して。』
こんなことを言ってせんせを困らせた私は結婚の意味を理解していたのかと言えば、恐らくしていなかった。なんとなく男の人と女の人が一緒に居て、子供がいるくらいにしか考えてなかった気がする。
現実はもっと複雑で厳しい。年齢差があれば社会的に死ぬことになるし、アイドルの場合はひどいバッシングを受ける。
最悪の場合、ママのように………
せんせもそんな厳しい世の中で必死に頑張って生きてたんだね。私の前ではいつも飄々として個人的な悩みなんて見せなかったけど、人並みの悩みがあった。いや、人並みどころか人一倍苦しい人生を送って来たんだ。
「私もう16歳になったよ? ……なんて、あんな話を聞かされた後じゃ言えないよね。」
あの頃のさりなのままだったら遠慮なく結婚のお願いを申し出ていただろう。後先も、せんせの事情も何も考えず、ただ真っ直ぐに気持ちをぶつけていたに違いない。姉弟とか転生とかも関係ない、好きだから一緒に居るんだって。
それをしなくなった私は成長したという事なのだろうか? それとも世間の厳しさを知って臆病になっただけ?
………それすら分からないのが人生の難しさだ。そもそも答えなど無い。
しかし成長と同時に知恵もついた私は、こんなことではへこたれない。というか既に私とアクアは家族な訳で、恋人や夫婦もびっくりの至近距離でいつも一緒に過ごしていることに気付いている。これで良いじゃないか。
私たちの好きにすれば良い。愛の形にだって答えは無いのだから。
「なんか色々と分かったような気がする。」
長々と話を聞いてスッキリしてしまったのは、どうやらせんせだけではないらしかった。
ある種の幻滅とも言いますか、さりなちゃんにとってゴローは完璧な男性のイメージだったのですが、色々聞いてやっぱりせんせも人間なんだねと納得した感じです。
こういうことは後書きじゃなくで本文でちゃんと書こうね、というのはごもっともなのですが上手く表現できず。