もう家に帰って寝てなよ
「えっ社長、またMEMちょと連絡が取れないんですか!?」
「また連絡が付かなくなっちゃったのよ。」
先輩と家に帰ると居るはずのMEMちょが居なかった。ミヤコさんに確認したら特にお休みの連絡も無いし、電話もメッセージにも反応がないとのこと。
私の入院中にも同じことがあったって先輩に聞いてるけど、どうやらまたやっちゃったみたいだね。
「もう何なのよ。せっかくルビーが退院したって言うのに最近のMEMちょはだらしないわね。」
「全くだね。ほら先輩元気出して。よしよし。」
「大丈夫よ。」
見るからに落ち込んでるけど。本当に顔に出やすいよね先輩って。
「先輩、着替えたいから服から手放してくれる?」
「え? ああ、ごめんなさい。」
先輩、トラウマになってるなぁ。
私達お姉ちゃんに懐いてくれるのはとっても嬉しいことだけど、だからこそお姉ちゃんに何かあったら先輩はこうなってしまう。可愛い妹を悲しませるなんてお姉ちゃんとしてあるまじき行為。MEMちょには一言言っておかなきゃね。
私のコートをぎゅっと握り込んで項垂れる先輩を元気づけ、私は自室へ、先輩は事務所のB小町部屋で着替える。
我が家には当然のように先輩の私服が置いてある。JIFの特訓で共同生活を送って以来、いつでもこの家で生活できるような体制がずっと維持されていて、仕事がある日は基本的に直接事務所に来ているのだ。
先輩はもううちの子になっちゃえばいいんじゃないかな。
いつも通り事務所に集合した私と先輩。しかしMEMちょが居ないので何をしたらいいか分からない。
仕方がないのでミヤコさんに相談だ。
「ミヤコさん、MEMちょ居ないけどどうする?」
「悪いけど私も何をすればいいか分からないわ。基本的にユーチューブの事はメムさんに任せてるし、どんなプランで動いてるかは大体分かるけど細かいことは知らないのよね。」
「じゃあ今日は撮影はお休み?」
「そうせざるを得ないわね。何か企画を考えるとか、ダンス練習とか、二人で出来ることをやって頂戴。」
「「はーい」」
うん。今日は撮影中止だね。
事務所で先輩と二人。しかも仕事がない。これってMEMちょが加入する前の私達と全く同じ状況だ。違うのは先輩がアイドルのお仕事にやる気を出してる事か。
先輩は納得してないみたい。
「にしても社長。この状況何とかしないとマズくないですか? 今日の昼にアップされた動画って昨日の夕方に撮ったやつじゃないですか。」
「うんうん、先輩可愛かったよねー! MEMちょも仕事が早い!」
「ちょっと黙ってて。撮影から投稿まで半日。どう考えても昨日は徹夜ですよ。そりゃ起きれなくて当然ですって。」
「え、でも昨日はMEMちょ生配信ずっとやってたよ。」
「じゃあ動画の編集とか投稿はその後ってわけね。」
「うわぁ………」
「社長、何とかしましょうよ。このままじゃMEMちょ死んじゃいますよ。」
「ミヤコさん、私からもお願い。MEMちょを助けてあげて。」
MEMちょは明らかに働きすぎだ。もうそんなに若くもないのに*1無茶ばっかりしている。
徹夜のダメージは3日位引きずるし、魅力が3割程度落ちるってどこかの大学の研究で出てるみたいなことをDai●oが言ってたって先輩が言ってた。ということは今のMEMちょは常に魅力が半減しているって事。
MEMちょはもっと輝けるんだ。ちゃんと寝れさえすれば!
「一応考えておくけど、私から言っても聞いてくれるかは分からないわよ? メムさんは個人事業主だから私がメムさんの労働時間にどうこう言う筋合いは基本的にないのよ。メムさんが働きすぎるのはメムさんが自分でそう決めてやってることなの。」
「でもこのままじゃMEMちょ徹夜ばっかりで大変なことになっちゃう!」
「あなた達から説得したほうが良いんじゃないかしら? 私が言うより効果あると思うわよ。」
ミヤコさんはパソコンに向き直り、難しい顔で仕事を再開した。
私達はいつものソファーに並んで座り、作戦会議だ。
「先輩。MEMちょ救済作戦を考えるよ。」
「まぁ作戦と言うより、説得ね。」
「そうとも言うね。」
「やっぱりここは素直にちゃんと休んでって言うべきじゃないかしら?」
「さんざん言ったと思うけどね。」
「それでも言うしかないでしょう。とうとう仕事も休むようになっちゃった訳だし、前より強く説得してみましょう。」
「うーん。まぁ結局そうなるよね。」
作戦も何もなかった。押してもダメならもっと押す理論でMEMちょに休んでもらうようにお願いするしかなさそうだ。明日か明後日か分からないけど、今度MEMちょに会ったら言っておこう。
どんな言葉をかけてあげるべきだろう?
普通に「休んで」とか「体を大切にしてね」とかじゃ今までと一緒だ。私の身体よりB小町の方が大事だよぉとか言って働き続けるに決まっている。MEMちょにはもっと強い言葉が必要になりそうだ。
なら、「B小町が大事なら私達の事も大事にして欲しい」とか? MEMちょが居ないと私達は不安になっちゃうしね。特に先輩は私達以外の人間関係が薄いから猶更だ。私達の事を放っておかれると困ってしまう。
それか、もっと強めに行くなら「家に帰って寝なさい!」とか?
うーん、どれもイマイチしっくりこない。まぁ今はMEMちょも寝てることだし、ゆっくり考えれば良いか。次にMEMちょ会う時までに決めておけばいいよね。
と思った瞬間、事務所のドアが勢いよく開いた。
「すいません遅れましたぁ!!!」
MEMちょ来た! ヤバいどうしよう。何にも考えてない! ああでも何か言わなきゃ。このままお仕事の話を始めたらいつもと一緒だ。
えーっと、えーっと、良く分からないけどコレだ!
「私達を放っておいて何してたの? もう家に帰って寝てなよ。」
あっ間違えた。
ぎょっとした顔で固まるMEMちょ。先輩は信じられないと言った顔で私とMEMちょを交互に見ている。MEMちょに改心して欲しい一心で思い切り怒った感じで今のセリフを言ったわけだけど、よく考えなくてもこれ完全に拒絶の言葉だ。
後悔って言う言葉は良く出来てるね。後になって悔やむって、その通り過ぎるよ。
って現実逃避してる場合じゃない! このままじゃ私のせいで姉妹喧嘩一直線だよ! 何とか誤解を解かないと。でも何て言えばいいの? さっきみたいにまた口から出まかせを言えば状況が悪化しかねないし………
駄目だ何も思いつかない。誰か何とかして!
空気が凍り付いて時間が止まった事務所の中、さすがと言うべきか、最初に口を開いたのは長女のMEMちょだった。ものすごく動揺して、大汗をかきながらだけど。
「ル、ルルルルビーちゃん? そそそんなにお怒らなくても良いんじゃないかなーって………」
「ルビー、気持ちは分かるけど一旦押さえて! MEMちょが可哀そうよ!」
やっぱり誤解されてる! いや誤解じゃなくて間違えたのは私の方だけど!
「違う怒ってない! 怒ってないから!」
「嘘よ! あんなに冷たい声でMEMちょに帰れって言ってたじゃない!」
「ごめんね不甲斐ないお姉ちゃんで。妹の事ほったらかして仕事ばっかりしてたら愛想尽かされて当然だよねぇ。今日は一旦帰ることにするよぉ………」
「本当に違うのー!!」
とぼとぼと帰ろうとするMEMちょと涙目で私を睨みつける先輩を無理やり引っ張ってソファーに座らせ、いつもの順番で3人で並ばせる。
こうなってしまった責任は私にある。一人ずつ誤解を解いてちゃんとMEMちょに休んでもらうようにお願いしなきゃ。どうせ今帰ったらまた家で仕事をするだけだ。
まずはMEMちょ。
「えーっとMEMちょ。さっきのはちょっと言葉選びを間違えたというか、ちょっと焦ってたんだよね。いやもう何もかも完璧にMEMちょを拒絶する完璧なセリフだったんだけどさ、マジで間違えちゃっただけだからアレは忘れて欲しいなって。」
「ホント?」
「ホント。ホントのホント。」
「………ああぁぁマジで終わったと思ったぁ! 私からB小町を取ったらもうただのアラサーの痛い配信者なんだからね!? 命賭けてるんだからね!?」
「あ、それについては後でお話があります。」
「へ?」
誤解が解けたようで何より。でもB小町に命を賭けてる発言は後でちゃんと言っておかなきゃね。
次は先輩。
「先輩。」
「分かってるわよ。間違えたんでしょ。全く何をどう間違えたらあんなにクリティカルでミラクルなセリフが出てくるのよ。声も表情も完璧だったわよ。」
「奇跡だね。」
「起こって欲しくなかったけどね、そんな奇跡!」
よし、先輩も元気出たね。
ここで一旦ティーブレイク。MEMちょが美味しい紅茶を淹れ、私は取っておきの茶菓子をテーブルにセット。先輩は特に何もしないけどソファーからそわそわした感じの視線をお姉ちゃんに送っている。
やっと本題に入れそうだ。皆が落ち着いたのを見て、私は改まって話を切り出した。
「さて、誤解も解けたところで、MEMちょに言いたいことがあります。」
「何かな?」
「MEMちょ働きすぎです。もっとちゃんと寝てください。」
「たはは、やっぱりそのことかぁ。分かってはいるんだけどどうしてもみんなのことを思うと働いちゃうんだよねぇ。」
「私たちの事を思うならちゃんと寝て元気な姿を見せて欲しいんだけど。」
「返す言葉もございません………」
話が進展しているような、してないような。分かりきったことをただMEMちょの口から聞いただけで状況は変わってない。やっぱり休むべき理由じゃなくて休みたくなる気持ちが大事なんだ。
となると、ここは可愛い末っ子の出番だね。
「先輩からも何か言ってあげて。」
「次倒れたらまた泣くわよ。」
「神と社長と可愛い妹達に誓ってちゃんと休みます。」
最強の殺し文句が炸裂した。
最近は末っ子の自覚が出てきたというか、末っ子である事を受け入れているようで、自分の立場を利用してお姉ちゃんを操るという高等テクを披露するようになっている。この辺の立ち回りはひょっとするとアクアよりも上手いかもしれない。
芸能界で長く揉まれた末に身に着けた社交スキルなのだろうか?
先輩の殺し文句にやられたMEMちょはタジタジだ。どうやら本気で考えを改めているようで、ぶつぶつと難しいことを呟きながら真剣な顔で考え込んでいる。
そしてしばらく考えた後。
「社長。ちょっとB小町の今後についてお話が。」
MEMちょはミヤコさんに声を掛けた。