「社長。ちょっとB小町の今後についてお話が。」
真剣な顔でメムさんが話を切り出す。
すぐそばでルビー達の会話を聞いていたから要件は分かっている。メムさんの仕事量の話だろう。私も随分前から彼女の働き方には問題があると思っていた。
まず語られたのは現状のメムさんの作業状況。
「最近の私の睡眠時間なんですが、寝ない日が週に2日くらい。寝れる日は3~5時間ってところです。」
「一応聞くけど、最近ていうのはどの程度の期間なのかしら?」
「JIFが終わった辺りからですね。大体半年ちょいくらいです。」
「死ぬわよ?」
「一応生きてます。」
「今はね。でもいずれ死ぬわ。」
想像以上にマズい状況じゃないのよ。
まず寝ない日があると事も無げに話しているが、これだけでも中々の異常事態だ。そして寝る日でも3~5時間。これは死ぬ。
それも仕事が繁忙期とか、何かスケジュール上の都合で後にずらせない作業があるわけでもない。
ただユーチューブの動画をコンスタントに投稿し続けるだけでこの有様なのだ。
しかしメムさんのワーカホリックぶりはこんなものではなく。
「これからはPV公開の件などもあってもう少し忙しくなりそうでして。」
「ストップ。もう良いわ。」
もうこれ以上聞く必要もない。完璧にアウトだ。このままでは確実にメムさんが壊れてしまう。
社長としてB小町を監督する立場にありながら、メムさんの事を信頼して仕事を任せ続けた結果がこれだ。集合時間に起きれなかったり倒れて丸一日眠ってしまったりと、既に過労の兆候は出ている。
間近で顔をよく見れば、顔色も良くない。化粧やライティングで動画では誤魔化せているけど、確実にダメージは蓄積している。
ここまで事態が悪化するまで気づけなかったのは私の責任だ。本当に不甲斐ない。
「ごめんなさい。貴方に頼り過ぎたばっかりにこんな働き方をさせてしまって。」
「社長!? 頭を上げてください。」
頭を下げてどうにかなる問題ではないものの、メムさんには誠意をもって謝罪するべきだと思った。それだけの事だ。
以前から分かっていた。私は芸能事務所の社長として新規アイドルグループを立ち上げ売り出していくにはあまりに力不足。これだけの人材を引っ張り込んでおきながらデビューから半年とちょっとでユーチューブの登録者は3万人程度。
それもほとんどメムさんの働きによるものだ。私の手腕ではない。
ユーチューブチャンネルの立ち上げはぴえヨンに丸投げ。動画の撮影やら編集やらはアクアに任せ、そしてメムさん加入後は何もかも彼女に押し付けた。
殆どアイドル達の自主的な活動で成り立っているといっても過言ではない。
私は何もしてあげられていない。
「謝らせて頂戴。そうでないと自分を許せないの。私がもっとちゃんとしていれば今頃もっと売れて有名なグループになっていたはずよ。貴方たちのポテンシャルは本当に凄いの。それを引き出せない私に責任があるわ。」
いつの間にか事務所は重苦しい空気に支配されていた。私の言葉をきっかけに。
ああ、また失敗してしまったのかしら。謝るにしたってもっとあり方があったんじゃ………。そもそも謝るべきだったかも分からない。もっと強気に社長の椅子で堂々と説教でもした方が皆は安心するかしら?
ねぇ壱護。貴方はどう思う?
行方の知れない旦那を思い浮かべ、問いかける。貴方はいつだって強気で堂々としてて、私たちの行き先を示してくれた。失敗してもただでは起きず、何が何でも前へ前へと物凄い馬力で進んで行った。
堅実に丁寧に仕事をするだけでは社長業は務まらない。リーダーにはリーダーシップが必要。
それが私にはない。
「社長?」
「ああ、ごめんなさいね。ちょっと考え事をしてたわ。とりあえず今出来ることは動画の投稿ペースを落とすか人を増やすことくらいね。とはいえすぐに人を見つけるのも無理でしょうから、丁度いい人材を探しつつ人が見つかるまでは活動を少し抑えるしかないでしょう。」
「まぁ、そうなりますよねぇ。」
活動を抑えると言っても、具体的な内容は結局メムさんが全て考えて実行するわけだけど。
そもそも、当たり前のことを社長と言う立場から偉そうに言っているだけで何の価値も生み出していない気がする。こんなこと、今流行りの文章生成AIだって言えるだろう。
Q.仕事が多くて死にそうですどうすれば良いですか?
A.仕事を減らしましょう。人を雇いましょう。
………バカでも出来る返答だ。
壱護ならどう答える? どう進める? 彼ならもっと上手く、ずる賢く、あるいは強引に問題を解決できるはずだ。きっと誰も思いつかないような凄い方法で。
12年間社長をやっても私は所詮現場の人間。その手の知恵が回るタイプの人間ではない。いっそメムさんやアクアに全てを任せて私がサポートに回った方がうまく行きそうなくらいだ。
「とにかく、メムさんは体を休める事。貴方はアイドルなんだから体調管理は人一倍気を付けなきゃいけない。良いわね?」
「了解です。」
何とかそれっぽく話はまとまった。聞かれたことに答え、当たり障りのない結論を並べるだけで。
本当にこれで良かったのかしら。
・・・
「ねぇアクア。ミヤコさん元気ないね。」
「ああ、そうだな。何か悩みがあるように見える。」
その日の夕食。ダイニングテーブルの向かいに並んで座る姉弟から私を心配する言葉が飛び出してきた。話を切り出したのはルビー。そしてアクアがそれに追随する形だ。恐らくこのタイミングで相談を持ち掛けることは事前に決まっていたのだろう。
会話は二人の間で交わされているが、視線は私に向けられている。
「大丈夫よ。最近ちょっと忙しいだけだから。山を越えればゆっくり休むわ。」
「嘘、だよね。そんな簡単な悩みじゃない。」
これは………お姉ちゃんモードかしら?
最近のルビーは以前までの子供っぽい振る舞いをすることが大幅に減り、年相応かそれ以上の精神年齢を感じさせる、所謂「お姉ちゃんモード」で過ごす時間が増えている。
主にアクアや有馬さんと言った可愛がる対象に向き合う時に入りやすい状態だが、それが今は私に向けられている。
アイさんを思い出す、強い瞳だ。
でも、私は親で社長だ。子供に弱音を吐くなんて出来ない。アクアもルビーも今が大事な時期だ。人としてもタレントとしても、この先の数年間が今後の人生の方向を決定づけると言って良い。
今は余計なことで悩んで欲しくない。
「あなた達が気にすることじゃないわ。これは私の問題だから。あなた達はあなた達のやるべき事に集中しなさい。今は大事な時期よ。」
だから私はこうして子供達に悩みを隠すことを選んだ。今までもずっとそうして来たし、それで上手く行っている。親はこうあるべきだ。これからもずっとこの子達が安心して寄りかかることが出来る頼もしい母親であり続ける。
アイさんを失い絶望の底に沈む二人を引き取った時、私はそう決心した。
「でもミヤコさん、最近ちょっと元気ないだろ? やっぱり疲れてるんじゃないか?」
「アクアが私の心配するなんて10年早いわよ。」
「でも。」
「いいから、早くご飯食べちゃいなさい。冷めちゃうわよ。」
「……分かった。」
渋々と話を切り上げ、アクアは夕飯を食べ始める。
本当ならこんな心配をさせることすら不本意だ。私の事など気にせず、伸び伸びと青春を謳歌して欲しい。私がその邪魔になる事などあってはいけない。
どんな時でも毅然とした態度で、強く優しい頼れる存在であり続ける。
だって私は母親で、社長なんだから。
責任感が強いミヤコさん。
有能ですが、苦労するタイプですね。