俺の名前は星野アクア。高校生でありながら芸能事務所に所属する俳優だ。
4歳の頃に映画監督の五反田泰志に弟子入りし、彼直々の演技指導を受けてきた。それにとどまらず映画製作に関わる全てを叩きこまれ、弱冠16歳にして役者としてだけでなく監督の助手としてのスキルも持ち合わせている。
3歳の頃には既に演技の世界に足を踏み入れていた。同じく芸能人である母親のドラマ撮影に同行したところ、後の師匠となる五反田監督に気に入られたのがきっかけだ。
幼少期から演技一筋。映画製作の事なら同年代の誰よりも詳しい自信があるし、情熱だって人一倍ある。あの根っからの映画オタクの監督と徹夜で映画観賞をしたり、面白い映画を見つければ情報交換をしたりと、俺の人生の中心にはいつも映画があった。
そう、俺は根っからの映画俳優。いつか監督の下で素晴らしい映画を作ることが夢なんだ。
じゃあ何故今俺はこんなネットTVのバラエティ番組で毒舌クールキャラを前面に押し出して華麗にトークを捌いているのかって? そんなの俺が知りたいくらいだ。気づいたらこうなっていた。
なんとなく出演したらあれよあれよという間に人気が出て、いつの間にかレギュラーの座を獲得してしまっていたのだ。
今日も収録が始まる。まずはオープニング。
体重100kgを超える巨体が売りの女芸人がとあるファッションブランドの新作のコートを羽織って登場する。目を爛々と輝かせ、自信に満ちた足取りでセットの中央に陣取り、明らかにサイズの合わないコートをこれ見よがしにアピールしている。
分かりやすい振りだ。俺のキャラだったらどぎつい毒舌でズバッと切り捨ててくれるだろう期待しての事だろう。
そこまで分かれば後は予定調和だ。女芸人がどう見ても似合っていない服をイケメン俳優枠の俺に自慢し、見事に撃沈するという流れ。
その後も順調にキャラ通りのトークを披露し、その日の撮影は順調に終わった。
・・・
時間は遡り、ネットTVの出演が決まる前のとある日。
お姉ちゃんと有馬そして俺の3人で家に帰ると、事務所の応接間に鏑木さんが居た。
「やあやあアクア君。それにかなちゃんとルビー君も。」
「お久しぶりです鏑木さん。どうしたんですか? わざわざうちに来るなんて。」
「いやまぁちょっとアクア君にお仕事を依頼したいんだが、直接話がしたくてね。良いだろう? ここの社長には許可は得てる。」
「ええまぁ。というか社長が言うなら是非もないですが。」
思わぬ大物の登場に俺達3人の間に緊張が走る。しかし俺だけに用があるという鏑木さんの話を聞き、お姉ちゃんと有馬はそそくさと家の奥へと引っ込んでいった。応接間には俺と鏑木さんの二人が残る。
とりあえずインスタントのコーヒーを出し、机を挟んで向かい合って席に着く。鏑木さんはコーヒーを一口含み、少し考えを巡らせてから口を開いた。
「実は今、『深掘れ☆ワンチャン!!』」と言うテレビ番組のプロデューサーをしているんだ。聞いたことあるかい?」
「名前だけは知ってます。」
「はは、結構有名な番組なんだけどね。映画じゃないから興味は無いかな? まあいい。大体察しはついてると思うけど、君にはこの番組に出演して欲しいんだ。若くて顔が良くて口が回るタレントが欲しいところでね。君がぴったりだと思ったわけだ。」
鏑木さんから直接の依頼と言う時点であまり期待はしていなかったが、やはり演技の仕事ではなかった。トークが出来るイケメン俳優が欲しい、じゃあアクア君で良いか、という分かりやすい穴埋め要員である。
正直、あまりやりたい仕事ではない。
それを分かっているからこその直談判という訳だ。こういう細かい所で確実にポイントを稼いでくるところが鏑木さんらしい。
しかし俺は昔とは事情が異なる。
今ガチ、そして東京ブレイド、さらには端役ではあるがドラマにも出演し、仕事は着実に増えてきている。特に東京ブレイドでの演技は高く評価され、五反田監督の秘蔵っ子としての前評判と合わさって業界内ではそれなりの期待を受けているという実感もあるのだ。
なりふり構わず仕事を取りに行く段階はもう超えているのではないかと思っている。これからは自分のなりたいタレント像を明確にし、着実にそのイメージを作り上げていきたい。
下手をすれば有馬のようにイメージ戦略で失敗しかねないしな。
俺が目指しているのは『バラエティが得意なイケメン俳優』ではなく実力派の映画俳優だ。なんなら監督や鏑木さんのようなポジションでもいい。とにかく魂の籠った映画作品を世に送り出すことこそが俺の夢。
そこは曲げられない。
「申し訳ないですがお断りさせてください。僕は名前が売れれば何でもいいとは思っていません。こんなことを言える立場ではないのは重々承知していますが、仕事は選びたいんです。」
「ははは、随分と意志が固いようだね。これは口説き落とすのも大変そうだ。*1」
「口説くとかそういう問題では………」
「まぁまぁ、少し話でもしようじゃないか。一人の役者が僕と一対一で話せるなんてレアな機会だと思うけどね?」
それもそうかと納得し、俺は鏑木さんと会話する気になっていた。思えばこの時点で俺は鏑木さんの手のひらの上だったのかもしれない。
少し長くなるかもね、とリラックスした様子で背もたれに身を預ける鏑木さんは空になったコーヒーカップを手に取り底が見えるよう傾けて見せた。実に偉そうな態度だが実際に俺から見ればめちゃくちゃに偉い人なので気にならない。
業界人のオーラとでも呼べばいいのか、ある種の風格が確かにあった。
俺はコーヒーのお代わりを淹れ、ついでにつまむのに丁度いいお菓子も用意する。俺にとっては自宅なので忘れがちだが仮にも芸能事務所の応接間なのでこの手の準備は万端だ。
再び席に着き俺もコーヒーを一口。ここから鏑木さんとの戦いが始まった。
「B小町ch見てるよ。彼女達、中々面白いよね。ルビー君は特に輝いている。」
まずは軽いジャブ。俺の興味を引くならお姉ちゃんを話題に出せば良い。基本中の基本だな。
「分かりますか。やっぱりお姉ちゃんは凄いんですよ。可愛くてカッコよくて、何より包容力が凄い。有馬なんてもうお姉ちゃん無しでは生きて行けない体にされちゃってますね。まぁ当たり前なんですけど。長らく末っ子としての自覚を持てずにいたようですが最近はかなり素直になってようやくお姉ちゃんをお姉ちゃんと認めてるみたいですね。MEMちょもユーチューバーとしては凄い才能と実績の持ち主ですけど、やっぱりお姉ちゃんは素材が違いますよ。もうカメラ越しでもその可愛さ、美しさが伝わってくるようです。」
「あ、ああ。そうだね。凄いよね………。」
鏑木さんジャブを軽く受け流し、重いストレートをかましてやった。*2
と思っていたのは俺だけだ。今思い返せばこれは完全に鏑木さんの術中に嵌っている。お姉ちゃんの事となると一般常識が吹き飛んで視野が狭くなってしまうのが俺の悪い癖だ。
俺の勢いに一瞬気圧された鏑木さんだが、すぐに気を取り直して話を続ける。
「そうそう、かなちゃんも表情が良くなったよね。やっぱりルビー君とMEMちょに可愛がられて心に余裕が出来たのかな。」
「でしょうね。お姉ちゃんも有馬の事は気にかけてました。」
「やっぱりそうか。動画を見ていてもルビー君はとってもかなちゃんを大事に扱ってるのが分かるよ。余程ご執心と見える。」
そろそろ俺もこの辺りから雲行きが怪しいなとは思っていた。しかし鏑木さんの意図まで読めているわけではない。何となく俺の感情を揺さぶりに来ているような気がしただけだ。
そして俺はまんまと引っかかった。
お姉ちゃんが有馬にご執心だって? そんなわけはない。だってお姉ちゃんには俺が居るじゃないか。
そう思わされた時点で勝敗は決していた。
「いやいや、何を言ってるんですか。確かにお姉ちゃんは有馬を気にかけてますけど、ご執心と言う程では」
「そうかなー。さっきも君をおいてかなちゃんと家の奥に引っ込んでたし、動画で見る彼女達よりもさらに仲が良く見えたよ? 投稿ペースだってかなりのものじゃないか。もうほとんどずっと一緒に居るんじゃないかい?」
「そんなことは」
「聞いたよ? JIFの時なんかはMEMちょとかなちゃんが泊まり込みで特訓をしたそうじゃないか。そういう経験を共にした仲間と言うのは強い結束で結ばれるものだ。姉弟とはまた違う形の絆が生まれているんじゃないかな。」
「そんなはずは………」
「君、このままじゃかなちゃんにお姉ちゃんを取られるかもしれないねぇ。」
鏑木さんがにやりと笑う。
冷や汗をだらだら流しながら鏑木さんの言葉に反論する俺と、余裕の表情で次から次へと俺の不安を煽る言葉を繰り出してくる鏑木さん。完全に心を操られた俺は続く鏑木さんの言葉を疑う余裕など残していなかった。
ここで鏑木さんは最後の一押しに入る。
「さてアクア君、朗報だ。君の言うようにイメージ戦略というのは確かに大事だ。バラエティ番組ではなくドラマや映画の現場で重宝される役者を目指す君の気持ちは当然理解しているつもりだよ。しかし、何もイメージ戦略というのは仕事だけに限った話じゃない。仕事で作り上げたキャラクターと言うものはプライベートにも影響を及ぼすものだ。」
「何が言いたいんです?」
「普段の君とは少し違うイメージを披露してみたらどうかな? そしたらお姉ちゃんの気を引けるかも知れないよ。」
「俺はどうしたら良いですか。」
俺が完全に鏑木さんの手に落ちた瞬間だった。有馬にお姉ちゃんを取られるなどと言う妄言を信じ込まされている俺はもう気が気ではない。縋るように鏑木さんに答えを求めるしか出来ない。
そして鏑木さんの答えはこれ。
「クールな男になるべきだ。」
「クールな………」
「そう、クールな男。かなちゃんの魅力が守ってあげたくなるような可憐さと眩しい笑顔なら、君はその逆を行くんだ。何があっても動じない冷静さに、ちょっとエスプリの効いた毒舌を織り交ぜるなんて良いと思うけどねー。」
「毒舌だと有馬と被りませんか。」
「彼女のは天然だから。とにかく、そういうキャラだったらルビー君も君の事を見直すと思うよ。差し当たり、まずはネット番組にイケメン俳優枠で出演するとか良いと思うけど。」
「なるほど………! それで『深掘れ☆ワンチャン!!』の話を俺に………!」
「その通りだ。改めて聞くけど、受けてくれるよね?」
「はい。ぜひお願いします!」
こうして俺は鏑木さんの思惑通り、『深掘れ☆ワンチャン!!』への出演が決まったという訳だ。しかも俺の毒舌トークの評判がすこぶる良く、何度もゲストとして出演しているうちにレギュラーの座を射止めてしまった。
不本意ながらもマルチタレントへの道を順調に歩む俺であった。*3
原作と違いアクアは映画大好き演技大好き人間なので手広く仕事をするつもりはありませんでした。