「ゴホン」
一つ咳払いをして精神を研ぎ澄ます。先ほどの不知火フリルの寸劇からのルビーちゃんの強烈なエピソードトークと、『アクアを愛でる会』において提供される話の面白さは半端ではない。
私がここで普通にアクア君の可愛いところを一つか二つ話したところで、先ほどの会話との落差で白けてしまうだろう。
半端なネタは許されない。
これはただの女子高生の集まりではないのだ。表面上は仲の良い女子グループが個室で周囲の目を気にせずワイワイ話しているだけに見えてその実非常にハイレベルなトークの応酬を繰り広げている。
負けられない戦いがここにあるのだ。*1
「アクア君は確かに可愛い。でもね、可愛いだけがアクア君じゃないの。」
私が繰り出すのは新たな視点。ルビーちゃんの前では見せないアクア君の彼氏としての姿だ。私が呼ばれた意味を考えれば自ずと話題は決まってくる。
私の語りだしを聞いて皆の目の色が変わった。
「なるほど、彼氏してる時のアクアさんについて聞けるのね。」
「そういうこと。」
不知火フリルに相槌を打ち、その他2名の表情を伺いつつ私は話始める。
「あんまり話すのは得意じゃないから結論から言うね。アクア君は撫でられるときは可愛いけど私を撫でる時はとってもカッコイイの。」
まずは端的にアクア君の新たな魅力を発表だ。可愛い可愛いとルビーちゃんによしよしされるアクア君ばかりが取り上げられているが、私にとってのアクア君はそうではない。アクア君はカッコよくて、優しくて、包容力のあるお兄ちゃんなのだ。
ルビーちゃんとの絡みだけを見ていては気づけない側面。このネタでもって私はこの『アクアを愛でる会』に貢献しようと思う。
ところが。
「アクアさんがカッコいい………?」
「アクア君の良さはお姉ちゃんに甘える時の少年ぽさとかとちゃうの?」
まさかの解釈違い。不知火さんと寿さんには全く響いていない。ぽかんとした顔で、あるいは少し不機嫌そうな顔ではてなマークを浮かべている。
ルビーちゃんはというと。
「なるほどそこを突いて来るとはレベルが高いね。いや、アクアは彼女の前ではカッコつけたいお年頃だし、あかねちゃんとの馴れ初めを考えればそういう感想になるのもうなずけるかな。」
流石にレベルが違った。
ルビーちゃんは可愛いアクア君もカッコいいアクア君もすべてを知り尽くした双子の片割れ。高々半年とちょっと付き合った程度の彼女の話などでは驚かないという事か。
まぁ、これはまだジャブ程度。ここからラッシュで畳みかけて行けば良い。解釈違いの二人もまとめて悶絶させてやるんだから。
「アクア君はね、ルビーちゃん直伝のぎゅっからのなでなでの使い手なんだ。そんなアクア君に彼女が出来たらどうなると思う?」
「まさか……! あの舞台で披露されたアレ*2を二人きりの空間で!? 観客向けのパフォーマンスだとばかり思っていたけどまさか……」
「あかん、あかんよ黒川さん! この先を聞いたらうち、正気では居られへん!」
会心の一撃が決まったようだ。
大げさに驚く不知火さん。素の反応なのか実際の気持ちより大きくリアクションしているのかは分からないが、楽しくて仕方がないってことは分かる。
寿さんが悶える姿も可愛い。本当に小動物的な可愛さと女の色気を両立するこのフィジカルとメンタルは反則だと思う。はうぅとかひいぃとかのあざとい言葉も彼女が発すれば嫌味ゼロで可愛さだけが突き刺さってくる。
「あーそういえばあかねちゃんと付き合い始める前にアクアそんな事言ってたな。ぎゅってしたい人が居るんだって。」
そして安定のお姉ちゃんである。全く驚く素振りも見せず、この程度は私の日常と何ら変わらないと言わんばかりの落ち着きぶり。というか正しくこういったやり取りがルビーちゃんとアクア君の日常なのだろう。
それはそうと、この話は初耳だ。話は脇道に逸れるがこれだけは詳しく聞いておかないと。
「ルビーちゃん、その話詳しく。」
「えーっと確か今ガチの最終回の収録の少し前だったと思うんだけど、アクアに結構マジな感じで相談を受けたんだよ。アクアは先輩とあかねちゃんが好きで、どっちに告白しようか迷ってたの。」
「続けて?」
「青春やなぁ。」
「その時のアクアが可愛くて。私の事をぎゅーって抱きしめた後にね、「お姉ちゃん以外にもこうやってぎゅってしたい人が居るんだ。」って言ったんだよ。そしてね、これはお姉ちゃんをぎゅってしたい気持ちとは違うから、多分恋なんだと思うって、めっちゃ真剣に語ってた。*3」
「え、可愛すぎん? もうそれ漫画か小説のセリフやん。」
「アクアさんマジ尊すぎる………」
二人とも真顔だ。私を入れれば三人。アクア君のあまりの可愛さに感情がオーバーフローしてしまっている。
「ちょっと皆? この程度で音を上げてたらアクアを愛でる会を続けられないよ?」
一人だけ余裕なお姉ちゃん。
これすらルビーちゃんにとってはなんてことない日常のワンシーンらしい。この姉弟、普段どれだけ濃密な毎日を過ごしているんだろうか。本人たちには当たり前の行動も私達『アクアを愛でる会』の会員には劇薬になりかねない。
得意げなルビーちゃんはお腹いっぱいの私達に向けて更なる追加情報を投入する。
「で、アクアはその後先輩をデートに誘ってね、」
「ちょっとそのデートとやらについて詳しく。」
聞いてないよ、アクア君? しれっとかなちゃんとデートしてたんだ。
私はルビーちゃんの話に割り込み、詳細を要求。その際に無意識の内にルビーちゃんの方へ体を乗り出してしまい、図らずもその間に座る寿さんのたわわに肘を押し付ける形となってしまった。
あ、柔らかぁい。
じゃなくて!
「アクア君とかなちゃんがデートしたの?」
「そうだよ? 学校サボって公園でキャッチボールしたんだって。*4」
「その後アクア君は何て?」
「えっと「有馬はやっぱり眩しいな」的なことを言ってた。」
これは……複雑だ。
大好きな男の子と最推しのアイドルが公園でキャッチボール。アクア君がかなちゃんに抱く感想は私と全く同じで、カップル揃ってかなちゃんの笑顔に焼かれている。そしてそのかなちゃんはアクア君が好きで、でもアクア君が選んだのは私で、恋に破れたかなちゃんは次第にルビーお姉ちゃんのことが大好きになっていったと。
何と言う優しい世界だろうか。様々な好きという感情に満ちている。
さて、ここで一旦ルビーちゃんからの話は終わりにして横道に逸れた話を本筋に戻す。私たちはもう横道だけでお腹いっぱいだけど。
「それでアクア君が私をぎゅってする話だけど。」
「ああっ、そうやん! その話の途中やん!」
「ちょっと待って供給が多すぎて消化しきれない。でもやっぱり続けて。」
反応は上々だ。
「少し前に宮崎に旅行に行ったの。それは元々B小町のPV撮影のためのロケだったんだけど、色々あってアクア君と私も同行することになってね。二日目の朝の事なんだけど、B小町のロケに同行出来ないって言うから私はアクア君を観光に誘おうと思って彼の部屋に行ったの。そしたらもう、なでなでぎゅーっで凄かったの。」
急に語彙力を無くしてしまうのは大目に見て欲しい。あれは本当にすごかったんだから。
「あかねちゃんそれ私も聞いてないよ!」
「ルビーも知らないアクあかのイチャイチャをここで聞けるというの……!?」
「黒川さん無理せんでええで? うちもう限界やから。」
「まず私は彼の部屋に入って………*5」
そこから私は彼の部屋で何があったかを臨場感たっぷりに話して聞かせた。ちょっと記憶が曖昧なところもあるけどそれすら包み隠さずに記憶が飛ぶほど凄いなでなでだったと赤裸々に告白する。
防音の行き届いた密室の中、異常な熱気に包まれた私達4人はかなりおかしな精神状態になっていて、普段なら絶対に恥ずかしくて言えないような事も勢いで全て語ってしまった。
「で、結局そのまま2時間何も出来なかった。」
「2時間も!?」
「そう、2時間。」
「アクア、やるなぁ。」
流石のルビーちゃんもこれには多少の驚きを感じたらしい。
私が繰り出せる最大級ののろけをもってしてもちょっと驚かせるくらいしか出来ないのは悔しい気持ちもあるけど、このお姉ちゃんに勝とうとすること自体が目標設定として間違っているので気にしてはいけない。
ルビーちゃんからは思わぬ角度から返り討ちにされることとなる。
「というかこれはあかねちゃんを愛でる話では?」
「えっ?」
「ちょっとおいで。ぎゅってして撫でてあげる。」
「あ、ちょ、待って、あぁ」
私はルビーちゃんの腕に囚われ、そのままぎゅっからのなでなでをその身に受けることに。アクア君にその技術を叩きこんだ張本人、本家本元のお姉ちゃんスキルの前に私の心身はぐずぐずに溶かされてしまう。
………と思ったのだけれど。
「あれ……? 何ともない……?」
「えっなんで?」
「アクア君じゃないと駄目みたい。」
私がなでなでを好きになったきっかけはあの歩道橋で身投げする瞬間をアクア君に助けられ、何故か直後に思い切り抱きしめてのなでなでをしてもらった事だ。*6
なでなでが好きなのではなく、アクア君に助けられたあのシチュエーションを思い出して嬉しくなってしまうという事なのだろう。
そんな私の性癖に不知火さんとみなちゃんは大興奮。
「え、ちょっと待って尊い。めちゃくちゃ尊い。」
「ロマンチック過ぎやん。もう小説の世界やんそれ。」
こうして『アクアを愛でる会』はカラオケボックスの中で密かに熱狂的な盛り上がりを見せていたのだった。
………後で冷静になってから思い返したら死ぬ程恥ずかしかったのはここだけの話だ。
過去の話をいくつか引っ張ってみました。たった1,2ヶ月前のことがもう懐かしい。