とあるカラオケ店の前に、人形のように可憐な少女が一人やってくる。年は8つほどだろうか。腰にかかる長い金髪に蒼い瞳を持ち、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。
その少女は歩みを止めると都会の人ごみの中にひっそりと佇み、誰かと待ち合わせでもしているのか特に何をするでもなく店の出入り口をじっと見つめ始める。
すると少女がそこに到着して間もなく、まるでタイミングを合わせたように4人の女子高生が店から出てきた。
「じゃあ私はこの後稽古だから。」
「うちも撮影や。フリルちゃんは……やっぱりお仕事やろ?」
「まあね。私もこれからレッスンよ。」
「えー、じゃあ一人でショッピングでもして帰るかー。」
4人はその場で解散し、各々別方向へと歩いて行く。
そのうちの一人、金髪に赤い瞳の女性はこれまた示し合わせたかのように少女の方向へと向かって歩く。そして目当ての人物が声の届く範囲まで近づいたのを確認し、幼い少女は話しかける。
「やあ、星野ルビー。久しぶりだね。ようやく一人きりになってくれたね。」
「あ、神様! また来てくれたんだ!」
パァっとルビーの顔が輝きだす。少女の存在に気づくや否やその傍にしゃがんで視線の高さを合わせ、満面の笑みを投げかける。
ルビーのテンション爆上がりするのも当然だ。彼女にとってこの少女は神様からのご褒美と認識している。と言うのもこの少女は何やら自分と弟を意図通りに操ろうとする意図を持っているようだがそれは既に失敗しており、つまりはただの可愛いツンデレの女の子としか思っていないのだ。
一方、笑みを向けられる少女はやや顔を引きつらせながらじりじりと後ずさる。
うわぁ。あの時と同じ、完全に可愛い妹を見つめる目じゃないか。まったく舐められたものだよ。こんな体でなければあんな失態は犯さなかった。
心の中で精一杯の負け惜しみを呟きながら、少女は出来る限り冷静に威厳のある態度を崩さないよう努めていた。
「神様って言うのはやめてくれないかな。それは正確な呼び名じゃない。」
「じゃあ何て呼べばいいの?」
「そうだね………とりあえずはツクヨミとでも呼んだらいいさ。」
「分かった。つーちゃんね!」
ツクヨミと呼べと言う要求に対し即レスでつーちゃんねと返すルビー。実に平常運転である。
「つーちゃん、今日はどんなご用でここに来たの?」
「ツクヨミ。今日は君をとある場所へ案内しようと思ってね。付いて来てくれるかい?」
「当たり前だよ! こんな小さな女の子を一人にしておけない!」
「そういう意味で言ったんじゃないけど……まぁ星野ルビーがそういう人格であることは把握してる。ほら、付いて来なよ。私を一人にしておけないんだろう?」
ツクヨミは歩き出す。が、数歩歩いたところで振り返った。
「そうだ、手を繋ごうか。はぐれるといけないからね。この任務は何としても達成したいんだ。分かってくれるよね?」
「分かるよ。お姉ちゃんと手を繋ぎたいんだよね。」
「………その理解で構わない。さあ、行こうか。」
それはルビーを都合よく動かすための作戦なのか、あるいはただ単にお姉ちゃんと手を繋ぎたかっただけなのかは分からない。ただ、ツクヨミの満更でも無さそうな表情は半歩遅れて歩くルビーからは残念ながら見えていなかった。
ツクヨミはルビーの手を引き、目的地へと向かっていく。
街を歩く二人はその容姿の良さもあり非常に目立つ。すれ違う人々は思わず足を止め、振り返り、感嘆の言葉を漏らしてしまう者も居る。その視線は皆一様に暖かく、当人の耳に聞こえてくる言葉も好意的なものばかり。
『何あの二人組、めっちゃ美人!』
『姉妹かな? 髪の色も同じだし。』
『お姉ちゃんの手を引っ張る妹ちゃん可愛すぎん?』
『仲良くお出かけかぁ。二人とも楽しそう。』
街の人々の反応にルビーは上機嫌。まるで可愛い妹を自慢するかのように得意げになっている。鼻歌でも歌いだしそうだ。
「つーちゃん、私達姉妹に見えるって。そりゃあそうだよね。私達結構似てるし♪」
「そうかい。」
「ねぇ、お姉ちゃんって呼んでよ。」
「断る。」
前を歩くツクヨミも口では冷たい態度をとるものの、顔が見えないと油断しているのか表情は緩んで笑顔になってしまっている。ツンデレというやつだろうか、その心の内には任務を遂行する冷静な自分とお姉ちゃんと仲良くお出かけ出来る嬉しい気持ちがせめぎ合っている。
えへへ、ルビーお姉ちゃんとお散歩楽しいな♪
違う、情に絆されるな! これは仮の体が刺激に反応しているに過ぎない。全くバカバカしい。何が姉妹だ、ただ外見が似てるだけだろう。冷静になれ。
ルビーの圧倒的なお姉ちゃん力と幼い肉体から湧き上がる感情に心を乱されるも、無理やり顔を引き締め、ルビーの手を引いて駆け出したくなる衝動を必死に堪える。気持ちはどうあれ、行動に出さなければそれがバレることは無いのだから問題は無い。
………尤も、上手くやれているつもりなのは本人だけでルビーにはとっくにバレているのだが。
20分ほど歩き、目的地へと到着する。
「ここ?」
「ああ、ここさ。」
たどり着いたのは釣り堀だった。幼い少女と女子高生の二人組が遊びに来るにはあまりにも不自然な場所。当然ツクヨミも釣りをしにここへルビーを連れてきたわけではない。
「つーちゃん私と釣りがしたかったの? 私やった事無いよ?」
「本気で言ってるのかい? そんなわけないだろう。ほら見てごらんよ、あのボサボサの金髪にグラサンをかけたおじさんを。誰かに似てると思わない?」
「え? あ! もしかして壱護さん!?」
ツクヨミが指さす先には苺プロの前社長、斎藤壱護の姿があった。
「今日の任務は私に壱護さんを見つけさせる事だったの?」
「ああそうさ。彼を見つけた以上、君は放置は出来ないだろう? 斎藤ミヤコの苦労や苦悩を知っている君ならね。」
「ひとまず任務達成って感じ?」
「まあ、そういう事だね。」
どやぁ……という効果音が聞こえてきそうな、見事などや顔であった。どうだお姉ちゃん、私だってちゃんと任務をこなせるんだぞと言わんばかりである。この少女、もう手遅れかもしれない。
「一つ聞きたいんだけど、壱護さんは良くここに来るの?」
「そんなことを聞いて何になるんだい? まあいいけど。教えてあげるよ、彼はほとんど毎日ここに入り浸ってる。かつては伝説的アイドルをプロデュースもしていた敏腕社長がひどい有様さ。酔っぱらった状態で現れることもしばしばだよ。」
ツクヨミは質問の意図を読み、壱護の近況をかいつまんで説明した。
ルビーに壱護を発見させ、復讐に燃える壱護との接触によってルビーの心境に変化を促すと言うのが今回の任務の目的となる。であれば彼女を壱護となるべく深く関わるよう仕向けるべきだ。
ルビーは一旦この件を持ち帰って家族会議でもするつもりだろうか? 可能なら今すぐではなく気持ちを整理してから会いたいと考えても不思議ではない。だからこそルビーはこの機会を逃しても壱護にまた会えるのかを確認したのだ。
壱護にはいつでも会える。そう伝えることで彼女はより深く考え、悩み、強い覚悟を持って壱護と相対することになるだろう。
「まぁ今すぐに会いに行けとは言わないさ。君にも事情があるだろうからね。さて、私はもう帰るとするよ。」
「ちょっと待って。」
しかしツクヨミの読みは全く見当はずれだったらしい。
踵を返し、来た道を戻ろうとするツクヨミをルビーが呼び止める。そして後ろから抱きすくめ、頭を撫で、かつてツクヨミの情緒を引きずり出したあのお姉ちゃんボイスで囁くのだ。
「ご苦労様でした。今日はもうお仕事終わりなんだよね? お姉ちゃんと遊んでいかない?」
「えっ?」
壱護に会うのは後回しで良い。それを確認したかったのは間違いなく、ツクヨミは確かにルビーの求める答えを的確に示すことが出来ていた。
だが、ルビーは生粋のお姉ちゃんなのだ。
「壱護さんはまぁ、後で良いや。それよりつーちゃんに次いつ会えるかも分からないんだから、今日この時間を大事にしなきゃね。」
「君はまたそんなことを………いい加減懲りたらどうだい?」
ツクヨミはルビーお姉ちゃんと遊びたい気持ちを必死で押さえつけながら、最後の理性を振り絞って悪態をついて見せるのだった。
そんな心の内もルビーには全てお見通しであることにも気づかずに。
「帰っちゃうの? もっと遊んでいこうよ。せっかく会えたんだからさ。」
「断る。」
「もう、しょうがないなぁ。じゃあ次はいつ会えるのかだけ教えてくれない?」
「………お姉ちゃんが一人になった時に会いに行く、かも。」
「うん、分かった。それだけ聞ければお姉ちゃんは十分だよ。」
ついにツクヨミはルビーとの交流を諦めきれず、お姉ちゃんと呼ぶどころか再び会える方法まで口を滑らせてしまうのだった。もちろん失態には気づいている。心の中は反省と言い訳の応酬だ。
しまった…! これは言い過ぎたか? いやしかしお姉、じゃなくてルビーに接触しないことには軌道修正は不可能。これで良い。これで良いんだ。決してもっとお姉ちゃんに会いたいとかそういう事じゃない。任務のためだから。
とまぁ、こんな有様だ。もうほとんどルビーお姉ちゃんに篭絡されてしまっている。
ルビーの腕から逃れ、ツクヨミは帰路につく。あくまで澄ました表情で、人間とは違うんだぞ、私は神様なんだぞと言わんばかりに偉そうな態度を崩さず歩いていく。
まったく往生際の悪い神様である。
ツクヨミ視点はさすがに書くことが出来ず、初の3人称視点にチャレンジしてみました。意外と書きやすかったです。