今日も今日とてパソコンに向かい、苦手意識の抜けない事務作業に頭を悩ませる。
苺プロの社長として胃が痛くなるようなプレッシャーの中、ありとあらゆる選択を迫られ、決断し、何とか私はやってきた。ぴえヨンやメムさんを始めとした優秀なタレント陣に支えられ、経営自体はかなりまともな状態だ。
しかしそれらは時の運によるものであり、自分の手腕でコントロール出来ていないという実感が私の心を不安にさせる。
もしアイのようなスターが誕生するようなチャンスに恵まれたとして、壱護のように上手くプロデュース出来るだろうか? 仕事相手の取捨選択が自分に出来るか? タレントや社員から反対され、あるいは恨みを買ってもこれが正しいと自分の意見に自信が持てるか?
きっと何かあったら私の力量では対応できない。壱護が残した会社と社員を引き継いでおっかなびっくりな経営で存続させているだけだ。
そんな不安な気持ちを隠して私は社長と言うポジションをやっている。
「はぁ、ダメね。またマイナス思考に陥ってる。こんなこと考えたって1円にもならないのに。」
事務所で一人、弱音を吐いた。
ふと家族が恋しくなり、スマホに手を伸ばす。ちょっとB小町の動画でも見て癒されようかとユーチューブのアプリを立ち上げようとした時、ルビーからメッセージが届いた。
目を疑う内容だった。
『壱護さん見つけた!!!』
「なんですって!!?」
思わず叫ぶ。
椅子から立ち上がり、スマホを握りしめて睨みつけるようにしてメッセージを読み返すが、確かに壱護を見つけたと書いてある。
続いてルビーから送られてきたのは1枚の写真。場所は釣り堀。フェンスの向こうでビールケースに座り、水面に糸を垂らす壱護が映っている。髪は伸び、サングラスをかけている為表情までは分からないがかなりやつれているように見えた。
『ルビー、見つけてくれてありがとう。今日の夜、家族3人で話し合いましょう。』
とりあえずメッセージを送り、アクアとルビーから分かったとの返事が返ってきた。
「生きてたのね………壱護。」
再び椅子にへたり込むように座りなおした私は、そう呟いて仕事を再開した。
・・・
「「「ごちそうさまでした」」」
家族3人での夕食が終わり、食器はひとまずキッチンで水につけておく。ダイニングテーブルが片付いたところでルビーとアクアが席に着き、私も遅れてその向かいに腰を下ろす。
家族会議の始まりだ。
「行方不明だった壱護をルビーが見つけてくれたわ。まずはお礼を言うわね。本当にありがとう。」
「良いよ。本当にたまたまだったし。」
「それでこれからの事だけど、まずは私の率直な気持ちを聞いてくれる?」
「うん。」「もちろん。」
「私はあの男が許せない。アイさんが殺されてショックだったのは分かるけど、何もかもを投げ捨てて私やあなた達をおいて逃げた最低な男だと思ってる。まずはこれが母親として、妻としての気持ちね。」
これはルビーもアクアも知っての通りだろう。
壱護が居なくなってしばらく、私はかなり荒れた。子供達の前では気丈に振舞おうと意識はしていても、どうしたって人間には限界がある。ワンオペ育児に突如押し付けられた社長業。私のメンタルはボロボロになっていた。
まだ幼い子供にきつく当たってしまった事もあった。そして物凄く後悔した。
『ミヤコさん、ご飯まだ? お腹空いたー。』
『今度遠足あるんだって! ねえミヤコさん準備手伝って!』
『ジュース零しちゃった……』
こんなこと、子育てしていればいくらでもある事だ。私だって余裕があれば構ってやれた。
『うるさい! ちょっと黙ってて!!』
『……ごめんなさい。』
当時の私に余裕なんてなかった。
育児自体が初めての事だし、アイさんを目の前で失った子供達の精神状態も良くない。特にアクアは大きなトラウマを抱えてしまっていた。旦那は失踪して生きているかも分からない。会社が潰れれば社員は路頭に迷うことになる。
そしてそれを相談できる人も居なければそんな時間すらなかった。
「彼のせいであなた達にきつく当たることもあったわね。悪かったと思ってるわ。」
「ううん。ミヤコさんはちゃんとお母さんやれてたよ。」
「ああ、ちょっと子供に当たるくらい普通の事だろ? ミヤコさんは俺たちの自慢の母親だから気にすんなよ。」
何て温かい子供達だろう。目頭が熱くなる。
少なくとも子育てのやり方は間違ってなかったと胸を張って言える。今までの苦労が一つ報われたように思えた。
「ありがとね。」
震える声だった。
咳ばらいをして、気を取り直して話を続ける。
「彼は私の旦那であると同時にビジネスパートナーでもあったわ。苺プロは彼が作った会社で、私を会社にスカウトしたのも彼よ。丁度アイがあなた達を生んで復帰する頃の話ね。」
「うん。」
「知ってる。」
「で、当時マネージャーで現社長の私が彼に何を想うかだけど、正直言って彼が居ない苺プロで社長をするのは凄く心細いわ。所詮私は現場の人間で、人をまとめて大きな仕事をした経験も無ければ頭が回るタイプでもないの。今は上手く回ってるけど、今後も上手く行くとは限らない。」
これは初めて吐露する。子供達も、社員も、タレントも知らない私の心の奥底だ。*1
ルビーもアクアも驚いている。
それを見た私はああ良かったと安堵した。初めて明かした社長としての悩み。それを聞いて驚くという事は仕事について悩んでいたことを上手く隠せていたという事だ。この二人が分からないなら社員やタレントも分からないだろう。
組織のトップとして、無理にでも毅然とした態度を取り続けてきた甲斐があった。
「ミヤコさん、そういうのは相談して──」
「相談してどうなるのかしら? はっきり言うけど、社長業は貴方が思うより難しい仕事よ? 沢山の数字と格闘したり、社内外の人間たちとの接待や交渉なんかをこなしたり、偉そうにお説教したり。色々考えなければいけないの。」
「でも」
「気持ちは嬉しいけど、あなた達が会社の事について悩む必要はないわ。今まで通りタレントとして全力で仕事に打ち込んでくれればいいの。そうしてくれるのが一番嬉しいから。」
「……うん。分かった。」
「それに、壱護は見つかったでしょ? なんとしてでも彼を苺プロに引きずり戻してやるから心配無用よ。」
額に青筋が浮かんでいるかもね、今の私。子供達の前だけど怒りは隠さない。
今の苺プロには人手が足りていない。苺プロ総出で絶賛売り出し中のB小町はコラボ相手や業界のお偉いさん……と言うか鏑木さんからの評判も良く、順調にユーチューブでの人気を獲得してきている。
しかしその裏にはメムさんの過重労働という闇がある。優秀な彼女が負担を一身に引き受けることで辛うじて仕事が回っている状況なのだ。
人が要る。B小町がアイドルとして売れるための戦略を立てることが出来、苺プロの薄給に文句を言わず、出来ればB小町に強い思い入れのある人物が。
「このタイミングで壱護が見つかったのは運が良かったのかもね。もう少し遅かったら私かメムさんのどちらかが潰れていてもおかしくなかったわ。」
「そんなにヤバかったの!? 確かにMEMちょは寝不足だったけど、ちゃんと寝ればいいだけじゃ……」
「メムさんは年齢的にこれがラストチャンスなの。それにB小町への思いも強いしアイドルに相当なこだわりがある。メムさんは絶対に休もうとはしないわ。それこそ、彼女以上にやり手の敏腕プロデューサーでも現れない限りはね。」
社長としては絶対に連れ戻さなければならない人材だ。放置などあり得ない。訴訟でも何でも良い、とにかく彼に苺プロに戻ってきてもらう必要がある。
これが社長としての結論だ。
「さて、私から言いたいことはこれだけよ。壱護には会社に戻ってきてもらう。これは社長として絶対にやらなきゃいけない。でもこの家に彼が戻ってくるかどうかは別問題よ。彼を家族として迎え入れるかどうか、あなた達の気持ちを聞きたいわ。」
「それは……」
「難しい質問だな。」
母親の旦那。つまりは父親。4歳の頃に突然失踪した男が16歳になった今急に戻ってきたらルビーとアクアはどう思うだろう。
「ゆっくりで良いわ。彼の事をどう思うか正直に教えて欲しいの。」
私の問いに子供達は静かに考え込んだ。