【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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ビンタ

壱護さんを家族に迎え入れたいかどうか。その問いに俺は答えを出せずにいた。

 

はっきり言って、彼の事はよく覚えていない。何せ俺が4歳の頃に失踪したし、その前だって仕事ばかりで家にはあまりいなかった。

 

俺が知っているのは育児はミヤコさん一人に殆ど押し付けて母さんを始めとしたアイドル達のプロデュースに駆けずり回っていたらしいことだけだ。ああでも、アイの子供ってことで可愛がってもらってはいたかな?

 

ミヤコさんが問いかけたのは姉弟二人。先に口を開いたのは俺だった。

 

「ミヤコさん。正直なところ、俺は壱護さんの事は良く覚えてないんだ。父親が居ないって事に特別悩んだことも無い。ミヤコさんが戻ってきて欲しいと思うなら俺はそれで良いよ。」

「知らない男が家族に加わるのよ? 別に一緒に住まなきゃいけないなんてことも無いわ。事務所で一緒に住んだ方が仕事しやすいってだけだし、嫌ならその辺のアパートにでも住ませればいいの。本当に良いのね?」

「俺は構わない。」

 

正直なところ、どうでも良かった。顔を合わせるのは仕事か食事の時くらいだろうし、ミヤコさんとお姉ちゃんがいるこの家で好き勝手は出来ないだろう。心配など無い。ミヤコさんとMEMちょの負担を軽くする方がよほど大事な事だ。

 

むしろ心配するべきなのは。

 

ここでお姉ちゃんがミヤコさんの問いに答える。

 

「私はむしろ壱護さんの事が気がかりかな。」

「どういう事?」

「あのね……私、壱護さんが今も生きてるとは思ってなかった。」

 

俺を見ながらお姉ちゃんは言った。つられてミヤコさんの視線も俺に注がれる。神妙な面持ちだ。

 

母さんが殺されてしばらくの間、俺は生きる意味を失っていた。死にたい、もう生きている意味なんてないと口にしたことが何度もあった。その度にお姉ちゃんは俺を抱きしめ、頭を撫で、どうにかして気持ちを落ち着かせてくれた。

 

もしお姉ちゃんが居なくて、何もかも捨てて一人で逃げ出していたら。間違いなく俺は死んでいただろう。

 

「壱護さんはママの事を娘みたいに思ってた。自分の人生を丸ごと捧げてママの為に働いてた。だからその、壱護さんはもう……」

「言わなくて良いわ。とにかく、壱護も辛かったって事よね。」

「うん。だからね、壱護さんから見れば私たちはママの忘れ形見な訳で、きっと一緒に暮らせたら嬉しいと思うから、戻ってきて欲しいかなって。あ、当然お仕置きは必要だとおもうけど。」

「俺も同じ気持ちだ。」

 

これで意見が出揃った。

 

壱護さんのしたことを許すつもりは無いが、事情が事情なだけに悪者扱いも出来ないのだ。壱護さんだって被害者の一人。彼の事を良く知らない俺やお姉ちゃんからすれば怒りよりも同情が勝るのも当然だった。

 

「決まりね。彼は必ず会社に引き戻す。これは決定事項よ。その上で彼が望むのであれば家族として迎え入れましょう。でもそれはそれとして家族と会社を捨てて逃げ出した件はきっちり追及する。それで良いわね?」

「良いよ。」「ああ。」

 

こうして家族会議が終わった。

 

・・・

 

後日、某釣り堀にて。

 

「居るわね。」

「居るね。」

「居るな。」

 

フェンスの外から釣り堀を眺める3人組。完全に不審者だ。

 

視線の先にはお姉ちゃんから送られてきた写真と全く同じ場所、同じ格好、同じ姿勢で釣り糸を垂らす壱護さんが居た。多分毎日ここに居るんだろうなと皆が思っているだろう。あそこが壱護さんの定位置らしい。

 

顔はやつれている。髪もろくに切っていないのか肩にかかりそうなほどに伸びている。年齢は40代後半くらいの筈だがやつれた顔と小汚い格好のせいで50過ぎどころか60近い年齢にも見える。

 

「壱護……」

 

流石のミヤコさんも多少は同情心があるのだろう。まるで世捨て人のように覇気のない壱護さんを見て悲しい表情になっている。

 

「じゃあ、まずは私が会ってくるわね。あなた達はここで見てて。」

「「分かった。」」

 

両手をきつく握りしめ、肩は震えていた。

 

ミヤコさんが釣り堀に入っていく。明らかに釣りをする格好ではなく、ヒールにスカートという出で立ちのミヤコさんは早速注目を集め、壱護さんもその存在にすぐに気付いた。

 

しかし慌てて立ち上がるもそこはフェンスに囲まれた釣り堀の中。逃げることなど出来るわけもなく。

 

「やっと見つけた。」

「ミヤコ……」

 

二人は12年ぶりの邂逅を果たすのだった。ミヤコさんは無表情のままゆっくりと近づき、壱護さんの目の前で立ち止まった。その直後。

 

パンッ

 

フェンスの外まで破裂音が響いてきた。ミヤコさんが壱護さんを叩いた音だ。そのままよろけて倒れた壱護さんに馬乗りになり、彼の頭上からミヤコさんが声を張り上げる。他にも数人の客がいるというのに全く気にする様子もない。

 

「私が今までどんな気持ちで……どんな気持ちで生きてきたと思ってるの。私との約束ほっぽりだして! 今まで何してたバカヤロー!」

 

初めて見るミヤコさんの激高した姿。

 

常に優しくて頼りになる母親で、あるいは毅然とした態度で会社を力強く引っ張ってくれる社長なはずのミヤコさんが、感情をむき出しにして怒鳴り散らしている。俺もお姉ちゃんも、壱護さんでさえ唖然としたまま動けない。

 

「お姉ちゃん。」

「うん、ミヤコさんも大変だったんだ。」

 

フェンスの向こうを見つめたまま呟くように、短く言葉を交わした。

 

ミヤコさんは止まらない。

 

「見せてくれるって言ったのに……! 勝手に諦めて! 勝手に逃げやがって! 私は……まだ私は諦めてないのに。皆の夢って……言ったくせに……」

 

ついには大粒の涙を流し始めた。

 

ミヤコさんだって辛いだろうとは思っていた。母さんが死んで、壱護さんが居なくなって、いきなり社長をやることになって大変だろうと。

 

まさかここまでだなんて。ずっとこんな気持ちを隠してきたなんて。

 

「お、おい、ミヤコ。落ち着け。」

「これが落ち着いてられるかぁ!」

 

パンッ

 

2発目のビンタをくらい、壱護さんは押し黙る。

 

「会社に戻ってもらうわよ。拒否権は無いわ。全てを投げ出して私に押し付けた責任は取ってもらう。」

「いや今更……」

 

3発目。

 

「法的手段も考えてるわ。」

「しかしだな……」

 

4発目。

 

「まだやる?」

「すみませんでした。」

 

ミヤコさんに諦める意思が全く無いことを悟り、壱護さんは観念したようだ。どうにかミヤコさんも冷静さをとりもどし、ここから二人の話し合いが始まった。

 

「まぁ、俺もなんだかんだ苺プロの動向は追っかけてる。アクアが最近役者やり始めたことも、B小町が復活したことも知ってる。ルビーとアクアの為に裏で仕事を取って来たのも一度や二度じゃねぇ。」

「だったら!」

「落ち着け。俺には俺の事情があるんだよ。」

「事情? そんなものあるわけ……」

「お前なら分かると思ったんだがな。」

 

事情? すべてを投げ出して逃げた壱護さんに一体何の事情があるというのだろうか。社長でもなければ親でもなくなった彼には最早何のしがらみも残っていないはずだ。

 

俺には分からない。ただ、壱護さんのどす黒く濁った目を見て嫌な予感がした。

 

「……分からないわね。貴方に会社や子供たちをほっぽり出してまでやらなきゃいけないことがあるようには思えない。ただの言い訳でしょ。」

「分かんねぇか。そうだよな。お前にとっちゃアイはただのタレントだ。人生捨てるほどの価値は無えってこった。だが俺は違う。どうしてもやらなきゃいけねぇ事があんだよ。」

「やらなきゃいけない事?」

 

ミヤコさんが問い直す。壱護さんの目がどんどん暗く曇っていく。

 

こんなこと、出来れば聞きたくなかった。

 

「決まってんだろ。ぶっ殺すんだよ。アイをあんな目に遭わせた奴を。」

 




念のため断っておきますが復讐はしません。壱護にも改心してもらいます。
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