「さぁて! 今日も今日とて激務の一日が始まるぞぉ!」
3時間ほど睡眠をとり、何日も洗っていないお布団から気合たっぷりに飛び出す。ここ最近、こうしてオーバーなほど気合を入れて勢いを付けないとベッドから出られないんだよねぇ。なんでだろ?
答えは簡単。睡眠不足。社長にも報告した通り、週に2回くらい寝ない日があるし、寝れても3~5時間と言う超短時間睡眠を続けた結果だ。
社長は自分に責任があると言ってくれたけど、やっぱり私の能力不足と言うか管理能力の無さが根本的な原因だと私は思っている。動画の投稿ペースを落とすとか編集を外注するとか、私の労働環境を改善する方法なんていくらでもあったんだから。
楽をしようと思えばいくらでも楽は出来た。要は個人的に頑張っているだけで、勝手に倒れて社長や仲間に心配をかけた私が馬鹿野郎なのだ。怒られるのが普通だと思う。
しかしそんな過重労働も今日までだ。私には秘策がある。
あれからしばらく、私は仕事の合間を縫って少ない時間で今までと同じアウトプットを出すための方法を考えてきた。そして今日、そのアイデアをまとめた資料を持って事務所へ行き、社長に相談するのだ。
「プレゼン資料よし! 想定問答よし! 今日撮影する企画の準備よし! いくぞ!」
私は疲労困憊の体で元気よく家を飛び出していった。
・・・
「こんにちはー。」
「あ、MEMちょ。おはよー。」
部屋着姿のルビーちゃんがお出迎え。事務所にはまだかなちゃんは来てないみたいだね。
部屋の隅では最近雇ったバイトのおじさんがせっせと床の掃除をしている。金髪にグラサンという出で立ちの50歳くらいの男。どうやらルビーやアクたんとも顔見知りらしいんだよねぇ。
まあそんなことはどうでもいいか。
「早いねMEMちょ。まだ朝の8時だよ?」
「ちょっと社長に相談があってね。撮影の前に済ませておきたいの。」
「あ、それってMEMちょが寝てない件のこと?」
「うん。それについて色々考えてきたの。」
「なるほどね……」
どうしたんだろう。心なしかルビーちゃんの表情が晴れないというか、いつになく真剣な顔をしているような気がする。
柄にもなく……っていうのは失礼だけど、何か考え事でもあるのかな?
ルビーちゃんはそのまま少し考えて、悩んだ挙句やっぱり考えるのを諦めてこちらを見た。ソファーから立ち上がり、姿勢を正す。まるで社長みたいに毅然とした態度で……
「MEMちょはもう働かなくていいよ。」
そう私に告げた。
「えっと、ルビーちゃん? 私クビになるの?」
「あ、違う違う! クビにはしないよ! ただちょっと働く量を減らすって事。」
「なぁんだ。びっくりした。」
全くこの子は……。言葉選びのセンスが独特でたまに大事故を起こすんだよねぇ。分かっていれば冷静に問いただすことが出来るけど、何も知らない人がこんなこと言われたら結構大変なことになりそうだ。
しかし働く量を減らすとはタイムリーなお話だ。
「で、働く量を減らすってどういう事?」
「最近苺プロに新しいバイトさんが入ったから、MEMちょのお仕事をその人にやってもらうの。」
「へぇ。そりゃまた嬉しい話だけど、何をやってもらうのさ? 自分で言うのもなんだけど人に任せられる仕事あんまりないよ?」
「ふっふっふ。そこは全く問題なし! なんたって、この苺プロを立ち上げ、B小町を作った張本人、斎藤壱護さんその人だからね!」
「ええっ!」
マジですか。元社長の出戻りって事? しかもバイトとして?
「ルビー、その話は私からするって言ったでしょ?」
「あ、社長。」
社長のお出まし。
「後で有馬さんも一緒に説明するけど、端的に言うと失踪していた元社長で私の旦那が最近見つかったのよ。それでまた会社に戻ってきてもらったってわけ。」
「なるほどぉ。それで、ルビーちゃんが言うように私の仕事が減ると?」
「ええ、ようやくね。B小町をイチから立ち上げてドームに導いた男だから、頼りにするといいわ。私がB小町のマネージャー、そして彼がプロデューサーをやる。貴方はアイドルとしての活動に注力して頂戴。」
嬉しいやら悲しいやら、カバンの中に用意していたプレゼン資料は今この瞬間に用無しになってしまった。ここ数日の私の頑張りが無に帰した瞬間である。
その後かなちゃんも到着し、社長が3人を集めて今朝の話の続きとなった。事務所にはB小町の3人と社長。それから一応アクたんも居る。
あれ? 元社長さんは何処だろう。その人を紹介するんじゃなかったっけ? バイトのおじさんは居るけども。
「まず紹介するわね。斎藤壱護。苺プロを設立してB小町を立ち上げた張本人、かつ私の旦那よ。」
そう言って社長が指さしたのはバイトのおじさん。そう、先ほどから床掃除に勤しむバイトのおじさんを指さしたのだ。
「ええっ!? まさかあの床掃除をしてるエプロンのおじさんが壱護さん!?」
「そうね。」
ただの清掃員だと思ってたおじさんは、伝説のアイドルグループをプロデュースした敏腕社長だったという事だ。世の中見た目で判断したらいけないんだねぇ。
「そういう訳だから、B小町は今後彼の指示に従って活動していくわ。と言ってもあなた達が直接彼と話す機会はあまり多くないとは思うけどね。で、私はあなた達専属のマネージャーになります。これでメムさんの仕事量はかなり減らせるはずよ。」
「了解です。いやもうホント有難いです。」
「じゃあバイト君から一言。」
「あー、MEMちょと有馬は初めまして。ルビーとアクアは知っての通り。元社長で今はバイトの斎藤壱護だ。これからB小町および苺プロ全体のとりまとめをやらせてもらう。以上だ。よろしくな。」
「「「よろしくお願いします」」」
これが壱護さんがやって来た時のお話。
この時は過去の実績も凄いしなんだか迫力のある人だなぁって印象だった。
・・・
時は進み、1週間後。
私の仕事からプロデュースとマネジメントがごっそりなくなった結果、私の睡眠時間は一日きっかり7時間確保できるようになっていた。労働時間は私のチャンネルと合わせてもフルタイム勤務プラス残業が少しと言うレベルに落ち着いている。
洗いたてのふかふかのお布団で目を覚まし、豆から挽いたコーヒーを飲みながら優雅にトーストをかじる。
今日はこの後30分くらい走り込みをして、ぴえヨン監修の謎の飲み物をグイッと。それからメールの確認やら自分のちゃんねるのマーケット調査やらをして、お昼ごろに苺プロの事務所へ行けば既にカメラがセットされた状態のスタジオが出来上がっているのだ。
もう本当に至れり尽くせり。逆に申し訳なくなっちゃうくらい。
壱護さんの加入により私の生活は激変した。しかし変わったのは私だけではない。彼は社長の旦那さん。と言う事はルビーちゃんとアクたんの父親と言う事でもあるのだ。
お昼過ぎ。動画撮影の為に苺プロの事務所を訪れれば、件の父親の姿を見ることが出来る。扉をちょっとだけ開けて中を覗いてみよう。
「な、なあルビー。今日は学校でどんなことがあったんだ? ちょっとお話ししないか?」
「んー? まぁぼちぼちかな。」
「よう、アクア。元気してるか? 今度映画でも見に行かないか?」
「映画なら監督と見に行くからいい。」
子供に何とかして構ってもらおうと躍起になっている壱護さんが居た。そして見事に距離を置かれている。
「こんにちはー。」
「あ、MEMちょいらっしゃい。」
「おいっす。」
私が扉を開けて中に入れば、挨拶を返すルビーちゃんとアクたんをしり目にそそくさと自席に戻って事務作業を始めた。どうにか子供とスキンシップを取ろうとする涙ぐましい努力を部外者に見せるつもりは無いらしい。全く健気な事で。
面白いのでちょっと挨拶してみる。
「壱護さんこんにちは。ご家族と仲良くやれてるみたいで何よりです。」
「嫌味かよ。」
「まさか。12年ぶりに帰ってきてひとつ屋根の下で暮らせているのが奇跡だと思いますけど。」
「それはそうなんだが……」
ばつの悪い顔で頭をかく壱護さん。
初対面の時の頼もしい感じがまるで嘘のように小さくなってしまっている。
古今東西、家庭内の父親の地位は低いものだ。それが家族を捨てて12年ぶりに帰って来た義理の父親ならなおの事。さらに会社での地位も最低である。
少しだけ壱護さんに同情してしまう私でしたとさ。