「メムさん、来週の土曜日事務所に来れるかしら。」
「終日OKです。」
ってなわけで今日は土曜日。
事務所に呼び出されてみれば、社長夫妻にルビーちゃんとアクたん、それからかなちゃんが既にスタンバっていた。他にも苺プロで働く裏方さんが何人か。
人が揃った事を確認し、バイトのおじさんこと壱護さんが説明を始める。
「さて、知ってる奴もいると思うが、今日からこのツクヨミがウチのタレントになる。一応子役って事になってるが何やるかはぶっちゃけ未定だ。とにかくよろしく頼む。」
「皆さん初めまして。今日から苺プロでお世話になるツクヨミと申します。よろしくお願いします。」
わーお。かっわいい。
なんでも、苺プロとしてはアクたん以来となる子役らしい。
らしくないなぁ、と思った。今の苺プロは主にネットタレントのマネジメントを行う会社だ。B小町とアクたんは社長の子供と言う例外的な存在であって、この10年、ネットタレント以外の方面に手を広げることは無かったと聞いてる。
新生B小町が波に乗り始めたこのタイミングで新しいタレントのスカウト。しかもやることは決まってないときた。
そりゃ、不審に思うよね? でも、事務所に現れた美少女を見たら納得せざるを得なかったよ。
お人形さんのような整った顔立ちにお上品なお洋服。綺麗な金色の髪が腰のあたりまで伸びている。年齢不相応に落ち着いた雰囲気で、話し方や目つきなど行動の端々に知性を感じる。
明らかにただ者じゃない。
どう使うかは分からないけど、とりあえず他の事務所に取られる前に囲うのが正解って考えたんだろうね。
そんなわけで、苺プロにとっても可愛い子役ちゃんが加わったのだ。
・・・
今日は私の家で動画撮影。
いつものソファーにもこもこパジャマ姿の3人が並んでお喋りする定番のスタイルだ。真ん中に末っ子かなちゃん、上手側がルビーちゃんで下手側が私というのが私たちの
でも今日は特別ゲストを呼んである。
「それじゃあゲストに入ってもらいましょう! どうぞ!」
「こんにちは。B小町ファンの皆、楽しんでるかい?」
「という訳で本日は特別ゲストのツクヨミちゃんをお招きしております!」
「つーちゃんおひさ! ほらここ座って。」
「お邪魔するよ。」
ルビーちゃんが自分の隣をポンポンと叩くと、ツクヨミちゃんはお行儀よくそこに座る。よくできた子だ。
場所はルビーちゃんとかなちゃんの間。ゲストだから真ん中に座るのは当然だし、ルビーちゃんのお友達って事ならルビーちゃんの隣に座るのが自然な流れだよね。ルビーちゃんがやけにツクヨミちゃんにデレデレな気がするけど、動画としてはこれが正しい。
そこに意図なんてない。ないんだけど。
「あれぇ? かなちゃんちょっと機嫌悪い?」
「別に。いつも通りよ。」
「おや、嫉妬を誤魔化すとは見苦しいね。正直に言いなよ、ルビーお姉ちゃんを取られて悔しいですって。」
「何なのこの子! めっちゃ煽ってくるんですけど!」
「コラ、先輩。子供を怖がらせちゃダメだよ。」
「ご、ごめんなさい。」
末っ子よりも小さな女の子の出現にかなちゃんの立場が危うくなってしまったのだ。常に一番下の妹として可愛がられてきたかなちゃんにとっては異常事態。どうしていいか分からないんだろう。
これがいつもの撮影ならソファーの真ん中で拗ねていれば両側のお姉ちゃんがあの手この手でご機嫌取りをしてくれるのだけど、今日の主役は残念ながらかなちゃんじゃなくてツクヨミちゃんなのだ。我慢我慢。
しかもこれ、動画的には凄く美味しいんだよねぇ。
ツクヨミちゃんもその辺は分かってるらしく、的確にかなちゃんの嫉妬心を煽る言動を繰り返している。
「ルビーお姉ちゃん。ぎゅーってして欲しいな。」
「いいよ。はい、ぎゅーっ」
画面右半分は天国、左は地獄だ。
かなちゃんがツクヨミちゃんを見る目がなんかヤバい。なんというか、こう、怖い。めっちゃ怨念が宿ってる。まぁかなちゃんのベビーフェイスでやられても可愛いだけなんだけど。
「そんな怖い目で見ないで欲しいな。悔しいのは分かるけど今日一日くらい我慢したらどうだい?」
「別に悔しくなんてないわよ!」
「そうかい。なら遠慮はいらないね。なでなでも要求してしまおう。」
私にがっつりしがみつきながら悔しがるかなちゃん。良いよぉ、良い画が撮れてるよぉ。
このツクヨミって子、人を動かすのが本当に上手だ。自分が可愛いって自覚した上でルビーちゃんに甘えて、それにかなちゃんが面白おかしく反応すると分かった上で煽り倒している。
かといって嫌味を感じるラインは絶妙に躱すあたり、人に嫌われない心がけも忘れていない。
かなちゃんとは別ベクトルで末っ子らしいね。
「それでは今日はこの辺で、またねー。」
「機会があればまた来るよ。」
「来なくていい!」
ここまでトークが白熱した動画もなかなか無いだろう。ツクヨミちゃんのおかげで良い動画を撮れた。
「はいカットぉ。皆お疲れ。今日も良かったよぉ。」
「それはどうも。頑張った甲斐があったというものだよ。」
「つーちゃんえらいね。ご褒美にまたよしよししてあげる!」
「えへへぇ……お姉ちゃん♪」
ちなみにカメラが回っていない時の方がツクヨミちゃんとルビーちゃんのスキンシップは激しかったりする。動画開幕直後からかなちゃんの様子がおかしかったのは、そういう事。
ルビーちゃんに撫でられるツクヨミちゃんは年相応に子供っぽい感じだ。基本的には大人びた感じなんだけど、ルビーちゃんに甘える時だけこうなる。アクたんやかなちゃんをよしよしする時だけお姉ちゃんになるルビーちゃんとは逆なのだ。
「MEMちょお姉ちゃんもありがとう。楽しい動画撮影だったよ。よければまた呼んでくれると嬉しいな。」
「こちらこそいつでも大歓迎だよぉ。ツクヨミちゃん可愛いし、ウチのチャンネルでもウケると思うなぁ。」
「それは良かった。」
なでなでを満喫し、ほくほく顔のツクヨミちゃんは急に大人のような話し方で私に話しかけてくる。ルビーちゃん曰くこれは神様モードだ。じゃあさっきまでのは妹モードとでも言えばいいのかな?
切り替えの早さもルビーちゃんそっくり。
で、問題のかなちゃんだけど。
「ねえ、ツクヨミちゃん。いい加減ルビーから離れたらどうなの?」
「おやおや、撮影はもう終わっているというのにまだ突っかかってくるのかい? 」
「キー、むかつく! なによチビのくせして偉そうに! いっちょ前に大人びた口調で喋るけどルビーに甘えてるときはあんためっちゃ子供だからね。」
「ブーメランと言う言葉を知っているかい? ネットスラングの一つなのだけど、自分が言った悪口や批判がそのまま自分にも当てはまってしまっていることを言うんだ。」
「くうぅぅ……」
思いっきり喧嘩になっていた。
あれ、でもおかしいな。妹二人がこんなに喧嘩しているのにルビーちゃんが止めに入らない。アクたんとかなちゃんが喧嘩すればすぐ仲裁に入ってたちまち解決して見せるのに。
こっそり聞いてみよう。
「ルビーちゃん、止めなくていいの?」
「あれは大丈夫な奴だよ。まぁ見てて、つーちゃんは凄いんだから。」
「まぁルビーちゃんがそういうなら……」
ソファーに姉二人が並んで座り、妹達の喧嘩の行く末を見守る。
ルビーちゃんの言う通りならツクヨミちゃんは凄いので問題ないとのことだけど……本当かなぁ? そう思って見ていたら、
「まあまあ、そんなに怒らないでよ。可愛いお顔が台無しだよ?」
「全く年上に敬意の無い子供ね。」
「おや、それは心外だな。これでも君のことは年上の女性としても業界の先輩としても尊敬しているんだよ?」
「フン、どうせ出まかせよ。騙されないんだからね。」
「信じておくれよ。
「かなお姉ちゃん……?」
かなちゃんがお姉ちゃんと言うワードに反応した。ルビーちゃんの方をちらっと見てみれば、「ほらね」とアイコンタクトによる返事。「マジで?」と返すとルビーちゃんは頷いた。
「おや、お気に召さなかったかな。なら有馬さんかかなさんとでも呼ぶことにするよ。」
「待ちなさい。」
かなちゃんの目が輝いている。これってもしかして……
「ねぇルビーちゃん。かなちゃんてもしかして……」
「うん、お姉ちゃんに憧れてるんだよ。」
「ツクヨミちゃんはそれを分かってる?」
「つーちゃんなら当然だろうね。とっても賢いから。」
再びかなちゃんとツクヨミちゃんのやり取りに耳を傾ける。
「待つって、何を待てばいいのかな?」
「その、かなお姉ちゃんってやつ、もう一回言ってくれないかしら。」
「お安い御用だよ、
「……まぁ、ちょっと生意気なところはあるけど、可愛がってやっても良いわね!」
「そうかい。」
ツクヨミちゃん、恐ろしい子。
ルビーお姉ちゃんにあっさり落とされているのでチョロいと思われがちですが普通に凄い奴です。一応神(の使い)ですから。
追記
苺プロの経営方針についてちょっと修正。コメントありがとうございます。