陽東高校1年F組。芸能事務所に所属するタレントが集まるこの教室の中で、ひときわ目立つ4人組が居た。
「ねえアクアさん、あかねさんとは今どうなの? なでなでしてるの?」
「黙秘する。」
「添い寝、添い寝はどうなん?」
「昨日してあげたよ!」
「お姉ちゃん! 少しは秘密にしてくれよ!」
「ええわぁ。」
「最高ね。」
アクアを愛でる会withアクア。別の言い方をするなら公開処刑だろうか。
俺のいないところで、かつ他の人間に聞かれないようにやってくれと頼んだはずが、結局クラスメイト全員に話を聞かれる羽目になってしまった。
最近俺以外の3人とあかねで集まって何やら色々話していたらしいが、学校で話す時もその時のテンションになってしまっているのだ。これでは時と場所を選んでくれと言った意味がないどころか状況が悪化してしまっているじゃないか。
俺は学校では悪目立ちは避けたいと今でも一応思っている。もう無理なのは百も承知だが、それでももう少し何とかならないかと微力ながら努力は続けている。
しかし懸命な努力も空しく、着々と陽東高校での知名度は上がっていくのだ。
そして今日、新たな燃料が投下された。
「そういえばルビーちゃん、今日の動画に出てきたツクヨミちゃん、めちゃ可愛いなぁ。」
「でしょでしょ!? 私のお気に入りなんだー。本当に良く出来た子でね、めっちゃ可愛いの!」
ざわ……ざわ……
このざわつきも慣れたものだ。今後しばらく陽東高校の話題はお姉ちゃんの新しい妹で持ち切りになるのだろう。あいつ相当可愛いし。
耳を澄ませば教室中から感想のコメントが聞こえてくる。
(末っ子先輩ピンチ!)
(うちのクラスの末っ子君は大丈夫なのか?)
(お行儀いいね。手のかからないタイプかな)
(あーあ、お姉ちゃん取られちゃったな)
はいはい、概ね予想通りだよ。
別に嫉妬などしていない。お姉ちゃんの膝の上でおやつを食べる様子を見てムカつくわけが無いし、お姉ちゃんと二人で部屋に籠って俺だけ除け者にされて寂しいだとか思っていない。
俺はもう高校生だ。ちょっとお姉ちゃんが構ってくれないくらいで文句を言うような年じゃないんだ。
別に少しも、これっぽっちも、まったく寂しくなどない。
「あ、でもアクアも先輩も最近機嫌悪いから少しは構ってあげないとだよね。」
「別に機嫌悪くなってねぇし。」
「じゃあ今日もツクヨミちゃんと遊ぼっかなー。」
好きにすれば? と言う場面だろう。でも言葉が出てこない。お姉ちゃんの紅い目に見つめられ、張り続けていた虚勢が削がれていく。
「す……好きにすれば?」
「本当に良いの?」
堪えろ。ここで折れたらいつもと同じだ。でも……
「……良くない。」
教室中から歓声が上がった。目の前の寿さんと不知火さんも大興奮だ。
マズい、マズいぞ。このままでは俺の男としての威厳やプライドがゴリゴリと削られていく*1。違うんだ、俺はもっと頼れる男になりたくて、お姉ちゃんにいつまでも甘えてられないっていうかなんていうか……。
いや別お姉ちゃんのことが嫌いとかそういう事じゃなくてだな。とにかくもっと大人になりたいって事だ。
少なくともツクヨミにお姉ちゃんを取られて機嫌を悪くして、それをお姉ちゃんに宥められるなんて俺の理想の男性像とは程遠いんだよ。ましてやそれをクラスの皆に見られるなんて。
「やっぱりアクアは人気者だね!」
「こういうのじゃない!」
お姉ちゃんの締めの言葉に沸く教室。
ああっ、畜生! やっぱりこうなるのかよ!
・・・
お姉ちゃんと有馬と並んで下校。やはり有馬もげっそりと疲れた顔をしている。
「有馬の方も大変だったみたいだな。」
「それはもう。教室中の女子からハグされ撫でられもうもみくちゃよ。確かに人気になりたいとは思ってたけどこういうのじゃない。」
「分かる。こういうのじゃないよな。」
あちらも予想通りの展開だったようだ。ツクヨミにお姉ちゃんを取られ、心配され、クラス中の女子に物理的に可愛がられたと。
「じゃあ今日は監督の所行くから。」
「ええ、また明日。」
「じゃあね。」
俺は一人監督の家に向かう。
五反田スタジオ(笑)の呼び鈴を鳴らし、いつものように監督が出迎えた。
「よぉ早熟、今日の動画だが」
「その話はするな。」
「相当堪えたみてぇだな。」
「そんなんじゃねぇよ。」
「はいはい。」
今日監督の家に来たのは映画製作の手伝いではない。最近映画製作がいち段落ついたため俺がやるべき作業は無いのだ。
ではなぜここにきているかと言うと。お祝いだ。監督の作った映画がまた監督賞にノミネートされたのだ。これで5年連続*2のノミネートとなる。
本当に映画製作に関しては凄い人なんだよな。
「とりあえずおめでとう監督。5年連続とか凄いじゃん。」
「ありがとな。素直に褒めてくれるのはお前位なもんだよ。どうせネットじゃまたノミネート止まり(笑)とかって笑われてる。」
「ノミネートすらできない奴らが騒いでるだけだろ。監督は凄いよ。」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。じゃあ、今日はパーッと楽しくやるか!」
「おう!」
机の上にはおばちゃんが腕によりをかけて作ったご馳走の数々。そして俺が学校から帰るついでに買い出ししてきたジュースやお菓子の数々。そしてビールが沢山。
映画に関わる人は沢山いるだろうに、一番最初にこうして俺と祝いのパーティーをしてくれる。過去4回も全てそうだった。いつもぶっきらぼうで間違って父さんなどと呼ぼうものならそんなんじゃねぇと機嫌を悪くする彼だが、やはり俺の事は大事に想ってくれているのだ。
「今年こそは獲らせて欲しいもんだな。」
「だな。俺的には監督の作品は尖ってて好きなんだけど、なかなか選ばれないんだよなぁ。」
「そんなもんだ。映画ってのは座学みてぇに100点満点中何点ですなんて簡単に評価できねぇからな。どうしたって選考の基準は「おかわりいるかい!!」不明確になっちまうんだよ。全員が納得する選考結果なんざあり得ねぇ。」
「それはそうなんだけどさぁ……。あ、俺おかわり。」
テーブルにドシンと置かれる山盛りのご飯を眺めつつ、不満の感情を露わにする俺。
映画オタクとしてかなりの数の映画を見てきたし、毎年ノミネートされた作品は全て目を通している。監督の映画を差し置いて監督賞や作品賞を受賞する作品は確かに素晴らしいものばかりだ。選考結果には一応理解は出来る。
しかしそれでも監督の映画が一度も賞を受賞しないのはやはり悔しい。オタク向けと言うか、分かる人にしか分からないマニアックな映画だというのは分かるが、5年連続で賞を逃せば悔しくもなる。
もっと評価されるべきだと思うんだけどなぁ。
「おばちゃんはどう思う?」
「さあね。あたしゃ映画の事はさっぱりだから。泰志がそんな凄い監督ならもっとまともな生活力を付けて欲しいわよ。」
「確かに。」
仕事が出来る人間っていうのは家事が苦手なものだと勝手に思っていたが、壱護さんを見る限りそうでもないらしい。
「監督もそろそろ親元離れたら? というか結婚とかしないの?」
「それやって良い映画が作れんのか?」
「もういいや。おばちゃん、諦めて。」
「今更だよ。」
監督はどこまで行っても監督だった。
そんな感じでいつも通りの少し豪華な夕食を楽しむ。監督賞のノミネートも5年連続5回目ともなれば嬉しさも薄れてくるころなのだ。1回目は結構盛大に喜んだものだけど。
しかし今日は別の驚きが齎された。監督の口から。
「ああ、そういえば早熟ももう役者としてデビューしたんだよな。俺の仕事もひと段落着いたところだし、そろそろお前を使って新作作るか。」
「本当か!?」
思いがけず、待望の瞬間がやって来た。
やっぱりアクアが監督の映画に出ないまま完結は嫌だぁ。
という訳で映画撮ります。