【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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産みの苦しみ

時は少し遡り、俺が出演する映画の企画について初めて監督と話をした日のこと。

 

「さて早熟。次に作る映画の事だが、どんなのにしたい?」

「そこから?」

 

次の映画の事について打ち合わせがあると言うので監督の家に来てみれば、企画の立ち上げすら行われていない状態だった。文字通りの白紙。まっさらな状態だ。

 

決まっているのは俺が出演することだけ。

 

「ああ。お前は俺の弟子なんだから、当然映画製作の全てを経験してもらうつもりだ。企画から公開、その後のゴタゴタまで、全部俺と一緒に関わってもらう。当然こき使うつもりでいるからそのつもりでな。」

「監督……!」

 

こんな嬉しいことがあるだろうか。俺が望んでいたのはせいぜい監督の新しい映画でメイン級の役を貰う程度だった。それだけで十分嬉しかったのだ。

 

監督に弟子入りしてから今日あまに出演が決まるまでずっと演技の仕事をさせてもらえなかった。それがいきなり映画製作の全てに関われと言われればギャップが大きすぎて戸惑ってしまうのも当然だろう。

 

そこまで監督は俺を買ってくれていたなんて。

 

「そんなわけだからよ、お前が作りたい映画を作れ。心配はいらねぇ。俺が全力でサポートしてやるから。」

「良いのかよ、そんなんで。俺なんて監督に比べればまだまだ未熟だし、監督主導で考えた方が……」

「いいや早熟がやれ。俺はお前が作りたい映画を見てみたい。まだまだ未熟で、若くて、青臭いお前が、全力で映画を作る。そういう試みがあっても良いだろ?」

「マジか……」

 

嬉しさ3割、不安7割といったところ。どちらの感情もバカみたいに重たい。

 

「で、どんな映画を作りたい?」

「そう言われても。作ってみたいと思ってはいたが、いざ聞かれると難しいな。」

 

返答に困って子供部屋の壁面を見渡せば、そこには監督が集めた映画のDVDがぎっしりと並んでいる。

 

ジャンルも様々だ。アクション、コメディ、ドキュメンタリー、ホラー、サスペンス、ロマンス、スポーツ……

 

どんな映画を作りたいかと聞かれて即答など出来るわけが無い。ざっとジャンルを並べただけでもこれだけの種類があるのだ。そしてそれぞれのジャンルには無数の名作たちがあるわけで。

 

「早速悩んでるみてぇだな。」

「当然だろ。いきなりどんな映画作りたいかなんて聞かれれば悩むに決まってる。」

「だろうな。だが手は抜くなよ。悩んで悩んで、悩みぬいた上で一つの答えを出すんだ。いいか、映画製作ってのは一週間やそこらで終わるもんじゃねぇんだ。短くて数ヵ月、長けりゃ何年にも渡って一つの作品と向き合い続けなきゃならねぇ。半端な気持ちで作り始めればいずれ気持ちがブレてくる。そうなっちまったらお終いだ。絶対にいい作品にはならない。」

 

半端な気持ちではブレてしまう、か。だったらいきなり映画作れなんて無茶ぶりするなよと言いたいところだが、そこは突っ込んではいけないのだろう。

 

しばらく考えてみたが、すぐに決まるはずもなく。

 

「監督、今日は泊っていくよ。」

「久しぶりの映画観賞会ってか?」

「ああ。徹夜だ。」

「そう来るだろうと思ってたぜ。実は俺の方でいくつか映画製作の参考になりそうなやつを選んであってな。ほれ、そこに積んである奴がそうだ。今回は超低予算でやることになるだろうから、同じくらいの予算で作った映画を探してみた。参考になるはずだぜ。」

「助かるよ。じゃあ上から順に見て行くとするか!」

 

こうして徹夜の映画観賞会が幕を開けた。

 

一本目

 

『愛してる、君を行かせたくない。』

『駄目よ。村の掟には逆らえない。私はあの人に嫁ぐしかないの。』

『君は本当にそれで良いのか!? 俺たちは心の底から愛し合って……』

 

二本目

 

『あなたを殺して私も死ぬ!』

 

三本目

 

『可愛い彼女さんだな。』

『この戦争が終わったら結婚するんだ。』

『そうか。じゃあこんなところで死ねないな。』

 

四本目……の前にいったん休憩だ。ぶっ通しで三本も映画を見るとさすがに疲れる。

 

ええと、次は……また恋愛ものか。

 

どうもレパートリーが偏っている気がするな。

 

そう思って監督が用意したという映画のラインナップを改めて見てみれば、そのすべてが恋愛もの。しかも主演は中学生から大学生あたりの若い男ばかり。

 

映画製作の参考にするために、俺のために集めたんだったよな? 明らかに俺の思考を誘導しにかかってるじゃないか。

 

で、当の監督は寝てるし。

 

「おい起きろ監督。」

「ん、ああ、寝ちまってたか。悪い悪い。」

「あのさ、恋愛もの作りたいなら初めからそう言えよな。」

「ははは、バレたか。」

「バレたか、じゃねえよ! 期待して損したわ!」

「まぁまぁ、ジャンルは偏ってるが一応低予算で上手く作った映画を集めたのは本当だ。とりあえず見てみろよ。他のジャンルは別の日に見りゃいい。」

「ったく、しょうがねぇな。」

 

なんだかんだで四本目

 

ん? これは……ちょっと気になるな。

 

『俺、医者になりたい。そのために東京の高校で勉強したいんだ。』

『私を……置いていくの?』

 

田舎の山奥の小さな町にある、小さな学校。生徒数は小学生と中学生合わせても10人そこらしかいない。物語の主人公は、中学校の卒業を控えた一組の男女。

 

その男は天才だった。性格も良く、運動も出来た。学校一の人気者で、子供たちのリーダー的存在だ。

 

彼は医者を目指すと言って中学卒業を機に東京へ出ようとする。しかし、実際は閉鎖的な田舎の人間関係から逃れたい気持ちの方が強く、ただ一人彼に思いを寄せる少女だけがそのことに気付いている。

 

そんな物語だった。

 

「田舎を出て医者を目指す男の物語か……。」

「ん? 気になるか?」

「まぁね。ちょっと思う所があってさ。」

 

思う所があるのは正確には俺じゃない。()()()()だ。

 

彼も田舎の出身で医者の道を志して東京に出てきた男だ。親や地元からの期待を一身に背負って上京して来たことを俺は知っている。この映画の主人公とは違い純粋に医者を目指していたけど。

 

「良いアイディアは浮かびそうか?」

「そんなんじゃない。ただ、物語の背景としてはこんな感じのが良いかもなって。」

「出だしはそんなんで良い。細かいところはこっから詰めて行けばいいからな。」

「ああ。」

 

打ち合わせ用に用意したメモ帳に大雑把な舞台背景だけ書き残し、この日の打ち合わせは終わった。

 

・・・

 

そして今日。

 

やっとの思いで書き上げたあらすじを監督にお披露目する。

 

ゼロから設定やストーリーを考え、文章に書き起こすのは初めての経験だった。監督の手伝いで部分的に脚本の修正やら肉付けやらを任されたことはあったが、それらは監督の指示があっての事。俺の意見の入る余地はほとんど無かった。

 

だが今回は違う。白紙の状態からのスタートとなる。

 

何も決まっていない所から自由にストーリーを作れると聞けば面白そうだと思うかもしれない。

 

しかし現実は真逆だ。何かを生み出すのには苦痛が伴う。自由度が高ければ高い程、作品が大きければ大きい程、脳みそを酷使させられる*1

 

この数週間、余った時間は全て映画の事を考えて生活していた。学校が終われば監督の家で映画を鑑賞し、小説や漫画を片っ端から読む。ピンときた作品があればメモを取ったり分析をする。

 

楽しそうだと思うだろうか。

 

実際は苦痛の方がはるかに大きい。漫然とコンテンツを消費するのとはまるで違う。

 

「映画に小説に漫画、ここ最近随分と楽しそうじゃないの。そんなんで仕事になるなら楽で良いわよねー。」

 

などと有馬に言われたときはさすがに我慢ならず、盛大に喧嘩となった。あの場にお姉ちゃんが居なかったらどうなっていたか。

 

ゼロから作品を作る苦労は想像以上だ。

 

しかしそれだけ頑張ったにも関わらず、完全に納得のいくものはついに書けなかった。いま手元にあるの原稿は自分の実力で創り得る最大限でしかない。そして悔しいことに、それは自分の理想とはほど遠いクオリティだ。

 

今日も今日とて五反田スタジオ(笑)の子供部屋で監督と二人きり。薄暗い部屋の中でパソコンに向かう監督に声を掛ける。

 

気心の知れた相手だというのにいやに緊張する。

 

「監督、出来たよ。」

「おう、見せてみな。」

 

努力の結晶たる冊子を手渡し、監督がそれを注意深く読み進めていく。

 

しばらくページをめくる音だけが部屋に響く。俺はただ監督があらすじを読むのを眺めることしか出来ない。微動だにせず待ち続ける。

 

そして一通り読み終えた監督は冊子から目を外し、口を開いた。

 

「うーむ、書き直し。」

 

そんな気はしてたよ。

 

畜生。

 

*1
だがこの苦痛からしか得られない栄養分も確かにある




卒論の地獄を思い出しました。永遠に書き直しが続く悪夢……
大量のインプットアウトプットで脳みそを酷使する辛さは似てるのかなーと思います。
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