【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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毒舌クールな星野アクア

「おはようございまーす。」

「ああアクア君、おはよう。」

 

今日は深掘れワンチャン!!の収録日。

 

衣装に着替え、軽くメイクをして髪を整え、収録が行われる第3スタジオに入れば俺はもういつもの星野アクアじゃない。

 

どんなことにも動じない、クールな男。そして誰かが頓珍漢なことを言えば容赦なく鋭い言葉で切り捨てる毒舌キャラへと変貌するのだ。それはもう役に演じるがごとく、どっぷりと入り込む。

 

演じるのは得意。アドリブも得意。頭の回転も自信がある。ルックスも良い。

 

初めこそ鏑木さんに騙されて始めた仕事ではあるが、やればやるほど俺のタレントとしての能力が上手く発揮できることに気付く。やはり鏑木さんの人を見る目は確かだったという事だろう。さすがの一言だ。

 

彼の提案した毒舌クールキャラも受けが良いし、なんだかんだ言って俺はこの仕事にやりがいを感じ始めていた。

 

ただ一点、収録が丸一日かかるのが辛いところ。

 

やはりタレントとしてカメラを向けられている時間はどうしても緊張するし神経を削る。それが一日続くとなればその日の収録が終わる頃には疲れ果ててしまう。お姉ちゃん無しでは厳しいくらいのハードワークだ。

 

仕事を終えて帰路に就く頃には大抵夜になっている。未成年だから10時を過ぎることは無いけれど。

 

「さて、行きますか」

 

表情筋を操って無表情を作る。思考は冷徹に。温かい感情は一旦脇に置いておく。テレビタレント星野アクアは今日もクールに決めるのだ。

 

「それじゃカメラ回しまーす。3、2、1……」

 

ADさんの合図でカメラが回りだす。

 

司会を担うのは関西弁を喋る気のいいおじさん。一応アイドルらしいのだがとてもそうは見えない。芸人の間違いじゃないかと今でも疑っている。

 

番組が始まり、軽くトーク。そして例の司会が良く通る声で今日の企画の発表だ。

 

「という訳で本日の企画! 伝説のキラキラネーム『光宙(ぴかちゅう)』君は実在するのか!? 徹底的に深掘りしちゃいます!」

 

ほう、キラキラネームか。

 

母さんに貰った名前は愛久愛海(あくあまりん)。とても他人事とは思えない。これでも結構名前で苦労した方だと思うが、光宙(ぴかちゅう)とはその遥か上を行くキラキラ具合。心中察するに余りある。

 

「アクア君も中々のキラキラっぷりやけどな。」

「まぁ芸名ですから。少し変わった名前を付けるくらいで丁度いいですよ。」

「そうやなぁ。芸名かぁ。」

 

本名の方が圧倒的にヤバいのだがそれは秘密だ。

 

収録はつつがなく進んで行く。まずは企画の趣旨を説明するVTR。それっぽいリアクションを取りつつ誰かが変な事を言えば俺にパスが回り、それを得意の毒舌で切り捨てればスタジオが沸く。得意のパターンだ。

 

よしよし、上手く行っている。今日も俺はクールで何事にも動じない。お姉ちゃん見てるか? 俺はこういうキャラも行けるんだぞ。

 

心の中でこっそりと得意げになる。

 

この時俺は完全に油断していた。お得意のパターンを捌く簡単なお仕事だと。このまま長い収録を終え、帰ってお姉ちゃんによしよししてもらういつもの一日だろうと。

 

何の心の準備も出来ないまま、俺はその瞬間を迎えることとなる。

 

「さて、今日は新しい深堀りリポーターの子が来てくれてると言う事で。中継繋がってるので呼んでみましょう。どうぞ!」

「このたび深堀りリポーターに任命された星野ルビー16歳! 星野アクアの双子の姉でーす!」

「お、お姉ちゃん!?」

 

どんなことにも動じない筈のクールガイが、勢いよく椅子から立ち上がってお姉ちゃんと叫んでいる。机から身を乗り出し、モニターを食い入るように見つめながら。全く、普段のイメージとは似ても似つかないな。

 

それは誰の事かって? 俺だよ!

 

まさかまさか、お姉ちゃんが深堀りリポーターとして出てくるなんて。まあお姉ちゃんだし問題はないとは思う。リポーターとしてもきっと上手くやって皆の人気者に……。

 

いや違う、そうじゃない! 素直に感心している場合か!

 

落ち着け、俺。

 

ふう、まずは椅子に座って背筋を伸ばそう。それから表情を作らなきゃいけないな。無表情無表情っと。大丈夫、俺は何事にも動じないクールな男。お姉ちゃんが不意にリポーターとして登場したくらいでうろたえるわけが無いのだ。

 

「いえーいアクア見てるー?? 今どんな気持ちー??」

「どんな気持ちも何も、まだ何もやってねえだろ。早く仕事しろ。」

「あれ? 今日のアクアは辛らつだなー。お姉ちゃん悲しい。」

「いいからっ。早く進めろって。」

 

クール。クールだ。ここは堪えろ。どうせ鏑木さんの仕込みだろうが、そう簡単に俺のイメージを壊せると思うなよ。俺にはテレビタレントとしての誇りがあるんだ。

 

「こらっ、いつからそんなぶっきらぼうな物の言い方をするようになったの?」

「は? 元々俺はこういう……」

「嘘はやめなさい。ほら、ちゃんと本当の事をお姉ちゃんに教えて?」

「いや……」

 

駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ! ここで挫けちゃダメだ! 耐えろ俺!

 

……無理ぃ。

 

「……ちょっとカッコつけてた。クールな方が良いかなって。」

「ちゃんと言えたね。えらいえらい。」

 

俺が数か月かけて築き上げてきたイメージが音を立てて崩れていく。

 

周囲からは突き刺さるような視線が注がれ……ていない。むしろ皆一様に微笑ましいものを見るような目で俺の事を見つめている。

 

ああ、既視感。学校でクラスメイトから向けられる視線そのままだ。これはお姉ちゃんに甘やかされる可愛い弟を愛でる目。演者もスタッフもほっこり和んでスタジオの雰囲気が一気に暖かくなったような気がする。

 

「アクア君家ではそういうキャラなんだね。びっくりした。」

「いや控えめに言って可愛い。」

「お姉ちゃんには弱いんだ!」

 

番組は盛り上がったようなので良しとするか……。俺としては全く良くないけど。

 

その後のお姉ちゃんのリポーターとしての働きは、まぁそれなりに良く出来ていた。思えば最近俺のクールキャラについて色々聞いてきたのも今日の為の準備だったのかも知れないな。壱護さんとも色々話していたようだし。

 

ちなみに光宙(ぴかちゅう)君は実在した。強く生きてくれと心の中でエールを送っておく。

 

そのまま3本の収録は何事も無く終了、時間は夜の8時を回った辺りだ。俺は早々と衣装を着替え、急いで鏑木さんの所へ。

 

「鏑木さん、やってくれましたね。」

「ドッキリ大成功のプラカードでも掲げれば良かったかな? 良いリアクションだったよ。」

「そういう話じゃ……」

「いやいや、僕の提案で毒舌クールキャラをやったのは良かったが、コレだと君の素の部分が見えないと思ってね。家族の前なら普段の君が見えて視聴者も親しみやすさを覚えるに違いない。双子キャラで売っていくのは良い選択だと思うよ?」

「それはまぁ、お姉ちゃんと一緒の方が人気が出るという自覚はありますけど。」

 

クラスメイトの反応を見れば一目瞭然。役者としてならともかく、テレビタレントととしてならお姉ちゃんとセットの方がウケは良いんだろう。

 

「でも鏑木さんはクールキャラでお姉ちゃんの気を引けって……」

「まだそんなこと言うのかい? あれは君を番組に引っ張る方便だと君も気づいているはずだけど。」

「それはそうですが。」

「まぁ全くの嘘ってわけでもないんだよ? 現にほら、君のお姉ちゃんをこうして最高の形で番組に呼ぶことが出来たじゃないか。初めからお姉ちゃん大好きキャラを全面に出していたらこうは盛り上がらなかっただろうね。」

「なるほど一理ある……のか?」

 

何となくわかったような気にさせられているが、どうせ明日か明後日辺りには冷静になって何かに気付くんだろう。鏑木さんの言う事は真に受けない方が良い。しばらく経った頃に意味が分かってくるものだからな。

 

「納得してくれたのならいいよ。じゃあ僕は仕事があるからこれで。気を付けて帰りなよ。」

 

・・・

 

収録が終わり帰宅する。いつものようにお姉ちゃんの部屋の扉を開ければ、そこにはお菓子を用意してお姉ちゃんがスタンバイしていた。

 

「お疲れアクア。はいここ座って。」

 

いつものようにベッドを背を預けて床に座ればお姉ちゃんも隣に腰を下ろす。小さな座卓にお菓子屋ら飲み物やらを並べ、準備完了だ。ゆっくり癒されるとしよう。

 

まずはチロルチョコを一つ。お姉ちゃんがそれを俺の口に放り込めば、口の中に甘さが広がる。

 

「やっぱり疲れた時のチョコは美味しいな。」

「そう言うと思ってチョコ多めに買ってあるんだ。今日は特に疲れてるだろうから。」

「誰のせいだよ。」

「鏑木さん。」

「違いない。」

 

お姉ちゃんは悪くない。だってあれがいつも通りのお姉ちゃんなのだから。

 

そんなお姉ちゃんをあの場に送り込めばどんな事態になるか。鏑木さんはそれを分かった上でキャスティングしたわけだから悪いのは鏑木さんだ。一言文句……はもう言ったか。上手くはぐらかされたな。

 

「アクアのクールキャラはお終いだね。」

「だな。学校みたいに弟キャラになるんだろうよ。」

「キャラというか本人そのままだけど。」

「そうだな。」

「はい今度はきなこ。」

 

こっちのチョコも行けるな。でもそろそろしょっぱいのが欲しいかも。

 

「おねえちゃん。」

「分かってる。次はポテチだね。」

 

流石お姉ちゃん。俺の味覚も完璧に把握している。

 

ゆっくり俺の口にポテチが近づいてくる。お姉ちゃんは右手でそれを持っているが、逆の手には既にペットボトルが握られていた。準備がいいなぁ。

 

ポテチを噛んで呑み込めば、やはり口の水分を持っていかれて飲み物が欲しくなる。ちらっとお姉ちゃんの方に視線を向ければぷしゅっとキャップを開ける音。そして口を開けて待機すればストローの先端が程よい位置に運ばれてくる。

 

ジュース。ポテチ。チョコ。最強のコンボだ。

 

「どう? お姉ちゃんのお菓子選びのセンス中々でしょ?」

「今日も冴えてる。」

「ふふーん。」

 

ああ、お姉ちゃんに甘えてたら今日あった事なんてどうでもよくなってきてしまった。やっぱり俺はお姉ちゃんの弟で、どうしようもなくお姉ちゃんが大好きなんだ。

 

「キャラが壊れてどうなるかと思ったけど、なんか頑張れそうな気がしてきた。」

「私は最初から問題ないと思ってたよ?」

「流石お姉ちゃん。」

 

やっぱりお姉ちゃんには敵わないな。

 

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