「ねぇ壱護さん。」
「おう、ルビーか。なんだ?」
ある夏の日の事。珍しくリビングで暇そうにしている壱護さんに声を掛けてみた。
我が家に壱護さんがやってきてから半年近く経って、それなりに家族として上手く溶け込んできたように思う。ミヤコさんの怒りも元社長としての働きっぷりで収まってるし、私とアクアとの関係構築にも気を使ってくれてる。
必死過ぎてちょっと可愛いくらいだ。子供との接し方が分からない再婚のお父さんみたいな感じ?
だから私から話しかければ必ず返事をしてくれる。それがお仕事の話なら1の言葉に対し10や100の言葉が返ってくる。
「この前の深掘れワンチャン!!のリポートどうだった? 上手く出来てた?」
「あああれな。初めてにしては良く出来てたんじゃねぇか? アクアを驚かせるって言う一番重要な役割はきっちり果たせてたしリポーターとしてもソツなく仕事をこなせてた。ここからさらに先を目指すなら……」
壱護さんはお仕事の話が大好きだ。お仕事が趣味と言ってもいい。アクアが映画の事を語るようなテンションで芸能界で売れるための方法を語るんだよね。
ほら嬉しそうに話し始めた。
「まずは現場で結果を残さなきゃ話は始まらねぇ。番組でお前自身のキャラクターを示せ。」
「キャラクター?」
「そうだ。例えばアクアを見てみろ。あいつは『毒舌クール』というキャラを前に出している。誰かが頓珍漢なことを言った時アクアに話をフればバッサリと切ってくれる。それを周りが周知していれば必ずパスが回ってくる。番組内のワントークは30秒程度でそれが2~3回回ってくると考えろ。自己紹介をしてる暇なんか無いし、キャラが明確ならそれ自体が話のフリになる。キャラクターが明確である事、これがバラエティに於ける最重要項目だ。」
私が芸能人で良かったね壱護さん。こんな長い話普通の女子高生にしたら一発で愛想尽かされるからね?
それはそうと。
「この前のアクアは『毒舌クール』じゃなかったよ?」
「まあな。ありゃ完全に可愛い弟ムーブだった。これからは背伸びしてクールぶってる男の子キャラになる。」
「鏑木さんはそれがご所望だったの?」
「知らん。半分くらいはノリでやってる気がするが。」
鏑木さん。ノリが分かる大人。
で、話を戻すと。
「私のキャラクター…やっぱりお姉ちゃんキャラかな。」
「どう考えてもお姉ちゃんキャラだろうな。既にB小町chはその方針で人気出てるしこの前の深堀れワンチャン!!でもウケが良かった。もっとそれを前面に出せ。アクアと積極的に絡んでアイツの素のリアクションを引き出せ。全力でアクアの大好きなお姉ちゃんを演じるんだ。」
「アクアが居ない時は?」
「お前可愛い子好きだろ? そういう奴を見つけたらツクヨミみてぇに可愛がればいいんじゃねぇか?」
「いつも通りって事?」
「ああ。つーかお前は素のキャラが強烈すぎて正直あまりキャラについてアドバイスすることがねえんだよな。」
「えっへん。」
さすが私。お姉ちゃん万歳。
「それは良いとして、事前アンケートも重要だ。あれは制作側がどういう台本を書くかを決める重要な要素。トークの企画書と言っても良い。ここで当たり障りのないことを書いたら終わり。白紙で出すなど論外だ。多少盛るくらいは構わない。強烈なお姉ちゃんエピソードを持ってこい。」
「強烈な……添い寝くらいじゃダメだよね……」
「すまん間違えた。強烈なのはアウト。軽めの奴にしろ。」
「うーん、じゃあお菓子を食べさせてあげてるとか、なでなでぎゅーっとか?」
「まぁその辺ならギリOKだな。てかもっとあるだろ、一緒に漫画呼んでるとか勉強教わってるとか一緒に登下校してるとか。」
「え、そんなので良いの?」
「全然大丈夫だ。一緒に何かしたエピソードなら何でもいい。とにかくお前は感覚が大分ずれてるからその辺気を付けろよ?」
「はーい。」
私と沢山お話しできて壱護さんもほっこり。私もお仕事のアドバイスが聞けてほっこり。共通の話題って大事だよね。
・・・
壱護さんに色々教えてもらった私は、早速次の収録でそのアドバイスを生かすのだった。
「はーい! リポーターのルビーでーす! 本日は中継でお送りしまーす!」
「ああ、今日はお姉ちゃんがリポーターですか。まあ頑張ってください。」
「アクア君、無理せんでええで?」
「してませんけど?」
おお、スタジオのアクアが慌ててる。頑張ってクールぶってるけど私が出た瞬間から表情や仕草がほんのちょっとだけいつものアクアに戻っちゃってる。可愛い。
周りのタレントさんたちは気づいてないみたいだけど、これは中々の動揺具合だよ。
トークの流れで私のアクアの仲良し姉弟エピソードを披露する機会が来るかもしれない。頭の中で準備しておかなきゃ。えっと、確かアンケート用紙に書いたのは……
「ルビーちゃん。アクア君はこう言っとるけど、やっぱりお家では仲良しなんやろ?」
来た!!
「もちろん! アクアは可愛いんですよ。学校に行くのも毎日一緒ですし、この前もアクアの持ってる漫画を二人で回しながら読んだんです。」
「仲良しやなぁ。」
「私の部屋で二人きりですよ? で、アクアが手に持ってる奴が読み終わりそうになると私がアクアの部屋から次の巻を取ってきてあげるんです。」
「めっちゃ優しいやん! ええなぁ俺もこんなお姉ちゃん欲しかったわ!」
まぁ、こんなもんかな? 漫画を一緒に読むくらい普通にお友達ともやるだろうし、なんでこれが仲いいエピソードになるかはイマイチ分かってない。壱護さんが良いって言うから言ってみただけ。
でもスタジオの反応は良好だ。これで良かったみたい。
で、やっぱりお姉ちゃんとしてはアクアの可愛い姿を世に自慢したいわけで。
「どうよアクア。お姉ちゃんの事見直した?」
「まぁお姉ちゃんですからこれくらいは普通ですよ。そうですよね? お姉ちゃん。」
敬語! このお姉ちゃんに向かってまさかの敬語。
アクアの奴、相当意思が硬いと見える。先月はあんなに見事にうろたえていたというのに。その諦めの悪さだけはお姉ちゃん認めてあげなくもない。
でもアクア? 敬語を使うならお姉ちゃん呼びは違うと思うよ?
さて、どうしたものか。いつもなら普通にぎゅってしするなり目を見つめるなりすればすぐに素直になってくれるけど、カメラ越しではそういうことは出来ない。17年間*1お姉ちゃんをやってきたけど、このシチュエーションは中々ないな。
うーん、押してもダメなら引いてみるか。
「そうですか。姉として弟の為に精一杯尽くしたつもりだったんですけどね……。彼には伝わってなかったようで悲しいです。」
よよよ……なんつって。
わざとらしく悲しい顔をしてみる。演技だってことがバレても構わない。お姉ちゃん悲しいですと言う気持ちが伝わればいいのだ。私にここまでさせてしまったという罪悪感にアクアはきっと耐え切れない。
待つこと2秒。
「あっ、えっと、そう意味じゃなくて。お姉ちゃんの気持ちは凄く嬉しいって言うか、めっちゃ感謝してるし、そんなつもりじゃなかったんだよ。だからその、お姉ちゃん、機嫌直してくれないか。」
ふふふ、計算通り。アクアの事はなんでもお見通しなんだから。
次で止めだ!
「なら良いの……。お姉ちゃんの事、好き?」
「……好きに決まってる。」
背伸びしてクールぶってる男の子キャラ、完璧にやれてるね。意地を張ってお姉ちゃんに反抗してから結局お姉ちゃん大好きと白状するまでの流れが実に綺麗だった。
姉弟トークはこんなものかな。
・・・
壱護さんが教えてくれたことはトークの事だけじゃない。将来を見越して現場の人間に好かれる事も大事だと言っていた。例えばこんなこと。
『ADには優しくしろ。そいつはそのうちDになる。売れるには打算も必要だ。』
ADってつまり吉住さんの事だよね。丁度今休憩時間だしちょっと話しかけてみるか。いつも忙しそうにしてるからMEMちょの話とかしたら盛り上がるかな?
「吉住さーん、今日も大変ですね。ちゃんと寝てますか?」
夏の日差しに焼かれながら現場を走り回る吉住さんの額には玉の汗が浮かんでいる。ここはひとつ、ハンカチで汗をぬぐってあげたら喜ぶだろう。すぐそこに自販機で買った冷たいお茶を渡すのも忘れずに。
「ああ、ルビーちゃん。心配しなくても大丈夫。ちゃんと仕事はしますから。」
「そうじゃなくて。ちゃんと寝ないといつか起きれなくなりますよ? ウチのMEMちょも働きすぎて倒れちゃったんですから。はいこれお茶どうぞ。」
「あ、どうも。」
最初の会話としては上出来と思っておこう。壱護さんが我が家に着た時よりはかなりフレンドリーに話せてる。
「MEMちょって、ユーチューバーのMEMちょですよね。」
食いついた! ここから何とかして話を広げて……
「知ってるんですか!? 実はB小町も一緒にやってて、いつも動画を撮ってるんですよー。」
「もちろん知ってますよ。番組に出てるタレントさんの主な活動は大体把握してますからね。」
「え、じゃあ動画も見てくれたり?」
「ええ、何本かは。とっても仲がいいんですね。」
「そうなんですよ! もう先輩とかめっちゃ可愛くて! あっ、先輩って言うのは子役で有名な有馬かなの事で……」
「知ってます。彼女も可愛いですよねー。それじゃあ僕は仕事があるので失礼します。お仕事頑張ってくださいね。」
「そちらこそ無理は禁物ですよー。」
めっちゃ良い人。先輩の可愛さも分かってくれてるし、きっと悪い人じゃないね。
吉住さんの為にもお仕事がんばろー!
ちなみにこの時の私はADさんにご機嫌取りをされてただ気分が良くなっていただけなのだけど、そこに気づくことは無かった。
その日から、私は収録の度に吉住さんに愛想よく振舞うようになった。何度か話をするうちに吉住さんも営業スマイルじゃない本物の笑顔を見せてくれるようになって、少しづつ距離が縮まっていった。
・・・
ある時、テレビスタジオのとある一室で死にそうな顔でパソコンと向き合う吉住さんを発見。
手元にはエナジーをチャージする飲み物の空き瓶が沢山。床には丁度人が一人寝っ転がれる広さの段ボール。弁当の空き箱やペットボトルが詰まったゴミ袋。
えーっと、吉住さんはここに住んでるのかな? ひょっとして忙しすぎて家に帰る暇もないのかもしれない。というか間違いなくそうだ。
「吉住さん大丈夫ですか? って聞くまでも無いですよね。」
「あはは……ルビーちゃんが気にすることじゃないですよ。」
「家の人とか心配しませんか?」
「よくある事なのでもう慣れっこですよ。一応連絡は取ってますし。」
ここで吉住さんの携帯が鳴った。噂をすればなんとやら、家族からの電話らしい。
「もしもし、ああ、今日も徹夜になりそう。一応帰るけど夜中だな。うん、じゃあね。」
「お母さんですか?」
「妹です。」
「詳しく。」
吉住さんに妹が居たなんて! こんないい人に妹が居たらきっと思い切り可愛がって優しくしてあげてるに違いない。
私の圧にちょっとタジタジになる吉住さんに、じりじりと迫る。
「吉住さんはお兄ちゃんなんですね。」
「え? そうですけど?」
「私もお姉ちゃんだから分かるんですけど、弟とか妹ってめっちゃ可愛いですよね!」
「え、えーと、僕もそう思いますよ。」
「遠慮しないで! もっと語りましょうよ! どんな妹さんなんですか?」
「あまり自慢できる妹ではないんですけどね。一応ユーチューバーとして働いてはいるんですがずっと部屋に籠って出てこなんです。家族以外の人とまともに会話も出来ないし。」
「でもユーチューバーって知らない人とも一杯話しますよね? 共演のお願いとか。」
「それは全部僕がやってあげてます。妹のマネージャーみたいなことを無給でやってる感じですよ。本当は本業に集中したいんですけどね。」
「凄いですね……」
MEMちょじゃん。その自己犠牲の精神はまさしくMEMちょじゃん。
自分のチャンネルもあるのにB小町としてアイドルやって、裏方もやって、忙しすぎて倒れたMEMちょにそっくりだ。
吉住さんも自分の仕事だけで死にそうなくらい忙しいのに、そのうえ妹のお仕事をサポートするなんて。これは愛情が無ければ出来ないことだ。私にはわかる、吉住さんはお兄ちゃんなんだ。
妹が居るからお兄ちゃんじゃない。妹の為に身を削って頑張るその精神性がお兄ちゃんなのだ。
「吉住さんとは仲良くなれそうです。」
「はぁ。どうも。」
会話は続く。