僕の名前は吉住シュン。とあるネット番組のADをやっている。
夢をもってテレビ業界に飛び込んだは良いものの、激務続きでもう疲労困憊。ちょっと前に入って来たDの漆原さんは人使いが荒いし、一緒の班で仕事をしていた別のADは体を壊して休養中だ。
元々ひどかった労働環境がますます悪くなってしまい、僕の体はもう限界に近い。
そんな僕に何故か物凄く親身に話しかけてくれるのが、最近深堀りリポーターとしてウチの番組に出演するようになったルビーちゃん。少し前からレギュラー出演している星野アクア君の双子の姉だ。
強烈なお姉ちゃんキャラで、アクア君との絡みは番組のちょっとした名物になりつつある。
B小町chの方ではもっと過激(?)なお姉ちゃんっぷりを披露しているようで、なんというか凄まじい人だ。クールキャラを貫くアクア君もこの人の前ではデロデロに甘やかされ、年相応の少年に戻ってしまう。
そんなルビーちゃんは、何やら僕がお兄ちゃんであることに興味を持っているらしく、さっきから僕の事を質問攻めにしている。
「妹さんからは何て呼ばれてるんですか?」
「にーちゃん、ですけど。」
「にーちゃん! 可愛い! それはかなり懐かれてますね。実際どうなんですか? やっぱり妹は可愛いですよね。」
何て答えようか。
はっきり言って、僕はシスコンであるという自覚はある。妹は可愛いかなんて考えるまでも無い。可愛いに決まっている。
しかし僕は日陰の人間。ルビーちゃんのように明け透けに家族の事を話したり、好いた惚れただのと言う話をすればからかわれるだけなのだ。誰も僕に興味など持ちはしない。僕が出しゃばったところでルビーちゃんのような華のある人間の邪魔をするだけだ。
だから僕は当たり障りのない答えしか返さない。日陰の人間は日陰の人間らしく大人しくするべきなのだから。
「それなりに可愛いですよ。家族ですしね。」
「そうですかぁ。」
これで良い。
にーちゃんにーちゃんと無邪気に僕の後ろをついて回っていた子供時代。学校に馴染めなくて少しずつ引きこもりがちになっていった学生時代。そしてVチューバーという天職を得て仕事にまい進する現在。
無限に語れる。絶対にウザがられるけど話したいことはいくらでもある。
だが言わない。それが僕のポリシーだから。
しかしそんな僕のポリシーなどお構いなしにルビーちゃんは質問を止めようとしない。ただでさえ眩しい笑顔がより一層眩しく、瞳が爛々と輝いている。
「ねぇ、もっと聞かせてくださいよ。妹さんの事。絶対もっと色々あるでしょ? 分かりますよ、私もお姉ちゃんなんですから。可愛い妹が居たら自慢したくなるものです。誰かにこの可愛さを分かってもらいたくて仕方がないはずです。どうなんですか!」
グイグイ来るな。圧が凄い。
しかしここまで熱心に聞いて来るなら話しても良いだろうか。結果うんざりさせてしまってもこれはルビーちゃんが距離感を誤っただけの事だし、僕は悪くない。
「えっと、つまらない話になるかもしれませんが良いですか?」
「どんと来てください! 大好物です!」
ここまで来て尚自分の落ち度がないことを確認するあたり、やはり陰キャ根性がしみついているんだなぁ。
まずは軽いエピソードで様子見から。
「子供の頃からお兄ちゃんっこで、そりゃあ可愛がりました。僕もほら、あんまり目立つタイプじゃないし、これと言って人に好かれることも無かったので。」
「でも妹さんだけは無邪気に吉住さんに懐いてくれた?」
「そうなんですよ。僕が学校で嫌なことがあって落ち込んでたら慰めてくれるんですよ? 普通あの年頃の女の子って僕みたいな陰キャには厳しいじゃないですか。それなのにミミの奴心の底から僕の事を心配して……」
「それで? 他には?」
普通ここまで話せばお腹いっぱいの筈なんだけど、さっきよりルビーちゃんの輝きが増している。まさか本当に今みたいな話を聞きたがっているのか?
ならば遠慮はいらないのかも知れないな。ちょっとギアを上げよう。
「ミミが泣いたときは優しく抱きしめて撫でてあげます。」
「苺プロに来ませんか?」
「え?」
何故か熱烈な歓迎を受けた。
「ちょっと、ルビーちゃん。意味が分かりませんって。なんで今の話の流れで苺プロに誘うんですか。」
「うーん、分かりやすく言うと、お兄ちゃんに悪い人は居ないからって感じかな。フィーリングだよフィーリング。ビビっと来たの。この人はきっと凄く良いお兄ちゃんだって。」
この子のお兄ちゃんという存在に対する信頼はどれだけ大きいんだ。
しかし言いたいことは分からないでもない。確かに僕はお兄ちゃんに生まれたからこそこれほど献身的にミミに尽くしてる訳だし、はたから見れば家族の為に自らを犠牲にして働く聖人のように映らないことも無いかもしれない。
お兄ちゃんという立場は人を変えるのだ。これはある種の人間にとっては紛れもない事実。
そして僕もルビーちゃんもそういうタイプの人間であり、妹や弟を持つ者同士、通ずるものが確かにある。
一言で言ってしまえば妹が可愛いだけなのだけど。
「ははは! さすがルビーちゃんですね。僕のシスコンっぷりをこんなに肯定的に受け止めてくれた人は初めてですよ。もしよければもっと話しませんか。」
「そう来なくっちゃ!」
そこから先はもう精神的ストッパーなど無く、思うままにミミの可愛さを語りまくる。
ルビーちゃんがあまりにも楽しそうに聞くものだからこっちも思わずテンションが上がってしまい、柄にもなく大きな声でべらべらと妹とのあんなことやこんなことを聞かれても居ないのに話してしまうのだ。
もう楽しいったらない。しかしルビーちゃんは常にその上を行く。
「でもアクアの方が可愛いですからね! この前もお菓子食べさせてあげて、その後添い寝してあげたんですから!」
「くっ……! 添い寝はさすがにさせてくれない……!」
「ふっふっふ。羨ましいでしょ。」
「羨ましい! いやでも僕が妹と添い寝しなんかしてもしバレた日には大変なことに……!」
美形の双子だから許されている面は多分にあると思う。
ここは別の話題だ。
「ミミは人見知りで、外に出ると僕の傍を離れようとしないんですよ。小さな声でにーちゃんって、もう可愛すぎません?」
「うわーそれはアクアにはない奴だー。良いなぁ。」
一本取ったぞ。
「あと、引きこもりになったミミに家でも出来るお仕事を教えてあげたり、その仕事が軌道に乗ったらそれをサポートしたりと、それはそれは色々な事でミミに尽くしてるんです。この働きっぷりならだれにも負けない自信がありますよ。」
「それならウチのMEMちょだって凄いんだから。もうね、文字通り死ぬ気で働いてたんだよ。多分死んでも悔いはないって言うか、本当に死ぬ可能性すら視野に入れて……と言うか自分の体は考慮に入れずにがむしゃらに尽くしてくれたの。」
「それは凄いですね。僕も今本業と妹のサポートでいっぱいいっぱいですし、お察しの通り全然寝れてない状況ですし。」
MEMちょさんには親近感がわくなぁ。言われてみれば僕も自分の体の事は度外視で働いている節がある。
残業代でそれなりに稼げているとはいえ、どう考えてもその辺の最低賃金のアルバイトを二つか三つ掛け持ちしたほうが健康的にお金を稼げるだろう。今の働き方ははっきり言って割に合わない。
じゃあなんでこんな事続けるのかって? そんなの決まってる。見栄だ。
ネットの隆盛により落ち目とは言え、なんだかんだいってテレビ業界には皆なんとなく憧れを抱いている。ミミだってそうだ。僕が制作会社に就職が決まったときだって喜んでくれた。
『にーちゃんテレビ業界の人になるんだ!』
『そうだぞ。面白い番組作ってやるから一緒に見ような!』
『うん! 頑張って!』
今でもミミの中では俺はテレビ業界で働くカッコいいにーちゃんなんだ。Dの漆原さんにこき使われ、家に帰っても愚痴ばっかり言うけど、そんな俺でもミミは真っ直ぐに慕ってくれる。尊敬してくれている。
MEMちょさん。動画を何本か見ただけで話したことはおろかあった事すらないけれど、きっと僕と同類の人間なんだろうな。
そしてそれはルビーちゃんも同じ考えらしい。
「吉住さんはきっとMEMちょと仲良くなれると思うんですよねー。」
「ははは、でも僕を苺プロに勧誘する話はナシですよ? そりゃあ多少気にはなりますけど、やっぱり妹の期待は裏切れないですよ。」
「ここで妹さんが出てくるあたり、やっぱり吉住さんはお兄ちゃんですね。」
「違いない。」
「「あはははは!」」
大声で笑い合う僕とルビーちゃん。妹談議を経て、この短時間のうちに僕らはすっかり打ち解けてしまっていた。
ちなみに短時間といってもそれは体感の話だ。皆も経験があると思うけど、楽しい時間はあっという間に過ぎるんだよね。どうやら僕らは思っていた以上に話に夢中になっていたらしい。
「うわ、もう1時間も話しこんじゃってる! 」
「え……? ヤバい! 漆原さんに言われてたレポ動画のテロップ早く上げないと。」
気づいたときには遅かった。
「おい吉住! レポ動画遅せえと思ったら何してんだよ! 可愛い子と仲良くおしゃべりしてる場合か!?」
「すみません! すぐやります!」
仲良くルビーちゃんと仕事をサボっているところを漆原さんに目撃されてしまったのだった。
ごめんよルビーちゃん。妹談議はまた今度。