「来たよ、監督。」
「おう、早熟。」
俺が尋ねた部屋の主は五反田泰志。早熟とは俺の事だ。彼は昔から俺をそう呼んでいる。
監督に弟子入りしてからもう10年が経つ。幼いころから毎日のように通いつめ、監督は半ば俺の父親のような存在となっていた。『俺を育てる気はない?』と言ったのはあくまで役者としてだが、一人の人間としてもたくさんのことを教わった。
今日も監督の家で編集の手伝いだ。
「なあ、監督。演技の練習は見てくれないのか?」
「すでに基礎は出来てる。なんたって4歳の時からこの俺が直々に指導してるんだからな。今のお前の演技力は同年代の役者が裸足で逃げ出すレベルだろうよ。」
役者として必要なのは演技力だけではないと監督はよく口にしている。だから他のスキルや知識を付けろと。裏方の仕事を学ぶのも役者として重要であり、映画の編集作業はその一環というわけだ。
監督は続ける。
「お前は頭が良い。それに演技もそうだが器用になんでもそつなくこなす。だが強烈な個性はない。お前が役者としての持ち味を最大限生かそうと思ったら、映画製作のすべてを理解して、周りを巻き込んで全体のレベルを底上げしてくれるような役回りが最適なんだ。」
「分かってるよ。でもいい加減編集ばっかりもしんどい。最近、俺の事都合よく利用してないか?」
「ああ、してるとも。そんくらい良いだろ。小遣いもやってるんだから。」
「まあ、監督だから許すけどさ・・・。」
こんな会話でも、監督が相手なら嫌とは思わない。お姉ちゃんやミヤコさんとはまた違う安心感がある。監督は俺のことを大事に育ててくれている。役者としても、人としても。
「おい、早熟、電話じゃねえか?」
「ああ。・・・お姉ちゃんからだ。」
スマホを取り、電話に出る。電話の向こうのお姉ちゃんは泣いていた。どんより落ち込んだ様子で、オーディションには落ちたと告げられる。
「その様子だと、ルビーはオーディション落ちたのか?」
「そうみたいだ。」
「まあ、そんなもんだ。あの子は相当美人だし、そのうちどっかで引っかかるだろ。」
「当たり前だ。お姉ちゃんだぞ。こんな逸材は母さんを除いて他にいない。」
「・・・このシスコンが、姉弟愛が過ぎるぞ。」
双子の姉だ。ちょっとくらい贔屓したって良いだろう。
・・・
「「スカウトされた!?」」
「そう!いわゆる地下アイドルなんだけどね!」
お姉ちゃんがスカウトされたとはしゃいでいる。瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべ、それはもう見事に浮かれている。
大丈夫なのか、というのが率直な感想だ。ミヤコさんも概ね同じだろう。どういう契約なのかちゃんと確認したのか。そもそもアイドルグループを騙る詐欺なのではないか。どうしても気になる。
お姉ちゃんは何というか、ちょっと抜けているというか・・・。こんな言い方はしたくないが詐欺に引っかかりやすそうな性格をしている。
もちろん、アイドルとしての才能は疑いようもない。スカウトマンは見る目がある。お姉ちゃんは顔も可愛いし愛嬌もある。スタイルは抜群で、長い手足を生かしたダンスには花がある。性格の良さもにじみ出ているし、嫌われる要素もない。
お姉ちゃんは芸能の神に愛された人間なのだ。他のアイドルなど比較にならない。・・・もちろん母さんは別だが。
そんなお姉ちゃんが、ずさんな運営のグループに所属するなどあってはならない。可能な限りまともな運営、出来ることなら苺プロの所属でアイドルになってもらいたい。別に寂しいわけではない。
お姉ちゃんをスカウトしたというグループに関しては、ユーチューブの動画があったため一応アイドルグループとして活動していることは確かめられたが、まともな運営なのかはやはり精査が必要だろう。
後日、俺はスカウトした事務所の調査に乗り出した。結果はクロ。お姉ちゃんを任せるに値しない運営体制であることが分かった。
「なあ、ミヤコさん。とりあえずこのグループにお姉ちゃんを入れるってのは無しだよな。」
「ええ、そうね。ルビーを説得するのは大変そうだけど。」
「あんなひどい運営にお姉ちゃん預けるよりずっとマシだ。とにかく、何とかして考え直してもらう。」
「分かったわ。」
ミヤコさんもあの運営にお姉ちゃんを任せることには反対のようで安心した。
お姉ちゃんがずさんな運営の犠牲者になるなどあってはならない。彼女は芸能界の至宝であり、なんと言っても俺の大好きなお姉ちゃんだ。
もしあのグループに入ることをミヤコさんが許可しようものなら、俺は探偵を雇ってネットに情報をバラまいててでも阻止しなければいけなくなるところだった。
・・・冗談で言ってるわけじゃないぞ?
復讐とかなくても意外と原作のストーリー通りに進められるなーと思う今日この頃。
私の貧相な想像力ではバタフライエフェクトが起きない。