めっちゃ怖い眼鏡のおじさんが怒鳴り込んできて、吉住さんをガン詰めしている。見ているこっちが胃が痛くなりそうな剣幕だ。
「テッペンまでに上げろって言ったろ!」
「すぐアップしますんで!」
「遅いんだよ! 編集するのは俺なんだぞ!」
「すみません……」
吉住さんはもう限界まで働いてるのに、これ以上発破をかけても早くはならない。そんなことは高校生の私にも一目瞭然だった。
それでもおじさんは怒鳴るのをやめない。
「あと絶対に取材拒否の飲食店に取材してみたのアポどうなってる!?」
「全部断られました!」
「バカ野郎! そこをどうにかするのが腕の見せ所なんだろうが!」
うわぁ……
無茶ぶりが過ぎるよ。絶対に取材拒否なんだから断られて当然じゃん。それをどうにかって、そんな事したら普通にお店に迷惑じゃないの?
「仕事できねえなら辞めちまえ! お前みたいなのが周りの足を引っ張って迷惑かけてんだ! 分かってんのかオイ!」
「すみませんすみません……」
吉住さんはただ平謝りだ。どう見ても吉住さんは頑張ってるのに、どうしてここまで怒られなきゃいけないんだろう。
世の中って理不尽だ。
・・・
「ああ、それ制作会社の漆原Dだな。」
家に帰り、部屋でくつろぐアクアに今日あった事を話したらすぐに名前が出てきた。やっぱりあれだけ理不尽に怒鳴り散らすおじさんは周囲の人間には悪い意味で覚えられちゃってるんだろうね。
で、さらっと言ってたけど制作会社ってなに?
「制作会社?」
「局の制作班だけじゃ人手が足りないから外部の制作会社のスタッフも制作に携わることが多い。漆原はそこのディレクターだ。」
「ディレクターって偉いの?」
「お姉ちゃんは本当に何も知らないな……」
アクアはおもむろに立ち上がると紙とペンを持って戻って来た。
そしてスラスラと図を描いて説明を始めるんだけど、その図がとっても可愛いんだよね*1。
『バラエティスタッフのお仕事』というタイトルはリボンの形をした枠で囲んである。左右の端は影になっていて、器用に端から徐々に影が薄くなるようにグラデーションになっている。ボールペン一本でここまで表現できるとは凄いな。
そして周囲にちりばめられた丸っこいフォルムの星たち。説明には明らかに不要なのに私の為につけてくれたのかな。
描き進めながら説明も同時進行だ。
「こういうバラエティは大体4班位に分かれて番組を作る。プロデューサーや演出家の下に幾つかの班があって、Dは班のリーダーって感じ。ADはその補佐だな。」
「へー…毎回同じチームで作ってるんだと思ってた。」
「漆原Dは元々キー局の社員だったんだけど、色々問題起こしてクビになって今の制作会社に移ったらしい。」
「あーーー」
やっぱりそういう人だったんだ。あれは確かにパワハラとかそういうのに厳しい会社だったら偉い人に怒られそうな感じだよね。
「現に漆原班はADが一人休養中で今は実質AD一人って聞いた。」
「そうなんだ。」
「……お姉ちゃんが現場の事気にするとは意外だな。どういう心境の変化だ?」
「いやそれが、吉住さん働き過ぎで今にも倒れそうでね? 何とかしてあげたいんだよねー。」
「なんでそこまでADに入れ込むんだ? 壱護さんのアドバイスでADに優しくしろとは言われたけど、勝手につぶれるなら仕方ないだろ。」
当然の疑問だね。一介のADのをここまで心配する必要は確かにない。
でも私はADを助けたいんじゃない。妹を愛するお兄ちゃんを助けたいんだ。お仕事を頑張るお兄ちゃんと、それを健気に応援する内気な妹。もうこれだけでご飯3杯は軽くいける自信がある。守らなきゃ。この素晴らしい兄妹を。
「だって吉住さんは妹を愛するお兄ちゃんなんだよ。同志だよ、同志。ADとかそういう事じゃないの。一人のお姉ちゃんとしてお兄ちゃんを救いたいの。」
「ああそういう。」
アクアは一発で納得した。理解が早くて助かるよ。
やっぱりお姉ちゃんの弟なだけあって、仲の良い兄妹の貴重さを良く分かってるんだね。
「そういう事ならお姉ちゃんの好きにすればいいんじゃない? 俺も漆原Dの事はあまり好きじゃないし、吉住さんには同情するところもある。」
「あれ、アクアがはっきり人を嫌いって言うの珍しいじゃん?」
「漆原Dはちょっと許せないんだよ。」
アクアは語る。
漆原Dはやり方が汚いのだと。やっちゃいけないことほど面白いというポリシーで迷惑をまき散らしながらそれをエンタメとして消費するやり方が気に入らないと。
「俺も今は映画作ってるからさ。クリエイターとしての誇りって言うか、やるならちゃんとやりたいって気持ちがある。漆原Dのやりかたは俺から見れば邪道なんだよ。」
「そうなんだ。」
確かに深掘れワンチャン!!はギリギリな企画が多いし、沢山の人に迷惑をかけているし、人が嫌がる姿を面白おかしく切り取ってコンテンツにしている節はある。
アクアは賢いけど真っ直ぐな子だ。数字を取るために仕方なく過激な内容のコンテンツを作り続ける必要があると頭では分かってる。でも心の奥底では納得いっていない部分もあったんだろうな。
漆原Dはその筆頭。気に入らないわけだ。
話が終わるとアクアは再び机にかじりついて何やら絵を沢山描き始めた。絵コンテだっけ? 映画の色んなシーンを分かりやすく伝えるために頭の中のイメージを絵にしてるんだ。
結構上手いな。意外な才能を見つけてしまった*2。
・・・
今日は何日かぶりにつーちゃんが遊びに来てくれた。
「つーちゃん、今日は何して遊ぼっか?」
「おやつ!」
「はいはい、まずはおやつにしましょうね。」
我が家には様々なお菓子が常備されている。アクアや私が食べるものは勿論、鏑木さんなどの来客が来た時のためのお茶請けなんかがそうだ。そしてつーちゃんが苺プロに来てからはそこに駄菓子も加わることになった。
補充するのは私の役目だ。最近はつーちゃんの好みもなんとなく把握出来てきたので喜んでもらえることが増えた。
「はいどうぞ。」
「あ、チロルチョコだ!」
つーちゃんは甘いものがお好みだ。アクアはしょっぱい系の合間にチョコを一口食べたりするけど、つーちゃんは甘いものだけ食べても飽きないタイプ。
いつか一緒に大きなパフェとか食べたいね。
チロルチョコの包装を剥き、中身をゆびにつまむ。普通にあーんしたんじゃつまらないな。ここはちょっとした遊びを考えてみようか。
ゆっくりチロルチョコをつーちゃんのお口に近づけていく。するとつーちゃんの視線はチョコに釘付けになり、親鳥から餌を貰う小鳥のようにあんぐりと口を開けて待機する。
その状態でキープしてみる。
口を開けたままぱっちりと開いた可愛いお目目がチョコから私に向けられる。
「
お尻でぴょんぴょんと小さく跳ねながらん!ん!と可愛くお菓子を要求してくる。信じられる? この子一応神様なんだよ? それがこんなに可愛い妹になっちゃうんだから驚きだよねぇ。本当に何を思ってこんな子を神様の器に選んだんだろう。
やっぱり私へのご褒美? いや違うか。
「んんーーー!!!」
「ああごめんごめん。はい、慌てないでゆっくり食べてね。」
つーちゃんが我慢の限界を迎えてしまった。私としたことが、考え事に夢中になってつーちゃんの事を待たせてしまうなんて。とんだ失敗だ。
ひょいとお口にチョコを放り込むが、機嫌は直らない。
「もう! お姉ちゃんのいじわる!」
「ごめんね、ちょっと考え事してたの。」
「もう一個くれたら許してあげる。」
「つーちゃんは優しいね。」
「でしょ?」
じゃあ今度はいじわるせずにもう一個だね。つーちゃんが一番好きなフルーツ餅を開けちゃおう。
「フルーツ餅!」
「待っててね。今あーんしてあげるから。」
つまようじを一本取り出し、お餅にぷすり。もう一個、いやもう二個刺しておくか。お詫びのしるしにいつもはやらない三個同時喰いを許可しちゃう。
「はい、あーん。」
「三つ! 三つだ!」
「そう三つだよ。一気にいくよー! でも気を付けて食べてね。」
「はーい。」
ひょい。ぱく。おいひい。どういたしまして。
今日も苺プロは平和です。