ADの仕事はたった一つ。やれと言われたことは全部やる事。
ロケ場所探し。ネタや取材対象のリサーチ。野次馬に頭を下げてカメラマンの真似事したり、Dの手伝い押し付けられたり。
エキストラの手配。ロケ弁の手配。移動手段の手配。書類コピー。コーヒー淹れ。荷物持ち。いわゆる雑用の全て。言われたらトイレ掃除だってやる。
定時に仕事が終わりっこなくて、家に帰って秘密の残業。睡眠時間は3時間。若者のテレビ離れが叫ばれる昨今、番組予算は全盛期の半分以下になり……そのしわ寄せは現場に降りてくる。人手は減ったのに3本撮り4本撮りは当たり前になってきて…
正直、漆原班以外に配属されたってまともな労働環境ではなかっただろう。
で、次の仕事が決まった。コスプレイヤーの取材だ。夏コミが近いことと、今流行ってる『東京ブレイド』の人気にあやかっての事だろう。
そしていつも通り漆原さんからの有難いお言葉。
「一応言っておくぞ? ふつーーーのコスプレイヤーじゃ話にならねぇからな?」
言っちゃいけないことほど面白い、でしょ? 分かってる。
社会人としては間違いなくアウトな人間な漆原さんだけど、番組は確かに面白い。熱意もある。覚悟もある。
でも今の時代とは相いれない。やり方が古いんだ。
もっと創意工夫を凝らして、今あるルールの中で面白いコンテンツを作らなきゃだめだ。酒の席の冗談じゃないんだから、プロらしく真っ当な方法で面白くする方法を捻りだすべきだと考えている。
その点で僕と漆原さんは決定的に相いれないのだった。
僕は殆ど予想通りの忠告を一応顔だけ真剣に聞き、僕は取材対象のリサーチを始めた。
ところが。
「早くもめぼしいレイヤーさんは全滅か……」
番組の方針にマッチする、というか漆原さんのお眼鏡に適いそうなレイヤーさんをざっとリストアップ。そして片っ端から連絡を試みたものの色よい返事は一つとして貰えなかった。
東ブレはやってない。お金関係の話はNG。普段から加工してるので映像は駄目。などなど。
極めつけはTV撮影そのものに拒絶反応があるという返答。これが結構多い。コスプレイヤーはTV業界を信用していないのだ。理由は定かではないが、深掘れワンチャン!!のような悪趣味な取材がTV業界で横行しているのという事実と無関係ではあるまい。
テレビ業界に携わる人間の一人として、申し訳ない気持ちになった。
・・・
深掘れワンチャンの収録日。
僕は相変わらずスマホでコスプレイヤーを探していた。スタジオでは4本分の収録をようやく終えて演者さん達が楽屋へと戻っていくタイミング。そんな中星野アクア君が一人スタジオでスマホを弄る僕に真っすぐ近づき、声を掛けてきた。
「吉住さん、お疲れ様です。お姉ちゃんがお世話になってるみたいですね。」
「ああアクア君。どうも。」
「お姉ちゃんに聞いたんですけど、今東京ブレイドのコスプレイヤーを探しているそうですね。そして中々出演依頼に応じてくれないと。」
「ええ、まぁ、その通りですよ。」
「どんな内容で応募をかけてますか?」
「何が聞きたいんです?」
一介の演者が制作側の事情にここまで深く首を突っ込みに来るなど、何か事情が無ければあり得ない。純粋に不思議に思い、僕はアクア君に尋ねた。
アクア君は至って真剣に、こう答えた。
「単刀直入に言うと、節度を守らない取材をまた強行しようとしているんじゃないかと思ってまして。吉住さんは漆原さんの班ですよね。深掘れワンチャン!!のコンセプト的にきわどい取材が多くなるのは分かりますが、その中でも彼のやり方は特にひどいと感じています。」
真っすぐな眼だった。
やり方がひどい? そんなの分かってる。分かりきってるんだよ。僕だってこんなことはやりたくない。東京ブレイドに愛を持って接するコスプレイヤーを集めて、作品愛やコスプレ愛を思う存分語ってもらい、それを面白いコンテンツに仕上げたい。
だがそれは出来ないんだ。漆原さんという人間が上に居て、僕がその下で働くADである以上は。上司の言う事は絶対。これが社会人というものだ。
と、言って聞かせることも出来るのだが、今はそれどころじゃない。
ここは適当に誤魔化してお引き取り願おう。
「大丈夫ですよ。漆原さんのやり口は確かにあくどいですけど、このリサーチは僕がやってますから。そう酷いことにはなりませんよ。では僕はこれで。」
「待ってください。」
しかし呼び止められてしまう。
「最後に一つだけ教えてください。吉住さんは現状に満足してますか? 漆原さんのやりかたとあなたの働き方について。」
「してるわけないですよ。」
「分かりました。」
それだけ言うと彼は控室へと戻っていった。
・・・
自宅に帰って秘密の残業中の事。
PCとにらめっこしながらなんとかして取材に応じてくれるコスプレイヤーが居ないかとリサーチをしていたところ、自室の扉をノックする音が聞こえた。ミミが部屋を訪ねてきたようだ。
いつものようにフードに猫耳が付いたパーカーに、下半身は短いスカートとニーハイソックスの黄金コンビ。絶対領域が光り輝いている。
今日もミミは最高に可愛いのだ。仕事の疲れも吹き飛んだ。
「にーちゃん…タイプCのケーブル……無い? 出来ればサンダーボルト規格のやつ……」
「何に使うの?」
「3DモデルをVRで動かせるかテストしたくて…」
おどおどと話しかけてくるミミ。彼女は極度のコミュ障で、兄である僕相手ですらこのレベルの会話が精一杯だ。見知らぬ人間との会話や電話など出来るはずもなく、高校へも行かずに引きこもっている。
世話の焼ける妹なのだ。だからこそ、にーちゃんがしっかりしないとな。
目的のケーブルをミミに渡すと、ミミは部屋を去らずに僕のPCを見つめる。そこにはコスプレイヤーの名前のリストが映っており。
「にーちゃん、それ、何?」
「ああ、これは今度コスプレイヤーに取材するって言う企画をやるからそんリサーチだよ。いまちょっと人が集まらなくて大変な状況なんだ。」
「へー、大変だね。」
ミミもコスプレをしている。容姿も良いしツイッターのフォロワー数も多い。漆原さんのお眼鏡に適うはずだ。
一人のADとしてミミというコスプレイヤーを番組に出さない理由はない。
だがTVの取材などミミにやらせればそれは途轍もないプレッシャーとストレスをかけてしまう事になるだろう。ちょっとした外出でさえ気合を入れて臨むほど家の外が苦手だというのに。僕の仕事の都合でミミにそんな辛い思いをさせるなど断じて許さない。
……そう考える。普段なら。
だが僕は追い詰められていた。
漆原さんのパワハラに過重労働、そして思ったように進まない企画のリサーチによって心身共に疲れ果てていたのだ。だから、兄としてあるまじきことに、妹を犠牲にする選択をしてしまった。
番組に出てくれと。
「ええっ!? むっ……むりむりテレビはむり! ミッ…ミミ宅コス勢だし、加工凄いし。」
「頼むって…! お前コスアカも結構フォロワー多いしDも納得すると思うんだよ。」
「ええ~~! そっ、そもそも! ミミの仕事なんだと思ってるの!? 絶対声でバレちゃうから!」
声を荒らげて反対する妹。
しかし追い詰められた僕はもうなりふり構っていられなかった。ミミが持っているサブアカやグッズ取引用のアカウントなど、ストーカーまがいの行為でミミの行動を監視していることを告げ、僕の悪口の書き込みも番組に出るなら不問にすると持ち掛けた。
冷や汗を流し、苦悶の表情を浮かべるミミ。しかし僕はそんな妹の心境を思いやるだけの余裕はない。ただただ追い詰めていく。
「どうなんだ? 出てくれるのか?」
「ひ……ひきょうな……」
これでミミの出演は決定。何とか番組が成立しそうなラインを達成することが出来、一安心だ。
しかし素直には喜べない。
「その、ありがとうな。にーちゃん助かったよ。」
「にーちゃん……酷いよ……」
「本当にごめん……」
ノルマを達成し心に余裕が戻ってくれば、忘れていた罪悪感が首をもたげる。胸が締め付けられるようだ。
僕の心はますます荒んでいった。