「にーちゃんのバカ! 最悪! ミミを無理やりTVに出すなんて!」
自室に戻り、思いの丈を吐き出す。
これだけ大きな声、と言っても私の声は小さいから大したことは無いのだけど、隣の部屋にいるにーちゃんには聞こえているだろう。あんなひどい仕打ちを受けたんだ。これ位仕返ししたってバチは当たらない。
私は吉住ミミ。引きこもりのVチューバーだ。
元々人と話すのが苦手で中学の頃から引きこもっている。でも幸いなことにルックスにはそこそこ自信があって、試しにコスプレとかしたらネットで人気が出た。
色んな人からコメントを貰ったり、再生数や登録者数が増えていくのが楽しかった。
そうして配信を楽しんでいるうちにどんどん過激になって、胸とか太ももとかを映すと大きな反響があるって分かって。エッチな配信をすれば沢山の人が私を見てくれるって事に気づいてしまった。
子供ながら、なんとなく良くない事なんだろうなと思ってた。でも人に褒められるのが嬉しいから、やめようとは思わなかった。
ある時凄くエッチなコスプレをして配信しているところをにーちゃんに見つかった。
凄く怒られた。
それ以来私はエッチな配信はやめた。表面上は。
結局別のアカウントを作って、エッチな配信はそっちで隠れてやるようにした。だって色んな人に可愛いねって言われるのが嬉しいし、きわどい服装をすれば面白いくらい反響があったし。
にーちゃんは口うるさくて、ストーカーみたいで、陰キャだ。はっきり言って嫌い。でもにーちゃんはいつだって私の事を見てくれるし、口うるさいのもストーカーみたいなのも全部私の為にやってることだ。
だから本当に嫌いなわけじゃない。居なくなって欲しくは無い。
そんなにーちゃんが私を脅して無理やりTVの取材を受けさせるなんて信じられなかった。顔出しはしない方が良いとか、将来の事を考えろとか、いつも小言を言ってくるくせに。
「何であんなこと言うの? にーちゃんはいつもミミの味方なのに……」
本当は分かってた。にーちゃんはもう限界なんだって。
毎日ほとんど寝ないで仕事ばっかり。電話にでれば怖いおじさんの怒鳴り声ばっかりが聞こえてくる。いつも怒られてて、にーちゃんは謝ってばかり。穏やかに話してることの方が少ないくらいだ。
元々明るくも無い顔がどんどんやつれて行って、お仕事中の表情はいつも険しい。
あんな生活をしていたら体がもたない。世間知らずのミミだってそれ位は簡単に分かる。
にーちゃんはついに壊れてしまったのかもしれない。後先考えずにただ目の前の仕事を片付ける事しか頭に無くて、私の事を考えることが出来なくなってるんだ。
「にーちゃん、大丈夫かな……」
酷い仕打ちを受けたにも関わらず、なんだかんだ心の奥底ではにーちゃんが大好きな私だった。
・・・
「にーちゃんのバカ! 最悪! ミミを無理やりTVに出すなんて!」
隣の部屋からミミの声が聞こえてくる。
「ごめん。本当にごめん……」
ミミを加えてどうにか最低限の人数は揃った。明日の朝一で漆原さんにリストを渡せば僕の仕事は一旦お終い。どうにか無理難題を切り抜けることが出来た。
だが失ったものは大きい。
僕は何のためにTVマンになったんだっけ? 僕は学生時代から大してやりたいことも無くて、真面目だけが取り柄の男だった。確か、毎日家に籠ってTVやユーチューブに夢中になるミミを見て、僕がもっと面白い番組作ってやれればいいのにな、とか思ったのが始まりだった気がする。
僕には野心も何もない。だったらミミの為に働けばいい。そんな感じだ。
それがどうだ。TVの企画を成功させるためにミミを利用してしまった。僕はこんなことをしたかったのか? まるで真逆なことをしているじゃないか。
じゃあやめるか? 今からミミの出演を取り消して、編集で尺を伸ばして切り抜ける?
そんなやり方じゃ漆原さんは納得しないだろう。それだけじゃない。企画がつまらなければ番組の再生数も下がる。それは会社の利益に直結する。僕の一存でそんな事態を引き起こす選択など取れるわけが無い。
いろんな人の思惑があって、立場があって、生活が懸かってる。漆原さんに怒られるとかそういう問題じゃない。
仕方がない。こうするしかなかったんだ。
僕は自分自身に必死に言い訳をしながら、その日も回らない頭で早朝まで作業を続けた。
・・・
ある日にーちゃんが仕事から帰ってきて早々、とんでもないことを言いだした。
「ミミ、本当に申し訳ないんだけど、明日の衣装東ブレじゃない奴にしてくれないか。著作権的に問題ない奴で頼む。ちょっと東ブレの許諾が取れなくて……」
「ええっ何それ…今更過ぎない?」
「今更過ぎだよ。今方々に謝罪しまくってるけどさぁ。あっ、てかルビーちゃんの衣装どうしよ!」
「今から新しいの作るなんて絶対無理だからね。」
「でもタレントさんに下手なの着せられないし……」
今は夕方の5時。取材は明日。こんなタイミングでコスチュームの変更なんて、あり得ない。コスプレの衣装をなんだと思ってるんだろう。ちょっとユニクロで買ってくるのとは訳が違うのに。
目の前であにーちゃんがあわただしくメッセージのやり取りをしている。
話を聞けば間違えたのは漆原さんらしい。でも取材の申し込みをしていたのがにーちゃんだから、謝罪はにーちゃんの仕事。となれば当然、コスプレイヤー達からの恨みつらみを直接ぶつけられるのもにーちゃんって事になる。
物凄く怒った顔をしたかと思えば急に狼狽し始めて、落ち着いたら頭を抱えて唸りだす。明らかに普通じゃなかった。
「にーちゃん、大丈夫?」
「うるさいなぁ、ちょっと黙ってて! 今忙しいんだよ!」
「ひゅっ…。ご、ごめん……」
突然の怒鳴り声に体が強張る。電話越しに聞こえる漆原さんの怒号に比べればなんてことはないけれど、私には凄く堪えた。
直後、にーちゃんは顔面蒼白になり。
「ミミ……! ごめん。ミミは何にも悪くないのに……。」
「あ……だ、大丈夫。」
そしてまたPCに向き直り、ひたすら謝罪を続けた。
・・・
取材当日。
「ミミ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ兄さん*1。」
兄さん呼びか。よそ行の口調に変わってるな。
僕とミミが兄妹であることは秘密にしているから、夏コミの会場までは別々に向かう事にした。それはつまり、ミミを一人で電車に乗せ、あの人がごったがえす会場を歩かせるという事だ。
ごめんミミ。耐えてくれ。
会場でルビーちゃんとミミ、それからその他のレイヤーさんと合流。一通り挨拶とコスチューム変更の謝罪をした後、軽く流れの説明をする。この時ルビーちゃんにこっそり事情を伝え、ミミについてやってくれるように頼んでおいた。
撮影は順調に進んでいった。
『アダルトの収益ってぶっちゃけどのくらいですか?』
『ちょっとそういうのは……』
『やっぱりカメラマンと付き合ったりするんですか?』
『そういう子もまぁ居ますけど。』
『コスプレしたままHしたことありますか?』
『……』
漆原さんの用意した下種な質問をぶつければ、その度にレイヤーさんは愛想笑いをしながら誠意ある対応をしてくれた。
いっそ怒鳴ってくれた方が気は楽だったのに。
順にインタビューを進めていき、ミミの番がやって来た。
きわどいコスチュームに身を包んだミミをカメラの前に立たせ、容赦のない質問をぶつけていく。自分の言葉で可愛い妹を追い詰めていくだけの簡単なお仕事だった。
『やっぱりチヤホヤされるのが好きなの?』
『えーっと、褒められるのは嬉しいです。』
『今日の衣装もきわどいよねー。やっぱりそういうの狙ってる感じ?』
『あはは……』
『学生なんだよね? 学校では人気者なの?』
『えっと学校は……その……』
『答えなくても良いですよ。体調が宜しくないみたいですね。この辺にしておきましょうか。』
予定された質問を幾つか残し、インタビューを切り上げた。ミミの手が震えてたから。
「オイ吉住! 何途中でやめてんだよ! もっと面白れー質問もあっただろ!」
「すみません! でも流石に高校生にあの内容の質問はちょっとマズいですよ。」
「良いじゃねぇか。あんなきわどい服着た奴だぞ? ちょっとおだてりゃ調子に乗って何か言うだろ。」
「あはは……気を付けます。じゃあ次があるんで。」
「ったく、ちゃんとやれよ。」
漆原さんの大きな声は、周囲のレイヤーさんにもしっかり聞こえていたことだろう。彼女たちが何を思うか、想像に難くない。
撮影自体は滞りなく終了した。しかし後味は最悪だ。
レイヤーの皆さんはテレビの取材にリスペクトを持って対応してくださった。僕の指示にもきちんと従ってくれた。
しかしこちらはどうだ? 突然のコスチューム変更、不躾な質問、そしてコスプレイヤーを見下した発言の数々。恩を仇で返すという言葉をそのまま体現したかのような所業だ。
だが悔やむ暇すらない。取材が終われば次の作業が待っている。
「吉住。編集は任せた。今日中……いや明日の朝8時まででいい。」
「分かりました。」
徹夜になるだろうから、家で作業したほうが良いか。今月の残業時間、どれくらいだったっけ? オーバーしないように気を付けないとな。
そうそう、次の企画の提案資料も作らないと……