「第一回吉住さん救出作戦会議を開催します!」
ルビーちゃんが声高に宣言する。
例の夏コミでの取材の翌日、いつものように私の家でB小町chの動画撮影が終了した時の事だ。いつもより早めに撮影を切り上げ、ミヤコさんがカメラのスイッチを切ると同時に会議が始まる。
まずはルビーちゃんからの問題提起。
「皆が知っての通り、深掘れワンチャン!!の吉住ADが漆原Dにこき使われて大変な目に遭ってるの。吉住さんと言えば妹思いの素晴らしいお兄ちゃんで、私としては絶対に助けたいわけ。もう心の友って感じなの。」
それは良く知ってる。私もかなちゃんも。
深掘れのお仕事の翌日は大体吉住兄妹のお話だもんねぇ。よっぽどそのADさんの兄妹関係が好きなのか、いっつも楽しそうに教えてくれる。
お姉ちゃんちょっと嫉妬しちゃったくらいだよ。
「でね、昨日夏コミでコスプレイヤーに取材する企画をやったんだけど、なんとそこには吉住さんの妹のミミちゃんが来てたんだよ。やっぱり妹ちゃんもちょーかわいくて! 吉住さんの代わりにミミちゃんの事ずっと見ててあげたんだけど、人見知りなのかずっと私の傍にぴったりついて離れないの。どこに行くときも後ろをついて回ってきて……」
「ルビー、本題を忘れてないでしょうね?」
話が横道に逸れ始めたところで社長からの鋭い突っ込み。議長役が様になっている。
「ごめんごめん。えっと、深掘れワンチャンの取材と言えば地上波では出来ないギリギリを攻めるっていうのがコンセプトなんだけど、それって取材される側からするとすごく迷惑なわけ。で、昨日の撮影で吉住さんはミミちゃんを取材に呼んでひどい質問を沢山して、ミミちゃんが落ち込んじゃって……」
「ちょっと待ちなさい。吉住ADは妹が可愛くてしょうがないって言ってたじゃない。どうしてそんな取材に呼ぶのよ。」
「そこなんだよ先輩! 吉住さんは追い詰められてるの。今回の取材では取材を受けてくれるコスプレイヤーさんが全く集まらなくて、泣く泣くミミちゃんを呼んだってわけ。ひどくない!?」
全くひどい話だ。営業マンがノルマ達成の為にに友人や知り合いに営業を掛けたりするって話はよく聞くけど、それに近いものを感じる。
何となくその組織の体質というものも見えてくるというものだ。
「で、ルビーちゃんはどうしたいの? 聞いた限りじゃ件のDに何を言っても改善は難しいと思うし、何よりルビーちゃんはそういう事を言える立場じゃないよねぇ?」
「そうね。鏑木さんあたりが言えばDを飛ばすくらい出来るかも知れないけど……。なんだかんだあのDって面白いじゃない? 鏑木さんがそういう人を切るとも思えないのよね。」
私もかなちゃんも良い考えは思いつかない。
が、ルビーちゃんには考えがあるようで。
「私は吉住さんとミミちゃんを苺プロにスカウト出来ないかなって思ってるの。ミミちゃんは有名なVチューバーだし、吉住さんはなんでも出来るスーパーマンだからうちにとっても良い話だと思うんだ。」
「それって吉住ADを引き抜くって事になるんじゃないの?」
「確かにかなちゃんの言う通りあんまり歓迎される行為じゃないけど、今回は問題にならないと思うよぉ。吉住ADの労働状況を見れば転職して当然だし、苺プロと制作会社がライバル関係にあるわけでもないし。なるほどADを引っこ抜くって手があったかぁ。」
そもそも違法行為でも無いしね。会社を辞めるのも別の会社に行くのも一人の人間が自分の意思で決めることだ。少なくとも表向きは。
「じゃあ決まりだね。吉住さんとミミちゃんをスカウトしよう!」
「会議は終わり?」
「うん。」
「初めから全部決まってるじゃない。どっちかって言うと所信表明だったわね。」
「そうともいうね!」
取り敢えず吉住兄妹をスカウトするってことは決まりで良さそうだ。
吉住AD。彼には会ったことは無いけれど物凄く興味がある。妹の為に身を粉にして働くお兄ちゃんと聞けば自分と重ねてしまうのも当然の事。
自分だってつい最近までは激務で倒れそうに……じゃなくて倒れたりしてたわけで。
そういう人間は外から無理やりにでも働くのをやめさせないと死ぬまで頑張り続けちゃうってことを身をもって知っている。しかも彼には可愛い妹がいてお兄ちゃんが大好きとなれば助けたくなって当たり前というものだ。
「ルビーちゃん! かなちゃん! 絶対に吉住さんを助けようね!」
だからこんなに張り切ってしまうのも仕方がないよね。
皆が帰ってからも個人的な作戦会議は続く。
まず気になるのは番組の炎上だ。夏コミの取材が終わった直後にツイートされたメイヤさんの抗議が拡散され、番組側のリスペクトの無い取材のやり方が叩かれている。
その内容はおおむねルビーちゃんのから聞いていた通り、制作会社のD、つまりは漆原さんの事だけど、その人がコスプレイヤーさんにセクハラをしたとか酷い質問をしたとかって言う事が書かれてる。
この件をきっかけに漆原Dについて調べた人間が居るらしく、過去の漆原Dの所業なども事細かに公開されていた。元々キー局のディレクターで腕は確か。でもあまりの素行の悪さでクビになったと。
漆原Dが原因で働けなくなった人間も一人や二人ではなさそうだとの記載もある。というか今も吉住さん以外にも一人のADが休養中だったっけ。
ADを責めるような意見はない。それどころか人使いの荒いDの被害者としての側面が強調されているみたいだ。
とりあえず吉住さんが悪者にされる展開は無いっぽいねぇ。良かった良かった。
で、次は妹ちゃんだけどなんとびっくり。あの有名Vチューバー『
チャンネル登録者数は30万人。しかも個人勢で。こう言っちゃなんだけど鈴音コミミはずば抜けて話が上手いわけでもなければ特別な芸を持っているわけでもない、普通のVチューバーだ。私と同じように高い頻度で配信を続け、地道にファンを増やしてきたタイプだろう。
コラボも定期的にやっているのは知ってるけど、ルビーちゃんから聞いた話だとその交渉は全てお兄ちゃんがやっているらしい。
何でもできるスーパーマンという評価もあながち嘘ではないってことだ。
「これは物凄い戦力になりそうな二人組だねぇ。てか、お兄ちゃんの方は壱護さんが来る前の私そのまんまじゃん? ますます親近感わいちゃうなぁ。」
一人のお姉ちゃんとしても、苺プロに恩を感じている一人のビジネスマンとしても、この件は絶対に成功させたいと強く決意した。
・・・
翌日。
朝から苺プロに突撃。壱護さんをひっつかまえて話を聞いてもらう。
「……と言う感じでMEMちゃんねるとしても鈴音コミミとコラボも出来ますし、これを機にスカウトするのは悪くないと思うんですよ。でそうなると兄の吉住さんもセットになります。コラボの交渉とかは全部お兄さんの担当らしいので。」
一通り説明し、反応を待つ。
少し考え込んだ後、壱護さんは口を開いた。
「その二人をスカウトするって話には賛成だ。願ってもねぇくらいだ。出来るんならぜひ引き抜いてくれ。で、それとは別に話があるんだが……」
壱護さんの考えはまた少し違った視点だった。
この混乱に乗じてかなちゃんと私を深掘れワンチャンに出演させようというのだ。
メイヤさんは私の知り合いで、以前B小町の動画でコラボしたことがある。今回深掘れワンチャンに出演したのもその縁でルビーちゃんが誘ったのがきっかけだ。
そこで、うちが主導でメイヤさんを説得して番組に出てもらい、そこで漆原Dの謝罪を受けてもらうという企画を思いついたらしい。
ルビーちゃんは今回の事件で言えば被害者側だし、メイヤさんを説得することも出来るかもしれない。アクたんの伝手でアビ子先生なんかも呼べれば最高だ。
「売れる時に恩を売っとけ。いいか? 混乱はチャンスだ。弱小事務所は正攻法でやってたらじり貧なんだよ。」
「今回で言えばメイヤさんを番組に引っ張ってくる代わりに私とかなちゃんを番組で使ってもらうってことですかね?」
「ああ、その通りだ。お前も有馬もトークは得意だろ。どんどんバラエティ番組に出てった方が良い。それに」
「それに?」
「お前らは3人揃った時が一番魅力的だ。」
真顔で言われると照れちゃうなぁ。
でも、確かにそうだ。B小町の活躍の場が増えるならそれに越したことは無いし、皆で一緒に仕事したいし。
「分かりました! メイヤさんに連絡とってみます!」
「おう。企画は俺の方で練っておく。色々聞くこともあるだろうからその時は頼むな。」
「24時間体制で受け付けます!」
「いや寝ろよ。」
こうして吉住兄妹引き抜き作戦と深掘れワンチャンに恩を売る作戦が同時進行で動き出したのだった。
忙しくなるぞぉ。