作戦会議、もとい所信表明の次の日。
学校から帰るとMEMちょが事務所にスタンバイしていた。何やらレポートのようなものを机に広げている。
A4の紙で10枚くらいあるかな。
昨日の今日でもうそんなにちゃんとした資料が出来てるの? 私はちょっと吉住さんの所に行って転職のお誘いをするくらいに考えてたんだけど、ちょっとガチ過ぎない?
「ただいま。MEMちょどうしたの?」
「ルビーちゃん。かなちゃん。とりあえず色々考えて作戦をまとめておいたから。まずはこの企画書を持って吉住さんの所へ行くよ。二人は着替えてここに集合。急いで。」
圧が凄い。発起人の私よりもMEMちょはずっとこの作戦にのめり込んでいた。
・・・
「え? 吉住さん来てないんですか?」
3人でテレビ局に来て吉住さんの居場所を聞いてみたけど、来てないとのこと。ミミちゃんはちゃんと会社行ってるって言ってたのに……どうして?
「昨日ばったりと倒れて帰ったよ。んで今日も出社してない。家で寝込んでるんじゃない?」
「でもミミちゃん…妹さんはちゃんと会社に行ってるって……」
「じゃあその辺ほっつき歩いてんじゃないかな? 家族に心配かけたくないから。でも会社に来る元気はないって感じか。」
ベテランっぽいテレビ局の職員さんは淡々とした受け答えだった。人が一人倒れたというのにまるで動じていない。
まるでこんな事は良くある事だと言わんばかり。吉住さんは沢山いる休職者の中の一人にすぎないって事なんだ。
なんて恐ろしい世界。
私達は吉住さんを探すことにした。家に居ない。会社に居ない。となると……多分あそこにいるだろう。漆原Dが立ち寄らない近くの公園。その植木の傍のベンチだ。
吉住さんならきっとあそこに行くはず。
急いで向かってみれば、やっぱり吉住さんはそこに居た。膝に肘をおいてぐったりと項垂れている。スマホを見るでもなく、ただじっとしたままお地蔵さんのように動かない。
まさか朝からずっとあそこで座って……?
駆け寄る私。
「吉住さん!」
「……ああ、ルビーちゃんか。隣の二人はB小町の。」
「有馬かなです。」「MEMちょです。」
こんな吉住さん、見たことがない。今までも徹夜で大変とかお仕事が上手く行かなくて悩んでるとかは沢山あったけど、それでも何とか乗り切ろうとするパワーを感じてた。なんだかんだやりきるんだろうなって。
でも今の吉住さんは違う。生気がないって言うか、弱弱しいって言うか……
それを見たMEMちょが私に問いかける。吉住さんの方を向いたまま、平坦な声で。私たちの前ではいつも明るくて面白いお姉ちゃんなのに、この時だけはそんな余裕も無かったのか、素の反応になっていた。
「ねぇルビーちゃん? こんなになってるなんてお姉ちゃん聞いてないよ?」
「私もこんな吉住さん見たことない! 暗い顔をしてるのはいつもの事だけど、こんなに落ち込んでるのは初めて! ヤバいよ!」
「だね。これは一刻を争う感じかな。」
MEMちょの目の色が変わった。
「行くよ! ほら立って!」
「えっ? MEMちょさん、何を?」
「何をじゃない! 今すぐ妹ちゃんの所に行くの! んで寝ろ! ほら案内!」
「ああはい……」
MEMちょは吉住さんの手を引いて立ち上がらせた。うろたえる吉住さんにも構わずずんずんと歩いていく。
有無を言わさぬお姉ちゃんムーブ。MEMちょは今この場で誰よりもお姉ちゃんだった。
・・・
吉住家に到着し、吉住さんのお母さんに事情を説明して家に上げてもらった。
話を聞けば吉住さんがここまで弱っていることを知らなかったとのこと。いつも家族の前では気丈に振舞って仕事も順調だと説明していたらしい。
「まさかこんなことになってるなんて……。シュン*1は昔から真面目で頭も良かったからつい期待しちゃって……。」
「とにかく今は休ませてください。」
「ええ。分かったわ。」
きっと長男としてのプライドというか、親からの期待に応えたいって気持ちもあったんだろうな。妹さんも一人で生きて行けないし、相当なプレッシャーを感じながら頑張ってたはずだ。
お兄ちゃんの鏡だよ。まったく。
まずは吉住さんを連れてミミちゃんに会いに行く。吉住さんの状態を知らせてあげないといけない。ミミちゃんにとっては辛い現実だけど、もう隠し通せる段階じゃなくなってしまった。
部屋の前で、吉住さんが呼びかける。
「ミミ、居るか?」
「え? にーちゃん? お仕事じゃないの?」
「ミミちゃん、そのことでお話があるの。」
「その声……ルビーちゃん? どうしてここに?」
「ちょっと色々あってね。お願い話を聞いてくれない?」
「……分かった。」
内側からゆっくりと扉が開いた。
ミミちゃんは何故かその場に居るMEMちょと先輩を目の当たりにして驚いていたが、吉住さんの様子を見て押し黙る。
一切取り繕わないありのままの現在の姿。肉体的にも精神的にもボロボロになって、働くことが出来なくなってしまった哀れな男。いつもの元気な姿とは似ても似つかない弱弱しい様子の兄を見てミミちゃんの瞳に涙が溜まっていく。
「にーちゃん……?」
「ごめんミミ。ちょっと限界みたい。」
「にーちゃん! うわああぁぁ!」
短く言葉を交わす。
そしてミミちゃんは吉住さんに思いっきり抱き着いて、やっぱり泣き出してしまった。
こうならない為に知恵を絞って作戦を考えてきたって言うのに、一足遅かった。いつこうなってもおかしくなかったんだ。ずっと吉住さんの心は限界で、今回たまたまコスプレイヤーの件の炎上がきっかけになっただけ。
もっと早くこの状況を防ぐように動けていれば。
ミミちゃんの泣き声を聞きながら、しばらくの間私達3人は悲痛な面持ちのまま声を発することが出来なかった。
しばらく泣いた後、ミミちゃんはようやく落ち着いた。吉住さんは一旦自分の部屋で寝かせ、部屋にはミミちゃんと私達3人だけとなる。
単刀直入に、私の考えをぶつけてみる。
「ミミちゃん。吉住さんと一緒に苺プロに来ない? 吉住さんがウチに来ればあんなブラックな働き方しなくて済むと思うんだ。」
「にーちゃん…。にーちゃん…。」
「ミミちゃんしっかりして。ミミちゃんからも吉住さんを説得して欲しいの。お願い。」
「にーちゃん…やだよぉ。元気になってよぉ……。」
一向に話は進まない。にーちゃんにーちゃんとうわ言のようにつぶやくだけ。
ミミちゃんという人間がどんな人生を歩んできたか、なんとなく分かる気がした。
何か困ったことがあれば、いつも吉住さんが何とかしてくれたんだろう。ミミちゃんを慰めて、何をすればいいかを考えて優しく教えてくれて、出来ないことがあれば代わりにやってあげて。きっとこれまでずっとこの兄妹はそうして来たんだ。
でもその吉住さんが倒れてしまった今、そんなことは起こらない。
きっとミミちゃんだって気づいてるはずだ。ここは自分が動いて吉住さんを助けてあげるべきなんだって。自分が動ければその分だけ吉住さんの負担を減らせる。相談に乗ってあげるだけでも気が楽になるはずだと。
でも今までの人生経験でそんな行動はしたことが無い。だから出来ない。
殻を破る必要がある。今ここで一回り成長して、大好きなお兄ちゃんを助ける為に。
そのきっかけをくれたのは、MEMちょだった。
「いつまでそうやって泣いてんのさ! ミミちゃんの大好きなにーちゃんはミミちゃんの為に倒れたんだよ! 今度はミミちゃんが頑張る時なんじゃないの!?」
「うぅ……でも……」
「でもじゃない! やるしかないんだよ!」
「上手く出来ないよぉ……」
「失敗しても良いから! にーちゃんに話だけでもしよう! ミミちゃんからも説得してあげてよ、一緒に苺プロに行こうって。」
うぅ……と唸るミミちゃん。相当悩んでるみたいだ。
今まで一度もやったことがないことをするんだから、辛くて当然。でもミミちゃんが吉住さんを思う気持ちはこんなものじゃないって私は信じてる。
「出来るよね? ミミちゃん。にーちゃんのこと大好きだもんね?」
「……うん。やる。」
「ルビーちゃんナイス! さ、気持ちが変わらないうちに行こう!」
最後の一押しは私だった。美味しいところ持っていっちゃったかな?
そこからは一気に話が進んだ。
吉住さんも当然のことながら転職はずっと考えていたけど、転職活動する暇すらなくずっと働きづめでそんな余裕はなかった。そんなわけだからミミちゃんともども苺プロに入れるという話はとても魅力的だったみたい。
即決だったよ。
で、企画の話もしたけど、さすがにこっちは上手くまとまらなかった。
企画書を受け取って開いてみるんだけど、吉住さんは一向にページをめくらない。どうしたのかと聞いてみれば、文章が上手く読めないんだって。それもお仕事の時だけ。
「僕はこんな調子なのでこの企画は他のスタッフに渡してください。」
「分かりました。無理を言ってすみません。」
私たちは吉住家を後にする。
これで吉住兄妹のスカウトは成功。私の目的は達成できたことになる。いずれ吉住さんが回復すれば、ミミちゃんと一緒に苺プロに加入してくれるだろう。
残すは例の企画書だけ。
……あれ? そういえばあの企画書、一体どんな企画何だろう?
私まだ読んでないや*2。