「さぁアクア! 今日も一緒にお仕事頑張ろうね。」
「ああ。」
今日も深掘れワンチャンの収録日。
俺はお姉ちゃんと共にテレビ局に向かうのだが、お姉ちゃんが妙に張り切っている。このところお姉ちゃん達が吉住さんの事で色々動いていたけど、それは今日に向けての準備か何かだったのかな?
映画製作で忙しくしていた俺はその内容を知らないので、ちょっと気になって聞いてみた。
「お姉ちゃん。今日は何かあるのか? 凄い張り切ってるけど。」
「ふっふっふー。それはやってみてのお楽しみ。今日の企画は面白いことになるからね。」
「ふーん?」
しかし教えてくれない。
吉住さんと一緒に企画を作ったりとかしたんだろうか? 自分で作った企画なら撮影日に張り切ってしまうのも当然だろうし、お姉ちゃんの反応から言っても悪くない推測だと思う。
となると気になるのは企画の内容だ。
お姉ちゃんと吉住さんはとても仲が良いのだが、その実全く異なるタイプの人間だ。図太くて物怖じしない感覚派のお姉ちゃんに対し、吉住さんは繊細で臆病で論理的。年もそれほど近くない。
しかしこの二人はある一点において強烈にシンクロしている。
『弟・妹がいる』というその一点が。
本来であれば全く異なる性格の二人は交わることなど無かったはずだが、お姉ちゃんが言う所の『妹談議』によって二人は急速に打ち解けていき、今では(お姉ちゃんが一方的に)同志と呼ぶほどに意気投合している。
今回の企画はその二人が中心となって考えられた企画である可能性が濃厚だ。
となればその内容も大方想像がつくというもの。つまり……
お姉ちゃんは俺の事を思いっきり甘やかすに違いない。最近俺とお姉ちゃんの絡みは番組内での名物になりつつあるし、ここらでそれをメインに据えた企画をやっても違和感はない。鏑木さんからのウケも良いだろう。
そういうのは出来ればカメラの前ではやって欲しくないんだけどなぁ……!
まあ今更なので何も言わないけど。
・・・
「『深掘れ☆ワンチャン!!』
当番組はこれまで地上波では出来ない様々な深堀り……ギリギリな取材を多数行ってきましたが……今回は特別編! スペシャルな内容をお送りします!」
セットの中央でお姉ちゃんが企画の説明を行う。
どうやら今日は特別編という事らしい。そして俺の隣の席に座っているのはコスプレイヤーのメイヤさん。この番組の炎上の発端となった人物だ。
スタジオのモニターにはメイヤさんの例のツイートが映し出されている。
「皆さまはこのツイートをご存知でしょうか! そう! この番組の取材が非常に問題となり拡散、炎上! 批判コメントは数百にも膨れ上がりました! というわけで! 今回の取材対象は『当番組!』やらかしたテレビ番組サイド! そして問題提起者であるコスプレイヤーの「メイヤ」さんをお招きし…! ナゼこのような問題が起こったのか! 徹底的に深堀りしちゃいます! BOW!」
BOW!ってやってるお姉ちゃんが可愛い。
というのは良いとして、どうやら企画のメインは俺じゃないみたいだ。良かった良かった。今日も、いや今日こそ毒舌クールキャラを貫いていくぞ。
さて今回は特別編。いつもと異なる展開。炎上の渦中に居るメイヤさんの存在。
今日のスタジオはいつもの撮影とは違う様子だ。この空間全体が強い緊張感が漂っており、司会のサワさんも迂闊に口を滑らせないようにとでも思っているのか少し表情が硬い。
こんなときは俺の出番だ。
俺は毒舌クールキャラで通っているイケメン俳優。多少口が悪くても問題は無いし、アイスブレイクは任せてもらうとしよう。
クールな表情を作り、お姉ちゃんに話を振る。
「まず聞きたいんだけど……何でお姉ちゃんそんなノリノリなんだよ。」
「私は1ミリも悪くないから! なんなら炎上に巻き込まれた側! この番組の
「それは言えてる。お姉ちゃんを炎上に巻き込むとか許せない。」
「私の為に怒ってくれてありがとアクア。お姉ちゃん嬉しい♡」
「あっ、いや、まぁ、うん。これくらい家族なら当然だろ?」
「ふふふ。照れ屋さんめ。」
咄嗟にお姉ちゃん大好き発言が出てしまったが……場の雰囲気は和んだので良しとする。
俺達のやり取りで良い感じに緊張がほぐれたのか、司会サワさんが恐る恐る喋りだす。
「ええと、まずはメイヤさん。当番組スタッフがご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。難しい立場の中今回は出演していただき本当にありがとうございます。」
本当に良く出てくれたと思う。
自分のツイートが原因で番組が炎上したとなれば表には出たくないと思うのが普通だろう。それが炎上させた番組への出演となればなおさら。
このまま炎上が収まるまでじっとしていることも出来たはずのに。
「……いえ、私は、ただ……。私は謝罪を求めているわけではありません。この様な事がもう起こらないように……原因の究明と体制の改革を求める次第です。」
一通り意見を述べたメイヤさんは、お姉ちゃんと謎のアイコンタクトを交わす。
「大丈夫そう?」「オッケーだよ」そんな感じのやり取りに見えた。隣のメイヤさんはホッと一息ついている。さすがはお姉ちゃん、メイヤさんの不安も取り除いてしまったみたいだ。
続いてお姉ちゃんの進行。
「では今回の事件を順に追って関係者のコメントを交えながら整理したいと思います! まずはこれ! 『コスプレ版権問題』!」
ああ、版権問題。この前アビ子先生を番組出演に誘ったのはこのためか。てっきり俺は東京ブレイド企画でもやるものと思っていたが。
まずVTRに出てきたのは漆原Dだった。
『東京ブレイド』の衣装をお願いしていたところ前日に変更。その原因となったのがこの漆原Dだという。てっきり許諾の申請が通ると思ったまま前日まで確認せず、いざ確認してみると許諾が下りていなかったことが判明したと。
スタッフの欠員を理由に挙げているが……これも元を辿れば漆原Dの責任だな。
VTRの最後に漆原Dが頭を下げて終わった。そしてまたお姉ちゃんのV振りだ
「これについて窓口担当にもコメントを頂きました。」
続いて窓口担当。
どうやら窓口は真っ当に仕事をしていたらしい。取材日までに確認が間に合わないと漆原Dに連絡はしていたとのことだが、漆原Dはメールチェックすらろくに出来ていない状態だったと。
色々あるんですねぇ、とお姉ちゃん。
こんなことがまかり通ってたまるかという気持ちはあれど、忙しくなれば当然出来ないことも出てくるのも理解できる。体は一つで時間は有限なのだと映画製作を通じて強烈に実感しているところだしな。ちょっと共感はできる。
お姉ちゃんを炎上に巻き込んだのは許さないが。
お姉ちゃんは着々と番組の進行を行っていく。見事な手際の良さだ。
「ちょっと本題からはズレちゃいますけど……どうして『東京ブレイド』は版権チェックが厳しいんでしょう。気になりますねぇ。という訳で深堀してきました!」
もうこれサワさん要らないんじゃないか? お姉ちゃんに司会の座を譲るべきでは。
さて、またVTRか。次はアビ子先生が出てくるのかなっと。
「深堀リポーターの有馬かなでーす。ルビーと一緒に「B小町」ってアイドルグループやってまーす。」
有馬かよ…!
固まる俺。
「せんぱーい、可愛いよー!!」
「そっそうかしら? まぁあんたが言うならそうなんでしょうね!」
いつもの調子で有馬を可愛がるお姉ちゃん。容赦ない。これで有馬も俺の気持ちが少しは分かるだろう。日ごろ弄られている分のお返しだ。
モニターの先では有馬のリポートが始まっている。
「今回はルビーの代理で取材に来てます。ここがどこだかわかりますか? そう! 私は出版社の方にお邪魔しています。今回のコスプレ炎上について『東京ブレイド』の原作者……
さすがに芸歴が長いだけあってリポートの仕事もお手の物だった。本当に何でもできるんだな、有馬は。
アビ子先生の話は興味深い物ばかりだった。
様々な話を聞かせてくれたが、やはり版権問題に関しては、『そこに愛があれば原作者はNOとは言わない』という部分が芯なのだろう。そういう観点から言えばこの番組と版権問題は徹底的に相性が悪い。
起きるべくして起こった問題だったと言えるな。
「という訳で……版権問題も結構難しいんですね。」
「アビ子先生も相変わらずお元気そうで。」
お姉ちゃんと俺の感想で版権問題については一区切り。
次はセクハラ問題に切り込んでいく。
「次は取材時の質問についてです!」
お姉ちゃんが音頭を取り、司会のサワさんがメイヤさんに質問する形。そこは逆じゃないか? 普通。
質問の内容はよくある下ネタだった。いかにも漆原Dのような頭の固いおじさんが言いそうなセリフのオンパレード。
そしてやはりセクハラ問題もリスペクトの有無が問題となるようだ。互いに信頼関係があった上でプライベートな場で下ネタを言うなら許容できるし、すべてが嫌いな訳でもないと。
そもそもメイヤさんだってエロ系のコスプレをやってるんだ。嫌いなはずはない。
ではなぜ漆原Dの下ネタは問題なのか。その答えはメイヤさんのこの一言に詰まっている。
「リスペクトの無い下ネタというのは…ただのセクハラです。」
全く持ってその通り。発言する相手が変われば受け取り方も違う。ただそれだけの事なんだ。
俺とお姉ちゃんの添い寝にしたって、特別な人間関係の上でなせることであって、見ず知らずのおじさんと添い寝したいとは思わない。要はそういう事なのだ。
メイヤさんの立場に立って考えれば、仲間内で楽しくコスプレしたいだけなのに外部から良く分からないおじさんが来てひたすら下ネタを言ってくる。しかもそれをTV番組にして放送しようというのだ。
これはキレても仕方がないと思う。ツイートに関しては決して擁護しないけども。
セクハラ問題について一通りメイヤさんからの話が終わった。番組の事情も理解でき、今ではそれほど憤っているわけでもないということで件のツイートも消す方向になっている。
さてこれで一件落着、と思いきやお姉ちゃんがそうはさせてくれなかった。
「今回問題を起こしたDも……深く反省しているとのことです。ですが。メイヤさんが大人の対応を見せて終わりって言うんじゃちょっと後味悪くないですか? 本当にメイヤさんはスッキリしたんですか!?」
「してはいないですけど……」
「ですよね! なので私からDに一つ提案をさせていただきました!」
「提案…?」
「今回コスプレに対してリスペクトに欠けた言動の数々や……皆さんの努力や苦労に報いるには……こういう禊が良いのではないでしょうか! Dさん! 禊の時間です! どうぞ!」
突如セットの入り口からブシューッと白煙が上がり、もうもうと辺りを埋め尽くす白煙の中、人影が出てくる。その人影は和服に身を包み、長い髪を靡かせて姿を現した。
とても見覚えのあるコスチューム。あかねが演じた鞘姫だ。
その鞘姫の、やけに安っぽいコスチュームを身に着けて登場したのは……漆原Dだった。
「メイヤさん…ならびにコス業界の皆さま。この度は大変申し訳ありませんでした!」
セット中央に立ち、メイヤさんに正面から向かい合っている。カメラに映りを一切気にしない、本気の謝罪だ。
それを受けたメイヤさんが席を立つ。
そしてゆっくり漆原Dに近づいて……
「なんで「鞘姫」のコスなんですか?」
「……原作読んでて一番好きなキャラだったので…」
「……ボタンの付け方もろくに知らないんですね。ミシンもガタガタで何度もやり直したせいで生地が傷んでる。」
一見するとお叱りの言葉。しかしメイヤさんは漆原Dの自作の衣装を見て、ふっと笑った。
「私も最初は同じ失敗したなぁ。大変だったでしょう?」
「はい。こんなに手間が掛かるなんて思いもしてませんでした。今日までの一週間近く、家に帰る度に遅くまで*1作業して……」
「うんうん。もしこのコスが突然いらない使わないって言われたらどうです?」
「めちゃくちゃキレます。」
「それを分かってくれれば、私はもう良いです。」
こうして真の意味でメイヤさんとの和解をすることが出来たのだった。
中々面白い企画だった。番組自身の炎上をネタにするという地上波では出来ないギリギリの企画、その上誰も傷つかないどころか既にあるわだかまりを解消し、しかも漆原Dのコスプレによって絵面も面白い。
毎回こういう企画だったら俺もこの番組を心から好きになれると思うんだけど。
メイヤさんが席に戻り、漆原Dにはそのまま画面内に正座。きっちり座布団とネームプレートまで用意している。この後のトークにも参加するつもりなのか。
俺は番組もまとめの段階に入るだろうから締めの一言を用意しておこうかなどと考えつつ、周囲のやり取りを眺めていた。
そこであることに気付く。
突然モニターの映像が切り替わったのだ。
そこに映っていたのは2人のユーチューバー……いや、一人はVチューバーだろうか?しかもそのユーチューバーの一人は俺が良く知る人物で……!
「こんめむーー!! MEMちょだよー!!」
B小町の長女、MEMちょの元気な声がスタジオに響き渡った*2。
長くなったので分けます。
深掘れワンチャンの話は意外と情報量が多い……