「ミミ……やれるか?」
「うん……にーちゃん…私、頑張るから…!」
僕とミミは一台のPCの前で互いの意思を再確認した。
今日は深掘れワンチャンの収録日。今テレビ局のスタジオではルビーちゃん達が収録を行っているところだ。そしてミミはこれから深掘れワンチャンにVチューバーの鈴音コミミとして出演する。
現場の様子は常にモニターしており、流れは分かっている。
コスプレ版権問題やセクハラ問題については決着が付き、炎上もこれで収まるだろうというところまで来た。例のツイートも消すことを約束してくれた。ここまでの流れは完璧と言って良い。
もう全て終わったという雰囲気で漆原Dが鞘姫の姿で所定の位置に戻っていく。
さぁ、ここからがミミの出番だ。
先陣を切るのはB小町の長女にして個人ユーチューバーでもあるMEMちょさん。
「こんめむーー!! MEMちょだよー!!」
湿っぽい雰囲気をものともせず、持ち前のおバカっぽい雰囲気で突撃していった。
先日見せてくれたお姉ちゃんの顔がふと頭をよぎる。あの時は僕の手を力強く引き、半ば強引にミミの下へ連れ帰ってくれた。そして僕が倒れて一人になったミミに発破をかけてくれたとも聞いている。本当に頼れるお姉ちゃんだ。
でも今はそんな頼れるお姉ちゃんではなく、おバカな女子高生というキャラを作ってこの場に出てきている。これも厳しい芸能界で生き抜くための戦略なのだろう。
そんな彼女が場を整え、ミミへ優しくバトンを渡してくれる。
「おやおやぁ? どうしたのかなそんな辛気臭い顔してぇ。ほら、もう一人ご登場だよ! 笑顔で迎えてあげようね! 今回のもう一人の主役! 鈴音コミミちゃんでーす!」
「こんにちはー! 鈴音コミミでーす!」
マイクのスイッチが入ると同時、ミミにもスイッチが入る。
対面ではほとんど人と話せないミミだが、画面越しであればむしろ人並み以上のトーク力を持っている。Vチューバーとして特別優れているとは言えない物の、普段のミミを知る人間が見たらその変わりように仰天するだろう。
いざスイッチが入ってしまえば、こんなに明るくはきはきと喋るのだ。
「ちょっとそこのDさんにモノ申したいんですけど。良いですか?」
「はい、なんでしょう?」
「実は私もコスプレイヤーの一人として呼ばれてたんですけどね? まぁ酷い取材だったわけですよ……。もう悔しくて悔しくて。」
「いや、その件に関しては先ほど申し上げた通り、悪かったと思っております。取材体制を変え、今後このようなことが起こらないように……」
「そうじゃなくて。コミミが言いたいのは、ADをこき使って潰しちゃった件なんだよね。」
そう。この企画はまだ終わっていない。
コスプレ版権問題とセクハラ問題に続きもう一つの問題にも切り込むのだ。
「そこのDさん、一つ言わせてもらっても良いかな?」
「な……なんでしょう?」
ミミは大きく息を吸い込んだ。そしてありったけの気持ちを込めて叫ぶ。
「私のにーちゃんを、返せぇー!!!」
過去一番に大きなミミの声が、部屋に、スタジオに響き渡った。
ヤバい、にーちゃん泣きそう。人見知りで自分からは何も出来なかったあのミミが、僕の為にここまでしてくれるなんて。
スタジオの様子を見てみれば、やはり静まり返っている。
事情を知っているのはスタッフ達と司会のサワさんを除けばルビーちゃんとMEMちょのみ。アクア君やメイヤさんはなんだなんだといった様子で周囲の状況を伺うことしか出来ない。
呼吸を整え、ミミが語りだす。
「そこのDさんのパワハラのせいで、にーちゃんが、吉住ADが働けなくなりました。」
「もしかしてあなたは……取材に呼んだコスプレイヤーの吉住ミミさん?」
「その通りです。そして吉住ADの妹です! 私のにーちゃんになんてことしてくれるんですか! にーちゃんは私の為に面白い番組作ろうと必死で頑張ってるだけなのに!」
「その……すみません。私の監督不行き届きと言いますか、部下のマネジメントが……」
「何人目ですか?」
「はい?」
「貴方の部下で働けなくなったの、何人目ですか?」
「……」
「言わないなら私が言います。週刊○○最新刊によると、7人だそうですね。しかもこれは会社を辞めた人間の数。部署異動の人数は含んでません。」
ミミが漆原Dを詰めていく。これこそが今日の企画のメインなのだ。
漆原Dを断罪するのは、兄をパワハラで壊された可哀そうな妹。しかもコスプレイヤーとして取材を受けていることから直接の被害者でもある。そんな立場から一方的に漆原Dを責め、外部から徹底的に叩かれるよう仕向ける。
漆原Dに全てのヘイトを集め、この番組から放逐すれば万事OKという筋書きだ。
勿論漆原Dの了解は得ている。ここで起きる全ては台本通り。ミミはそれをなぞっているだけに過ぎない。
ミミの話を受け、MEMちょが大げさに反応して見せる。
「どっひゃあ! 7人!? そりゃあ大変だぁ。壊れる前に辞めて行った人も含めると……毎年誰かしらいなくなってるくらいのペースじゃないの?」
「どうなんですかDさん。」
「はい……おっしゃる通りで……。しかしこの業界、こういう話は珍しい物でもなく……」
「珍しくないって何? にーちゃんを壊されて、そんな事珍しくないって言われる側の気持ちも考えてよ!」
「Dさん酷ーい。」
「すみませんすみません……」
ふと、まるで漆原さんに詰められる僕みたいだな、と思った。これが僕の日常だったのだとすれば、壊れて当然だな、とも。
台本通りとはいえ、カメラの前でこれだけ責められるのは辛いのだろう。漆原Dの表情は硬い。演技が出来るタイプの人間ではないから、辛い振りをしてるってわけでもなさそうだ。
ミミは予定通りに畳みかけていく。
「コスプレイヤーさんへの質問を行ったのは誰ですか?」
「吉住ADです……」
「あの失礼な質問を考えたのは?」
「私です……」
「にーちゃんを盾に使ったって事? 何でそんな酷いことするの!」
「それは彼がADだからであって、他意はありません……」
「これを無意識にやっちゃうって事ならもうどうしようもないね。直そうにも直せないし。」
「……」
漆原Dが押し黙って会話が途切れる。
ここまで話せばだれが悪者か視聴者にもはっきり伝わっているだろう。後は漆原さんに禊として番組からの追放が発表され、漆原さんが改心した感じで番組が終わるんだ。
台本にあるのもここまで。一旦ここ仕切り直しが入り、漆原Dが番組を降りる流れになっていくはずだ。確か、次に発言するのはMEMちょだったかな。
そう思いながら僕は次の言葉を待つ。
しかし、聞こえてきたのはMEMちょの声ではなく、ミミの声だった。
ミミが、台本に無いはずのセリフを喋り始めている。
「ねぇ! 今までにーちゃんがどんな気持ちで働いてきたか考えたことあんの!? いつもいつもにーちゃんの電話からは怒鳴り声ばっかり聞こえてさ! そんなに叫びたいなら壁に向かって叫べ! にーちゃんを…虐めるな! 私の…にーちゃんを……壊すな……! うぅっ……」
目には涙。
その様子はまるで、抑えていた感情が爆発したかのようで。
ミミは演技で泣けるような子じゃない。これは本物の涙だ。この土壇場で感情を抑えきれなくなって涙があふれ出してしまっているんだ。
今すぐ助けに入りたいが、今はカメラもマイクもオンになっている。見守るしかない。
幸いMEMちょを始めとした深掘れメンバーはこの程度では動じず、むしろこの涙を上手く番組の演出に使って見せるだけの技量があった。ミミの心の叫びの勢いそのままに、漆原さんの禊の発表へと移っていく。
「ミミちゃん……その気持ち、お姉ちゃんがしかと受け取ったよぉ。Dさん!! あんたの悪行、許されるものじゃない! ルビーちゃん! 禊の発表任せたぁ!」
「任された! という訳で、漆原Dにはこれまで行ってきた数々のパワハラに対する落とし前を付けてもらいましょう! 禊の内容はズバリ、番組からの降板です! 二度とパワハラはしないでくださいね!」
「はい! 肝に銘じます!」
漆原Dが深々と頭を下げ、ようやく深掘れワンチャン特別編の収録は幕を閉じたのだった。
僕は急いでマイクとカメラのスイッチを切り、ミミの下へ。
「ミミ、よく頑張ったな。漆原Dを相手にあんなに強く言い返すなんて……!」
「にーちゃん……私、上手く、出来た?」
「ああ、これ以上ないくらいだ。ありがとう、にーちゃん助かったよ。」
「にーちゃん!」
泣きながら抱き着いてくるミミを優しく抱きしめ返す。
最後にこうして抱きしめてやったのはいつだったか。もう3年か4年も経つんじゃないだろうか? 背丈も伸びて、記憶の中のミミより少し大きくなっている。
そうだ、ちょうど僕が入社したあたりからだったかな。それから今まで、忙しさを言い訳にミミとは全然話をしてこなかった。
だが、それもこれまでだ。これからは一緒に居られる時間がうんと増えるだろう。新天地、苺プロに二人で加入するんだから。あそこにはルビーちゃんを始めとした最高の仲間たちも居るし、ミミにとっても良い環境に違いない。
ミミを優しく解放し、今度は頭をなでてやる。
「苺プロでまた頑張ろうな。にーちゃんも一緒に行くから。」
「うん。にーちゃんこそ、無理はしないでよ?」
「ははは、もう大丈夫だよ。同じ轍は踏まないって。」
そうだ、ここからやり直せばいいんだ。僕もこんなところで壊れたままじゃいられない。
だって僕は、ミミの自慢のにーちゃんなんだから。