【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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映画製作編
アクアの才能


「早熟……お前、絵の描き方を教わったことはあるか?」

「幼稚園とか学校でなら。」

「どう見てもそういうレベルじゃねぇだろ、これ。」

 

五反田家の子供部屋。

 

監督は俺が書いた絵コンテを見つめたまま考え込んでいた。あまり意識はしてなかったが、俺の絵が想定外にうまかったらしく、驚いた様子だ*1

 

あらすじは苦労したが、絵コンテはスムーズに作れるかもな。

 

俺は今、映画製作の真っ最中だ。

 

どうにかあらすじは監督のOKを貰い、全体のイメージが固まって来たところ。俺がこの映画を通して表現したいものが何かという、最も重要な部分が決まった状態だ。

 

「どんな映画を作りたい?」と言われたあの時から考えれば大きな進歩だな。もう白紙ではない。

 

で、今はその次の段階。

 

俺の頭の中にある映像を台本や絵コンテに書き起こしていく。*2

 

映画というのは一人で作るものではないから、制作に関わる人間にも俺が作ろうとしている映像を理解してもらわなければならない。そのためにはざっくりとしたあらすじや企画だけでは到底足りず、映画の内容を事細かに記した台本や絵コンテが必要になるのだ。

 

今目の前で監督が見ている絵コンテが、その最初の数枚だ。とりあえずイメージしやすかった物語のハイライトシーンを何枚か絵に描いてみたのだ。

 

驚く監督に聞き返す。

 

「そんなに上手いのか?」

「ああ、正直言ってかなり上手い。絵コンテに関しては落書きレベルでもしかたねぇと思ってたが、これは中々いい武器になるぞ。」

「じゃあもっといっぱい描いた方が良いか?」

「このクオリティなら時間の許す限りたくさん描くべきだろうな。お前は文章より絵や動画で表現するのが得意なタイプなんだろう。絵は文章と違って描くのに時間がかかるのが難点だが、その分情報量は多いからな。具体的で明確なイメージを絵コンテで共有しておけば撮影時のトラブルなんかも減るはずだ。」

「分かった。なるべく具体的に考えて、絵コンテに起こせる部分はなるべく絵を描くようにするよ。」

「おう、頑張れよ。」

 

・・・

 

そんなやり取りがあったのが先週の事だ。

 

そして今、俺は大量の絵コンテを前に頭を抱えていた。映画の冒頭から出来るだけ丁寧にイメージを作り上げ、絵に描き起こしてきたのだが、およそ一週間たった現在、まだ全体の1割も絵コンテを作れていない状態なのだ。

 

このペースで行くと、台本が完成するのが半年以上先になる!

 

別に手を抜いていたわけではない。毎日少なくとも3時間以上は作業している。

 

お姉ちゃんが部屋の扉をノックしても、泣く泣くお引き取り願っているくらいなのだ。この一週間で放課後の時間をお姉ちゃんとゆっくり過ごしたのはなんと1回だけ。

 

それほどの決意をもってペンを走らせているというのに、この進捗だ。泣けてくる。

 

まぁ、原因は明確というか、単に細かい部分まで描きすぎというだけの事なんだけども。

 

でもイメージがちゃんとあって描こうと思えば描けるものを時間の都合で諦めることがどうしてもできず……この有様というわけだ。

 

「お姉ちゃん……終わりが見えないんだけど……」

「よしよし、アクアは頑張ってるよ。今日はもうお終いにしてゴロゴロしよっか。」

「うん……」

 

今週二度目となるお姉ちゃんとの触れ合い。

 

限界を感じてお姉ちゃんの部屋に転がり込んだ俺は、早速柔らかいカーペットの上でお姉ちゃんと並んでゴロゴロしていた。

 

……無言。

 

二人で並んで寝転がったまま、一言も言葉を発しない。ただひたすらだらだらするだけ。

 

こういう時間の過ごし方も最近は出来てなかったような気がする。MEMちょが来てからはB小町の仕事がコンスタントに入ってくるようになって、お姉ちゃんは割と忙しかったし。

 

凄くリラックスする。

 

お姉ちゃんの部屋で、お姉ちゃんと二人きり。体温を感じる距離にお姉ちゃんが居る。

 

収まるべきところに収まってるというか、自分のありのままの姿でいられるというか。いわゆるRPGの最初の村、つまりはスタート地点で、ここから離れれば離れるほど強い敵が出てくる……みたいな?

 

自分でも何を言ってるのかよく分からなくなってきた。

 

とにかくこの場所とお姉ちゃんの存在に安心を感じてるってことだ。

 

んん、なんかちょっと眠くなってきたな……

 

・・・

 

皆さまこんばんは。ルビーです。

 

今、私のお部屋で大変なことが起こっております。

 

えー、アクアが寝てます。私の部屋のど真ん中で。

 

最近は映画作りで絵を沢山描いてたんだけど、今日は疲れて私の所に来たんだよね。で、カーペットの上で並んでゴロゴロしてたらアクアが寝落ちしたって感じ。

 

ほら見てよこの寝顔! めちゃ可愛い!

 

ああ、ちょっとよだれ垂れてる。よっぽど疲れてるのかこんなに近くに寄っても起きる気配がないな。寝顔を眺め放題だ。

 

とりあえずよだれはふき取ってあげて、きっちり写真撮影は欠かさない。これはアクアを愛でる会で私のエピソードトークと共にお披露目することになるだろう。悶絶する会員たちの姿が目に浮かぶね!

 

それにしてもお疲れだ。アクアは一緒に寝ることはあっても私より先に寝落ちすることは少ない。やっぱり映画作りって大変なんだろうな。

 

いつまでも寝かせておくわけにもいかないのでとりあえず起こしてあげよう。

 

「起きろー。夜眠れなくなっちゃうぞー。」

「…ん? ああ、寝ちゃってたか。」

 

すぐに起きてくれた。あんまりお昼寝しすぎると夜眠れなくなっちゃうからね。お姉ちゃんとしてそこはしっかりケアしてあげないと。まぁ普段は私が起こされてるんだけどね。

 

アクアはやっぱり疲れた顔をしている。

 

「お疲れさんだね。」

「まぁな。この一週間ずっと頭も手も動かしっぱなしだし。ゼロイチで作品を作るのがこんなに大変だなんて思いもしなかった。」

「この映画はアクアが中身を考えてるんだっけ?」

「ああ。監督が急に、どんな映画作りたいって聞いて来てさ。それからずっと映画の事ばっかり考えてる。」

「監督は手伝ってくれないの?」

「ダメだしはするけど手伝いはほぼしてくれないな。まぁまだ他人を巻き込む段階じゃないし、失敗しても迷惑掛からないからってのもあると思うけど。」

「へぇー。だったらもうちょっとペース考えてゆっくりやれば良いんじゃないの?」

「それは違う。監督言ってたんだよ、死ぬ程悩めって。寝ても覚めても自分の映画の事を考えるくらいになれって。駄目だしが多いのも手伝ってくれないのも、結局は全部俺の為なんだ。考えて悩んで苦しんだ分だけ得られるものがあるって言ってた。」

「ふーん。そういうものなんだ。」

 

私にはよく分からない、映画作りの世界。

 

映画を見て面白かったり怖かったりすることはあっても、人の心を動かすような映像を作れって言われても全くピンとこない。

 

アクアが子供の頃から大好きなのは知ってるけど、映画の事については全く知らないんだよね。私はあまり監督の家に行かないし、行ってもおばちゃんのご飯を食べて帰ってくるだけだし。

 

真剣にやってるってことはこれ以上ないくらいに伝わってるから、お姉ちゃんとして精一杯応援はするけどね。

 

「とにかく頑張れって事だね。いっぱい考えて、疲れたらお姉ちゃんの所に来れば良いんだ。」

「まぁそういう事だな。」

「映画作り、楽しい?」

「んー、辛いって気持ちがかなり強いけど、止めたくはない、かな? 多分後から振り返ったら楽しかったって思う奴だろ。」

「なるほど、それなら分かるよ。ぴえヨンのトレーニングみたいな感じだ。」

「言えてる。なんだかんだ楽しそうだったもんな、あれ。」

 

当時を冷静に思い返せば、地獄と呼ぶにふさわしいハードトレーニングだった。客観的に見てあれを楽しいと思う人なんて居ないだろう。

 

でも私は楽しかった。そりゃあトレーニングは辛かったよ? でも不思議なもので、心のどこかでは確かに楽しいって感じてた。そして辛いことが終わればその楽しい気持ちだけが残って辛かったことは忘れちゃうんだ。

 

で、いつもの3人であの頃を振り返って「楽しかったね」って笑うんだよね。

 

監督が言いたい事も多分そんな感じなんじゃないかな。一言で言えば、青春? 監督ってアクアを弟子としてだけじゃなくて息子みたいに可愛がってる所もあるから、思い出作りとしていろいろやらせてるのかも知れない。

 

だとすれば今のアクアは100点満点の頑張りを見せてると言って良いだろう。もともと真っ直ぐな性格でやると決めたら妥協を許さないタイプだし、監督の焚きつけ方も上手いんだろうな。

 

じゃあお姉ちゃんからも一喝。

 

「映画も手を抜いちゃだめだよ? お姉ちゃんだってJIFは全力でやったんだから。」

「分かってるよ。初めから手を抜くつもりなんて微塵も無い。魂籠めて作ってる。」

 

力強い返事が返って来た。私から言うまでも無かったかな。

 

・・・

 

でもやっぱり辛いものは辛いらしく、翌日またアクアの部屋を覗いてみると机に突っ伏して唸るアクアがいた。エナジードリンクは転がってないから、無理はしてないみたいだね。

 

ちょっとだけ扉を開けた隙間から囁き声だけを届けてあげよう。突撃して邪魔になったら悪いからね。

 

「悩める映画監督の卵、星野アクアよ……そなたの頑張り、神様とお姉ちゃんがしかと見ておるぞ。存分に励むがよい。」

「そういうの良いから。」

「あ、ごめん。」

 

茶化しちゃいけない感じだったみたいだ。

 

じゃあ今度は普通に部屋に入ってアクアを元気づけてあげることにしよう。愚痴でもなんでも聞いてあげちゃう。

 

「どう? 進んでる?」

「結構なペースで描いてはいる。でも書きたいものが多すぎてどんなに描いても足りない。」

「へえ、どれどれ。」

 

おお、上手い。順番に絵を眺めているだけでどんな映画になるのかなんとなく分か……りはしないけど、映像は大体こんな感じになるんだなって言うのが分かる。セリフが分からないから内容まではさすがに分からない。

 

アクアは昔からこういうところ上手かったもんなぁ。台本を読んで監督の意図を察して褒められてたし、イメージ力があるんだろうな。

 

頭の中に細部までちゃんと考えられた完成図があるから、それを全部絵にしようとして苦労してるってわけだ。頭が良すぎるのも考え物なのかもしれないね。私ならそんなに細かく考えられないからアクアの十分の一でお仕事が完了すると思う。

 

でもそれだけ映画のクオリティにも差が生まれるはずだ。アクアのやってることは無駄ってわけじゃない。むしろ大事なこと。

 

とにかく今は見守る事だ。私には何もしてあげられない。

 

「じゃあお姉ちゃん寝るね。アクアも早く寝るんだよ。」

「うん。無理はしないから。お休み。」

「お休み。」

 

アクアの映画作りはまだまだ始まったばかりだ。

 

*1
アクアの絵が上手いのは独自設定です。130話「真っ直ぐな男と汚いやり方」参照。

*2
映画作りの流れが良く分からないですが、これで合ってるのかな?




ここではアクアの能力(と呼ぶべきかは分かりませんが)として、高いイメージ力があるという事になってます。
今日あまの撮影では小道具、カメラ、照明、役者などの位置関係を全て把握して立ち位置をアドリブで調整していることから、撮影現場を俯瞰的にイメージ出来ていたことは間違いありません。映画の絵コンテもその延長線上で、細部をイメージ出来ているが故に絵に描くのが大変というジレンマに陥っているという設定です。

てかそもそも映画の作り方が良く分からん。
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