昼下がりの苺プロ。
1階の事務所にキーボードを叩きながら器用に肩にスマホを挟んで電話応対する女性が一人。
俺の母親であり、苺プロ社長を務めるミヤコさんだ。
B小町や俺の仕事はこの1年間で大幅に増えた。トップタレントとはまだ呼べないが、中堅タレントの中でもかなり顔が売れている部類にはなっている。
そんなアイドルグループと俳優のマネジメントはやはり大変な様で、本人の真面目さも相まって苦労しているようだ。壱護さんが居るおかげで精神的なプレッシャーは大幅に減少したものの、やはり弱小事務所の域は出ておらず慢性的に人が足りない。
会社のとりまとめという大きな役割は無くなったが、代わりに現場での仕事を担当するようになったので仕事量は以前と大きく変わっていないのが実情だ。
「はい、その日B小町は夜まで埋まってまして……翌週の22か26なら午前空いています……はい、あーなるほど、ちょっと調整してみます。…………ふ──」
新しい仕事の依頼を一つ捌き、一息つくミヤコさん。
そんな彼女に俺はこれからあるお願いをしなければならない。恐らく壱護さんも巻き込んで苺プロ全体の経営にも関わる大きな会議を開くことになるだろう。
何せお金の話だからな。しかも金額も小さくない。
意を決して話しかける。
「忙しそうだな、社長業」
「嬉しい悲鳴よ。壱護が遠慮なしに仕事取ってくるものだからその度に私が調整させられるのよ。接待だって美人社長のレッテルで大体私を指名されることになるし。吉住君が居なかったら今頃過労死してた」
「流石お姉ちゃんだな。ミヤコさんの過労死を未然に防いだってわけだ」
「ブレないわねあなた」
「で、ミヤコさん。ちょっと話があるんだけど……」
「何かしら?」
「映画のスポンサーになってくれないかな。苺プロに出資をお願いしたいんだ」
「……そうね。そうなるわよね」
ミヤコさんに驚いた様子は見られない。落ち着いてゆっくりと息を吐き、壁をみつめた。きっと頭の中ではいくら出せるか、いくら回収できそうなのかなど、様々な考えが巡っているに違いない。
またひとつ大きな負担をかけてしまうな。申し訳ない。
しかしこれは映画を作るうえで絶対に必要な事だ。避けては通れない。
さすがに資金調達は映画監督として名の売れている監督の仕事なのだが、苺プロへの依頼だけは俺が任されている。そこには大きな映画製作の全てを経験してもらうという監督の方針が現れていた。
現にここに監督は居ない。俺が一人で苺プロという企業を相手に金を貸してくれとお願いしなければならないのだ。身内とは言え緊張する。
「単刀直入に言う。映画製作の為にお金を貸して欲しい。1000万円ほど」
「なるほど、1000万円……」
映画製作にはお金がかかる。やり方次第ではあるが、大抵はとんでもない金額が。
上を見ればキリがない。ハリウッドでは数百億円の予算をかけて作られる映画がざらにあるし、邦画に限ってもメジャーどころの作品は億単位の金がかかるのが当たり前なのだ。
自主製作でさえ数百万円の金をかけることも珍しくない。
金、金、金。金のことばかり考えなければならず嫌になる。
人を雇えばその人が生活出来るだけの賃金が必要。場所にこだわろうとすればその場を貸切るだけのお金が必要。良い機材は高い。撮影が長引けばその分出費が増えるし、トラブルが起きれば想定外の出費が掛かる。
良い映画を作るには考えなければならないことが無数にあるのだ。
今回俺が提示した金額は1000万。これは監督が設定した数字だ。一介の高校生が扱うにはあまりにも大きな金額。苺プロとしてもそう簡単に了承できる金額ではない。恐らく簡単には出してもらえず、ちょっとした交渉が必要になる。
監督の意図は明確だ。「お前が責任をもって苺プロを口説き落とせ」と言いたいんだろう。映画製作の全てを経験してもらうという言葉の通りだ。
全く、無茶ぶりが過ぎる。
俺の要求とその金額を聞き、何かに感づいたミヤコさんはしばらく考え込む。そしてその雰囲気を一変させ、スッと鋭い視線を俺に向けてきた。
社長の顔だ。
「応接間の席に座りなさい。話はそこでするわよ」
「ああ」
あくまで苺プロの社長として応じるミヤコさん。金額が金額なだけに一切の甘えは許されない。勿論俺も一人の映画製作スタッフとしてミヤコさんに相対する。
交渉が、始まった。
「そのお金を出してうちの会社にはどのようなメリットがあるのでしょう? 貴方も知っての通り、映画は赤字作品ばかり。投資の対象としては論外です。何故うちが1000万円もの金額をあなたに預けなければならないのですか?」
まず訴えるのは監督、五反田泰志のネームバリューだ。
「監督を務めるのは五反田氏です。彼は低予算の映画を作るノウハウを数多く持っています。長年映画監督として業界で生き残っていることからも分かる通り、資金を切らさず映画を作り続けるだけの能力を持った人間です。赤字作品ばかりの映画業界ですが、彼に限っては高い確率で収益を望めると考えています」
「でも確実ではないのでしょう? 彼だって赤字の作品を作ったことが一度くらいはあるのでは?」
「過去には。しかしこの5年間、すべての作品が黒字です。監督賞にも5年連続でノミネートされています」
「なるほど、確かに五反田氏の作る映画なら期待できそうですね」
「という事は……」
「まだ出資を決めたとは言ってないわ。もう一つ確認です。企画は彼の発案ですか? それと持ち込み?」
「……俺が企画しました」
「だったら話が違ってくるわね。貴方と五反田監督が組んだ場合も同じことが言えるのかしら?」
痛いところを突いて来る。
近年の五反田監督の活躍ぶりを見ればほぼ確実に次の作品も黒字になると見ていい。そこは間違いない。しかしそれは低予算の映画製作で監督が現場を仕切っている場合だ。他の人間の関与があればその限りではない。
つまりは俺の事だ。俺が企画し、脚本を書いたからこそ、投資対象として信用できないとミヤコさんは言っている。
ぶっちゃけその通りだ。監督として何の実績も無い人間にお金を預けるなど普通に考えてあり得ない。
だがそこはもう一押し出来る余地がある。俺には話題性があるのだ。自分で言うのは恥ずかしいが、四の五の言ってはいられない。
「俺には話題性があります。業界では五反田監督の弟子として俳優として高い評価を得ているので、俺が映画を製作するというだけで少なくとも業界内の注目度はそれなりに高いはずです」
「それだけでは弱いわね。必要なのは業界内の注目ではなく世間の関心でしょう? 貴方一人でそこまでの観客を動員する知名度はないはずよ」
「それは……」
駄目か。
分かりきっていたことではあるが、やはり純粋な投資の対象として売り込むのは分が悪すぎる。こんな投資話、俺だって断る。
そうだ。これは投資の話ではない。そもそも企業が映画のスポンサーになる意味を考えろ。
「お願いします!! 必ず素晴らしい映画を作るとお約束します!」
結局はこういう事だ。映画にお金を出すのは特殊なケースを除けばある種の道楽なのだ。俺のような無名な映画監督の処女作のスポンサーになるというのは、寄付や支援のようなものなのだ。
ならば頭を下げ、精一杯の誠意を見せるしかないだろう。
「俺達の作ろうとしている映画についてお話しさせてください」
「聞きましょう」
そこから俺は製作中の映画について語った。
自分が思っていることを正直に、映画にかける思いの強さを隠すことなく、なんのひねりも工夫も無くただ思っていることを全部吐き出した。
恐らく100人中99人が途中で嫌になって逃げだすような熱量で。
でもたった1人でも刺さる人が居れば、きっとその人は味方になってくれるはず。
八方美人ではいけない。元々無茶なお願いをしに来ているんだから、刺さる人間に思いっきり深く突き刺さるようにアピールしなければいけないのだ。こういうやり方は嫌われるとか考えている場合じゃない。
まぁ、ミヤコさんなら最後まで話を聞いてくれるだろうという甘えはあるんだけど。そこは仕方がないと思う。
そして結果は。
「……上出来よ、アクア。よくやったわ。元々あなたから出資を求められたら断るつもりなんて無かったけど、これも教育と思って私も本気で相手したわ。本当にお疲れさま」
どうやらミヤコさんのお眼鏡には適ったらしい。
ついさっきまで苺プロを束ねる社長の顔をしていたミヤコさんは一転していつもの優しい雰囲気に戻っている。それを見た俺も張り詰めていた緊張の糸が切れ、どっと疲れを感じてしまう。
「ありがとうミヤコさん……疲れたよ、本当に」
「ふふっ。身内とは言えいきなりあんな役割を任せられたらそりゃ大変に決まってるわよ。五反田さんもなかなか思い切ったことするわよね」
「全くだよ。最近は無茶ぶりばかりだ。ゼロから企画作って、脚本、絵コンテ、指示出しも全部俺の担当だし、大変にも程がある」
「五反田さんはそれだけアクアに期待してるってことでしょ? 有難く受け止めることね」
「そうだな」
「とりあえずハーブティーでも飲んで少し休憩しましょう。淹れてくるから待ってなさい」
その後少しだけ反省会をして、出資の話は一旦持ち帰って検討、後ほど正式に返事するという事になった。
まぁ要するに壱護さんを交えて家族会議するだけなんだけどな。
・・・
「……ってことがあったんだ」
「へぇ、凄いなぁ。私なんか偉い人の言う通りに演技するばっかりで資金の事なんて考えたこと無かったよ」
「あかねはそれで良いだろ。適材適所だ」
「そうかなぁ」
あかねと久々のデート。お互い売れっ子で忙しくなってしまったので中々会える機会がなく、こうして直接会ってゆっくり話ができる機会も最近はめっきり減ってしまった。
「それでさ、今丁度キャストを探してる所なんだけど、あかねはどうだ? あまりギャラは出せないが……」
「全然良いよ。私お金には困ってないし、アクア君の作る映画なら出てみたい!」
「そう言うと思ったよ。じゃあ事務所に話を通すからよろしくな」
「うん。私の方からもマネージャーにお願いしてみるよ。先の予定はそんなに埋まってないから多分大丈夫だと思う」
で、いつも通り恋人証明写真を撮り、あかねが巨大な甘味を胃袋に収め、なんやかんやあってドキドキしながらデートを終えた。
・・・
「よぉメルト、久しぶりだな。東ブレ以来か」
「だな。ここも懐かしいなー」
あかねに続き、今度は鳴嶋メルトを五反田スタジオに呼び出した。仕事の話などはせず、普通に遊びに来ないかと誘ってみたら普通に来てくれた。フットワーク軽いんだなメルトって。
「最近どうだ? 俺は相変わらず顔ばっかり見られてもやもやしてる感じだけど」
「そうなのか? 時々みるけど結構演技とか歌のパフォーマンスも良いと思うぞ」
「顔売りで宣伝してるから。そもそもそういうのを求める客がいないんだよ」
「そうか。」
しばらくお互いの近況とか仕事の様子なんかで盛り上がる。
同い年で演技経験があり顔が良いという事もあり、数少ない男友達の中でもメルトは俺の一番の親友と言える間柄だ。河原で演技の特訓をしたのも今となっては良い思い出になっている。
そんな彼だからこそ俺は真っ先に声を掛けるのだ。
「で、メルト。ちょっと相談があるんだが」
「なんだ?」
「映画に出て欲しい。今五反田監督と一緒に映画を作っててさ、目ぼしい役者に声を掛けて回ってるんだ」
「なんだそんな事か。俺は全然構わないぜ。事務所の方に言ってくれれば俺に話が下りてくるはずだ」
「よし、じゃあ決まりだな」
こうしてメルトの出演も取り付けたのだった。
・・・
そして自宅。
苺プロの事務所でぐったりとソファーに座り天井を見つめる俺。お金の工面にキャスティング、ロケハン担当の吉住さんからの質問攻めで疲労困憊だ。少し休憩。
と思ったら有馬が話しかけてきた。
「どう? 映画作りの方は順調?」
「ああ。脚本は固まったし絵コンテの方も量を調整しつつ何とか描ききれそうな目処は立った。場所もスケジュールも決まりつつあるしお金も集まってる。そろそろ本格的に動き出すだろうな」
「へぇ、それは良かったじゃない。で?」
「で? ってなんだよ。特に話すことは無いぞ? ひたすら地味な作業の繰り返しだ。あそこのスタジオはスケジュール押さえられないとか、役者のギャラが高いからこの人は諦めるとかそんなんばっか」
「キャスティングもアンタが絡んでるって聞いたわよ? 既に黒川あかねにも声かけてるってルビーから聞いたわ」
「ああ、そうだな。友情価格で仕事を受けてくれそうなやつには片っ端から声をかけて回ったよ。おかげであかねとメルトは確保できた」
「よかったじゃない。で?」
構ってちゃんなのか? ああ、そういえば構ってちゃんだったわ。二人のお姉ちゃんに構い倒されてるわ。
……いや俺はお姉ちゃんじゃないんだけど?
「すまん、何が言いたいんだ? お姉ちゃんじゃないから分からないんだけど」
「キャスティングよキャスティング! 私にはまだ話が来てないんだけど!? 苺プロ所属の演技派女優がここに居るんですけど!?」
「ああ、そんな事か」
「そんな事って」
「もう声かけてあるに決まってんだろ。ミヤコさんにお願いして有馬とツクヨミまとめてスケジュール押さえてあるから」
「……へ? ああ、そういう事なら、まぁ、いいけど……」
まぁ、こういうところも可愛いんだろうな。お姉ちゃん的には。