【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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撮影開始!

「アクア君こんばんは」

「おう、こんばんは。あかね」

 

寝る前のビデオ通話の時間。仕事に勉強に忙しい私を癒してくれる貴重な時間だ。

 

画面の中には小さなアクア君。そしてその後ろの壁には大量の映画や漫画が映っている。という事は場所は五反田さんの家のアクア君の部屋かな。映画の事もあってか、最近はこっちの部屋で出てくることが多い。

 

「また監督さんの所?」

「ああ。こっちに居ればいつでも監督と話せるからな。撮影期間中はほとんどこっちに帰ることになりそうだ」

「そうなんだ。監督とアクア君の事だから映画の事無限に話しちゃうんでしょ? おばちゃんがうんざりする姿が目に浮かぶよ」

「あー、大体あかねの想像通りだな。確かに寝ても覚めても映画の事ばかり話してるわ。ところで役作りの調子はどうだ? 気になった事があれば聞いてくれ。脚本は俺だからなんでも聞いて良いぞ?」

「じゃあお言葉に甘えて……」

 

黒木綾音(くろきあやね)

 

それが私の役の名前。主人公、星川芥(ほしかわあくた)が幼少期に出会う「あの人」の正体であり、なおかつ芥の高校に転校してくる転校生でもある。

 

アクア君に台本を手渡されてすぐ、私は得意のプロファイリングを始めた。

 

台本を読み込んで、物語の背景や黒木綾音という人物の人格形成についてひたすら考察を深めていく。足りない情報は推測で埋めて、それでも分からなければ一旦保留。他の考察の結果をもって再び考察。

 

これを繰り返し、私が納得するまで人物の解像度を高めていく。

 

しかしそれは普段どおりの仕事の話。今回の映画に限ってはちょっと事情が違う。

 

「綾音の発言に一貫性がないというか、こういう発言はしないんじゃないかなっていう台詞がいくつかあって……」

「え? それってどのあたりだ? そういう指摘はめちゃくちゃ助かる」

「えーっと、7ページのこのセリフと15ページのこのセリフが一番気になったかな。活発な女の子なのか控えめな女の子なのかはっきりしないから、どっちかに寄せた方が良いと思うんだよね」

「なるほどな……俺としては活発なタイプをイメージしてたから15ページのセリフは変更した方が良いか? いや、それを言うなら前後のセリフの繋がりもそうだしそもそもこのシーン全体の印象も調整が必要になるな……。その観点で全体を見返してみる必要も出てくるか……?」

 

脚本と監督をアクア君が担っているので、いくらでも情報を引き出せる。それどころかこちらから提案すれば設定を変えたり付け加えたりすることも可能なのだ。脚本のブラッシュアップは撮影ギリギリまで続けるとのこと。

 

ララライで演劇をやっていてもこんな経験は絶対に出来なかっただろうな。金田一さんに意見できるのはアクア君か姫川さんくらいなものだし。

 

画面の向こうではアクア君がうんうん唸りだしていた。

 

たった一つの提案だけど、指摘した部分だけを修正して終わりとはならず、台本全体に影響が波及していく。物語の構成が緻密であればあるほどその影響は大きいだろう。

 

今回の映画に関して言うと、それはもう大変なことになる。

 

アクア君らしい、とっても大胆で緻密な構成の台本。登場人物は勿論、それぞれのシーンの意味やそのつながり、そしてそれを効果的に演出する映像の撮り方まで含め、すべてが計算されている。恐らく役者の得手不得手まで考慮されているだろう。

 

役者であり、監督であり、脚本家でもあるアクア君だからこそ出来たこと。しかしそれだけに修正は容易ではないのだ。

 

「アクア君大丈夫? もう撮影も始まるんだし無理はしない方が良いんじゃない? このままでも十分良く出来てる台本だと思うよ」

「いや、改善点が分かってしまった以上もう無視できない。絶対修正する」

 

そしてこの頑固さですよ。一体誰に似たんだろうね?

 

「あかね、他にはないか? っていうかもっと早くあかねに見せるべきだったか。こういうの得意だったもんな。俺じゃ気づかない矛盾点とかまだまだあるかもしれない」

「こっちでいくつかメモしてる奴があるから送るよ。あと他の登場人物についてもこれから考察していくつもりだからそっちも何か気づいたら教えるね」

「ああ、助かる。じゃあまた明日」

「うん。頑張ってね。また明日」

 

気を使って早めに話を切り上げた。もう彼の頭の中は台本の事で一杯だろうから。

 

通話を切る前から既にアクア君の背景に廊下が映ってた。居ても立っても居られず五反田さんの所に飛び出していったのだろう。

 

「アクア君らしいなぁ。彼氏があんなに頑張ってるんだから、私も頑張らないとだね」

 

お話が終わったら寝るつもりだったけど、この日は少しだけ夜更かしした。

 

・・・

 

放課後の校舎裏。

 

そこを建物の陰から覗き見る一組の男女。高校1年生の成沢陽翔(なるさわはると)芦名愛菜(あしなまな)だ。

 

「おい、押すなって! バレたらどうすんだよ!」

「あんたがそこにいると私が見えないでしょ!? 芥が告白を受けるのかどうか、この目でしっかり見届けないといけないのよ」

 

愛菜がグイグイと背中を押し、陽翔は危うく転びそうになってしまうが、どうにか堪えた。

 

視線の先には同級生の星川芥(ほしかわあくた)と、恐らく彼に愛の告白をしに来た女子生徒。

 

この二人はその告白の瞬間に立ち会おうと追いかけてきた野次馬だった。友人が女子に告白されるというのは、年相応に恋愛に興味がある二人にとって見過ごせない一大イベントなのだ。

 

しかし二人の視線はどこか冷めている。

 

「けどさぁ、どうせまた断るんだろ? あいつモテるけど一度も付き合ったことは無いって聞いてるぜ?」

「まぁね、何でも子供の頃に一目ぼれした女性がいるって話らしいわ。「あの人」以外は考えられないって言ってどんな可愛い子からの告白も断ってるのよ。今回もダメでしょうけど、まぁ一応ね」

 

芥には心に決めた人がいる。だからあの女は振られる。

 

陽翔の問いかけに愛菜はそう断言した。そしてその言葉通り、女子生徒の告白に芥はNOと答える。

 

女子生徒は走り去ってしまった。

 

・・・

 

「カット! OK!」

 

撮影初日。五反田さんの掛け声で最初のシーンの撮影が終わった。

 

初めてカメラを回すという事もあって緊張感も大きかったと思うけど、かなちゃんはさすがの演技を見せてくれた。メルト君も以前共演した時よりもさらに演技力に磨きがかかっている。

 

「流石だな有馬。上手くなればなるほどお前との実力差が分かるよ。前に会った時より遠くに見える」

「そうかしら? 確実に距離は縮まってると思うけどね。まぁ一生かかっても追いつけないのは間違いないでしょうけど」

「そういう所は変わんねぇな」

 

仲良くやれてるようで一安心だ。作品の内容的にも同年代のキャストが多いし、五反田さんとアクア君の伝手で集まったスタッフが多いから現場の雰囲気が良い。気軽に意見も言えるし、皆やる気に満ちている。

 

アクア君は監督の現場が好きだと言ってたけど、私にも分かる気がした。こういう感じ、素直に良いなって思う。

 

私はアクア君の方へ向かう。そこでは既にスタッフとして同行しているルビーちゃんが色々と世話を焼いていた。

 

「お疲れアクア君。どう? 役者と監督、兼任出来そう?」

「まだ何とも。けどまぁ監督は俺だけじゃないし、何とかなるだろ。スタッフも役者もド素人は居ないしな。トラブルさえ起きなければ今の所何の問題も無い」

「そっか。なら良かった」

「じゃあ俺はまだまだやることあるから。あかねも準備しとけよ」

「うん」

 

アクア君は私とルビーちゃんをおいて駆け足で五反田さんの所へ去っていった。やることが山ほどあるから息つく暇もなさそうだ。

 

でも、それは彼にとっては凄く幸せなことで。

 

「ねぇルビーちゃん。アクア君すっごく楽しそうだね」

「うん。私もあんなに元気なアクア見たことない」

「へぇ、ルビーお姉ちゃんにも知らないアクア君の一面があったんだ。これは愛でる会で要報告って感じかな?」

「そうだね」

 

そんなアクア君の様子を見て喜んでると思いきや、そうでもないみたい。

 

なんだか元気がない。落ち込んでるってわけじゃなさそうだけど……アクア君の事を話すときのテンションじゃなくて、いつもより落ち着いた雰囲気でアクア君の事を遠目に眺めるだけ。

 

「どうかした? 元気ないみたいだけど」

「いや、ちょっとね。アクアにとって映画はとっても大切なもので、大好きでしょうがないんだなって思っただけ」

「もしかして妬いてる?」

「……妬いてる、かも。でも良いんだ。アクアが楽しそうにしてれば私はそれで良いの。最後には私の所に戻ってくるわけだし、その時に思いっきりよしよししてあげるだけだよ」

「ルビーちゃんらしいね。でも私が居ることも忘れちゃだめだよ?」

「勿論忘れてないよ。私がアクアをよしよしして、アクアがあかねちゃんをよしよしするんでしょ」

「余裕だなぁ。さすがお姉ちゃんだね」

 

ルビーちゃん節が炸裂した。

 

相変わらずアクアにとっての一番は自分だと信じて疑っていない。そしてそれは紛れもない事実だ。私とルビーちゃんでは向けられる愛情の種類が少し違うけど、やっぱりアクア君の中心に居るのはルビーちゃんなんだろうな。

 

ルビーちゃんにとってアクア君は可愛い弟。彼にとっての全てでありたいというのがルビーちゃんの愛情だ。

 

私は違う。

 

私にとってのアクア君は命を救ってくれたヒーロー。そして私を撫でてくれるお兄ちゃんであり、尊敬する役者だ。アクア君は凄い人なんだ。少なくとも私の中では。

 

監督として現場を駆け回る彼を見ていると、改めてそう思う。

 

「やっぱり私、アクア君の事好きだな」

「アクアが頑張るところを見て惚れなおしちゃった?」

「そんな感じ。じゃあ次私の番だから、行ってくるね」

「うん。頑張って」

 

ルビーちゃんに背を向けると同時、役に入り込む。黒木綾音という人物を頭の中に再現し、それになりきる。

 

アクア君が作り、私が完成させた人物像。どんな指摘にも粘り強く応えてくれたアクア君のおかげでセリフに気になる矛盾点も無い。どんな人間なのかがはっきりと台本に描かれている。

 

プロファイリングは完璧。良い演技が出来そうだ。

 

よし、いこう。

 

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