「ねえ、どこ行くの?監督って誰の事?」
「俺がお世話になってる人だよ。師匠みたいな。」
「今どのへん住んでるの?」
「なんでそんなこと・・・。」
「あんたドコ中!?」
「ヤンキー女子?」
学校帰りにいつものように監督の家に向かっていると、有馬が追いかけてきた。どうしてこんなに執拗についてくるのか分からないが、未来の先輩になる人なので無下にはできない。
「いつまで付いてくるんだよ。」
「私の疑問に全部答えるまで!!まだ役者やってるんだよね!」
「いや、
「えっ・・・そう・・・なんだ。」
事情は良く分からないが、落ち込んでるみたいだ。役者仲間が欲しかったのだろうか?期待に沿えなかったみたいで悪かったな。このまま引き下がってくれるといいが。
「そういうわけだから」
「え!ちょっと話しようよ!ねえ!これからカラオケとか行かない!?」
「行かねぇよ。」
「えっじゃあ私の家とか?」
「距離の詰め方やばくない?」
「仕方ないでしょ。私これでも芸能人なんだから!ちょっと喫茶店で話でもってわけにはいかないの!個室ある店この時間まだ空いてないし・・・!」
俺たちはまだ学校帰りに喫茶店で話をするような仲でもないだろう。
しかしまあ、有馬は役者。しかもかつて一世を風靡した天才子役だ。最近は見かけないが、役者としての俺に興味を持ってるみたいだし、同年代の役者同士で演技の話がしたいというなら俺もやぶさかでない。
「だったら」
俺は有馬を監督の所へ案内した。
「おー、有馬かな!見ないうちにデカくなったオイ!」
「いや・・・仕事はしてますよ・・・。そりゃ子役時代に比べたらアレですけど・・・。」
「監督。言い方。」
めっちゃダメージ受けてるじゃねえか。死にそうな顔してるぞ。
有馬はどうやら最近仕事がうまく行ってないらしい。やはり子役のイメージが付くと成長してから大変なのか。
「アクア!役者やってないならなんで監督のトコ出入りしてるの!?ホントは演技教わってるんじゃないの!?」
「まぁ一通りは仕込まれたけど、今は裏方の仕事やってる。監督が映画に出させてくれないんだよ、お前にはまだ早いとか言ってさ。」
「そうなんだ・・・。でも嬉しい・・・まだこの業界にいたんだね・・・。」
学校で会ったときも思ったが、有馬が時折見せるこの感情は一体何だろう。俺との再会をよほど喜んでいるらしい。たった一度共演しただけの俺をなぜそこまで意識するのか、理由が良く分からない。
「おかわりいるかい!?」
茶碗にご飯を豪快に盛っておかわりを進めてくるのは監督の母親だ。監督の家に着いて早々、俺たちは監督の家で夕飯を食べることになった。このおばちゃん、飯の時間は絶対にずらしてくれないんだよなぁ。
「あ、大丈夫です。」
「食わなきゃ大きくならんよ!」
「糖質抜いてるんで・・・。」
断る有馬に対し、なおもお代わりを進める監督母。食わなきゃ大きくならんよとか、年頃の女の子にいうのはやめてあげろよ。それに、有馬は小さい方が可愛いと思う。
「そういえばアクア。監督に映画出演止められてるって言ってたけど、なんで?」
「さぁな、教えてくれないから何とも。なんとなく察しはついてるけどな。今日有馬の仕事がうまく行ってなさそうなのを知って確信が深まった。」
監督は、俺に子役のイメージが付くのを回避したかったんじゃないだろうか。俺は役者として大事に育ててもらってる自覚はある。有馬のように下手に子役として有名になってしまうとそのイメージを引きずり、後の役者人生に悪影響を及ぼすと考えたのではないか。
「どういうこと?」
「・・・良い機会だ。俺から説明してやる。」
分かっていない様子の有馬を見て監督が語り始める。
「良いか二人とも。役者ってのはイメージが大事だ。観客やお偉いさんたちは何百人っている役者の顔や演技力なんて細かく覚えてねぇ。だがキャスティングする権利を持ってるのは往々にしてそういう連中だ。ここまでは良いよな?」
「はい。」
「有馬は身に染みて分かってるだろうが、一度ついたイメージってのは中々変えられない。これをお前の目の前で言うのは酷だと思うが、まあ子役としてのイメージが付いてしまえば役者としての星野アクアが正しく評価されなくなる可能性があるんだ。俺はそういう事態を避けたかった。」
「なるほどね・・・。」
有馬は目に見えて落ち込んでいる。自分が陥った罠をこうまで明確に指摘されては、気を落とすなという方が無理がある。しかし、有馬が落ち込む理由はそれだけではなかった。
「・・・今ね、私がヒロインやってるドラマがあるんだけど、まだ役者決まってない役があったんだ。でも、この様子じゃアクアに頼むのは無理よね・・・。」
「ああ。悪いな。出たいのは山々なんだが。」
俺との距離を強引に詰めようとしたのはその為か。芸能界は綺麗ごとだけじゃ生きていけない。時には何を言われようと目的を達成する図太さも必要ってわけだ。
だが、監督がダメという以上俺にはどうしようもない。俺だって早く役者として活躍したいのが本音だが、今は無理だ。そう思ったのだが。
「高校生になるまではと思ってたんだがな、この機会を逃すのももったいないだろう。高校入試も終わったことだし、子供っぽい雰囲気も抜けきってる。そろそろいいだろ。」
「それって・・・。」
「ああ、いいぞ。存分に演じてこい。せっかくの彼女の誘いだしな。」
「ありがとう監督。有馬。すぐに話を進めてくれ!」
「分かったわ!」
監督のOKを聞いた有馬はさっきまでの落ち込みっぷりがまるで嘘のように眩しい笑顔にかわっている。感情の起伏のあまりの激しさに驚かされるが、嬉しいってことは分る、何も言うまい。あと有馬は彼女じゃない。
ついにこの時が来た。長いこと待たされたからな。腕が鳴る。
早くお姉ちゃんに知らせないと。
アクアが演技の仕事をしていないのは監督の戦略でした。
子役の呪いをもろに食らった重曹ちゃん可哀そう。